第5話
マンション「群」と呼んでもいいような大きなマンション。実際中は東館とかC棟みたいな区分があるからたくさんの建物、マンションが集まってると思う。わたしはその最初の入り口、だからマンション群の内に入る為の建物の自動ドアに立っていた。どうも自分の暮らしてるところとこうも違うと理解が追いつかないというか、説明できないというか。
ともかく肩にかけたカバンをしょいなおして、わたしはいつもの通りにドアの横のマンション群全体共同のインターホンに部屋番号を入力、コールする。
コールが鳴り終わる。鳴り終っても反応がないなら留守って考えるか、もう一回コールするのが普通だけど、わたしはあえてなにもしないで待つ。そろそろ監視カメラを覗いてる誰かがいたら疑われるぐらいかなーという頃に、インターホンのスピーカーから前触れもなく七々ちゃんの声が響いてくる。
「詩絵さん、おはようございます。今日はいつもより少し遅いですね」
「ちょっと眠れなくてね。準備は?」
「できてますよー、どうぞ」
七々ちゃんがそう言ってから少し間があってから目の前の自動ドアが開く。わたしはそれをくぐってちょっとの間マンション群の中にお邪魔する。
多分七々ちゃんは部屋のインターホンを通してこっちに答えてるんじゃなくて、直接こっちのインターホンのスピーカーに取り憑いてるんだろうなあ。
「二度手間だよね…」
七々ちゃんの部屋の前に来るとわたしはそのままの流れでドアノブを回してドアを引く。開いてるのは知ってる。
「それじゃあ今日もよろしくお願いします」
玄関でわたしを待っていたのは見慣れたスピーカー。いやって程にね。
「はいはい。ちゃんと戸締りはした?」
「そもそもわたし、戸を開けないですから」
「ガスとかテレビとか点けっぱなしにしてない?」
「この家の電化製品はわたしの手の中ですから」
なにかあったらわたしのせいって気もするし一応それだけ聞いて、わたしはよしっと言ってから七々ちゃん入りのスピーカーを持ち上げる。
「それに最後の戸締りは詩絵さんの役目ですから」
スピーカーを抱えたままどうにか空けた手で玄関の棚の上に置いてある鍵をすくう。それからマンションの廊下に出て一旦七々ちゃんを床に置く。最後の戸締り、家の鍵をわたしが閉めて、その鍵を自分のカバンに入れる。
「それじゃ、行こうか」
「了解です」
よいしょっとかけ声を出して、わたしは七々ちゃんを持ち上げた。
第五話:ハビットコンプレックス
「ちょっとよろしいか」
正面に立つ男子生徒がそう言って、わたしは首を回して廊下を見渡す。
「もしかしてわたし?」
「そうだ、窓井詩絵で間違いないな」
堅物そうな喋り方とその雰囲気におされてわたしは思わず、ははいと口走る。でも考えてみれば、多分初対面の人にいきなり呼び捨てにされる筋合いはないよね。
「なんの用ですか」
ちょっと強気に答えても向こうは手を後ろに組んだまま体勢を変えずに続ける。
「私達と少し同行願えるだろうか」
「たち?」
気が付けば廊下には関係ない人は誰一人いないし、わたしの後ろには二人立っているようだった。有無を言わさずわたしを連れて行くっていう意思の表れなんだろうけど。
待ってなにこの状況。
「私達は君を連れて行くだけだ。君だけを。もちろん手荒な真似はしない」
目の前の人は淡々とそう言う。いやだからなんでそんなこと言ってるの。
「す、すいません、人違いでは…」
「先ほど窓井詩絵かと聞いて君はそうだと答えたはずだが」
そういえばそうだった。でもまったく心当たりがないんですが。
「さらに付け加えるならば、君を連れて行くのはあくまでこの学校の中でしかない。その点は安心してもらいたい」
それは別にたいして安心できる理由になってないような。
ともかくここから脱出しよう。なんだかわからないけどついて行ったらいけないぐらいはわかる。一応正面の方が手薄だし、隙ができたらまっすぐ勢いにのって駆け抜ける、これしかない!
