真実は急に

 今朝は午前中に最終会議が行われ、午後は自由時間となった。隊員たちは、今回の作戦で命を落とす可能性があるため、一時帰宅をする者が多かった。


「本部、大丈夫ですかね。奇襲とかされてないですよね」


 上総たちは、自動小銃などの最終点検を行っていた。


「都築さん、柏樹二佐か桐谷三佐に連絡されましたか?」


「いや、全然。でも別にいいかな。変に心配させてしまうかもしれないし」


 上総は拳銃をばらし、いつもより念入りに手入れを行っていた。


「たぶん、お二人もそう感じてこちらに連絡して来ないんでしょうね。……今回の作戦は、なんというか酷ですよね」


 正直、本部のことは気にはなっている。大きな問題を置いてきたままだ。


「敵といえども、一応は仲間だもんな」


「久瀬将官は、山梨の方にお知り合いの方っていらっしゃるんですか?」


「ん、そうだな……」


 久瀬は上総の方へ目を向けると、上総は福島支部の隊員に呼ばれて席を離れた。


「……まあ、いることはいるけど、俺よりあいつの方がね」


 久瀬は、少し苦笑いを浮かべて腕を組んだ。


「都築さん、なにかあったんですか?」


「あいつより二、三歳上なんだけど、当時同じ部隊だった奴がいてね。二人とも非常に優れた尉官だった。そいつがある日、倉庫から薬品を盗み出した。だが、その現場を都築の部下に見られたことに気付いた。その部下は都築に連絡をしていてね、都築が駆け付けたときに目の前で部下は殺された」


 相馬と和泉は顔を歪める。長い間上総と共に行動してきたが、こんな話は初めて聞いた。


「都築さんはその現場を直接見ていたんですよね。それなら、すぐ捕まるはずでは」


「そう、そのはずだった。都築も拳銃を構えて拘束しようとしていたらしい」


 久瀬は当時のことを思い出していた。あの後の上総は尋常ではなかった。


「……もしかして、拘束は出来なかった?」


「ああ。その薬品を盗んだ理由を知って、銃を降ろしたそうだ」


「理由、とは」


「うちの製薬会社の取引相手の人間を殺すため。それは司令官直属の命令であり、背けばどうなるかは想像がつく。そこで都築は、初めてそいつと上層部の裏に繋がりがあることを知り、手が出せなかった」


 そんなに昔から、上総は上層部の裏の顔を知っていた。目の前で部下を殺され、これから殺される人がいると知っているのに救うことが出来なかった。どれほど苦しんだのだろう。


「それからかな。あいつは少しずつ自分を塞ぎ込んでいって、とにかく上だけを目指すようになった。もちろん部下には必要以上に手をかけていたよ。その後組織改変があって、都築が佐官になりお前たちが下についたんだ」


 二人は、初めて上総を目にした日のことを思い出していた。壇上に上がり、佐官昇格の挨拶をしていた上総の目は死んでいた。あの人の目にはなにも映っていない。自分たちはあの人の下について大丈夫なのかと、あのときはそう感じていた。


「あの頃の都築さんは、確かに冷酷でした。他の同期からは、都築さんのところについたってだけで同情されましたし」


「ですが、ただの勘違いでした。都築さんほど部下のことを気遣って、自ら危険を顧みず突き進む上官はいません。私たち第一部隊は皆、都築さんを絶対に失うわけにはいかないと、必ず護り通すと心に決めております」


「あいつも良い部下を持ったな。あいつはここを変えたいと思ってる。今の上層部は、自らの利益のことしか考えていない。……ただ厄介なことに、現在山梨部隊を取り仕切っているのが、その犯人なんだ」


 久瀬は煙草を灰皿に押しつけた。二人もいったん手入れを止めた。


「その犯人は、まさか今も本部に?」


「いや、命令通り殺してから、都築がいる本部からは失踪したよ。そして、奴の上官が手を回して山梨支部を作った。元々福島に継いで群馬、山梨に作るつもりではあったんだ。奴は自ら山梨の支部長として名乗りを上げ、そこの設立に関わってきた。そして、ゆっくりと自分に賛同する仲間を増やし、とうとうここまでやってのけたんだ」


