陰陽少女は燃え尽きる

智夏の目の前で鬼が笑う。

声を出して笑っているわけではない。

しかし笑っているのは分かる。

喜びの笑い。歓喜の笑い。いや違う!

智夏には悲しみの笑いに見える。

智夏には分かった。目の前にいるのは酒吞童子ではない。

     桑栄だ!!!!

桑栄が酒呑を喰らったのだ。人間が鬼になったのだ。

 「オ   ン!!ア ミリ  ティ   ウ  ン   バッ   タ」

鬼が印を結び、空気を震わせる声音でマントラを唱える。

     あり得ない!!

人と口の構造が違うせいか、たどたどしいが確かにマントラだ。

印を結んだ鬼に  力? が集まってくる。

力?   霊力?   生命力?      何処から?

そこらかしこに転がっている鬼の死骸から   

鬼に敗れ、肉片となった退魔師、陰陽師から

鬼と戦った自衛隊員から   買い物にきて巻き込まれた人々から

急に命を絶たれた人々の「まだ生きたい」という思い、残存思念というものか

それらが全て「力」に変わり、鬼に吸収されている。

鬼がどんどん巨大化していく。力、思いを吸って大きくなっていく。

同時に瘴気しょうきもかなり濃くなってきた。

瘴気は鬼の気に当てられたのか、もやのようなものだったのが、時おり実態化し、巨大な蛇の姿となったり、蜘蛛または、深海魚のような歪な物にも変化していく。

鬼が瘴気に息を吹きかけた。

瘴気から火の手が上がった。

しかし瘴気が燃え尽きる事はない。

燃えながら鬼の周りでうごめく。

     ぐ ぎゃあああーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!

