第13話 姉妹の戦い
「しっかりしなさいアキレア」
姉妹の戦いの傍らで、ノアはアキレアの傷口に手を当てていた。
魔力を変質させ、傷口を塞ぐために治癒魔法を送り込む。
「ごふっ!」
肉が再生し傷口を塞いでいく。傷口が蠢く感覚にアキレアが激痛を覚えるが、オウカに貫かれた腹部の穴は見る見るうちに塞がっていった。
「……相変わらず傷口が埋まってくこの感覚は気持ち悪いな」
「生きているだけでも十分です。完全に貫通していたんですよ」
腹を擦りながらアキレアは傷口のあった場所の感覚を確かめる。
たまたま急所が外れたのは本当に運が良かったと言えた。
「あっちはどうなってる?」
「……正直、言葉がありません」
ノアが視線を向けた先では、トウカとオウカの激しい戦いが行われていた。
二人を一蹴したオウカに対し、トウカは一歩も引いていない。
全くの互角の勝負にアキレアも驚きの言葉を口にしていた。
「……何だありゃ」
「まともに戦っていたら、負けていたのは貴方だったのかもしれませんね」
「馬鹿言うな」
アキレアは顔を背けて舌打ちする。
「……それより姉の方が言っていたこと、どうする気だ」
「この戦争を終わらせる方法ですか」
確固たる証を示すことで人々は戦いの終わりを信じることができる。
だが、その証たる魔王の遺体はない。
魔王が死んでいることを、人間たちにどう納得させるのか。
「何か手はあるのか」
「あるにはありますが……少々手荒ですよ」
「贅沢言ってる場合か。他に手がねえならやるしかないだろ」
ノアは暫くの沈黙の後、決意を固めて顔を上げる。
「わかりました。ですが、そのためにはまだ必要な駒が足りていません」
「……何をすりゃあいい」
「では、貴方に一芝居打ってもらいますよアキレア」
「マジかよ……」
ノアの言葉に辟易する。
昨日の奇襲も作戦だから引き受けたが、本来彼は小細工を弄するのが性に合わない。
「彼女たちの注意はこちらに向いていません。今の内に行きましょう」
「ああ……」
「どうかしましたか?」
二人を見るアキレアに、ノアは問いかける。
「……いや、あいつらどこか楽しそうに見えてな」
「はあっ!」
「やあっ!」
繰り出した剣が激しくぶつかる。
何度目かわからない火花を散らし、再び二人の距離は離れる。
「なるほど、確かに鍛え続けていたのは本当のようだ!」
「オウカこそ、あの武術大会で本気出してなかったでしょ!」
トウカが攻め立てる。その攻撃速度はオウカを遙かに上回り、その分手数も多い。
次々に繰り出される突き。だがオウカはその一つ一つを受け止め防ぎ続ける。
息をつかせぬ連続攻撃。一瞬でも気を抜けば主導権を持って行かれかねない。
「そこだ!」
突きの内の一つを見切り、屈み込んでそれを回避する。
トウカは突きの勢いで下方への対応ができない。
「もらった!」
「――っ!」
懐に飛び込まれたトウカ。だがそこで踏み止まらずに彼女は更に地面を蹴った。
加速した勢いを使い、体勢の低いオウカの頭上を飛び越える。
「何っ!?」
オウカの剣が空を切る。
低い斬撃の軌道のため、間一髪で足元への命中を避けきったトウカは宙返りをして彼女の後ろに着地するとすぐさま反転して一撃を返す。
「させるか!」
その軌道を読んだオウカは薙いだ剣を止めず、その勢いのまま回転しながら後ろへと体を向ける。
互いに遠心力を加えた一撃は激突し、二人の間で剣が止まりせめぎ合う。
「さすがに肝が冷えたぞ」
「くっ……」
「次はこっちの番だ!」
トウカの剣を押し返す。再び距離が離れた瞬間にオウカが動き出し、攻守が入れ替わる。
的確にオウカは一撃一撃をトウカに向けて放ってくる。こちらも気を抜けば致命打になりかねない。
だが、その全てをトウカは剣で叩き落とす。
その合間に牽制の一撃も放ち、オウカが懐に入り込むのを防ぐ。
「やるな。だが!」
オウカが突きを放ち、トウカは叩き落とすべく反応する。
しかし、オウカの剣がその途中で止まる。
「しまっ――」
オウカの殺気に反応してしまう。
