第13話 幼馴染たちの早朝
オウカは翌日からの騎士団の任務があるため、実家へと戻った。
時間ギリギリまでマリーちゃんの事を気にしていた。
そのため、帰った時は深夜になっていた。
居間には僕とノアと名乗った魔族が残される。
いつ何が起きてもいいように寝ずの番だ。
「そう言えば忘れていました。これは魔族の治療に用いられる薬草です」
彼は採取して来た薬草を僕に差し出す。
そうか、これを探しに雨の中外にいたのか。
「ありがとう。是非使わせてもらうよ」
「礼には及びません……そもそも治療が終わり次第、私は貴方を殺すつもりでしたから」
「ああ、そうだと思ったよ」
予想はしていた。
お尋ね者の魔王軍の残党に魔王の娘。
さらに言えば僕は魔族の体の構造を知った。
僕は秘密を知りすぎている。
親の役割を担っているトウカたちと違い、僕はいつでも始末されておかしくない立場だ。
「驚かないのですね」
「そう考えるのは当然だからね。でも、さっきまでのことだろ?」
彼は「つもり」と言った。
つまり、もうその意思はないと言う事だ。
マリーちゃんの治療に使える薬草を僕に預けてくれたことからもそれが伺える。
「これからマリー様を守るためにも医学の心得がある者の手は必要になってきます。今回の件でそれがよくわかりました」
ノアは深々と礼をする。
「どうか、マリー様をこれからも守って頂きたい」
マリーちゃんは大切な友人の娘だ。
それに、さっきトウカたちにも誓った。
命を見捨てることなんて僕にはできない。
「こんな欠陥医師が役に立つのなら喜んで」
これからトウカたち三人は人間と魔族の世界、双方と戦い続けなくてはならない。
ならば、信頼できる味方は多い方がいい。
自分がどれだけ助けになるかわからないが、少なくとも今回の様な事態に陥る事だけは避けられるはずだ。
「しかし、わからないですね」
「何がだい?」
「貴方のことですよ。どうも魔術を行使することに制限が加わっているみたいですが、それでもマリー様のために貴方は魔術を使った」
「ああ、これの事かい。察しの通り、魔術を使うと全身に激痛が走るのさ」
懲罰術式が刻まれた腕を見せる。
この術式が恨めしくはあるが、今回その恐怖を乗り越えたことを誇らしくもあった。
「人間は、自らを犠牲にしても誰かのために力を使おうとします……何故なのでしょう?」
「僕たちは一人一人がそれ程強くないからね。だからこそ力を合わせて生きて行こうとするからじゃないかな?」
「……人間が滅びなかった理由がわかった気がします」
恵まれた魔力故に魔族は己を磨かず、一人で戦う。
一対一で戦えば特別なものを除けは魔族が優勢だ。
かつては魔族一人を倒すのに多大な犠牲を払う必要があった。
でも、人間は生き抜いてきた。
一人一人が弱くても、魔力が少なくてもお互いを補い、技術を磨き、知恵と工夫で戦う術を見出した。
「でも、君だってマリーちゃんのために命を懸けることを厭わないんじゃないかな?」
「……トウカさんにも同じことを言われましたね」
「彼女らしいね」
二人で笑う。
それからしばらくして、マリーちゃんは目を覚ましたのだった。
「あら、シオン。おはよう」
「おはようドラセナ」
早朝、騎士団の鍛錬場で弓の手入れを行っていた私は、シオンの姿を見つけて手を止める。
お互いに昨日は城に泊まり込みの任務だったみたいだ。
そんな日は家に帰る前にここに通うのが恒例になっている。
でもこんなに朝早くから鍛錬に取り組もうとするのは私たちとオウカくらいだ。
「この時期は嫌ね。雨が降ると外の任務に行けば濡れるし泥だらけになるわ」
「でも、まとまった雨が降る時期だからね。恵みの雨でもある」
王国が豊かなのもこの時期にまとまった雨が降り、すぐに夏が来るからだ。
私としては身近な不満を口にしただけだけど、国のことに考えが行く辺りが優等生のシオンらしい。
「真面目ね。昔からそういう所は変わってないんだから」
「そう言う君は、昔と比べて不真面目になった印象を受けるけど?」
「あら、藪蛇」
舌を出しておどける私に、シオンは笑う。
「そう言えばシオン。あなた二刀使いだった?」
シオンは剣を二振り備えていた。
普段の彼が帯剣しているのは一振りだ。
今は戦闘用の鎧の中でも動きやすいものを装着し、二振りの剣を背負っていた。
「ああ、これは兄の剣だよ。いい剣だから遺品にして保管しておくのも勿体無くてね」
私が見慣れない剣をシオンは見せる。
折角譲ってもらったのだから使いこなそうとシオンはここへ鍛錬に来たと言う。
そう言えば彼は昔から兄であり、先代騎士団長のブルニア=アスターを目標としていた。
王立学院時代も、当時王国最強と言われていたお兄さんをそれは誇らしく自慢していた。
私たちも騎士団に入団してからはあの方に何度かお世話になったことがある。
だからこそ、魔王討伐戦前に急逝された時には驚いた。
ブルニア騎士団長の指揮の下で初めて戦う事になっていたシオンはとても意気込んでいただけに、その落胆ぶりは酷いものだった。
大臣を務めている彼の父の意向で次の騎士団長にシオンが就任した時は反発も起きたけど、暫定的なものと言う事で半ば強引に認めさせた。
