業火と鬼と陰陽師

 智夏達は繁華がある、ターミナル駅に隣接するビルの屋上に降り立った。

上から見る繫華街はまさに火の海だ。とても消防活動が追い付いている状況とは言えない。いや、消防車の姿見がえない。

 「ミリカ!  聖剣を出して」

陰陽少女は事情を察した。防衛省が消防活動の停止を指示したのだろう。

そしてテレビの中継もされていない。

スマホの画面は、先程見た繫華街の録画ビデオを流し、コメンテーターが話を進めている。これも防衛省がテレビの中継をやめさせているのだ。

 「私、救助活動してきます」

火の海を見て、顔色を無くしていたレナが気丈に動き出した。

 「駄目だ、レナはこのターミナルで避難してきている人々を守って」

 「でも、繫華街の鎮火を手伝わないと」

 「残念だが、もう鎮火という段階ではないわ」

智夏は防衛省が、いや、日本政府がこの状況を仕切っていると説明する。

 「繫華街は多分地獄絵図になってるわ。今下で生きているのは、退魔師、陰陽師、そして自衛隊だと思う」

 「そんな・・・」

レナが言葉を失くす。他の皆も黙りこんだ。

 「ミリカはレナと離れないようにしてて。セイラはターミナル内にいる人々が外に出ないよう誘導をお願い」

 「わかりましたわ」

セイラが修道服に着替える。シスター姿の方が周りの人々に対して安心感を与えると判断したのだろう。

 「幸い携帯が通じるみたいだから、何かあったら連絡して」

智夏が屋上の柵を飛び越え、空へとジャンプして暗雲へと飛び込んだ。

 「お姉さんも何かあれば私達に連絡してくださーーい!!」

下降していく暗雲へ、不安を抱えるレナが大声で叫んだ。




智夏が地上に降りた時、先程口にした通りのあり様だった。

地獄絵図。あちらこちらから火の手が上がり、人間だったであろう部位が不自然に散らばっている。

不自然な理由はすぐに分かった。下層の鬼達が食い散らかしていたのだ。

腰布だけを巻き、下腹を膨らませた鬼達が、死体から、死にかけている人間から手足をもぎとり、内臓をすすっている。

     「ウギャーーーーー」

叫び声があがる。

智夏が振り向くと、迷彩服を着た男が鬼に馬乗りにされ、首を描き切られていた。

 「六根清浄急急如律令!!」

素早く呪符を放ち、虎を鬼へと向かわせた。

虎の出現で、鬼は男から離れ、遠巻きに様子を伺っている。

智夏が男を抱きかかえたが、既に絶命していた。

遠巻きに様子を伺う鬼の数が増えている。

鬼は全部で五体、サバンナで群れを成す肉食獣のように、智夏を囲みながら包囲を縮めてきた。

 「ナウマク・サマンダバザラダン・カン」

智夏がマントラを唱え、流れるように呪符を鬼達へと放つ。

呪符は火矢となり、次々と鬼に突き刺さった。

   ギュウウーーーーーーーー   ギヤーーーーー

鬼が火だるまとなり、消滅していく。

 「ふぅー」

陰陽少女は額の汗をぬぐうが、あちらこちらから上がる火の手で、灼熱と化している地上の温度のせいか、汗が止まらない。

      「オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バサラ・ウン・バッタ」

遠くでマントラが聞こえた。智夏が声の方を見ると、大きな影へと跳躍する人影が見えた。

跳躍している人の腕が光っている。霊鎧れいがいと呼ばれる退魔師の業だ。

降三世明王の力を、自身の腕に集約して、大きな影へと攻撃を試みようとしているのだろう。

陰陽師は神仏の力を、呪符に込めて発動するのに対して、退魔師は自身の身体に力を宿し発動させる。

神仏の力と言っても、百パーセント出せるわけでは無い。

陰陽師も退魔師も、自身の霊力で、どれだけ神仏の力が引き出せるか違ってくる。

霊鎧の光からして、この退魔師はかなり高位の術者と思われた。

      「オーーーーン!!!!」

霊鎧の光がさらに増し、智夏の目には、大きな影へと突き刺さったかのように見えた。

しかし大きな影が動じる事は無かった。それどころか、霊鎧を放った人影が二つに分かれ地に落ちるのが見える。

智夏は大きな影へと近づいた。地面には、胴体と腰から下が引き裂かれた退魔師が転がっていた。

大きな影が赤い目で智夏を見た。

陰陽少女は、火の手が上がる街で、茨木童子と対峙した。




 「マン・シュラ・オン」

智夏は聖剣を持つ手に力を込める。

赤い目が、智夏の遥か頭上から見下ろしてきた。

凄い力を感じる。人が決して太刀打ちできない力だ。

しかし陰陽少女はひるまない。怯んではいられない。

 「キエーーーーーーー!!!!」

気合とともに跳躍して、茨木童子の頭上へと剣を走らせる。

     ピキーーーーーンンンンン

見えない力に弾かれ、智夏は地上へと投げ出されたが、予想はしていたので、倒れる事は無い。

 「マン・シュラ・オン・ミ・ソワカ」

聖剣を持つ手に再び力を込め、マントラと共に走り出す。

今度は跳躍せずに、正面から切りかかっていく。

 「シュラ・シュラ・シュラ・・・・・・マン!!」

はじき返そうとする力が陰陽少女の全身にかかってきたが、聖剣が力を切り裂いた。智夏はそのまま剣を茨木童子へと突き刺す。

瞬間、鬼の姿が消え、剣の切っ先は、何もない空間を突き刺した。