その剣技は戦場での命のやり取りを経て研磨された実践的なもの。オウカは刃を交える中で虚実織り交ぜて隙を作り上げることに長けていた。
「そこだ!」
フェイントに釣られ、無防備なトウカの胴へと軌道を変えた斬撃が見舞われる。
「はああああ!」
だがトウカが咄嗟に剣を手放し、左手で逆手に持ち帰る。
腕を体ごと沈めて強引に降りおろし、オウカの一撃を叩き落とす。
「まだ!」
屈んだ直後、トウカは手を突いてそれを軸に体を反転させながら蹴り上げる。
「ちいっ!」
オウカも咄嗟に腕で防ぐ。
蹴りが当たった反動を利用してトウカは立ち上がり、再び剣を構えた。
「……やってくれる。まともに攻撃を受けたのは久し振りだ」
お互いの戦い方は全く同じ。体術と技で隙を作り、そこへ致命打を与えるものだ。
だが、それが不発だった時に生じる隙に対しても彼女たちは体術と技を用いて対応する。
フロスファミリアの者同士の戦いでは隙を生み出し、その隙を補える力を互いに備えている以上、致命的な一撃を与えるのは至難の業だった。
「だが、そちらの消耗の方が激しいみたいだな」
「くっ……」
トウカの息が上がっていた。手数の多いトウカの戦い方は消耗もオウカに比べて激しい。
「どうした、何をそんなに焦っている。短期決戦にする理由でも――ああ、なるほど」
オウカは気づく。確かにこの場で戦っているのは姉妹二人だ。だが今は戦争中、そしてオウカは自分の率いる部隊がいる。
この玉座の間にたどり着けたのはオウカだけだが、後続の騎士たちが追い付いてくる可能性もあった。そうなれば取り繕うことは難しくなる。第三者の介入が入る前に決着をつけなくてはならなかった。
「さあ、どうする。お前の全力はまだこんなものじゃないはずだ!」
「術式展開――――『強化』!」
トウカは魔力を開放する。
互いに同じ剣技と体術ならば、残るは魔術のみ。
魔術で強化した身体能力ならば相手の反応を上回る攻撃も可能となる。
「そうだ、もっと力を見せろ。お前の全てをかけて私を倒してみろ!」
「うわああああ!」
『強化』の術式で身体能力を向上させ、トウカが再びオウカに挑む。
次々と放たれる突きと斬撃をオウカは受けて防ぐが、威力を増した攻撃に次第にその守りが崩されてゆく。
やがて、受けきれなくなったオウカの防御が遂にこじ開けられた。
「やるな!」
「届けええええっ!」
後ろに剣を弾かれ、のけ反るように体勢を崩すオウカへ剣を突き出す。
「術式展開――――『強化』!」
その瞬間、オウカが術式を展開する。
弾かれた勢いを強化された腕で止め、迫るトウカの剣に下から斬り上げる。
「させるか!」
振り上げた剣でトウカの一撃が弾かれる。
通常ならば弾かれた勢いを無理矢理止めれば腕を痛めかねないが、魔術の使用で強化されているからこそできる動きだった。
「くうっ……!」
「残念だったな」
「まだ、終わりじゃない!」
トウカの側も、強化した体を使い崩れた体勢を無理矢理立て直す。
弾かれた勢いを利用して強引に体を回転させ、剣を振り上げたままのオウカへ再度斬撃を放つ。
「術式展開――――『加速』」
続いてオウカが二つ目の術式を展開する。
脚部に魔力を集中し、トウカの剣が届く前に動き出す。
その直後、トウカの剣が空を切る。オウカは既に距離を取り、体勢を整えて再びトウカへと向かう。
「術式解除」
それを見たトウカが『強化』を解除する。
そして、続けざまに新たな術式を展開する。
「術式展開――――『加速』」
トウカもオウカに向けて走り出す。
一足ごとにその速度は増し、全く同じ構えで二人の距離が近づいてゆく。
「おおおおっ!」
「はあああっ!」
最高速度に到達したその時、その勢いを利用して相手に渾身の一撃を放つ。
「
「
すれ違いざま、互いの技が激突する。
「ぐっ!?」
「わあっ!?」
激突の凄まじい衝撃で二人ともバランスを崩して転倒し、床を転がる。
「くっ……ここまでとは」
「はぁ……はぁ……」
技も体術も互角。術式を加えてもその均衡がなかなか崩れない。
互いの疲労やダメージも徐々に増してきていた。
