-Ⅲ-


 しばらくすると、前方に飛空船らしき影が見えてきた。

ルイセル達が真っ直ぐにそれに向かって飛んで行くところを考えると、あれが彼らの船なのであろう。

 その影が大きくなるに連れて、アイリアは息を飲んだ。

 故郷である「空飛ぶ島」の異名を持つヴァンダーフォーゲルとは異なり、金属製の重量感のあるシルバーの装甲で、空の色が反射して所々ブルーに見える美しい機体である。船頭は丸みを帯び、船尾にいくにつれ細くなっており、側面には大きく「F」の文字をモチーフにした空賊のシンボルと、その下に小さく「Windstoß」の文字が彫られている。

 ヴァンダーフォーゲルほどではないが、デルフィーン・シフが10隻は収納できそうな、かなり大きな船だ。

 船体の側面に来たところでルイセルが銀髪をなびかせながらくるりとこちらを振り向き、ゴーグルをしたまま微笑んだ。


「これが僕の空賊船『ヴィントシュトース号』。多分、僕達が帰ってきたのは見えてるはずだから格納庫が開くと思うんだけど・・・」


と、ルイセルが言っている側から、船の側面の下方がゆっくりと開く。

彼はそれを見て上機嫌そうにクスっと笑うとアイリアとイルミンに言った。


「――ようこそ、空賊団「自由フライハイト」へ。歓迎するよ、二人共」


そしてテオに声をかけると、ルイセル達のデルフィーンは格納庫の中へと入っていったので、アイリア達もそれに続いた。






「若頭、テオさん、おかえりなさい!!」


 アイリアとイルミンが無事に格納庫の中にデルフィーンを泊めたところで、元気な少年の声が響き渡った。

 アイリアはゴーグルを外しながら声の聞こえた方に目をやると、ゴーグルを首にぶら下げ、茶色のふわふわとしたくせっ毛に、同じ色の大きな瞳と頬に絆創膏を張り付けている10歳くらいの少年のキラキラとした視線とぶつかった。

