- Ⅳ -


 二人が通された部屋は、先程の格納庫から一つ上の階の船の中央にある部屋だった。上へ伸びる階段はなかったので、この船は二階層になっているようだ。

 部屋の中には年季の入った大きな机とその周りに椅子が十脚。壁に沿っておかれた小さな机の上には紙やペン、分厚い本など色々なものが乱雑に置かれている。ルイセルは適当に座って、とにこやかに言うと、自分はさっさと上手の席に座った。

 アイリアとイルミンは顔を見合わせてから、ゆっくりとルイセルの前に並んで座ったが、最後に入ってきたテオは腕を組んだまま入り口の横の壁を背にもたれて立っている。


――やっぱり、こいつら何か企んでんのか?


と、イルミンは内心舌打ちをした。

 テオは寡黙ではあるが独特の威圧感を持っており、今の状態も見張られているように感じる。さっきの赤毛の整備士も最初は俺たちを警戒していたし、何より一番気が抜けないのは目の前の笑顔の美青年だ。物腰が柔らかく穏やかだが、こいつが一番何を考えているのかわからない。



「・・・そんな顔しなくても大丈夫だよ、イルミン」



 色々考えて険しい顔になっていたのだろうが、その言葉にイルミンは更に眉根を寄せ、無言で返した。

 やりづらいな、とルイセルは嘆息する。


「全く。テオ達が怖い顔するからだよ?」


「お前がいつも無茶するのが悪いんだろうが」


「そんなに心配しなくても大丈夫なのになぁ・・・」


「それを解っててやってるから質が悪いんだよ、お前は」


じとーっとした目線を返すテオだが、諦めたようにため息をついた。

 しょうがないでしょ、とルイセルはにこにこと一層笑みを深くして言うと、机に両肘をつき、指をからませ、その上に顎を乗せながらアイリアとイルミンの方に少し身体を乗り出した。


「僕は、君達の話が聞きたいだけなんだ」


「一体なんの話だよ?」


もったいぶるな、とイルミンは不機嫌な声を上げる。

 そんなイルミンから目線だけをアイリアへ向け、ルイセルが切り出した。


「アイリア。君のお母さんは、ヴァンダーフォーゲルの長だよね?」


「ええ、そうだけど・・・」


「空賊の間で噂になっててね。――『ヴァンダーフォーゲルの長の娘は、特別な力を持ってる』って・・・」


「え・・・?」


 アイリアは首をかしげてぽかん、としている。

ルイセルの言葉に緊張した反応を示したのは、イルミンの方だった。


「何故、そんなことになってる?」


「うーん・・・一ヶ月くらい前からかな?急に騒がれだしたのは」


 ルイセルは初めて柔和な表情を崩し、懐から4つ折りにされた紙を二つ取り出して広げる。――それは、空賊の手配書だった。

 二人の賞金首はどちらも黒づくめで、一人は金髪に大きな眼を持ち、もう一人は黒髪の無表情の男――。


 アイリアは、二つの手配書の顔を見てハッと声を上げた。


「イルミン、この人達って・・・!」


「ああ。ヴァンダーフォーゲルを襲ってきた奴らだな」


イルミンが同意し、二人はルイセルを振り返った。

 ルイセルはやっぱりね、と苦い表情のまま呟き、手配書の顔に指を差した。


「彼は、空賊団『烏』の頭・ジークハルト。そして、こっちの黒髪はその右腕のエドガー。彼らが渡り鳥の長の娘を狙っていることを、立ち寄った街で耳にしてね。

――彼らがアイリアの力のことをどこで知ったのかは知らないけど、君達が空賊に襲われたことを聞いてこいつらの仕業だろう、ってすぐにピンと来たよ」


そう告げるルイセルに、待て、とイルミンは冷たい声で返す。


「――アイリアの力のことを、何故、あんたが知ってる?」


「それは・・――まだ内緒、かな」


「あんた・・・いい加減にしろよ―――っ・・・!!」


 イルミンは声を荒げて立ち上がり、机に乗らんばかりの勢いでルイセルの胸元をひっつかんだ。アイリアが悲鳴のような声を上げ、テオが素早く止めに入ろうとしたが、ルイセルは待って、とそれを制止した。