「だが今の一撃は『強化』の分、私の勝ちだ」
「
体を起こす際にトウカの肩と腕に痛みが走る。
同じ技同士の激突は相殺していたように見えて、同時に『強化』を展開していたオウカの威力の方が上回っていた。
「お前は単独術式しか使えない。その分の差が出たな」
オウカとトウカの最大の差が魔術の才能だった。
武に秀でた父を持つ二人はともに優れた剣の腕を持っていた。
その一方で、魔術の大家出身の母の力を色濃く受け継いだのはオウカだけだった。
トウカは姉と比べて才能に劣った。魔力量も極端に少なく、術式構築も二つの術式を同時展開する複合術式のような複雑な物は使えなかった。
「久しぶりに熱くなれたよ。だが魔術の才に乏しいお前ではここまでが限界だ」
オウカが体勢を低くする。それは相手へ向けて一気に距離を詰めるための姿勢。
「術式展開――――『強化』『加速』」
オウカが術式を二つ同時に展開する。
そして動き出した瞬間、その姿が一瞬で消えた。
「術式展開――――『強化』!」
迷わずトウカが術式を発動する。
「――
直後、彼女の背後から刃が飛ぶ。一瞬で後ろに回り込んだオウカが放ったものだった。
そして殺気を感じた瞬間トウカはその方向へと剣を振るい、彼女目がけて振るわれた剣をその目の前で受け止める。
「くっ……」
「よく止めた」
体に伝わる衝撃は『強化』の術式で最小限に抑えられた。
「だが守っていても勝てんぞ!」
再びオウカの姿が消える。
豊富な魔力を持つオウカは『加速』の段階をもう一つ引き上げられる。
大量の魔力を爆発的に放出して加速し、瞬間移動の如く一瞬で移動をすることができる。
そこに『強化』を加え、相手の死角に回り込んで放つ威力を増した
「
消えては現れるオウカ。だが、その一撃をトウカは次々と防ぐ。
一度や二度ではない。本来ならば多めの魔力を使う代わりの一撃必殺と言えるオウカの技だが、死角から放たれる攻撃を驚異的な読みと反射で彼女は防ぎ続けていた。
「そこっ!」
そして、遂にトウカが反撃に転じる。
オウカの動きから彼女が現れる場所を推測し、その場所目がけて『加速』の術式を展開する。
「術式展開――――『加速』!!」
「何だと!?」
オウカ同様、トウカも独自に技を改良していた。
姉を上回る攻撃速度と手数の多さ。それらを最大限に生かす
「
「ぐうっ!?」
すれ違いざまに無数の斬撃がオウカを襲う。
剣で防ぎながら『加速』の術式を使い、強引に斬撃の弾幕から離脱する。
「……馬鹿な」
隙を見せたつもりはなかった。
だがトウカは戦いの中でオウカの動き、攻め方から次の一手を導き出して攻撃の糸口を見出した。
「……思えば七年前のあの時、お前の才能は開花し始めていたのかもしれないな」
侮っていたとはいえ、あの時のトウカの一撃はオウカが全く反応できなかった。
そして今、彼女は剣と魔の双方の才能に恵まれた姉に対し、剣の腕だけで戦力差を埋めていた。
鋭い読み、そして魔術の力を補って余りある剣の腕。
魔術の才に恵まれなかった代わりにトウカが得ていたのはオウカを凌ぐほどの天性の剣の才だったのだ。
「まったく、うちの老人たちも見る目がない」
思わずオウカが苦笑いを浮かべる。
優秀な両親から生まれ、幼い頃は将来を期待されていた姉妹だったが、トウカに魔術の才能が乏しい事を知った親族は彼女に『落ちこぼれ』『出来損ない』と烙印を押した。
だが実際はフロスファミリア家の歴史の中でも屈指の剣の腕に特化した才能の持ち主だったのだ。
「フッ……やはりお前を倒すには、これしかないようだな」
オウカが術式を展開する。
その姿が陽炎のように揺らぎ、何重にもなった輪郭が彼女から分かれ出る。
「その技は!?」
魔力が形を成す。展開した分身は六人。合わせて七人のオウカが立ち並ぶ。
それは彼女が王国一の称号を得て、アキレアとノアを退けた最大の切り札。
「これを展開したが最後。もう、お前は私をとらえることはできない」
「この全力の『
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