第12話 マリーの宝物

「魔族……でいいのかな?」

「ええ、マリー様をお守りしているノアと申します」


 目礼し、ノアは名乗る。


「話は聞いていたかい?」

「ええ、貴方の魔術を用いればマリー様を救う手立てが見つかるかもしれないのですね?」


 フジは迷いなく頷く。


「それならば私に拒む理由はありません。この身をお使いください」

「ありがたい。よろしく頼むよ」


 フジがノアに対して『読身』の魔術を使用する。

 再び、フジの腕の紋様が鈍く光を放つ。


「……ぐっ」

「フジ!?」

「大丈夫……気にしないで」


 激痛に表情が歪む。

 魔術を使用している時間が長いほど、詳細まで解析できるはずだ。

 だが、それは痛みの時間を延ばすことに繋がる。

 それでも彼はその手を放そうとはしない。

 医師としての覚悟と誇り。

 自らの肉体を危険に晒すことは、彼にとって治療をやめる理由にはならなかった。


「はあっ……はあっ……はあっ……」

「大丈夫か?」

「ああ……すまないオウカ」


 掌から発せられていた光が消え、痛みから解放されたフジは膝をついた。

 オウカに支えられながら立ち上がるフジは、憔悴しながらもその表情は確信に満ちていた。


「そう言うことか……」

「何かわかったの?」

「結論から言えば、これは病気じゃない」


 そして、その口から告げられたのは意外な一言だった。


「比較して分かったんだけど、マリーちゃんの体の中で魔力が乱れてる。それも大幅に」

「魔力が乱れている……ですか?」

「出口を求めて暴れていると言った方が正確かもしれない」

「……そんな話、聞いたことが無いぞ」


 魔力は生まれながらにしてその総量は決まっている。

 それが器である体を傷つけ倒れさせるなど聞いたことが無い。


「とても珍しいケースだと思う。本来なら肉体は魔力を納めておけるだけの許容量を持っているはずなんだけど、マリーちゃんは魔力の量に肉体の許容量が追いついていないんじゃないかな?」

