第14話 舞い散る花と咲き誇る花
「行くぞ!」
その一言を合図に七人のオウカが一斉に動き出す。
「術式展開—―――『加速』!」
先手を取ってトウカが突撃をかける。
加速して高速で分身したオウカのうち、二人の間に飛び込む。
「
すれ違いざまにその剣速で斬撃の嵐を放つ。
だがその剣閃は虚空を切り裂き、二人のオウカは健在のまま佇んでいた。
「やっぱり、当たらない……!」
想定していたこととはいえ、悔しさに表情を曇らせる。
確かに二人のオウカは斬撃を受けたはずなのに手ごたえがまるでない。
「無駄だ!」
振り向いた二人のオウカが斬りかかるが、加速したままトウカはそのまま離脱する。
対処していては他の五人が駆けつけ、囲まれかねない。
可能な限り足を止めず、一体一体に対処していけば囲まれて逃げ場を失うこともない。
「正解だ。だが、いつまで続くかな!」
統率のとれた動きでトウカの行く先へと迫るオウカたち。
トウカは隙を見ては一体一体に剣を振るうが、そのいずれもが実体を持たない。
逆にオウカたちの攻撃は受け止めようとすればその剣が時にすり抜け、時に当たる。そして避ければ風を切る音が聞こえる。
ノアやアキレアの時と同様、オウカへの攻撃はすり抜け、オウカからの攻撃は全ての分身が相手を脅かす。あまりにも理不尽な一対七の構図だった。
武術大会の決勝でこの技を見た時からトウカもある程度の予想は立てていた。
攻撃の当たらない精巧な分身。恐らくそれを構成する術式は『投影』であると。
もしも、実体のある分身を作るならば必要な術式は『複製』だ。
しかし、完全に同等のものを作ることは魔力の消費が激しい上、同質量の素材が必要となる。専ら単純な構造の無生物の複製に用いられる術式のため、生命体のような複雑な機構を持つものを複製しようとすれば非効率極まりない。仮に素材がそろっていてもたちどころに魔力が枯渇する。
理論上は魔力で実体を持たせることも可能だが、それだけの質量を構成する魔術を行使すればたちどころに魔力が枯渇してしまう。
つまり、オウカのように七人もの分身を作り出すことはまず不可能なのだ。
故に、オウカの技を構成する魔術に該当するのは攻撃を全てすり抜ける点から見ても映像を作り出す『投影』に他ならない。
だが、オウカは作り出した分身からも攻撃ができるという、『投影』だけでは説明がつかない点がある。つまり何か別の術式を組み込んでいるのだ。
「敗れまい。この技は二度と致命的な一撃を食らわないために編み出したもの。七年前の一撃がきっかけで生まれた技――お前に勝つために編み出した技だ!」
『加速』をかけて駆け抜ける中で一気に三人を切り捨てるがいずれも分身。
予想した手ごたえもなく、攻撃・防御に何をしても無意味に終わる。これは精神的にも負担がかかり続ける。
「お前の動き、そして技は見事だ。だが、当たらなければ何の意味もない!」
跳びかかるオウカの一撃を飛び退いて避ける。
だが、その場所には別の彼女がいた。
繰り出される一撃を剣で受け止める――今回は実体だったが、足を止めた彼女にすぐさま他のオウカたちが詰め寄ってくる。
「うわああああ!」
再び速度を上げて囲みから抜け出す。
高速で動けない点から見ても、もう一つの術式は『加速』ではない。
『加速』をかけて走り続けている限りオウカはトウカをとらえることは難しい。
「……そろそろか」
だが、トウカは自分の走る速度が落ち始めているのに気づく。
対決に集中するあまり重大なことが抜け落ちていた。
「しまった……」
それは、術式の効果時間。
際限なく使い続けるといつの間にか魔力が枯渇する恐れがあるため、また体への負担の配慮から、『強化』や『加速』のような持続的に使う必要のある身体強化型の術式は一定時間で効力が切れるようになっている。そして、その効果時間は使用者の魔力量に比例する。
また、使用していた時間に応じて再度展開するまで使用制限がかかるため、途中で術式を解除したり別の術式を展開したりで対応し、こまめに回復の時間を取って術式を使えない時間を乗り切る工夫を行うのが効果的な運用法だ。