「そこまでわかっていたなら、どうして途中でやめさせなかったんです」


 その言葉に、久瀬は視線を落とした。


「……出来なかったんだ。何度も何度も抗議したさ。こうなることくらい予想出来たからね。でも実現しなかった。なぜなら、その手を貸した上官っていうのが橋本将官で、彼の当時の上官は、恩田司令官だ」


「それって、つまり……」


「ああ、そういうことだ」


 いつの間にか、相馬と和泉の背後に上総が立っていた。


「上層部はすべて黒。上に気付かれないよう調べるのに随分と時間がかかってしまったが、無駄ではなかった。明日、とにかくあいつを引き摺り下ろさないことにはなにも始まらない」


 上総の顔色が優れない。軽くだが咳もしていた。


「あ、都築さん。そろそろ点滴の時間……」


「大丈夫。あれはただの気休めだから」


「しかし……!」


 だが、相馬はこれ以上強く言うことが出来なかった。いくら重い病気とはいえ、ここまでしてこの人は組織を護ろうとしている。自分の命なんて二の次なんだ。


「これからが勝負だ。だから、二人とも絶対に生きて帰れよ。お前たちがいないと、俺はなにもできない」


 ***


「今、隣で音しましたよね」


 美月の部屋で大郷が聞き耳をたてる。確かに今、隣の部屋の扉が開いた音が聞こえた。


「……帰って来たのかな、行ってみようか」


 二人はそっと部屋を出た。確かめておかなければならないことがある。ノックをすると、すぐに扉が開いた。


「陽、今までなにをしていたの?少し聞きたいことがあるんだけど」


 姿を見せた陽は、隊服ではなくスーツを着用していた。そして、とても疲れきった顔をしていた。


「……わかった。ただ、後ろに持ってるやつはしまってくれないか。俺はなにもしない」


 美月と大郷は、後ろ手に拳銃を構えていた。


「それで、聞きたいことって」


 陽はゆっくりとソファへ腰をおろす。普段と部屋の雰囲気が違うように感じた。綺麗に片付けられていて、なんだか近いうちに出て行ってしまうかのような……。


「空自が攻めて来たとき、陽はどこでなにをしていたの?」


「空自……。ああ、あれね。ちゃんと屋上にいたよ。俺の隊もいただろ」


「嘘言わないで。私も大郷も、あの場で陽の姿を見ていない」


 美月と大郷の鋭い眼差しにも臆することなく、陽は軽く笑みを浮かべた。


「忘れてるだけじゃないの?あれからかなり経ってるし」


「違う。あのとき陽はいなかった。上総が前へ出ている以上、特務室の持ち場で指揮を執るのは陽の役目。だけど、陽の声は一切聞こえなかった」


 陽は視線を外し、腕を組み直して溜め息をついた。


「……別の仕事をしていた。ごめん、嘘言った。確かにあの日、俺はあの場にはいなかった」


「その別の仕事ってなに。それは、佐伯が死んだことと関係はあるの?それと、山梨の件とも」


 陽は一瞬目を見開いた。そして、勢いよく立ち上がり美月に近付く。


「美月、どこまで知ってる……」


「離れてください」


 即座に大郷が間に入る。銃口はぴたりと陽の額に向けられていた。


「やはり、柏樹二佐はすべて知っていたんですね。何者なんですか?誰かに依頼でもされているんですか?」


「陽……」


 陽は一歩後退り、眉間に皺を寄せ大きく息を吐く。


「今はまだ言えない。ただ、これだけは言っておく。今回の山梨の件、知ってはいたけど俺は関係ない。本当だ」


「俺はということは、他に誰が関係しているんです?彼らの目的はなんですか?」


「……ここの上層部だ。そもそも、今回の作戦は行われないはずだった。だけど、上はわざと将官たちを誘い込んだ。将官たちが、上層部の真髄まで昇って来てしまいそうだったから」