「――ごめんね。こちらにも事情があるんだよ」


「どんな事情だよ・・・?」


 今にも殴りかかりそうなイルミンと、首元が閉まり、顎が上がった状態だが柔らかく微笑むルイセル。


――しばらく睨み合った後、ルイセルはイルミンの腕を掴むと、ゆっくりと端正な顔を近づけ、囁いた。




「―――君達は、リリーに誰のところに行けと、言われた?」



「な・・・!?」


「ここまで知ってても、僕は一切君たちに危害は加えていない。――もし僕らが敵だったら、この状況ならいつでも君たちを始末できるよね?」


「・・・」


「詳しいことは僕から言えない。けど、信じてほしい」



 ルイセルが諭すようにそう言うと、迷った表情を見せたイルミンだったが、やがてくそ、と悪態をつきつつもルイセルから手を離した。

 喧嘩にならずに済んで良かったと、アイリアもほっと胸を撫でおろす。

 ルイセルは首元を直しながら椅子に座り直したが、イルミンは立ったままルイセルに背を向け、机の端に座ると不貞腐れたように先程のルイセルの質問に答えた。


「――長は・・・俺に『ルーカス・ウェーバーを訪ねろ』と言ったんだ。古い知り合いだって・・・」


「この船の頭が、そのルーカスだよ」


「は・・・?この空賊団の頭・・っ!?」


 素っ頓狂な声を上げ、イルミンはルイセルを振り返り、また彼に詰め寄った。


「あんたがこの船の頭じゃないのかよ!?」


「違うよ。船の頭は、ルーカス・ウェーバー。僕はその息子だよ」



 ルイセルは質問に否を返し、にこにことイルミンの反応を楽しそうに見ている。

その様子にイラっとしているイルミンの隣で、そうか、とアイリアが呟いた。


「さっきの整備士の人達、ルイセルさんを『若頭』って言ってたわ」


「そうなんだよ・・・。『マフィアみたいで嫌だ』って言ったんだけど、オリヴァーとアルノーが面白がってそう呼ぶようになっちゃって」


なんか定着しちゃった、とルイセルはあっけらかんと笑う。アイリアもつられて愛想笑いを返した。

 イルミンはイライラしながら、そんなことより、と脱線している話を元に戻した。


「この船が本当にルーカスの船だっていうなら、当の本人はどこにいるんだよ?」


「ああ。父さんなら行方不明だね」


「―――はい?」


 イルミンとアイリアが同時にそう言った。

 ルイセルはうんうん、とうなずく。



「そりゃ、そういう反応になるよねぇ」



 僕も父さんの奔放さには困ってるんだよ、と負けず劣らずの自由人はやれやれと首を振った。どの口が言ってんだ、と文句を言いそうになるのをイルミンは堪える。


「大半は、副頭と一緒にいつも宝探しに出掛けちゃっててね。この船の事は僕に任せっきりなんだ」


帰ってきたらきたで大変なんだけど、と嘆息しながらルイセルがぼやく。

――大丈夫か?この空賊団・・・と、イルミンが内心思っていると、アイリアがおずおずと口を開いた。


「あの・・・私の力、ってそんなに特別なんですか?」


「うん、そうだね」


 あっさりとルイセルが肯定する。

それにイルミンはぐっと詰まったような表情をしたので、その様子を目敏く見つけたルイセルは、ふーん、と納得したような様子で言った。


「アイリアは知らないんだね。――自分の力がどう、特別なのか」


「はい。――小さな頃から誰よりも天候を読めたし、タクトも物心ついたときには操れていたけど・・・」


「人よりちょっと能力に恵まれている、とかそういったことじゃないよ。君の力は」


 ルイセルは笑ってそう言ったが、アイリアは出逢ってから一番の威圧を彼から感じ、アイリアは思わず唾を飲み込んだ。柔らかな態度であるはずなのに、目線も態度も何処か鋭くなっているような感じだ。


「大きな力を持つ者は自分の力を正しく把握しなきゃならないのに・・・何で誰も君に教えなかったんだろうね」


何も変わらないな、とそう吐き捨てるように言い、ルイセルはイルミンに目線を滑らせた。


「――僕から言うより、君が言ってあげた方がいいんじゃない?もう外部に情報が洩れてしまっていることだし」


「・・・ああ、そうだな」



 イルミンは少し考えた後、一つため息を吐き、俺が本来言うべきことじゃないんだろうけど、とイルミンは真剣な表情でそう前置きをしてから、言った。


「――アイリア、お前の持っている力はどんな異常気象も、他のどの渡り鳥のタクトも無効化してしまう――」



――――『蒼天』のタクト、だ。




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