だが魔術の才に乏しく、単独術式しか使う事の出来ないトウカはどうあっても効果時間と言う枷が戦闘で重くのしかかる。
「『加速』はそこまでのようだな!」
術式の効果が解け、トウカの速度が落ちる。
その時を見計らっていたオウカたちは一斉に彼女を囲む。
「術式展開――――『強化』!」
『加速』が使えなくなったトウカは代わりに『強化』で身体能力を向上させる。
だが、相手を捕らえられない現状で発動した所で無駄に魔力を消耗するだけだ。
しかし、どこから攻撃が来るかわからないオウカの技に対抗するためには使用を迫られる。
だが、それこそがオウカの戦術にはまった証。いかなる技を駆使しても捕らえられず、いかなる行動も徒労に終わる。体力も魔力も消耗した結果生まれる隙に容赦なく全ての分身と共に攻撃を放つ。
それこそ、自分の身のこなしと魔術の才能を最大限に発揮する攻防一体の技、『
オウカ側は基本的に『投影』を用い、必要なときにのみ“もう一つの術式”を用いる。そのため魔力消費はそれほど多くない。消耗しつつあるトウカに比べて分身による猛攻が止む気配がない。
一人、また一人と襲い掛かるオウカたちの攻撃から身をかわす。全てが虚像でもあり、実体でもあると言う言葉が本当ならば、一瞬たりとも気を抜けない。
「さあ、これはどうする!」
前後左右から四人のオウカが迫る。この陣形は武術大会で勝負を決めた時のものに酷似していた。
「はああああっ!」
回転しながら周囲を切り裂く。
四人のオウカをすり抜け、剣は空しく虚空をなぞる。
分身の向こうにはまだ三人がこちらへ向かっている。あのどれかが本体――。
「――とらえたぞ」
背後から届いた声に悪寒が走り、トウカは反射的に横へ飛び退く。
直後、右脚に風が吹き抜けたような衝撃があった。続いて焼けるような痛みが走る。
「ああああっ!」
右脚に走る赤い一筋。トウカが悲鳴を上げた。
斬られた場所から血が流れ、激痛で表情が歪む。
「これでお前の機動力は死んだ」
オウカの言うとおり、このケガでは先程までの様に激しく動くことはできない。
仮に動けたとしても激痛が走って確実に動きに精彩を欠く。
剣と体術によって相手を翻弄するフロスファミリアの剣技において、足のケガは機動性に大きく影響する。特に体術に頼りきりのトウカにとっては致命的と言えた。
「うう……」
トウカは転がりながら剣を避けるがその先は壁。残る三人も追いつき、遂にトウカは囲まれてしまった。
「ここまでのようだな」
だが、オウカの言葉をトウカは聞き流す。
彼女はまだ諦めていない。何か打開の手立てはないか必死に思考を巡らせる。
脚を切られる前、確かにトウカは周りを取り囲む四人をとらえた。だが、その直後に後ろから声をかけられた。
ただの分身なら言葉を発することはできない。恐らくはあの瞬間、言葉を発して攻撃した彼女は本物だ。
攻撃を受けた時は虚像、攻撃をする時は実体。まるで、本物と偽物が一瞬で入れ替わったように――。
「入れ替わ……り……?」
その言葉が、何か引っかかった。その瞬間、全ての光景が繋がって行く。
――臭いまで一緒に消えやがる。
鋭い嗅覚を持つアキレアを翻弄し、頭上に現れたこと。
オウカ本人ではなく、分身を上に飛ばして入れ替わったのなら説明がつく。
――馬鹿な……全ての分身が攻撃を。
ノアが展開した防御壁を分身たちの連続攻撃で打ち破ったこと。
攻撃するたびに後ろの分身と入れ替わったのなら説明がつく。
「……まさか」
そして、自分の眼前で起きた実体と虚像の入れ替わり。
分身が攻撃を受けた後に入れ替わったのなら説明がつく。
迫り来る分身と言葉ですっかり翻弄されていた。オウカの言葉は一部が本当だ。だが、肝心な所で嘘が混じっている。“全てが虚像であり、実体”なのではない。“全ての分身が実体になり得る”のだ。
それならば想定される術式は一つ。あまりにも用途が限られるために使われず、忘れ去られた術式――。
「――『置換』」
「……正解だ」
