第3章 五大騎士家の争い

第14話 受験対策は思い出と共に

「おかーさん。できたー!」

「ふむ……」


 マリーが差し出した答案を受け取る。

 オウカは眼を通し、満足そうに頷いた。


「よし、全問正解だ」

「わーい! ママ、遊んで来ていい?」

「うん。でもあまり遠くへ行っちゃダメだからね」

「はーい」


 勉強の時間を終えてマリーは遊びに出る。

 そんな娘の後姿を見送りながらトウカは安堵した。


「間に合いそうね」

「ああ、マリーが優秀で良かった」


 マリーが回復してから、本格的に王立学院の入学試験に向けて勉強を始めた。

 最初は人間世界の文字も満足に書けない状態だったが、夏の終わり頃には年相応の文章を書けるようになっていた。

 社会知識については一緒に街に出かけ、買い物や催しに参加することで色んなことを見に着けて行った。

 幸いまだ子供と言うこともあり、多少の世間知らずの行動は人々も気にしないでくれた。

 むしろ、皆丁寧に色々と教えてくれた。

 彼女にとって外の世界は見る物すべてが新鮮なので、それも学びの一助になっているのかもしれない。


 事情を知ったフジも協力的だった。

 トウカの作家業やオウカが騎士の任務で忙しい時などは彼が教師役を引き受けてくれた。

 元々花に興味を持っているマリーだったので、科学的な分野については意欲的に学ぼうとしていると言う。

 最近は、知ったばかりの知識をトウカとオウカに披露することもあった。


「本番まであと少しだけど、これなら心配ないわね」

「ああ、後は面接対策だな。お前も準備はできているのだろう?」


 オウカが何気なく発した一言に、トウカは笑顔のまま固まる。


「……面接?」

「何だその反応は」

「だって、受験するのはマリーでしょ?」

「ほう……?」


 オウカは入学試験の募集要項を取り出し、トウカに突きつける。

 姉が指し示した場所には、しっかりと「保護者面接」の文字が書いてあった。


「……何これ?」

「私たちの入学試験の時もやっていたぞ。お前は自分の番が終わってから控室で寝ていたが」


 記憶を辿る。

 確かにプレッシャーから解放されてオウカの肩にもたれて寝ていた覚えがあった。

 何故か目が覚めた時に控室の空気が随分和やかになっていたが。


「……余計なことまで思い出してしまった。あの時のお前の寝言で私がどれだけ恥をかいたか」

「え、何。何があったの?」


 初めて聞く話だった。

 入学後もしばらくトウカは自分が注目されているのが気になった。

 しかも、名前が友達に覚えられたのが随分早かった。

 その原因がそこにあったらしい。

 オウカはその時のことを語り始めた。




「ふう……緊張した……」


 面接を終えた私は安堵する。

 今は父上と母上が先生方とお話をしている時間だ。

 控室には他の受験者や保護者がたくさんいる。

 私たちの様に面接を終えてくつろいでいる子や、失敗したと泣いている子、様々だ。


 私自身はちゃんとできた方だと思う。

 家で教わった立ち居振る舞いもミスが無かったはずだし、筆記試験も問題ないはずだ。

 トウカも一緒に勉強していて、私よりちょっと点数が落ちるくらいだと感じた。

 まあ、フロスファミリアの者としては十分及第点じゃないかと思う。


 そんなトウカは今、私の肩を借りて寝息を立てている。

 昨晩は緊張していたし、やっと面接も終わったことで緊張の糸が切れたのかもしれない。

 父上と母上が戻られるまで、このまま休ませてあげよう。

 姉として、妹をねぎらってあげなくては。


「……よ」

「え?」

「……ダメだよオウカ、お皿はクッキーじゃないってー」

「……」


 面接間近で張り詰めた空気の全体控室で突然妹の呑気な寝言が響き渡る。

 少しの沈黙の後、部屋のあちこちから噴き出す声が聞こえた。

 大人は笑いをかみ殺したり咳払いで誤魔化したりしているけど、私たちは思い切り注目を集めていた。


「く……」


 顔が熱くなる。

 私自身が言った訳じゃないけど猛烈な恥ずかしさがあった。

 居た堪れなくて逃げ出したいけれど、もたれ掛かったままのトウカがいるので離れたらバランスを崩して妹が倒れかねない。

 珍発言の張本人はそんなことも知らず、幸せそうに寝たままだった。




「……以上が一部始終だ」

「えっと……ごめん」


 オウカもあまりの恥ずかしさに記憶を封印していたらしい。

 事の次第を話し終えた彼女は、どこか遠い目をしていた。


「いや、謝らなくてもいい。子供の頃の話だ……だが」


 オウカは気を取り直し、表情を引き締める。


「マリーが不合格にならないためにも万全を期する必要があるのはわかるな?」

「そ、そうだね」

「そこでだ」


 にっこりと笑ってオウカは言う。


「折角だからお前の面接練習の面倒を見てやろう」


 トウカは何故か姉の笑顔に恐怖を感じた。


「い、いいよ。オウカだって忙しいんだし、そっちも練習しなくちゃ」


 姉は笑顔で詰め寄ってくる。

 じりじりと後退するトウカは壁際に追い詰められた。


「安心しろ。私は既に対策済みだ。それよりここまでお前が準備していないことの方が問題だ」


 あの日、地下神殿で戦った時に状況が似ているが今回は打開する術がない。

 しかも、どことなくオウカはこの状況を楽しんでいるような印象すら受けた。


「マリーに恥をかかせるわけにはいかないからな」

「やっぱり昔の事、根に持ってるでしょ!?」


 にやりと、嗜虐的な笑みを浮かべるオウカ。


「何の事だ? 時間が惜しい。厳しく行くぞ」


 二度と、そういう場所では居眠りしない様にしよう。

 そんなことをトウカは思うのだった。




「ただいまー。あれ、ママどうしたの?」

「ああ。お帰りマリー」


 帰ってきたマリーにオウカが言葉を返す。

 トウカは机に突っ伏して燃え尽きていた。


「さて、マリーも気分転換は済んだな。この後は一緒に面接練習をしよう」

「はーい」


 マリーの返事が無慈悲に突き刺さる。

 もう少しこの時間が続くらしい。


「うう……鬼、悪魔、オウカ」

「ほう……?」


 聞こえていたみたいだ。

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