巨大な鬼が、炎の瘴気を纏いながら吠えた。

智夏には鬼が炎の羽衣を纏う明王のように見えた。

 「ほうー  こいつは凄い」

背後に数人の気配を感じた。

僧兵のようないでたちで、独鈷杵を握る者もいれば、修験者が使う杖を持っている者もいる。

僧兵は全部で十二人。みな屈強な体格で、迷彩服をきていたら傭兵部隊と思われるだろう。退魔局は防衛相の管轄のせいか、こういった小隊で行動する事が多い。

 「ふん、陰陽師の小娘か」

リーダーらしき男が智夏を見た。

智夏にも見覚えのある男だった。高野山で修行をしていた時に出会った顔だ。

確か名を「劉延りゅうえん」と言っていた。智夏にとって好印象の男とは言えない。

 「どけ小娘。こいつは俺らで仕留める」

智夏の返事など待たずに、劉延は鬼と陰陽少女の間に入った。

他の僧兵達も、決められた位置なのか、鬼を囲むように配置につく。 

 「小娘、お前も十二神将を呪符で召喚し、鬼を倒したそうだな」

モモが鬼に憑かれた時の事を言っているのだろう。

あの時智夏は十二神将のマントラを用いて、鬼を仕留めた。

 「あんなの、俺らから言わせれば人形遊びだ」

 「何!」

 「ふん、陰陽師は大人しく占いでもしていろ」

劉延は智夏に一瞥をくれると、鬼を睨みつけた。

 「オン・クビラ・ソワカ!!!」

劉延が印を結び、マントラを唱える。

僧兵達も、呼応するかのように、十二神将のマントラを唱え始めた。

マントラの詠唱が場を異質な空間にしていく。

囲まれた鬼は、マントラが影響しているのか、金縛り状態に陥り動けないでいる。

僧兵達の全身が青白い光に包まれる。  霊鎧の光だ。

僧兵たちは十二神将の力を、体内に取り込んでいるのだ。

 「伐折羅!  参る!!」

一人の僧兵が高く跳躍する。十二神将の力を得ているからだろう、五階建て位のビルの高さまで飛び、短剣を鬼の頭上へと突き立てる。

         ピキーーーーーンンンーーンン

僧兵が身体ごと地上へと弾かれた。

 「さすがにこのクラスの鬼になると、一人では無理だな」

劉延が皆の顔を見て、目で指示を出す。

十二神将の力を得るチームだけあって、チームワークも優れている。

リーダーの考えをすぐに理解し行動に移す。

四人が鬼を等間隔で囲むように跳躍する。違う四人が胴の部分へと切りかかる。

残りの四人が足下へと走りだした。

 「オン・・ア ミ リティ・・・・ウン・・・バ   ッ     タ」

鬼が再びマントラを唱えた。

跳躍して頭上に攻撃を仕掛けた四人が、突如後方から生えた四本の腕で掴まれた。

腹部に攻撃を仕掛けた四人は、突如生えたもう二本の腕で薙ぎ払われた。

足下の四人は三鈷杵から放たれた稲妻で地に伏せた。

智夏は動けずに鬼を見上げる。

     ググググ    ゴ ギャーーーー!!  オオーーーー!!!!

鬼は後方に腕を六本生やし、三鈷杵を握り、燃える瘴気の羽衣を纏いながら吠えた。

真さに明王!! 智夏は圧倒され、下唇を噛み締める。

後方の腕に掴まれた僧兵達は、最初に掴まれた時に身体を握りつぶされたのだろう、動く気配が無い。すでに絶命している。

そんな僧兵を鬼が頭から喰う。頭だけ喰らい、身体は地に投げ捨てた。

薙ぎ払われた僧兵は、ビル等の壁面に身体を撃ちつけられて絶命している。

僧兵は全滅と思われたが、稲妻の一撃で地に伏せていた僧兵の一人が立ち上がった。  劉延だ!

立ち上がりはしたが、フラフラでとても戦える状態ではない。

「オ ン・クビラ・ソワ カ」

それでも彼はマントラを唱え、霊鎧の光を纏う。

「無理だ劉延!」

智夏の声は届かない。いや、今の彼には何も聴こえない。

稲妻の一撃で、五感を全てやられているのだ。

劉延は、耳、鼻から血を出し、血の涙を流しながら跳躍した。

鬼の場所がわかるのは、今までの経験だろう。五感は奪われても、妖気を感じる感覚は失ってないのだ。

跳躍してくる劉延を鬼が、炎の羽衣で払った

一瞬!  劉延は一瞬で燃え尽き、風に運ばれた。

鬼は智夏に目もくれず、次の獲物を求めて、業火たる街の中に消えていった。





智夏はあちらこちらくすぶる街の中に立っていた。

震える。  身体が震える。

手の平を見た。   やはり震えている。

悪魔の時も恐怖はしたが、こんなにも震えていない。

智夏は知った。これが恐怖なのだ。恐いと思う事なのだ。

   リリリーーン  リリリーーン

スマホが鳴った。

ビクリとしながら、智夏はスマホを取り出し、震える手でスワイプする。

「あっ!  お姉さん」  モモだ。

「やっと繋がったよ、お姉さん大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ」

モモの声で日常に戻って来たようになり、普通に返事ができた。

「こちらも大丈夫なんだけど、セイラさんが出ていっちゃって」

「セイラが?」

「オー智夏!  私が引き止めればよかったよ」

電話の向こうでミリカの声がした。

智夏は少し安心した。

電話越しだが、モモがいて、ミリカがいる。

「ミリカ、セイラは大丈夫だよ」

智夏は明るく答えた。気休めではなく、本心だ。

セイラはバチカンの魔導官。自分の力を理解しているから、無茶な戦いは挑まないはずだ。

「もう少しでかたをつける。また皆で遊びに行こう」

「はい、お姉さん。私も此処を守る」

「うん、頑張って」

電話を切り、スマホを見つめる智夏。手の震えは止まっている。

陰陽少女は聖剣を握り、鬼が跳躍した方へ走りだす。

     「ウギャーーーーー」「うわーーー」

悲鳴が聞こえた。

退魔師、陰陽師達の悲鳴だ。

智夏が駆け付けると、辺りは血の海だった。

人間の部位と思われる散乱する肉片が、瘴気の炎で焼かれていく。

    ダダダダダ!!!!!!!!