「そうだ、一つ言い忘れていた。お呼びになっているのはネーゼ様だ」
「それを一番最初に言いましょうよ」
※※※
連れられて着いたのは部室棟の一角にある教室。窓という窓に暗幕が張られていて中の様子は外からじゃ全然見えない様になっていた。ここまで来て今更だけど、寧世ちゃんが呼んでるって話、あれ嘘的な?だいたいそんな回りくどい真似しなくても、帰るときとかにでも行ってくれればいいわけだし、あれもしかしてわたし大変なところに来ちゃったんじゃ…
わたしがここに来てパニクってると文化祭のお化け屋敷のと見間違えるばかりの教室のドアがガラガラと開いた。
「詩絵、やっと来た」
回りくどいなあ、もう!
「寧世ちゃん、なにこれ」
ドアから中に入っていく寧世ちゃんについてわたしも教室の中に入る。わたしをここに連れて来た三人はまだ廊下に待機してる。
「元々、私が、使ってた、占いの館」
そういえば自分のイメージを変えようって、能力を使った占いとアドバイスみたいなことをしたって寧世ちゃん言ってたけど。
「そして今はネーゼ様の神殿」
廊下に待機していた三人も教室の中に入ってきて内からドアを閉める。全部の窓が覆われてる教室だからもちろん、開いてたドアが閉まるとまた教室の中は真っ暗になる。
「ちょっと寧世ちゃん、これじゃ何も見えないんだけど」
わたしがそう言い終わるか終わらないかの内にカチッというスイッチを入れる音がした。それで天井の蛍光灯がぱっと点くことはなく、もっと寿命の迫ってる蛍光灯が点滅する。これは目に悪い。またスイッチを入れる音がして、今度は床から上に向けられた照明がついた。なんというか電気の無駄遣いをしてる気がするなあ。
「そこ、椅子に、座って」
寧世ちゃんの声につられて周りを見回すと確かにパイプ椅子が置いてあった。わたしはその背もたれを手で掴んで自分の元に持ってきて座る。
下からの照明が壁に沿って点いて行くとその最後、わたしの目の前に玉座があった。
ごめん意味が分からない。
「これ、わたしの椅子」
「そりゃ寧世ちゃんが座ってるんだし、そうだとは思うけど…」
噂には聞いてたけど、寧世ちゃんはここまで本気で崇められてたんだ…驚きとか呆れとか通り越して感嘆の溜息が出た。
「それじゃあ、わたしはここまで連れて来た人たちは」
振り返りながらそう尋ねると、すでに教室の後ろの方でぴしっと立ってる人たちは口を揃えて言った。
「信者です」
この人たちは本当に大丈夫なんだよね?
「七々たちに、気付かれずに、ここに連れてくるには、こうするしかなかった」
「いや絶対他にいくらでも方法あったと思うよ!」
RPGの王様が座るような立派な椅子に不釣り合いな服装、つまりは高校の制服を着た寧世ちゃんは椅子に浅く腰掛けて言う。
「それでは、この場は、私達だけに」
やけに尊大に言ってるけど、それにみんな従うだけ寧世ちゃんは慕われてるというか敬われてるんだろうなあ。
「いや私達もここに残ります」
ダメだ全然従ってない!信者のみなさんは一様に頷いた。寧世ちゃんにとってもその反応は想定外だったようで、ちょっとむっと口を結んでから理由を問う。
「我等一同、片時もネーゼ様から目を離す訳にはいかんのです。我等を救って下さったあなた様に万一のことがあればとてもこの先生きていけません」
「流石に、教室にいて、そんなこと、ない」
不服そうに寧世ちゃんは言う。まあいくら敬語で言われても要するに危ないから目を離せないって言ってるもんだもんね。信者っていうかもう過保護な親。
「教室で、駄目なら、登下校も、禁止するの」
「いえ、我等はいつでもネーゼ様を見守っています故。もちろん登下校中もです」