「……限界になったらどうなる」

「あくまで予測でしかないけど体が持たずに死ぬか、蓄積された魔力が一気に溢れ出すか……その辺り、魔族の世界で思い当たる節はないかな?」

「……そう言えば」

「ノア、何か心当たりがあるの?」

「魔族の世界で、時折魔族が行方不明になることがあります。いずれも強大な魔力の持ち主で、行方不明になる前は体調を崩していました……そして」


 ノアは息をのむ。


「……行方不明になった後、その者がいたと思われる場所が跡形もなく消えていました」

「どういう事だ」

「大規模の魔法を行使した跡と我々は思っていましたが……まさか」

「……魔力の暴走で、周囲ごと消し去ったと思うべきかもね」


 魔王の娘であるマリーの魔力量は一般的な魔族よりも多い。

 そのマリーの体調不良。魔力の暴走。

 状況は今回と非常によく似ていた。


「もしそうなら、マリー様の場合はどれほどの被害になるか想定ができません」

「そんな……」


 魔王級の魔力が暴走した場合、どれほどの規模で被害が出るのか想像するだけでも背筋が凍る。

 少なくともこの家近辺はただでは済まない。

 付近の村や、王都にまで影響は出るかもしれない。

 下手をすれば王国そのものが消える可能性もある。


「たぶん、体の成長と共にキャパシティは十分なものになると思うけど……その前にマリーちゃんの身が持たない」

「そんな……どうしたら」

「通常なら魔術……マリーちゃんの場合は魔法でも良いんだけど、魔力を消費させるしかない」

「……だが、現状それは不可能だ」


 オウカの言葉にフジは頷く。

 意識を失っているマリーが自発的に魔力を使う事はできない。


「他人から魔力を吸収するか、魔力を消耗させる魔術でも有ればいいのだが……」

「ですが、そんな方法があれば我々魔族にとって天敵となります」

「魔族の世界にも魔力譲渡の手段は無いのか?」


 ノアは首を振る。

 魔力は魔族の生命線だ。

 それを他人に譲渡するメリットが存在する訳がない。


「今から研究開発するにも時が足りない……どうすれば良い」

「……そもそもマリー様は何故今になって倒れられたのでしょう?」


 トウカたちもそれは思った。

 マリーがこの家に来てからもうすぐ三か月。

 魔力の暴走が起きているならばもっと早くてもおかしくない。


「実家で体調を崩されたとのことですが、実家に帰る前と後で何か違いはなかったのですか?」

「どんな些細な事でもいい。どうかな、トウカ」


 トウカは必死に記憶を巡らせる。

 実家から戻ってきてからの行動。

 実家での言動。

 この家に来たばかりの様子。

 出会った頃――。


「……小箱」

「……何?」

「マリーの小箱、最近見てない」


 出会った日、崩壊する地下神殿の中でマリーは小箱を大事に抱えていた。

 中身はわからないが、彼女にとっては命の危険が迫る中でも守りたかったほどの物だ。

 そんな小箱を、実家に行った時は持っていなかった。

 当初の予定と違って、突然実家に滞在することになったからと言うのもあるが、その小箱が話題に上ることはなかったのですっかり忘れていた。

 だが、マリーの傍から小箱が消えてから彼女の体調が悪化していったことは事実だ。


「探してみよう。まずはそれからだ」


 もしかしたら何の意味もない行動かもしれない。

 だが、打つ手のない状況で全員何かに縋りたかった。




 部屋の中を探索すると、すぐに小箱は見つかった。

 勝手に開けることにマリーに心の中で謝罪しながら、トウカはそれを開いた。


「これって……ブレスレット?」


 小箱の中に入っていたのは、金属製のブレスレットだった。

 金色に輝き装飾が施されたそれは、子どもが持つには華美で不釣り合いなものだ。

 だがそれを見た途端、ノアの顔色が変わる。


「これは……」

「知っているのか?」

「……貴方達なら教えても良いでしょう」


 じっとトウカの手元をのぞき込み、確信を持って答える。


「これは魔封じの腕輪……装着したものの魔力を封じることができます」

「何だと!?」


 その場にいた全員が驚く。

 魔力そのものを封じるアイテム。

 存在は噂されていたが、現実にそれを見たものは誰もいないからだ。


「どんな経緯や手段でこれが作られたのかはわかりません。ですが、魔族にとっては致命的な効果を持つため、魔王軍で厳重に管理保管していました」


 確かに、絶大な魔力によって戦う魔族がこれを装着すれば戦う力を失う。

 もし人間がこれを入手すれば、戦いにおいて大きなアドバンテージを得ることは間違いなかった。


「神殿崩壊と共に失われたと思っていましたが、まさかマリー様がお持ちになっていたとは」

「マリーは、宝物って言ってこれを持っていたわ」

「……王妃様が持たせたのかもしれません。あの方からの贈り物であればマリー様が大事に持っていても不思議はありません」


 魔力を封じるということは、力を鎮静化させることだ。

 当然暴走が起きることはない。


「これまで倒れることが無かったのは、この腕輪を時々身に着けていたからかもしれないね」


 大好きな母からの贈り物。

 それも綺麗なアクセサリーともなれば好んで身に着けることは考えられる。

 頻繁に魔力を鎮静化させていたからこそ、マリーは健康を維持できていたのだ。

 だが、そうなれば疑問が生じる。

 何故マリーはこの家に来てから腕輪を装着しないようになったのか。


「……私たちに気を使ったのかもしれんな」


 オウカがポツリと呟く。


「私たちが新しい母になったことで実の母との繋がりを見せないようにしていたのかもしれん」


 神殿から離れる時は、実母との繋がりを手放したくない不安感から小箱を持ってきた。

 だが、今の母――――トウカとオウカとの繋がりが強くなるにつれて、徐々に過去を振り返ることが無くなっていった。

 そのため腕輪を身に着けることが減り、トウカの実家に滞在することになったことでその機会も無くなった。

 結果、魔力の暴走を引き起こしたのだ。


「……それだけ、ここでの暮らしがマリーちゃんにとって幸せだったと言うことだね」


 幸せだったからこそ、今の母に辛い思いはさせたくない。

 無意識にそう思ったのだろう。そんな優しさからマリーは自分の宝物を封印した。

 その結果、マリーの身が危機にさらされるとは皮肉な話だった。


「まったく、母が母なら子も子だな」


 オウカは苦笑する。

 誰かを大切にする気持ちが強く、その結果誰かを傷つけてしまう所まで似てしまうとは思わなかった。


「ですが、そんなマリー様だからこそ、トウカさんと出会ったことは一番の幸運だったのかもしれません」


 ノアの言葉に皆、頷く。

 トウカはマリーの手を取り、その手首に腕輪を装着させる。

 その直後、苦しそうに息をついていたマリーは穏やかに寝息を立て始めた。


「もう大丈夫だと思う。後は様子を見よう」


 再度フジが魔術でマリーの状態を確認して太鼓判を押すと、ようやく部屋の空気も和らいだ。


「……私はここに残るわ」

「わかった。何かあったら呼んでよ」


 オウカたちが退室し、トウカとマリーの二人だけになる。

 トウカは寝息を立てるマリーの髪を撫でる。

 もうこの子を苦しめていた高熱は存在しない。


「……凄いね、マリーのお母さん」


 どんな理由でマリーに腕輪を託したのかはわからない。

 だが、結果的にその判断が今回マリーを助けることに繋がった。


「私も負けられないな……」


 結局、自分は何もしてあげられなかった。

 マリーが倒れた時、オウカが居なければパニックのままだった。

 フジが居なければ、ノアが居なければマリーを助けることができなかった。


「私も、もっと頑張らなくちゃ……」


 膝の上で拳を握る。

 いつしか、その上に涙が落ちていた。




「……ん」


 いつのまにか寝ていたらしい。

 今は何時くらいだろう。そう思いながらトウカは瞼を開ける。


「……ママ」

「マリー?」


 マリーが目を覚ましていた。

 顔色もいい。

 元気だった頃のように、心からの笑顔をこちらに向けている。


「えへへ。今日はマリーが先に起きたよー。ママ、お寝坊さん」

「マリー!」


 思わず抱きしめる。

 熱もない、苦しそうな様子もない。

 元通りの元気なマリーだ。


「苦しいよ、ママ」

「うん、うん。わかってる」


 それでも力を緩めることなんてできない。

 今手を放すと泣き顔を見せてしまうから。


「よかった……本当に……よかった」

「……今日のママ、泣き虫さん?」

「うん……そうかもね」


 それでも、あっさりマリーにバレてしまった。

 外は久しぶりに、雲一つない青空が広がっていた。

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