機銃の音がする。

自衛隊が銃器で応戦していた。

だが、弾丸は鬼に届かない。

濃い瘴気が弾丸を飲み込み、混沌の霧と化す。

鬼が自衛隊員を次々と掴み、握り殺していく。

殺しては頭から喰らい、血をすする。

地獄だ。繫華街は業火に包まれた地獄と化していた。

 「ナウマク・サマンダバサラダン・カン!」

陰陽少女はマントラを唱えた。

聖剣が青い炎と赤い炎のコントラストを描く、刀身が揺れる。

上段で聖剣を構え、鬼へ飛びかかった。

鬼の大きな手が、瘴気を揺らめかせ、智夏を掴みに来る。

智夏は大きな手の平に聖剣を振り下ろした。

鬼の腕が一本消滅した。

不動明王の業火を纏った聖剣が、弾丸をも飲み込む瘴気ごと切り落としたのだ。

 「さ  すが だ   たがきの   で  しよ」

鬼が空気を震わせながら喋る。

 「だ  が これ  ま で   だ」

鬼が印を結ぶ。智夏は印を結ぶ手を聖剣で切り落とす。

鬼は残った五本の手で印を結びきった。

空間に炎で囲まれた空間が生まれる。

空間から異様な姿の物の怪が這い出てきた。

物の怪は次から次へと這い出てくる。

鬼もいれば、妖怪のたぐいの姿も見える。

空間は地獄とこの世を結ぶ、扉なのかもしれない。

智夏は聖剣を振り、物の怪を消滅させていくが、物の怪はあとからあとから這い出してくる。

 「ひゃ  き  やこう  の  じゅ う  りんが は じまる」

 「百鬼夜行の蹂躙じゅうりん!」

そうえいが笑った。悲しい笑みではなく、狂気の笑みで。





繁華街は、この世と地獄が逆転したかのような、あり様と化した

もう、ここいら一帯に生存者はいないだろう。

モモ達がいるターミナルからも二キロ以上は離れているが、百鬼夜行の群れが蹂躙を始めれば、皆喰われてしまう。被害は日本全土に拡がるだろう

智夏は決意した。

 「桑栄! 私の陰陽道を見せてあげる」

 「おん   みょ  う  どう   だ と     ははは」

桑栄の笑いが狂気から、あざける笑いに変わった。

 「ちゅう  と  はん ぱな  おまえ  に  なに  が  で きる」

鬼が智夏へと踏み出し、捉えようと腕を伸ばしてきた。

智夏は後ろ手に下がり、攻撃を避ける。聖剣を後方へ投げ、自分も後ろへジャンプして、鬼と距離をとった。そして夜空を仰いだ。

 「五芒星の一角に封印されし式神、九尾狐きゅびこん。我、安倍晴明の血脈を継ぐ者、倉橋智夏。我が命に従い、現世でその力を魅せよ」

陰陽少女が五芒星の印を紡いでいく。

 「   六根清浄     急急如律令!!    」

夜空の星々が急速に現れた暗雲で姿を消していく。

暗い夜空で、雲が生き物のようにうごめいている。

雲の中で稲妻が光、ドーナツ状に穴が開く。

時が止まったかのように、全てが静寂に包まれた。

穴が一瞬、発光したかと思った時、光の帯が地上へと凄いスピードで放たれた。

光の帯が地上に叩かれた時、繁華街の半径一キロ以上の建物が全て消滅した。

爆弾などの攻撃で瓦礫が残るような事もなく、全て消滅したのだ。

まるで、光の帯が全てを喰らったかのように。

霊能力がある者が、光の帯を見たなら見えただろう。白銀に光る九尾の狐を。




夜空に星が見える。

      カリポリ      カリポリ

男が一人、仰向あおむけに倒れている。

      カリポリ      カリポリ

寝そべりながら、夜空を見ているようにも見える。

      カリポリ      カリポリ

寝そべる男に人影が近づく。

人影は少女をお姫様だっこしていた。

 「田垣か」

寝そべる男が夜空を見ながら独り言のように呟いた。

      カリポリ      カリポリ

 「晴明の五芒星の式神。そんな小娘が持っていたとはな」

人影は何も答えない。

 「その娘はお前の保険か」

      カリポリ      カリポリ

人影が少女を地面に寝かせ、たばこに火を点けた。

 「悪魔を式にもつ男、田垣よ。お前が暴走した時の保険なのだろう」

      カリポリ      カリポリ

人影が点けたたばこを、寝そべる男に咥えさせた。

 「最後の一服か」

      カリポリ      カリポリ

 「つらいいだろう、一気にかせてやるよ」

人影が初めて言葉を発した。

 「ああ、頼む」

      カリポリ      カリポリ

寝そべる男の両足の、膝から下が無くなっていた。

太もも部分に、灰色の虫のような物が群がっている。

よく見ると虫ではない。  餓鬼だ!

