第8話 フロスファミリアの子供たち

「お初にお目にかかります、トウカ様。ご活躍は伺っております」

「あ、ありがとうございます!」

「魔王討伐お見事でした。これからも王国の為に頑張ってください」

「ありがとうございます!」


 殺到する貴族の子弟たちにトウカは次々に笑顔と挨拶を返す。

 一人が終わればまた次の人。

 この機に自分を売り込もうと引っ切り無しに自分の下へとやって来た。


 慣れない高級な服を着て、社交場に出て必死に貴族たちの顔と名前を覚える。

 立ち居振る舞いは幼少期から教育されていたので問題ないが、人付き合いはこれまでの積み重ねがものを言う。

 七年間も家を離れていたトウカには重労働だ。


「オウカ殿、この度は見事な働きだったとか」

「ありがとうございます。ウィード卿もお元気そうで何よりです」

「いやぁ、御息女二人が英雄になるなんてフロスファミリア卿も鼻が高いですな」

「いえいえ、お転婆な娘たちで困りますよ」


 父やオウカは、こういった場に慣れている為、卒なく対応をこなしていた。

 むしろ、家では厳格な父が談笑しているのは初めて見る光景でもあった。


「トウカ殿?」

「あ、はい。失礼しました」


 慌てて会話に意識を戻す。

 どうしてこんなことになってしまったのかとトウカは笑顔の裏で悲鳴を上げた。


 そもそもの原因は、数日前の父との会談だった。




「条件がある」


 トウカたちの父、グロリオーサが重く長い沈黙を破った。

 既に、家を出たこと、心配をかけたことへの謝罪については決着していた。

 心配していた以上に、あっさり父は許してくれた。

 父もトウカが家の争いを回避するために家を出たことは理解していた。

 その結果はどうであれ、無事に帰ってきたことを二人は喜んでくれた。


 しかし、マリーを養子とすること、フロスファミリアの姓を名乗ること。

 そして王立学院の受験の為、家長の署名が欲しいこと。

 この件になった時に父は長い沈黙に入った。

 そして、ようやく重い口を開いて出てきた言葉が先のものだった。


「……条件?」

「ああ」

「父上、それは一体?」


 オウカも尋ねる。

 グロリオーサは、使用人に命じて多数の便箋が入った箱を用意させた。


「これは全て、祝賀会の誘いだ」

「祝賀会……?」

「まさか、魔王討伐のでしょうか?」


 グロリオーサが頷く。


「貴族連中から毎日の様に届いている。お前たちが魔王を倒してから皆、フロスファミリアに媚びを売ろうと必死だ」


 貴族の見え見えの魂胆に、父は毒づく。

 姉妹二人は身も蓋もない言い方に苦笑した。


「だが貴族社会の中で生きていく為にも、これらの誘いを無碍にはできん。それはわかるな?」


 姉妹は頷く。

 そこで、トウカが気づいた。


「まさか条件って、それに出席しろってこと?」

「これまではオウカだけでよかったが、今回はトウカ、お前にも出てもらう」

「えっと……まさかその招待状全部?」


 トウカの表情が引きつる。

 どう見ても十や二十では済まない数だ。


「これでも厳選した方だ。本来ならこの数倍はある」

「でも、これだけあると、一か月くらいかかるんじゃ……」

「その間、我が家に滞在してもらう」


 グロリオーサは腕組みをしてトウカを睨む。


「お前が養子にすると言った子……マリーと言ったか。その子も滞在してもらおう」

「と、父さんそれは!?」


 トウカは狼狽する。

 屋敷にひと月もいて、何かの拍子に魔族だと発覚したら大変なことになる。


「ひと月の間、その子がフロスファミリアを名乗るに相応しいかを見定めさせてもらう。これは当主として当然のことだ。それができないと言うのなら、この話は無しだ」

「うっ……」


 グロリオーサの隣で微笑んでいたローザも語り掛ける。


「大丈夫よ。悪い事にはならないから」

「うう……わかりました」


 こうして慣れない社交場へと、トウカは出ることになったのだった。




「疲れた……」


 ようやくひと段落付き、椅子に座って休む。

 オウカも椅子に座る。さすがの彼女にも疲れが見えた。


「……今日で何件目だっけ?」

「……私も十から先は数えていない」


 政治的な部分は全て父が引き受けてくれたが、舞踏会などは最初から最後まで動きっぱなしだ。

 時にはスピーチを求められたり、魔王討伐戦のことを聞かれたりもした。

 実際の事を話すわけにはいかないため、事前にこの辺りはオウカと打ち合わせして激しい戦いだったと言う点を強調して話すことにしていた。

 多くは軍事機密と言う事で、詳細まで話す必要がないのが救いだった。


「疲れたか?」


 グロリオーサが両手に料理を乗せた皿を持って二人の元へ来る。

 弱音を吐く訳にいかないため、二人は首を振る。


「食べられる時に食べておけ」

「あ、ありがとう」


 皿を二人に渡すと、グロリオーサは去っていく。


「次、どこへ行くか聞いてる?」

「確か観劇だ。私たちと魔王との闘いをイメージして作った物語らしい」


 あまりいい予感はしない。

 脚色が派手にされていないことを願うだけだ。


「はあ……マリー、何してるかなぁ」

「キッカたちと上手くやっていればいいんだが……」


 外出の際、二人と離れることを嫌がりぐずっていた。