オウカは隠したりはしなかった。むしろ、その結論にトウカがたどり着いたことを喜んでいるようだった。
『置換』の術式は、物体の位置を入れ替える魔術。本来物資の輸送などに使われるものだ。だが、その制約の多さのため汎用性が低く用いられることが無くなった術式だ。
まず、置き換える対象同士を魔力で印付けする必要がある。次に、正確な座標が特定できないと入れ替えることができず、距離も魔力量に比例する。更に質量制限。魔力量が多くなければ大質量の置換は行えない。
つまり、自分の目が届く範囲で軽い物でなくては位置を入れ替えることができない。魔術の研究過程で生まれ、そのまま使われなくなった術式の為に使用者も殆どいない。
「お前なら気づくと思っていたよ」
「……昔、一緒に読んだ魔術大全に載っていた術式だものね」
しかしオウカの場合は、術式の対象を自分自身と『投影』で作り出した自分の分身に限定することで、その制約をクリアしていた。分身は自らの魔力の産物であるため、位置の把握も印付けも容易。質量も分身には存在しない。自分のみならオウカの魔力量で十分に可能だった。
『投影』の術式で生み出した虚像と自身の位置を『置換』の術式で入れ替える。それが、オウカの切り札『
「だが、分かった所でどうする。分身全てが転移座標である以上、どう足掻いてもとらえることはできないぞ」
この技は分身が増えればその分移動先が増える。現在立ち並んでいるオウカたちは七人、そのうち分身は六体。一度に七人をまとめて攻撃しなくてはとらえることはできない。
「……でも、まだ可能性はある」
トウカの発した一言に七人の中の一人がつい、笑みをこぼす。まだ闘志を失わないトウカに、全力を尽くして戦える相手と出会えたことへの感謝と、喜びの笑みだった。
「まだ、諦めないつもりか」
「あと一つだけ……できることがあるから」
トウカが剣を構える。彼女の技はもうほとんどが通じない。だがそれでも逃げることも、負けることもできない。ならば最後まで立ち向かうのみ。
「面白い。ならば、こちらもこれでけりを付けよう」
七人のオウカが展開する。壁を背にしたトウカにあらゆる方向から攻め込むつもりだ。
「先に謝っておくね」
「何?」
「この技、人に使ったことないからどれだけ痛いかわからないんだ」
苦笑するトウカの言葉にオウカは思わず笑ってしまう。
「まったく。こんな時に緊張感のない奴だ」
「オウカはいつも気を張りすぎだよ」
「一応、忠告は聞いておこう」
たった一瞬だけの、姉妹の会話を交わす。
どちらにしてもこれで最後。次の技で決まる。どちらかが倒れてこの戦いが終わる。二人ともそう確信していたからこそ、最後の会話になるかもしれなかったから――。
「行くよ、オウカ!」
「来い! お前を倒し、全てに決着をつける!」
先に動いたのは七人のオウカだった。
跳躍して空中から二人。左右から一人ずつ。前方から三人が一斉に飛びかかる。
「舞い散れ!!」
その剣をトウカに向け、一直線に突撃をかける。
そして姉は
「
迫り来る七本の剣。だが、トウカは心を鎮めて魔力を集中する。
元より使える術式は一つ。その中で最も自分の特性を生かすことのできる術式を選択した。
「術式展開――――『付与』」
本来ならば物体に魔力耐性を与えることのできる術式。
防具に使えば魔力攻撃への防御力が高まり、武器に使えば魔力を弾くことも切ることもできる。これならば魔力で作られた分身を切ることができる――だが、トウカの目的はそこではない。
通常を上回る量の魔力を注ぎ込む。持てる力を限界まで注ぎ込み、剣に魔力を蓄えさせる。魔力を付与する対象を剣からさらに“別のもの”へと移し替えるように独自に術式を改変したトウカ専用の『付与』。
「勝つよ、オウカ」
剣を握る手に力を込める。
そこから放たれる技は己の剣速を最大限に用いるが、魔力の消耗が激しいために乱発できないトウカ最大の切り札。
「――咲き誇れ」
何故なら――姉同様その技に
「
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