この人ひざまずいて言ってるけど、それ要するにストーカー行為じゃん。
「詩絵、ごめん。話があった、けど、また今度でいい?」
「えっ、あ、うん。普通に言ってくれるなら、わたしはいいけど」
すると寧世ちゃんは立ち上がって近くにあった机の上を自分の椅子の前に移動する。
「それじゃあ、てる達にはちょっと、遅れるって、言っといて」
「わかった、けど…寧世ちゃんはどうするの?」
教室の隅に固まっていた信者さんたちを手招きして呼ぶ寧世ちゃんの背中にわたしは訊ねる。すると寧世ちゃんは振り返って、玉座に掛けてあったマントを羽織ってから
「教育的指導、する」
そう答えた。その目は馬鹿にされた怒りで燃えていた。これはここに残ってちゃ悪いかな。というか巻き込まれたくない。
「それじゃあお手柔らかにね…」
わたしはそれだけ言って教室から逃げ出した。
※※※
それから日が回って放課後。
「ここで、いい」
いつも乗り換えのために降りる駅とは違って川の近くの駅に降りたわたしたちは改札を出て街中を抜け、川沿いの道に出た。土手上のこの道から土手を下って河川敷が広がって、その先に川が流れてる。ちなみにわたしはどこに向かってるか知らない。ただ寧世ちゃんについていくだけ。
そうして歩いた具合、土手が段々になっているところまで来ると寧世ちゃんはそこをとっとっと降りていく。それからその中腹ぐらいの段で止まるとそこに腰掛けた。ちょいちょいと寧世ちゃんはまだ土手上のわたしを手招きする。
一段一段が妙に高くて、ちょっと飛び降りるようにして段を降りてわたしは寧世ちゃんのところまでいって横に座る。
「ここなら、大丈夫」
「なにが?」
「もし、あの中の誰かか、全員が来てても、話までは、聞かれない」
思わずわたしは周りを見回してしまう。野原になってる河川敷でボールを蹴って遊ぶ親子、土手道をランニングする人に自転車を漕ぐ人、あやしい人はいない。でも確かにここでの話なんて上の人にも下の人にも聞かれる心配はないね。
「でもなんでそんな心配?」
わたしが横を向いて寧世ちゃんに聞くと、寧世ちゃんもわたしの方を向いて、片手をぽんとわたしの肩に乗せて言う。
「詩絵のため」
「わたしの?」
寧世ちゃんは顔を川の方に戻して頷く。それからちょっとの間があって、寧世ちゃんは唐突にこんな話をしてきた。
「私、人には見えないもの、見える。でも、人の心は、見えない」
寧世ちゃんがわざとわたしの方を見ていないような、そんな気がしてわたしはむしろ寧世ちゃんの方をじっと見る。
「でも、人のオーラ、人の雰囲気、人の気分は、見える」
後ろで自転車の通る音がした。心当たりが、ある。
寧世ちゃんが溜めに溜めてこっちを向いた。
「なにか、あった?」
だから照葉ちゃんもえりみんちゃんも、七々ちゃんだって二人に預けてわたしだけを連れてきたんだとなんとなく分かった。あと周りの様子を気にしてた理由も。
そして多分寧世ちゃんにはどんな嘘も通じないことも。
今度はわたしが川の方を見る番だった。魚が跳ねた。カモが飛んだ。
「特別なにかあったわけじゃないよ。うんいつも通り」
寧世ちゃんの顔に不満さが出てるのが目の端に見えたけど、わたしは無視して続ける。
「いつも通りの中に気付いちゃったって話だから」
とても単純な話。部活とかそういうので活躍して入賞して表彰されたり、トロフィーでも持ち帰って来た友達が遠い存在に見えるような。果ては、テレビに映る人、雑誌に載る人に向けて感じる、同じ世界の人じゃないみたいな感覚。ただそうなる過程が逆だっただけ。
