冷酷なその眼で

「はあ。まったく、こんなもの取りつけるなんて。とりあえず四つは回収出来たけど、あんなに短時間でどうやって仕掛けたんだ」


 佐伯の掌には、破壊された超小型盗聴器が四つ乗っていた。


「起立!」


 日直が威勢の良い声を放つ。それと同時に、眼鏡をかけ隊服に身を包んだ都築上総が教室へ現れた。


「え、なんで……」


 佐伯は盗聴器を急いでポケットにしまう。担当教官の急な出張により、急遽代理で上総が教官を務めることになったのだ。


「敬礼!着席!」


 大部分を予備軍が占める総勢三百名ほどの教室は、都築上総を目のあたりにして異様な空気に包まれていた。今この場で初めて上総を目にした者、ずっと憧れていた者、怖れている者。


「本日の授業は、代理で私が行うことになった。よろしく」


 先程のこともあってか、佐伯は少々焦りを感じていた。自分と都築上総との関係。今自分はどの程度の状況なのか。

 上総は淡々と授業を進めている。彼の心は読めない。表情にも出ない。そして、都築上総という人間は本当に怖ろしい。


「では各自、このページに目を通せ。しばらく時間を取る」


 上総は、教室の中ををゆっくりと歩き始めた。彼が近付いて来るたび、その生徒はあからさまに緊張しているのが見てとれる。

 佐伯は、一人窓側の一番後方の席に座っていたが、やはり都築上総が近付いて来ると、自然と心臓の動きが速くなる。

 そしてついに自分の隣に来たとき、上総はふと足を止めた。佐伯は驚きながらも微動だにはせず、そのまま教本に集中した。すると、上総の左手が佐伯の肩にそっと乗せられた。


「……盗聴器はあと二つだ。あの短時間で、よく四つも探し出せたな。上出来だ」


 佐伯は息を呑んだ。身体中がじんわりと汗ばみ、心臓の鼓動が激しくなる。ゆっくりと顔を横へ向けると、上総はあの冷酷な眼で佐伯を見下ろしていた。


「だけど」


 佐伯は、その視線を逸らすことが出来なかった。逸らした途端、一瞬で上総に潰されそうな恐怖がのし掛かる。


「余計なことはしない方がいい。立場をわきまえろ」


「すみませんでした……」


 すでに上総はこの場から去っていたが、佐伯の鼓動はしばらくの間もとの状態には戻らなかった。

 盗聴器は一気に潰したはずだ。それなのに、イヤフォンでその数を聴き分けたというのか?それに、あの眼。あれがあの人の本当の眼だ。絶対に逸らすことなど叶わない。それは上官としての恐怖でもあり、都築上総という一人の人間としての恐怖でもあった。


 なんとか一時間半の座学を乗りきり一息つく。普段よりも授業に集中出来なかったが、上総の授業は見事なものだった。無駄が一切なく、かといって教本通りの教え方でもない。自らが経験してきたものを伝えてくれているようだった。


「なあ佐伯。お前のとこの桐谷三佐、凄いんだって?銃の腕」


 予備軍時代の同期が声を掛けてきた。彼らとは数回程度しか話したことはなく、正直名前も出てこない。


「ヘリの真下から確実に致命傷を狙ったんだろ。それに、テールローターだってなかなか狙えないぜ」


「都築一佐は、その桐谷三佐よりも銃の腕はさらに上だって聞くけど」


「都築一佐は、すべてがトップクラスなんだよ。やっぱり近くで見ると格好良いよな。そうそう、柏樹二佐だって凄いんだよな」


「ああ、柏樹二佐は元情報課だし、体術も凄いんだよ。都築一佐は頭脳、柏樹二佐は体術、桐谷三佐は射撃。やっぱり特務室は噂通り強者揃いなんだな」


 佐伯はしばらく黙って話を聞いていたが、やがて静かに口を開く。


「うん、俺も特務室に入れてすごく光栄だよ。ついて行くのに必死だけどね」


「佐伯なら大丈夫でしょ。選抜試験、断然トップだったし」


「ありがとう。じゃあ、これから会議があるから」


 佐伯は愛想笑いを浮かべ、足早にこの場を立ち去った。普段はあまり目立たない優等生を演じている。周りの同期も自分のことを褒めてくれてはいるが、どこか一線引いている感じがする。これで良いんだ。この状態を保っていかなければ。


「……。やっぱり、難しいな」


 左肩には、まだ上総の手の感触が残っていた。


 ***


 その頃、陽は自身の部屋であるものを捜していた。それは上総が仕掛けた盗聴器の残りだった。先ほど佐伯より連絡をもらい、残りの二つを捜していたのだ。

 超小型盗聴器は、いかにも見つけてくれと言わんばかりの場所に仕掛けられていた。上総が使っていたカップの底に付けられていたのだ。


「これは宣戦布告と見ていいのか。……馬鹿にしてるな」


 残り一つが見つからないまま、夕食を摂りにフードテラスへ向かう。時刻は十八時。この時間は会議が多くテラスは空いていた。


「おーい、陽」


 どこからか自分を呼ぶ声が聞こえた。奥の方で美月がこちらに手を振っている。


「ちょうど良かった、も今来たところ」


 ……。美月の向かいには、先ほど挑戦状を置き土産に訪ねて来た都築上総の姿があった。


「上総ね、さっき代理で予備軍の授業やってきたんだって。それで、少しでも教官っぽく見えるように眼鏡かけて行ったんだって。似合ってるよね」


 上総は、まったくこちらを見ずに珈琲を口にしている。とりあえず陽も腰掛けた。


「……授業なんてやることもあるんだな。お前に教えてもらえるんなら、予備軍のやつらも嬉しいだろうな」


 陽も、目線を落としたまま話し始めた。


「ああ、最近たまに代理で教えてる。先々週は武術で今日は一般座学」


「お前、愛想は悪いけど先生とか向いてそうだもんな。将来、教官にでもなれば」


 その言葉に、上総は鼻で笑う。


「そういえば、佐伯がいたな」


 その言葉に、思わず陽は手を止めた。


「え、予備軍の授業だよね。偉いなあ」


「熱心だよね。もう予備軍でもないのにたまに授業に出ているみたいだし、なにより真面目だ。これからが楽しみだね」


 陽は視線を上げた。上総もこちらを見て笑っていたが、冷ややかな眼をしていた。


「佐伯と、なにか話したか?」


「別に。なんか同期と話していたようだったけど。三尉の隊員も結構いたし、俺が話す隙なんてなかったよ」


 一息ついて、上総は静かに珈琲が入ったカップを置く。そして、目線は下を向いたまま口を開いた。


「そうそう、肩になにかついていたから取ってあげたよ。……とてもね、小さいもの」


 陽の目が見開いた。まさか、残りの一つは佐伯の肩にあったというのか。いったいいつから。


「俺が座っていた場所に座ったのなら、ついてしまうのは仕方がないかな。……お前、目の前で俺を見ていたのに、なにも気付かなかったんだ」


「ふざけるのもいい加減にしろ……」

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