心の内
「ああ、疲れがとれない。しかし身体が痛いな」
午前八時過ぎ。朝食を済ませ、美月と陽は休憩所で寛いでいた。
「そりゃあ、昨日あんな投げ方されたらね」
先程から、陽は肩を回したりアキレス腱を伸ばしたりとストレッチの真っ最中。
「倒された衝撃ってのはないんだけどさ。ただ、投げられたときに普段伸ばさないところが伸びたっていうか」
「陽って体術得意なんじゃなかった?」
痛いところを突かれた。確かに、柔道空手剣道は師範の免許を持ってはいるが。
「あいつは本当にもう……。益々わけわかんないよ。はあ、なんで勝てないんだろう。俺の方が身体でかいのにな」
美月は、嘆く陽の背中に冷却スプレーを吹きかける。
「コミュニケーション能力だったら、陽の方が優ってるんじゃないの?」
「まあね。指揮官としてコミュニケーション能力って大切なんだけど、あいつは別に部下に信頼されたいとか思ってないんだよな。いや、思えなくなった、かな。仲間のことは第一に考えてるけどね」
「そうだね」
「でも、まさかと思う決断をしたりもする。今一番になにをすべきかを瞬時に考えて、そのためならどんな犠牲だって払うだろうね。それが例え、自分の地位を危ういものにするものであっても」
美月は黙って陽の話を聞いていた。なんだか、心の奥底が疼く。
「ただ、それが間違っているわけじゃない。それをわかっていて部下たちは上総について行くんだし、上総はそいつらを絶対に切り捨てたりはしない。それこそ、本当の信頼だよなあ」
昨夜、デッキから戻ってから陽はすっかり丸くなったように見える。あれだけ怒りを露わにしていたのに、デッキに出てからいったいなにを話していたのだろう。
「上総言ってたよ。自分はいつも意見とか言えないけど、上官だろうと間違ったことは間違ってるって言える陽が羨ましいんだって」
「あいつがそんなこと……?」
「陽は上総に近付きたくて、上総は陽が羨ましい。これってなんか、私から見るとすごい微笑ましいんだけど」
陽は、相当嬉しかったようで、少し照れたような顔を浮かべていた。だが、美月はそんな陽へ冷たい視線を送りながら静かに口を開く。
「……二人って、私のことどのくらい調べたの?いつから知ってたの?」
美月からの突然の問い掛けに、陽は一瞬頭が回らなかった。
「どうして、私の家の場所を知っていたの?」
言葉が出ない。その質問の意味することはただひとつ。美月の両親を殺害した犯人のことを指している。
「別にいいの。ただ、もしもだよ。犯人がね、すぐ近くにいたりなんかしたらさ。それって、すぐにでも捕まえないといけないじゃない」
美月は、陽に銃口を向けているかの如く、人差し指を陽の眉間に押し付けた。
「こうやって、すぐに消しちゃえるじゃない」
「あ、美月……」
身体が動かなかった。美月は本気だ。なんの迷いもない眼をしている。
「……なんてね、ごめん。犯人を見つけたら、どうやって始末しようかなって考えてて」
美月は笑いながら手を広げて見せた。
「美月……。犯人見つけたら、やっぱり殺すの?」
「うん。私は犯人となにも話すことはないし、聞きたいこともないの。目的のためならどんな犠牲も払っていいんだよね。なら、この手で殺すまで」
「そうか」
もうじき就業時刻になる。二人はなにも言わず部屋へと戻った。
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