誰かが成功するのはまあ努力がないとは言わないけどやっぱり適性とか才能みたいのがあるからで、だから成功した人には自分と違うものが見える。今回はそうじゃない。自分と違うものを見たのは同じだけど、それはその人が成功したからじゃなくて、その人が苦しんで悩んでいたから。悩む内容、そのレベル、次元の違いをわたしは見た。
「襟実の、こと?」
寧世ちゃんが窺うようにわたしに聞いてくる。もちろんわたしは川の水面を見たままで、それで頷くとも首を振るともせずに笑う。
「おかしいよね、他の人からみたらさ。わかってたことだもん。わたしはちょっと前に転校してきただけの普通の人で、みんなは普通と違うものを持ってる。最初からそう言われてたし。いやどっちがいいとかそういう話じゃなくてね、ただ違うんだろうなって。今更気付いた」
わたしにはみんなの苦悩もなにも理解しようとできるだけのもとがない。
「さかのぼってみれば、転校してすぐに友達もできずにいたわたしをみんながさそってくれたのにずっと甘えてたのがね、やっぱり…」
ぐにゅって音がしたとかしないとか。わたしは言いかけで話すのを止めた。隣の寧世ちゃんがわたしの右頬をつねってひねっていた。
「痛いんだけど」
「知ってる」
「急にどうしたの」
「昔誰かに、聞いたことだけど、口に出すこと、慎重に選んだ方が、いいって」
「言ったことはホントになるから、とか?」
寧世ちゃんはふるふると首を横に振った。
「言ったことは、必ず誰かが、聞いてるから」
つねられたところをさすりながらわたしは久しぶりに寧世ちゃんの顔を見た。
「わかるような、わからないような…」
ただそのよくわからない言葉のせいかお陰か、わたしは続きを話す気はそんなになくなっていた。そういう意味では寧世ちゃんの思惑通りなのかもしれない。
ともかくとわたしはまた顔を背けようとしたらまた寧世ちゃんに頬をつねられ引っ張られる。段々力が強くなってる気がする。
「私は、今までに何人か、人の悩みを聞いてる」
オーラを見る占いをやっててそういうことをしてたんだっけ。
「だからはっきり、言えるけど、それは詩絵の問題、私には何もできない」
…本当だ。それでなんでわたしはあんなにぺらぺらと喋っていたのかって話になって、それからなんで寧世ちゃんはわたしに話させたのかって話になる。多分わたしはなんなくそれに乗せられすがって、それで今その手を離された。
離されたはずなのに。
「なんでまだ頬つねったままなの?」
掴んでおくならやっぱり手とか腕の方がいいかなー、つねったままだと痛いんだけど。
そう言っても寧世ちゃんはわたしの頬から手を離さない。
「癖、あるいは趣味」
「えっと…何が?」
「つねってる理由。つねってみたかった」
「わたしの頬、そんなに垂れてる!?」
そんなに、つねってみたくなるほど贅肉ついてるの…
「まあ、それはともかく」
「ともかくしないで!」
それはわたしにとって、今きにしてることと同じかそれ以上に大事なことだよ!
「力も何も、それはただの、悪い癖」
寧世ちゃんはわたしの頬から急に手を離す。すぐにわたしは少しはれた頬をさすって、それから自分でもつねる。そんなに、いやそこまでじゃないはず…
「物を失くしがち、自分ひとりで喋りがち、余計なものまで目を向けがち、人任せにしがち、体が消えがち」
「最後のはおかしいよ!?」
「でも、そんなに変わらない。体の構造がどうだとか、思考形態がどうとか、そういう話じゃなくて、もっと些細な話。ほら、詩絵だって、重そうなもの見たら、運びたくなりがち、でしょ?」
「ひどい偏見だよ!ていうか待って、わたしそんなキャラにされてるの!?」
まさか毎日七々ちゃんの入ったスピーカーを運んでる内にそんなキャラ付けがなされてるなんて…確かに今までなら運ぼうとも思わなかった重そうな物も持てるんじゃないかとか思い始めてたけど!