 きっと寂しい思いをしているに違いない。

 二人は料理を口に運びながら屋敷に残して来た娘を想うのだった。




「わーい!」

「待ちなさーい!」


 フロスファミリア家の広大な庭を縦横無尽にマリーは走り回る。

 その後ろで、キッカは必死の形相で彼女を追いかけていた。


「ぜえ……はあ……御当主様と奥様の言いつけじゃなければこんなこと……」


 キッカとレンカはトウカたちが外に出ている間、マリーの御守りを命じられていた。


「ああもう、ちょこまかと……止まりなさーい!」

「あはは、捕まらないもーん!」


 歳の近い遊び相手ができたことで、マリーは大はしゃぎだった。

 日傘を差して佇むレンカの前をマリーが通り過ぎる。

 後から息を切らせながらキッカがやって来て、レンカの前で立ち止まる。


「元気ですね」

「はぁ……はぁ……元気すぎるわよ。何、あの足の速さ」


 意外にも、マリーの体力はキッカたち以上だった。

 地下神殿で人間以上の身体能力を持つ魔物たちを相手に遊んで来たので、自然と鍛えられたものだ。


「一体……どういうつもりなのかしら……本気でよそ者にフロスファミリアを名乗らせる気なの?」

「さあ? 御当主様おとなたちのお考えですから私には」

「……よく平気でいられるわね。ロータスはそれでいいの?」

「私はあまり強いこだわりはありませんし、トウカ様があの子を養子にされるというのなら、私にとっては妹ができたくらいの感覚です」


 ようやく息が整って来たので、キッカは顔を上げて悪態をつく。


「ふん……落ちこぼれが肩を寄せ合うロータスらしいわね」

「実家の意向には従いますけど、私自身は派閥争いに興味ありませんから」

「……あたしはそんな風に生きられないわよ」

「……息苦しいだけですよ?」


 キッカは押し黙る。

 彼女にも思う所はあるのかもしれないが、それを口にすることは憚られた。


「キッカおねーちゃーん! どうしたのー?」

「ああ、もう。絶対捕まえてやる!」

「レンカお姉ちゃんも後で遊ぼうねー!」


 レンカは手を振って応える。

 話を中断して再びキッカは走り出す。

 そんな彼女を、寂しそうな目でレンカは見送るのだった。




「うう……酷い目に遭ったわ」

「……自分たちが主役の演劇というのはある種、晒し者だな」


 ぐったりとしたトウカとオウカが帰宅する。

 二人とも先ほどの観劇で心にダメージを受けていた。


 物語は、魔王討伐戦の二人の動きについてだった。

 魔王たちに幼子が捕らえられていると知ったトウカは姉と戦いの方針を巡って対立する。

 だが、それはトウカを独自に行動させるためにオウカが演じた芝居だった。


 別動隊として密かに潜り込んだトウカは少女の居場所を探し当て、救出のために魔王に立ち向かう。

 そこへ駆けつけたオウカと共に魔王を打ち倒すと言うストーリーだった。

 細部は違うが大体は事実に近い展開だった。だが問題は台詞と演出だった。


「『この世界の愛のために私は戦う!』なんて台詞、私言わないわよ……うああ、恥ずかしい!」

「私も、騎士たちと歌って踊ったりはしないぞ……」


 芝居は一部、歌劇だった。

 オーケストラに合わせて流れる役者たちの歌声は見事なものだったが、自分たちがあの歯が浮くような歌詞を歌っていると思うと、猛烈な恥ずかしさがあった。


「ラストなんて神様に助けられていたわね、私」

「トウカが助かる方法が思いつかなかったんだろう……そう言えば、実際はどうやって助かったんだ?」

「……実は覚えてないのよ。マリーを庇って瓦礫が当たって、そのまま気を失っていたから」

「まあ、あの魔族たちが何とかしてくれていたのかもな……」


 ノアとアキレアを思い出す。

 目が覚めた時には神殿近くの小屋で彼らに手当てを受けていた。

 ケガも多少残っていたが、それほど大事にはならなかったのは奇跡と言えた。

 あれから会っていないが、何をしているのだろうか。


「あら?」


 廊下の先にローザがいた。

 談話室を覗き込んでいる。


「どうしたの、母さん?」

「あら、二人ともお帰りなさい」


 ローザは指を立てて口元に持っていく。「静かに」と言うことらしい。

 二人は不思議そうな顔をしながら母の指し示すまま部屋を覗き込んだ。


「あら」

「……そう言うことですか」


 思わず二人も笑みをこぼす。部屋の中では遊び疲れたマリーがソファで眠りに落ちていた。

 その傍では、彼女と遊んでくれていたキッカとレンカも一緒に寝息を立てていた。


「誰かに言って、毛布を持って来させるわね」


 ローザは使用人を探しにその場を離れる。


「……心配する必要、なかったわね」

「ああ、仲良くなれたようだな」


 対立しているラペーシュ家とロータス家の二人。

 争い続けて来た魔族と人間。

 共に寄り添っている光景はそんな違いを考えさせず、姉妹のようにも見えた。


「生まれた家など関係なく、こうやって一緒にいられたらいいのにな」


 オウカの言葉は、かつての自分たちを重ね合わせてのものか。


「うん……そうだね」


 そしてトウカも、その言葉に同じ気持ちを抱くのだった。

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