第7話 わかり合うと言う事

「うー、マリーったらどこへ行っちゃったのかしら」

「その内見つかるさ」


 部屋の中を落ち着きなく歩き回るトウカ。

 オウカは使用人に入れてもらったお茶を飲み、くつろいでいた。

 しばらくすると、応接室の扉が叩かれる。


「見つかったみたいだな」

「マリー!」


 小走りに扉へ向かい、トウカはノブを回す。


「トウカ!」

「わぷ!?」


 扉を開くなり、出迎えた赤髪の女性にトウカは抱きしめられる。


「ああトウカ。よく無事で……」

「か、母さん!?」


 トウカを強く抱きしめていたのは彼女とオウカの母、ローザだった。


「七年間連絡もないし、この間の戦いでは死んだって聞かされて……」

「……ごめんなさい、母さん」


 久しぶりに会った娘の元気な姿に、ローザは涙を流す。

 トウカもばつが悪くて目を合わせられないが、代わりに腕を回して抱擁を返す。


「ああ、でも無事でよかった。元気でよかった……」


 ローザは力いっぱいに娘をその腕で抱きしめる。


「もう離さない。私の愛するトウカ……」

「……母上、トウカが窒息しています」

「……え?」


 見ると、トウカはローザの豊満な胸に顔を埋めながらジタバタともがいていた。


「あらあら、ごめんなさいトウカ」

「はー、はー……」


 ようやく解放される。

 危うく母の愛に包まれたまま死ぬ所だった。


「お喜びになる気持ちはわかるのですが、淑女として人前で取り乱すのはいかがなものかと……」

「固いわね。オウカもいつもみたいに甘えていいのよ?」

「わーっ!」


 慌ててオウカはローザの口を塞ぐ。


「お止め下さい母上!」

「むー」

「へー、オウカがねぇ」

「仕事の愚痴を聞いてもらっているだけだ。妙な想像をするな!」


 ニヤリと笑うトウカに、顔を赤くして弁解する。


「母上も誤解を招く言い方は慎んでください」

「はいはい、わかりました」

「本当にわかっていらっしゃるのですか……?」


 口をとがらせる母にオウカは肩を落とす。

 掴み所のない言動に彼女のペースが完全に崩されている。


「うふふ。でもトウカがいるだけでオウカがこんなに表情豊かになるのね」

「これ以上遊ばないでください……」


 母の前では王国騎士も形無しだ。

 そんな二人を見ていて微笑ましくなる。


「……何だその目は」

「べっつにー?」

「ふふ、トウカもその辺にしなさい」

「はーい」


 ローザに促されてトウカもこれ以上茶化すのはやめることにした。


「そうそう。大事なことを言い忘れていたわ」

「え?」


 トウカに向き直り、ローザは満面の笑みで告げた。


「おかえりなさい、トウカ」


 トウカにとって、これ以上ない言葉だった。

 涙をこらえてトウカも笑顔を返す。


「……うん、ただいま」


 そんな二人を見つめながら、オウカは満足そうに微笑むのだった。




 それからしばらくして、レンカに手を引かれたマリーが応接室に到着した。


「ママー!」


 早速、マリーは満面の笑顔でトウカに抱き着く。


「もう、勝手に出歩いちゃダメじゃない」

「ごめんなさい……」


 トウカはマリーを連れてきた少女に礼を言う。


「マリーを連れてきてくれてありがとう。迷惑かけてごめんね」

「いえ、わたくしもご挨拶に伺おうと思っておりましたので」

「ちょうどいいわね。レンカ、こちらへいらっしゃい」

「はい、奥様」


 ローザが促し、レンカも入室する。

 後を引き継ぐようにオウカが彼女を紹介する。


「この子がロータスから預かっている子だ」

「お初にお目にかかりますトウカ様。レンカ=ロータス=フロスファミリアと申します」


 レンカはスカートの裾をつまみ、深々と頭を下げる。


「英雄トウカ様とお会いでき、ロータスの者として嬉しく思います」


 先ほどのキッカと違い、深窓の令嬢という言葉がぴったりの少女だった。

 ロータスもフロスファミリア家の傍流であり、こちらはトウカ派だ。


「うーん、その『英雄』って言うのやめてもらえるかなぁ……」


 あちこちで呼ばれるが、やはりその呼び方は慣れない。


「わかりました。では、トウカ様とお呼び致します」

「できたら『様』って言うのも……」

「それは、承りかねます」


 ぴしゃりと言い放つ。

 オウカもキッカも、そしてトウカもそうだが、どこか頑固な部分があるのはフロスファミリアの特徴なのだろうか。