その後、魔王討伐戦で私たち騎士団員は全員驚かされる。
あの時の指揮は見事だった。まるでブルニアさんがそこにいるかのように卓越した采配だった。
精鋭ぞろいとは言え、魔族の前に多くの犠牲が出ると考えられていた戦いは序盤から王国軍が押して、終始有利に進んだ。
お兄さんを目標に研鑽していた彼は、見事にその後を継いだのだった。
騎士団の犠牲者もかなりの数に上ったが、最も巨大な魔族の勢力を壊滅させたことは王国史に刻まれる大きな功績だ。
戦後、誰も彼の騎士団長就任に反対する者はいなかった。
本人は「なし崩し」と言っているけど、誰もが彼の実力を認めている。国王陛下もそうだ。
さもなければ史上最年少の騎士団長シオン=アスターは誕生しなかったはずだ。
「この剣に恥じない様に強くならなくちゃね」
そう言って剣を抜く。
たぶん初めて二刀を使うのだろうけど、その動作は無駄がない。
謙遜が過ぎる。ちゃんと訓練してるじゃない。
「私も自分の鍛錬があるからこれで行くわ」
シオンは頷き返す。
私は弓の調整を終え、射撃場へと向かった。
射撃場は露天になっている。
今日は風が強いので難易度は上がる。
しかし、狙撃をするためにはどのような状況でも対応できなくてはいけないため、むしろおあつらえ向きとも言えた。
弓を構え、的へ向けて何回か射撃を行う。
少し、狙いからずれる。もう少し調整が必要だ。
魔術を使えば無駄撃ちは出来ない。確実に相手を仕留めることが必要だ。
必中の魔術などはない。あくまで魔術は命中させるため、あるいは命中した後のサポートだ。
命中精度は自分の研鑽にかかっている。
心を冷やせ。狙う場所へ意識を集中しろ。
狙撃手に感情はいらない。ただ機械的に対象を狙い、射貫くのみ。
そう言えばその反動だろうか。
昔に比べたら日常の中で感情を表に出すことが多くなった気がする。
――いけない。雑念が入った。
「……さて」
ドラセナと別れた僕は、訓練用の人形に向かって剣を構える。
片手で剣を振るうのと違い、両の手で剣を扱うのは難易度が格段に違う。
攻撃、防御と身のこなし全てをこれまでと変えなくてはいけない。
そこに僕が習得したアスターの剣技を加え、完全に独自のものにする必要がある。
ブルニア兄さんが亡くなってからしばらくの間、イメージを固めていた。
今日はそれを実際に試してみるつもりだ。
早朝と言う事もあり、周囲には誰もいない。
これなら術式を使っても大丈夫だろう。
「術式展開――――」
オウカたちフロスファミリア家の様に一騎打ちに特化した剣技とは違い、僕たちアスター家は魔術で威力の上乗せをする剣技だ。
両の剣を攻撃に使えば単純計算で威力は二倍だ。
タイミングや魔力の調整は難しそうだが、そのための鍛錬だ。
「よし、やってみるか」
体勢を低くし、駆け出す。
そして左右の剣を同時に繰り出す————
「えっ!?」
轟音と共に建物が揺れた。
音の元は屋内の訓練場の方だ。私は構えていた弓を下ろして向かう。
何かが爆発したのだろうか。
中は土煙が立ち、瓦礫が散乱して酷いものだった。
シオンが中にいたはずだ。どこにいるのだろう。
「シオン、返事して! シオン!」
「ごほっ……ごほっ……ドラセナ?」
煙の中に人影が見えた。
シオンが姿を現す。どうやらケガもなく無事のようだ。
「何があったの……」
「やりすぎた……」
「え?」
「技の威力が予想以上に大きくて……ごほっ」
私は戦慄する。
この破壊を一人でやったと言うのだ。
どうやったかは分からないけど、威力だけなら魔族の魔法並みだ。
「やっぱり計算が甘かった。兄ならこんなことにはならなかったはずだ……」」
「シオン?」
シオンの眼を見てゾッとした。
目の前の惨状を作り出してしまったことに罪悪感を覚えていない。
それよりも技の威力を読み誤った事に対して己を恥じていた。
一体理想がどこまで高いのか。
これ以上を求めると言っても騎士団、いや王国を探してもここまでの威力を出せる技の持ち主は存在しないはずだ。
一歩間違えれば自分が巻き添えになる状況だったのに、そこまでする必要がどこにあるのか。
「もっと、もっと頑張らなくちゃ……」
ブルニア騎士団長が亡くなってからシオンの努力の仕方は鬼気迫るものがある。
いつも思うけどシオンは自己評価が極端に低い。
剣の名家アスター家の次期当主にして史上最年少の騎士団長。
差別的な思想を持たないために王の信頼厚く、王国最強と言われるオウカに比肩すると言われる実力。
卓越した指揮能力、作戦立案能力。
ここまで評価されているのに、自分自身に力が足りないとしか思っていない。
尊敬するお兄さんに追いつきたいのはわかるけど、いつかどこかで壊れてしまわないか私は怖かった。
「ドラセナ?」
「あ、ううん。何?」
いつの間にかシオンが私を呼んでいた。
さっきまでの冷ややかな眼と違い、いつものシオンだった。
「いや、この状態をどうやって片付ければ良いのかな……って」
「あー……」
私は頭を抱える。
賠償だ何だと色々と面倒なことになりそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます