最後の晩餐

「都築さん、お疲れさまです。失礼いたします」


 約束通り、相馬と和泉が弁当を持って部屋を訪ねて来た。


「ああ、少し待って」


 上総の机には三台のモニター、そしてその周りには数十枚のディスク。


「これは、まさかすべてのデータですか?」


 新薬研究開発承諾書、病理検査報告書、半期活動報告書、銃機器等仕様改定書、国際会議書……など、様々な種類のデータが入ったディスクが散乱していた。


「ちょっと修正とか追加とかしたくてね」


「最近は、研究の方は控えると仰っていたではないですか」


「そうだったんだけど、すぐにでも開発を進めないとならないものが出てきてね。でも、それももう落ち着いたから」


 二人は、改めて自分たちの上官がどれほど多忙か、そして上総がいかに組織になくてはならない存在なのかを実感した。


「あの、仕事の話はしないと言っておきながらなんなんですが……」


「ああ、別になんでも」


 上総は一旦手を止めたが、弁当には手を付けない。病気のせいなのだろうか、以前にも増して食べることをしなくなっていた。


「都築さんのされている仕事の中で、最も大変なことはなんですか?」


「……、そうだな」


 予想もしなかった質問にしばし考えを巡らせる。


「大変か……。なんだろう、仕事が大変だとは思わないかな。仕事の量が多いとか残業し過ぎだとかはよく言われるけど、自分の中ではこれが当たり前だし、別に嫌だとも思わない。ただ、あれかな。部下たちや予備軍の隊員たちはちゃんと成長出来ているのかが心配だ。俺が指導する立場にある以上、なんとか持っているものをすべて出して伝えようと努力はしているんだけどね。俺は、彼らの役に立っているのかなって」


 上総の目つきは少しだけ鋭くなっていた。力不足な自分に呆れていた。


「あまり実感出来ないかもしれませんが、確実に私たちは成長しましたよ。自分で言うのもなんですが、あらゆる面で以前とは違います。部下たちも同じことを言っていましたし。ですから、そろそろ都築さんはご自分のことを一番に考えてください。ご自分を認めてあげてください」


「そうですよ、都築さんはあまりにもご自分を犠牲にしすぎています。もう少し周りを、私たちを頼ってください。すべてをお一人で背追い込まないでください」


「まずは、お身体を第一に考えていただかないと。せっかく都築さんご自身が薬の開発をされているのですから、治せないはずがありません。本来なら、周りの皆さんに病気のことをお話して開発していただきたいのですが……」


 相馬と和泉は悲痛な表情を浮かべていた。どうしてこの人は、こんなにも自分を犠牲にするのだろう。もう充分過ぎるほどに組織の役に立っているではないか。


「開発しようと思えば出来るかもしれない。だけど、それにはあまりにも時間が掛かりすぎる。その時間があるなら、俺は今の仕事を優先したい。とにかく今は休んでいる時間もないし、少しでも早く決着をつけたいんだ。ただ……」


 途中で少し間があいた。次の言葉を口にするか悩んでいるようだった。


「それは俺じゃなくても、誰か他の人でもいい。陽や美月、お前たちや久瀬将官もいる。すべてが終わったそのときを見ることが出来なくても、その手助けをしたいんだ。だから、それまではなにがあっても俺自身のすべてを懸けて闘うから」


 その言葉で、相馬と和泉は悟った。思っているよりも上総の命は長くない。すべてが終わったそのときに、おそらく彼の姿はそこにはないのだろう。


「いえ、都築さんにはちゃんと最後まで見ていていただかないと。すべての問題が解決してからが本当の始まりではないですか。ですから、しつこいようですがちゃんと治しましょう」


 しかし、上総は首を縦に振ることはなかった。


「……まだ、お前たちに話していないことがある。これを聞いたら、とても今みたいなことは言えないだろう」


 そう言うと、上総は目を伏せて静かに話し始めた。相馬と和泉は耳を疑った。今目の前で上総が話していることは、決してあってはならないことだ。


「だから、お前たちは俺のことを良く見過ぎているし、俺は病気を治す価値もない人間なんだ。ちょうど良かったんだよ」


「……しかし、それは任務というか命令されて行ったことなんですよね。都築さんじゃなくてもよかったんですよね」


「だけど、その命令を承諾したのも実行したのも俺自身だ。今さらとやかく言うつもりはない」


 二人は酷く動揺していた。これは聞かなければよかったのかもしれない。自分たちの上官が、まさか……。


「失望したか?ただ、明日だけはなんとかついて来て欲しい。明日が終われば、お前たちはもう好きにしていいから」


「……ええ、失望しました。まだ私たちのことを理解していただけませんか。では、好きにさせていただきます。辞めろと言われようとも、私たちはずっとついて行きます。覚悟していてください!」


 相馬と和泉は不服そうな表情を浮かべながらも、変わらず強い眼差しで訴えた。本心ではないのかもしれないが、それでも自分について来てくれるのか……。上総は複雑な思いだった。


「私たちはもうなにも申しません。都築さんがお選びになった道は、いつでも正しいものでした。明日は、なにがなんでも遂行いたしましょう」


 夜も更けて行き、二人は自室へと戻って行った。

 上総の頭の中は、過去のこと明日のこと先のことがまわり回って、まるで落ち着くことが出来ない。気を紛らわそうと書類に手をつけるもまったく進まない。


「一番動揺しているのは俺か……。情けないな」


 結局一睡も出来ないまま、決戦の朝を迎えた。

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