「だから詩絵は、重い物を運ぶ、能力者」
「嫌だよそんな能力!」
「ただ、それだけ」
なんでかずっと前から真面目な顔をしていた寧世ちゃんがここぞとばかりに見つめてきた。わたしを。
聞いた話じゃ、寧世ちゃんも照葉ちゃんもえりみんちゃんも、そして多分七々ちゃんも、ここに、あの学校に来るまでは周りに同じような人はいなかったらしい。その中で自分のことを、人と違う力のことを考えた時間は、回数はわたしの比じゃない。それで寧世ちゃんがたどりついたのは、変でも特殊でもなく、ただの癖。もう能力でもなくて、ただの心の形とそれに伴った仕草。能力なんてそんなものなんだと。流石にわたしの癖なんて、わたしにはわからないし、絶対にスピーカーを運ぶことなんかじゃないけれど、ただ他の何かもわたしが気付いてないってだけの癖。っていうか癖なんて自覚あるものじゃないよね。ただ寧世ちゃんはそれがはっきりしてて、自覚があっただけ。ただそれだけ。
わたしの嫉妬はただの特別視。そしてえりみんちゃんは言うだろう。自分の悪癖を恥ずかしがるように。そう、自分の未熟さをちょっと責めながら。
「ただそれだけ、ね」
寧世ちゃんは頷く。本当にただそれだけなんだと、そう念押しするように。
「もう、いい?」
「うん、大丈夫。…帰ろっか」
先に立ち上がった寧世ちゃんに釣られてわたしも立ち上がる。
「ちょっと意外だったけどね、寧世ちゃんに呼び出されるとは」
かといって他に気付きそうだった人がいるかと言えばうーん、七々ちゃんには気付かれないように一番注意してたしなあ。
土手道に登ったらわたしと寧世ちゃんは駅に向けて歩き始めた。それから寧世ちゃんはわたしの方を振り返って得意げに言った。
「自信を持って言う。私、誰よりも皆、見てるから」
歩く寧世ちゃんにわたしはついて行く。
「ただそれは、私の趣味、癖なだけ」
寧世ちゃんは片目を閉じてそれを片手で指差す。あくまでも自分の目は関係ないとばかりに。ただの自分の癖で皆を見ているだけだと。
「追いつけるかな、今度は」
「それは、詩絵次第」
「うん、さっきも聞いた」
とりあえず今は寧世ちゃんの隣を歩こうと思えた。
※※※
次の日。いつものように家を出て、いつものように最寄りの駅には寄らずに一駅分歩いて、いつものようにインターホンを鳴らして、いつものようにドアを開けて。
「おはよ、七々ちゃん」
またスピーカーに出迎えられて。
「おはようございます。さてそれじゃあ行きましょうか」
「戸締りは?」
「もちろん出来てますよ。それからガスも水道もОKです」
いつものようにわたしはこの家のカギを取って、七々ちゃんを抱えて外に出て、閉めたドアにカギをかけて、それをカバンにしまう。
「詩絵さん、もしかして今日は機嫌いい感じですか?」
それから少し歩いた駅から電車に乗って、揺られてしばらく乗り換えの駅で降りて、歩いてる内に七々ちゃんがそう言った。
「自分の機嫌なんてわかったりわからなかったりするものでしょ」
「なんですか、それ。わかるようなわからないようなこと言ってますよ」
「多分それでいいんだよ、今は」
「むぅ…その感じからするに昨日寧世さんと何かあったんです?」
「べっつにー」
「それもう、イエスって言ったようなもんじゃないですか」
大勢の人に紛れて青になった横断歩道を渡る。スーパーとコンビニに挟まれた道を歩いて、いつもの待ち合わせ場所に向かう。
「だいたいですね、わたしとはいつも一緒に帰ってるのに、それを差し置いて…それに詩絵さんはわたしの運搬係としてのですね…」
「ねぇ、七々ちゃん?」
「なんです」
「もしかして妬いてる?」
車道を横断するところでわたしたちはそこを通る車を何台か待って立ち止まる。その間中ずっと七々ちゃんは黙ったままで、車は行ってしまって。
「だ、だいだい前言ってたじゃないですか!どこへなりとも運ぶって!」
「それ今関係なくない!?」
道を渡って歩いていくと、待ち合わせの木の下にはもうみんなが揃っていた。なんか照葉ちゃんより遅く来てしまったことに少し悔しさがある。今度もわたしは七々ちゃんを抱えてそこへ歩いていく。今度は追いつけるかなんて、あの時は寧世ちゃんに聞いたけど。
まあ無理に追いつこうとしなくても、みんなが待っていてくれるから。
「それなら、ちょっと言い直すよ」
「え、何がです?」
「今度は、わたしと一緒に来てくれる?」
パレット・ハビット 中畑 汎人 @futon
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