背中に殺気を感じ、素早く前方へと跳躍し、振り返ると鬼が目の前に来ていた。

鬼が笑っているように見える。

馬鹿にしている笑いなのか、闘いを楽しんでいる笑いなのか分からないが、初めて鬼が見せた感情に智夏も唇を吊り上げる。

陰陽少女は剣を構え直し、上段から剣を鬼へと振り下ろした。





ターミナル内に鬼が侵入していた。

ターミナル内のワンフロアに生存者を集め、助けが来るまで立てこもる作戦だったが、負傷者の血の臭いを嗅ぎつけやってきたのだろう。

鬼と言っても雑鬼ざっきだ。常人では対処が困難だが、レナ位の魔法力を持つ者なら退治できる。

レナは鬼とはいえ、傷つけるのが嫌なのか、近づく鬼達を睡眠の魔法で眠らせ、セイラが作った結界を張った部屋へと集めていった。

 「レナさん、私はこれ以上鬼が入ってこないように、下の階に結界を張ってきます」

鬼の対処がひと段落ついた時、結界を張り巡らし、霊力をかなり消耗したと思われるセイラが涼しい顔で言った。

 「一人で大丈夫?  霊力をかなり使ったと思うけど」

レナも一緒に行きたかったが、生存者を置いてはいけない。何よりここに居る人達は、レナが居る事によって、どれだけの安心感を得ているか計り知れない。

レナがいなくなるだけで、人々はここから逃げ出し、たちまち鬼に食い殺されてしまうだろう。

 「オー‼  セイラ大丈夫でっすか」

 「心配しないで、バチカンで枢機卿の機嫌をとるより楽だから」

セイラは鬼共がいる所へ行く人間とは思えない、爽やかな笑顔を魔法少女と勇者に向けて出ていった。

 「さて、どうしましょうか」

セイラはひとりごち、エレベーターか、階段か迷う。ここは二十階、当然エレベーターを使いたいが、中に鬼が沢山いると面倒だ。一階に着いてドアが開いた時に鬼がなだれ込んでくるのも面倒だ。

エクソシストは非常階段の方へ歩き出した。

階段で鬼と出くわす事もなく、エクソシストは一階へと降り立った。

ターミナルビルから外へと抜ける自動扉は封鎖されている。

これなら雑鬼クラスなら入ってこれないだろう。しかし自分も外には出れない。

再び非常階段へ戻り、スマホでミリカに電話して下まで来てもらった。

 「オー  上の部屋から非常階段を使うと鬼に会いませんでしたねぇ」

 「今のルートを使うと一階までは来れますが、さすがに外へは出られません」

 「やはりー  外は鬼だらけでっすかっ」

 「そのようです。だから私が外に出たら鍵を掛けてください」

 「WHAT?  !!!!!」

セイラの言葉にミリカは我が耳を疑った。

 「私は外に出ますので、鍵をお願いします」

ミリカの驚きをよそに、セイラは涼し気な表情でドアを開け、外に出た。

 「鍵を閉めてくださいね。後、智夏さんの事は私に任せてとレナさんに伝えて下さい」

ドアが閉まり、勇者はしばし茫然としたが、慌ててドアを開け外を見た。

幸い鬼の姿はなかったが、左右どちらを見てもセイラの姿は見えなかった。

ミリカは目に涙を溜めながら、震える手でドアをロックした。




智夏の剣が鬼の頭を砕くと思われた瞬間鬼の姿が消え、聖剣は空を切ったかのように思われたが、鬼が後方にずれて現れた時に、智夏は鬼の顔を剣で突き刺した。

まるで剣を一度離し、瞬時に空中に浮かぶ剣を握り替えて、鬼の方へ突き刺した感じだ。

茨木童子は聖剣の威力か、刺さった瞬間に肉片となり四散した。

鬼の死は鬼を呼ぶのか、茨木童子には及ばないまでも、かなり強い瘴気を纏う鬼が次から次へと智夏の前に現れる。

智夏はそれらの鬼を、先程見せた剣術で駆逐していく。

まるで腕が四本以上あるかのように、上段から振り下ろす腕が瞬時に下から跳ね上がる剣筋に変わっていたり、突きが上段からの攻撃に変わっていたりと様々だ。

パチパチと火の粉が上がる繫華街に鬼の姿が途絶えた。

雑鬼達も姿を隠し、身を潜める。

何時間経っただろうか、陽が傾き夜の闇が繫華街を支配しようとした時、瘴気の闇が繫華街に漂い出した。

 「倉橋の者よ、  何故、陰陽師が阿修羅の業を使う」

桑栄が酒吞童子と、鎧を纏う鬼と共に姿を見せた。

 「鬼達を倒すには修羅にならねばならない。   これが私の陰陽道だから」

 「ふっ  やはりおぬしは私と似ておる」

 「何!?」

 「私も鬼にならねばと思っていたからだ!!!」

桑栄が見た事の無い印を結び、次々と酒吞童子に浴びせていく。

 「森羅万象、あらゆる中に鬼はいる。人の中にも、そして神の中にも」

次々と印を切り替える指の動きが速すぎるのか、桑栄は自身の爪で指を傷つけ、手を傷つけていく。

血しぶきが飛ぶ中、止まっていた酒吞童子が動きだした。

酒吞童子は腕を振り上げ一瞬で桑栄を二つに切り裂いた。

そして、桑栄だったものから流れる血を飲み干し、肉片を全て喰らった。

次に鎧を纏った鬼を喰らいはじめる。

智夏はその壮絶な光景を、ただ見る事しかできなかった。

鬼が智夏を見て笑った。先程の茨木童子のような笑いではない。

真さに地獄から這い出てきた鬼の笑だった。






 

























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