体長二センチ程の餓鬼の群れが数百体、男、桑栄の身体を喰らっている。

少しずつ肉体を喰われる苦痛。現世に地獄をもたらした報いなのもしれない。

 「最後に一服したら頼むよ。田垣」

桑栄が煙草を吸う。星明りの下で、橙色の光が灯る

桑栄が煙をはきだす。夜空に煙が上がっていく。

人影、田垣が素早く印を結と、魔法陣が桑栄の上に現れた。

魔法陣から黒い影が出てきて、桑栄を包み込んだかと思うと、直ぐに魔法陣の中へと消えていく。

魔法陣もなくなり、地べたには、膝から下がない白骨が転がっていた。

田垣が煙草に火を点けた。星明りの下、再び橙色の光が灯る。

 「見事なシナリオですね、魔滅次官」

前方で声がした。田垣が顔を上げると、修道服の少女が立っている。

 「セイラ君か」

 「まあ、白々しいですね」

田垣は桑栄を葬る時に、セイラがいるのに気付いていた。

街灯がなく暗い夜でも、瓦礫もなにもない地上だから、当たり前だ。

 「シナリオとは何だね?」

 「クラハシさんに待機指示を出し、退魔局内でのチームにいれないようにして、単独行動を促す」

田垣は煙を吐き出し夜空を見上げた。

 「桑栄の地獄の業火、式鬼達は今の退魔局では止められないと考え、繁華街を無人状態にして、五芒星の式神に始末させる。本当に見事です」

田垣は煙草を地面に捨て、足で火を消した。

 「セイラ君は何がしたいのかな?」

暗闇でも分かるほどの鋭い眼光がセイラに向けられた。

 「いえいえ、私はクラハシさんを迎えに来ただけですから」

セイラは田垣の眼光を受け流した。並の精神力ではない。

 「五芒星の式神とは何ですか?」

 「晴明の遺産と言っておこうか。式には、神、鬼、そして神獣がある」

 「あれが式神獣?」

田垣が再び煙草をくわえた。

 「神獣クラスというべきかな。青龍、白虎、玄武、朱雀、麒麟。それらに並ぶ力を持つ九尾狐だよ」

田垣があっさりと説明してくれるので、セイラは少し驚いた。

 「バチカンに報告するのかね」

煙草に火が点いた。

 「いいえ、五芒星の式神は報告しません」

 「何故だね?」

 「報告すると、バチカンはクラハシさんを脅威と判断して、刺客を送るでしょう。それは私の望むところではありません」

 「それでいいのかね」

 「はい、私はクラハシさんが好きですから」

セイラは無邪気な笑顔を田垣に見せた。

 「じゃあ、私は退魔局に戻るので、そのを頼む」

 「はい、吸い過ぎに注意してくださいね」

田垣はセイラに背中を見せて、星明りの中へ消えていった。

どれくらい時間が過ぎただろう、セイラは星を見上げて、額の汗を拭った。

拭っても、拭っても汗が出てくる。

深呼吸して、田垣が消えた暗闇を見つめた。

 「現世のソロモン王、田垣将夏」

セイラはしゃがみ込み、横たわる智夏に顔を近づけた。

 「あなたの上司は怖いですね」

地上からの光がない夜空は、星にあふれ騒いでいるように見える。

しかし地上は、静寂と暗闇に包まれ、生の息吹を感じられない。

修道服の少女は、破壊により、国を守った少女の頬を優しくに撫でた。



                     第一部   完





 






























  






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時代は陰陽少女なんだから! あずびー @azuby65

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