「学院卒業後には、トウカ様を我が家の魔術でお助けするように言われております。以後、よろしくお願いします」


 キッカのラペーシュ家はオウカ同様に武と魔の双方に秀でた家系だが、レンカのロータス家は武の才に乏しく、その代わりに魔術に磨きをかけた家系だ。


 武と魔の両立が叶わない者という点はトウカとよく似ていた。

 だからこそ互いを補い、家全体の結束を促すのがロータスの主張。

 優秀な血統こそが一族を率いるべきだと主張するのがラペーシュの主張だった。


「では、わたくしはこれで」


 再度、深々と礼をする。


「お姉ちゃん、またねー」

「またね。マリー」


 手を振るマリーに笑顔を返し、レンカは応接室を出て行った。




 レンカが去った後、トウカはマリーを改めて紹介することにした。


「母さん、この子がマリーです」

「マリーです。はじめまして」


 ぺこりと頭を下げる。


「初めましてマリーちゃん。ローザよ」

「ローザおばちゃん?」

「こら、マリー」


 慌ててオウカがたしなめる。


「ふふ、いいのよ。でも、この子はトウカの養子になるのよね?」

「はい」

「そうなると、私にとっては孫も同然……あら」

「母上、何か?」

「私、おばあちゃんになるのね……」


 四十歳を超えたばかりの彼女には少々重い肩書だった。

 見てわかるほどにローザは落ち込む。


「ようやく『おばさん』も受け入れられるようになったのに……」

「母上、気にしなくてもいいです。世間的には十分若く見えます」

「そうなの……?」

「そうそう。二十歳の娘がいるなんて思えないくらいに見た目は若いから」

「ありがとう……私、いい娘を持ったわ」


 娘二人に励まされ、ローザは気を取り直す。


「そうだ。この間、美味しいお菓子をいただいたの」

「お菓子!」


 お菓子と聞き、マリーが目を輝かせる。


「お菓子は好き、マリーちゃん?」

「うん!」

「わかったわ、それじゃあ持ってくるわね」


 ローザが退室し、部屋は静けさを取り戻す。

 戻ってくるまで、三人はソファに座って待つことにした。


「相変わらずだったわね、母さん」

「お前が帰ってきたのが嬉しかったのさ。お前の死を聞いた時は……見ていられないほど取り乱していたよ」


 先程の喜び様からも、よっぽど会えるのを心待ちにしていたに違いない。

 それだけ心配をかけたのにもかかわらず、笑顔で迎えてくれた母には感謝しかない。


「お前が帰りにくかったのはわかる。だが、連絡くらいはしてやれ。もうあんな母上は見たくない」


 トウカは頷く。

 誰も傷つけたくなくて自分は家を出た。

 だが以前オウカに言われた通り、その選んだ道が多くの人を傷つけていた。


 今から全てを取り戻すことはできない。

 だが、少しずつでも修復はしていこうと思うのだった。


「話は変わるが……」


 オウカが不意に切り出す。


「先程の二人を見てどう思った?」


 先程出会った二人の少女についてだ。


「まだ私とオウカの派閥争い、続いてるんだね」

「一時は私が家督を継ぐことで合意がなされたんだが、お前の生存がわかってロータスが合意を白紙撤回した」

「……ごめんね」


 トウカの謝罪に、オウカは自分の発言に意図していないニュアンスが混じっていることに気づく。


「すまない。そんなつもりではなかった……本来なら、私の方こそが栄誉に与れる身ではないんだがな」

「でも、それだと余計にこじれたかもね」

「……違いない」


 魔王討伐は誰もが家督を継ぐことに異論を挟む余地のない大きな功績だ。

 だが、トウカは家督を継ぐことを辞退している。

 もし彼女だけの功績となれば、決死隊に選ばれながら功績をあげられなかったオウカが継ぐことの正当性は成り立たない。

 結果、より大きな争いになることは明らかだった。


「皆、仲良くできればいいんだけどね」

「……昔の私なら一笑に付していたが、今は同感だ」


 トウカの隣で首をかしげているマリーを見る。

 人と魔族がこうやって親子として一緒にいられるのだ。

 人同士がどうして分かり合えないと言うのか。


「父上との話し合いもきっと上手く行くさ」

「うう……自信ないなぁ」


 なかなか七年と言う歳月は重い。

 そう思うトウカだった。

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