 やはり上層部は黒。でも誘い込んだとは、まさか。


「山梨部隊に課せられた任務は、久瀬将官及び都築一佐を拘束。それ以外の隊員はすべて抹殺。だけど、将官たちはそれをわかっていて今回の作戦を決行したんだ。罠だろうがなんだろうが、山梨部隊を潰し尚且つ上層部の裏情報を得られるチャンスだからね」


「なぜそれを柏樹二佐が知っているんです?柏樹二佐も上層部の仲間なんですか?それに、将官らが上層部を調査していたという情報ですが、極秘で行っていたことでしょうに、あのお二人がそんなに簡単に情報漏れなどするはずがありません。どこから手に入れたんですか?」


「確かにな。……上層部に情報を渡していたのは、俺だよ。その見返りとして、俺も情報を貰っていた。ただ、俺は奴らの仲間ではないし目的も違う」


 陽が情報の横流しを行っていたなんて。将官や上総だけではなく、本部自体が危険な状態に陥るのを承知で。


「なにも違わないでしょう。上層部が将官と都築一佐を煙たがっていたのと同じく、柏樹二佐も彼らを失墜させたかったのではないですか?その理由は違えど、お互いの利益になるならと手を貸した。違いますか」


 大郷は遂に撃鉄を起こした。彼の中にはもうひとつ、陽への怒りが篭っていた。


「はは、さすがにお前は頭が良いな。その通りだよ。俺は自分の目的のために将官と上総を売った。だけど、俺がしたのはそれだけだ」


「……本当にそれだけか。まだ、大事なことを話していないんじゃないのか」


 大郷のただならぬ様子に、さすがの陽も怯む。ここまで怒りに満ちた大郷は見たことがない。陽はしばらく押し黙っていたが、遂に観念した様子で口を開いた。


「……ああ、まだあるよ。お前が聞きたいのは佐伯のことだろ?そう、お前の考えている通り。……佐伯は、俺が殺した」


 それを聞いた瞬間、迷うことなく大郷は引鉄を引いた。だが、狙いはまるで定まらず、怒りに満ち溢れた弾丸は天井を貫く。


「うわあああぁぁぁ!!なんで、なんで殺した!!」


「大郷っ、少し落ち着いて……」


 大郷は美月の手を振り払い、尚も陽へとにじり寄る。


「もう、使い物にならなくなったからだ。外に情報が漏れるくらいなら、すぐにでも消さなければならなかった……」


 大郷は再度銃口を陽へと向ける。だが、その手は小刻みに震えており、大郷自身怒りよりも哀しみが表情に満ちていた。


「殺す……。お前を殺す!!」


 陽はその場を動くことなく、ただ大郷の想いを汲んでいる。美月は見ていることしかできなかった。


「なんでだよ。佐伯はいったいなにをしていたんだよ。どうしてこんなことに……」


 大郷は拳銃を下ろし、泣き崩れうな垂れた。仕事以外では交流はないと話していたが、やはり同期として仲間として心から大切に感じていたのだろう。


「……殺せよ」


 陽は、自分の拳銃を大郷の手に持たせた。


「友人の仇だろ。やれるときにやらないと、後で後悔することになるかもしれない」


「陽はまだ殺さない。きちんと真実を話してもらわないと」


 二人の前に美月が立ちはだかる。陽を睨みつけるその眼は、すでに憎悪に支配されつつあった。


「佐伯と陽がなにをしていたのかは知らない。でも、陽は佐伯を殺した。よくも私の部下を……。すべての真実が明るみに出た後、私があなたを殺す」


 陽は、二人が部屋を出て行った後もしばらくその場から動かず立ち尽くしていた。

 大郷は、本気で自分を殺そうとはしていなかった。佐伯が殺された憎しみよりも、止められなかった自分を悔いているようだった。だが、美月は本気だ。それは大郷もわかっていたのだろう。あまり表には出していないが、自分よりも遥かに佐伯のことで苦しんでいた。


「……惚れた奴に殺されるのも、悪くないかもな」


 陽は、床に落ちている拳銃を手に取った。

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