 どうやらこちらにとても興味津々のようだ。

 その無邪気な可愛らしい姿にアイリアが思わず微笑んで返すと、少年は真っ赤になって下を向いた。


「アイリア、ほら」


 早く降りろよ、と言わんばかりにイルミンが自然な様子で手を差し出した。アイリアはその手を掴むと、支えられるようにして補佐席から降りた。

 格納庫の中には、見立て通り10隻弱のデルフィーンが綺麗に整列されていた。

 アイリアとイルミンがその光景に圧倒されていると、機体の間から煙草を咥えた作業着姿の男がひょっこりと顔を覗かせた。

 短い黒髪を持つ長身で筋肉質な体つきのその男は、右手にスパナを持ち、頬に煤をつけたままルイセルに声をかけた。


「お。若頭おかえりですかー・・・――って、おい、ヴォルフラム!!お前、見張り台離れて何してる!!?」


「げっ・・・」


ヴォルフラムと呼ばれた茶髪の少年はあからさまにしまった、という顔をした。


「げっ、じゃねえよ!持ち場離れんじゃねえ!!」


「わ、わかったよ!オリヴァーさんのケチ!」


作業着姿の男がそう一喝すると、ヴォルフラムは名残惜しそうにアイリア達を見ながら格納庫から出ていった。


「ケチってなんだよ、ったく・・・」


 オリヴァーと呼ばれた作業着姿の男はぼやきながら、こちらに目をやると、おや、という顔をした。


「若頭、お客か?」


「あぁ。とっておきのね」


「あ?とっておき・・・?」


 ルイセルはにっこりと微笑む。オリヴァーが怪訝そうな顔をして彼を見返していると、「オリヴァー!!!」と遠くから甲高い怒鳴り声が聞こえてきた。

 一同が声の方を振り返ると、小柄な青年がものすごい勢いで、ものすごい形相を向けて走ってきている。


「ん?どうしたアルノー、そんなでっけぇ声だし――どぅえええええ!!!?」


 青年はその勢いのままオリヴァーに飛び蹴りを食らわすと、綺麗に着地をし、呻き声を上げて盛大にダメージを負っているオリヴァーの前で仁王立ちをして言い放った。


「お前、作業場で煙草吸うんじゃねえって何回も言ってんだろうが!!!」


 事故になったらどうすんだ、と青年――アルノーは鼻息荒く怒っている。

 明るい赤茶色の短髪で、前髪は上げてヘアピンで止めており、左耳に複数のピアスがついている。背丈はアイリアと同じくらいだが、長身のオリヴァーを蹴飛ばした後というのもあり、小柄ながらとても威圧感があった。

 その様子を見て呆気に取られていたアイリアとイルミンだが、ルイセルはにこやかに微笑み、テオは呆れたようにため息をついて頭に手を当てている。

 どうやらこの二人のやりとりは日常茶飯事のようだ。

 ルイセルが笑みを崩さず、はい、と両手を叩きながら言った。


「とりあえずお説教は後にして。お客人だよ、二人とも」


「あ。すんません、若頭」


アルノーはぺこっと頭を下げると、アイリアとイルミンを交互に見ながら問うた。


「――この人達は?」


 先程までのふざけた空気とは違い、様子をみるような鋭い視線。

 態度の変わった彼にイルミンも警戒の色を見せ、アイリアを隠すように彼女の腕を引いた。

 ルイセルはこらこら、と眉尻を下げた。


「アルノーは本当に喧嘩っ早いんだから・・・――彼らは、『渡り鳥』だよ」


「わ――」


「渡り鳥だって――!!!?」


 驚いて声を上げたアルノーを遮るように、オリヴァーがガバっと起き上がって素っ頓狂な声を上げた。


「わ、渡り鳥だって!!?」


「うるさいよ!何回も言わなくても聞こえてるっつーの!」


 興奮状態のオリヴァーにアルノーが一発叩きながらツッコミをいれる。

 けどよ、とアイリアに詰め寄りながらオリヴァーが長身を屈ませた。


「渡り鳥なんて貴重も貴重だろうが。タクトってのはどんな天候をも操るんだろう?俺たち空賊にとっちゃ喉から手が出るほど欲しいもんよ」


 そしてアイリアに触れようとしたところで、イルミンが庇うように前にでてオリヴァーを睨みつけた。


「――それ以上近づくんじゃねえ」


「おっと・・・失礼。いくら空賊相手でも自分の女に手を出されちゃ黙っちゃいねえわな」


 からかう様にオリヴァーがそう言うと、イルミンは赤面しながら怒鳴った。


「そ、そんっ・・・ち、ちっげえよ!!」


「あ?なんだ、違うならいいだろ」


「よくねえよ!馬鹿かあんた!?」


 見事に動揺しているイルミンをみて、オリヴァーは腹を抱えて笑い出した。その様子に更にイルミンが顔を赤くしながらイライラしていると、アルノーが先程までの雰囲気を少し柔らかくしてオリヴァーの頭を叩き飛ばした。


「お前、からかってやんなよ」


「悪い悪い。あんまり必死なもんでな」


 目尻の涙を拭きながらオリヴァーがイルミンに謝るが、イルミンはふんっとそっぽを向いた。アイリアは困ったような顔をしながらイルミンをなだめる。


「からかわないでください。イルは大事な幼馴染よ」


 苦笑しながらアイリアがそういうと、これには彼だけでなくアルノーも一緒になって爆笑しだした。反対にイルミンはガクッと更に項垂れている。

 アイリアは何故笑われたのか分からず、どうしたらいいかとオロオロしていると、ルイセルがアイリアの頭をぽん、と撫でた。ふわりと微笑むルイセルを見返して、アイリアは赤面した。


「――さて、そろそろ僕たちは上でお話がしたいから、二人とも、デルフィーンの修理頼むね」


 その一言でアルノーとオリヴァーは笑うのをやめ、ルイセルに頭を下げた。

 一見してルイセルは彼らより年下に見えるのだが、どうやら若頭というのは名前だけではないようだった。

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