それぞれの疑惑

 翌日、美月と大郷は久瀬に呼び出された。部屋へ入ると、そこには陽の姿があった。


「昨日は大変でしたね。佐伯二尉の遺体は冷凍保存してあります。今後は、上層部にすべて委ねます」


 美月は後悔していた。自分は助けてあげられたのではないか。上官として、もっと相談に乗るべきだったのではなかったか。もっとなにか……。考えれば考えるほどに、どうしようもなかったことだと痛感する。


「桐谷三佐、しばらく新しい小隊長は任命しないでおきます。適任が見つかったらあなた自身で決めてもいいですよ。それと、今回のことは彼のためにも自室での薬物摂取による心臓発作だと法務省には報告してあります。製薬会社として、薬での事故というのはどうかとも思ったんですけどね。拳銃自殺だなんて知れたら、我々に許されている拳銃の自由所持が制限されてしまうかもしれません。話を広めないよう、お願いしますね」


「はい……」


 三人は陽の部屋へ向かった。佐伯の件で捜査班が入るため、尉官のフロア全体が今日一日封鎖となるからだ。そして、憔悴しきっている美月を一人には出来なかった。


「そういえば、都築一佐はどうしたんです?」


「さあ、昨日の会議の後から見てないな。たぶん帰ってもいないと思う」


 大郷はしばし考え、鋭い視線を陽へと向けた。


「率直にお聞きします。柏樹二佐は、佐伯とどういったご関係なのですか?昨日の会議の後、あいつは都築一佐となにを話していたのでしょう」


「佐伯はなにも関係ない。俺が勝手にしていることだ」


 陽は別段驚く様子も見せず、じっと足下を見つめている。その表情は、もうすべてを諦めているかのようにも感じられた。


「それで、なにをされているんです?」


「それはまだ言えない。でも、必ずわかるときが来る。それと、あのとき佐伯と上総がなにを話していたのかは俺も知らない。昨日、それを聞きに行ったんだ」


「佐伯、本当に自殺だったんでしょうか……」


「は、なに言ってんだよ。違ったとしても、いったい誰が……」


 三人の脳裏に、一人の人物が浮かんだ。


「可能性は一番ありそうだな」


「いや、でもありえないですよ。直前までずっと桐谷さんと一緒にいたわけですし」


「死亡推定時刻は、十五時から十七時だそうだ。射撃訓練の授業は十六時から十八時だから時間はある。それに、授業の前に拳銃を手にしているところを見られたとしても、これから射撃の訓練だと言えばどうとでもなる」


 否定したかったが、否定できる理由が見つからなかった。昨日の妙な行動が思い出される。急に自分も訓練を行ったのは、もしかしたら服に付着した消炎反応をごまかすためなのでは……。


「あいつが関係していようとしていまいと、調べる価値はありそうだな」


 そのとき、誰かが扉をノックした。しかし、陽は出ようとしない。


「柏樹二佐、出ないんですか?」


「開いてる、入れよ」


 陽は立ち上がらずこの場に留まった。ゆっくりと扉が開く。


「なんかもう、すでに疑われているみたいだね。別に俺は、お前のことを殺したりはしない」


「上総……」


 疑惑の張本人が姿を現した。


***


「君の隊で、死亡者が出たそうだね」


 久瀬は、恩田最高司令官に呼び出されていた。


「はい。第三部隊の佐伯小隊長です。自身の部屋で死亡しているところを、柏樹二佐が発見いたしました」


 恩田は久瀬に背を向け、煙草をふかしている。


「一応捜査も入れましたが、自殺で処理されるそうです。上官であったのに、なにも気付いてやれなかった自分が悔やまれます」


「そうか、まあその件は君が処理しておいてくれたまえ。外に出なければ、どうしようと構わないよ」


 恩田は薄ら笑いを浮かべ、煙草を灰皿に押しつけた。


「そういえば、来月山梨の方へ視察に行くそうだな。随分急だが、君があそこへ行きたがるとはね」


「ええ、どうやら工場の方が今までとは一新したらしく。私も部下が増えましたからね、もう少し真面目に勉強せねばと考えまして」


「ふん、勝手に行って来たまえ。私はまったく興味がない」


 廊下を歩きながら久瀬は考えていた。このまま機会を待ち続けるか、自ら行動を起こすべきか。もう少し部下の動きを見てからにしようか。


「ああ、面倒臭いな」


 久瀬は欠伸をしながらネクタイを緩める。


「面倒臭いとは、君にしては随分投げやりだな」


 前方の角から姿を見せたのは、戦術部の橋本将官。


「これはこれは橋本将官。今の聞かれてしまいましたか」


「まあ、そう言いたくなるのもわかるがな。そうそう、山梨に行くんだってな。司令官も驚いていたよ。今までそういったものになんの興味も持たなかった君がどうしてって」


「今ちょうど司令官とその話をして来たところですよ。私もそろそろ上に立つものとしての自覚を持たないといけないと感じましてね」


 そういえば、橋本はどうしてこのフロアに……。


「最近、組織内部も落ち着きがなくなってきましたね。死人まで出てしまった」


「君の隊の人間だったな。驚いたよ」


「ええ。なにやら彼は個人的にある事を調査していたようで、それが原因なのかと。私はよくわかりませんが、核心に近付き過ぎてしまったのでしょうか」


 橋本が微かに口角を上げたのを久瀬は見逃さなかった。


「一介の尉官が踏み込みすぎたのだろう。なにを調べていたのかは知らんが、殺されてしまってはなんとも言えんな」


「……橋本将官は、殺されたとお考えで?」


 久瀬の問いに、橋本は僅かに顔を歪めた。


「あ、ああ、ただそう思っただけだ。薬物なんてここでは簡単に手に入るからな」


 そう言い残し、橋本は司令官の部屋の方へ早足に去って行った。


「あの言い方……。内部の犯行だと言っているようなものじゃないか」


 久瀬は、しばらくその後ろ姿を睨みつけていた。

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