エクソシストは監視する

 「魔導官セイラ。その後クラハシの様子はどうかね」

智夏の部屋、リビングでセイラの持つスマホから声が漏れる。

 「はい法王様、悪魔憑き以降、聖剣を使う機会に遭遇していないので、まだ何とも言えません」

 「そうか、しかし聖剣が使えるというは誠なのだな」

 「はい、私が見る限り剣に神の力が宿っていました」

 「聖剣の力が使える者としたら・・・」

 「はい、天使の力を有する者・・・  「ルシフェルの欠片」の保持者かもしれません。ですが、彼女は聖剣の所有者ではありません」

 「異世界の血を受け継ぐ者。ミリカですか」

 「二人が一緒でないと聖剣は発動しないでしょ」

 「しかしバチカンの未来を左右しかねる問題には変わりはありません。しっかりと見極めてください」

 「はい。主に誓い、役割を果たします」

 「何か変化があれば、直ぐに連絡を。後、・・・タガキに関しては深入りせぬように」

電話が切れ、セイラはリビングの天井を仰ぎ、ほっ! と溜息をついた。 

 「偉いさんとのホットラインは気をつかいますね」

ひとりごち、うーーんと伸びをした。

お菓子が散乱しているテーブルにスマホを置き、リモコンに手を伸ばしスイッチを入れる。

教会に電話をしただけだが、一仕事終えたように気分になる。

 「今日の仕事は、あと昼ご飯と晩御飯を食べる事ね」

自分のスケジュールを確認して、テレビの画面に目をやった。

画面にはピンクのドレスをひるがえし、火災現場で活躍するレナの姿が映し出されている。

エクソシズム後十日位までは、智夏が活動を自粛するよう促していた。その間、火事が起きれば、智夏が式を飛ばして、救助活動のホローをしていたのだ。

復帰後のレナの活躍は目覚ましかった。魔法力が上がったかのように見える。

しかしコリコ曰く、魔法力の使い方が上達したとの事だった。

セイラもエクソシズム後、カウンセリングの為、何度かモモとコリコに会い親しい関係を築いていた。ミリカもエクソシズムの協力者として、モモと信頼関係を結べていた。

 「最近のレナちゃん凄いですね」

 「そうですね、テレビカメラに笑顔をくれるようになりましたし」

昼のワイドショーだろう、レナの特集をしているようだ。

バチカンにレナの報告をしたが、教会は魔法少女よりも、悪魔を退けた聖剣に興味を示した。

 「教会は聖剣使いにご執心ですね   そして・・・・・・   」

セイラは鋭い眼光の田垣の顔を浮かべた。

 「そうですね、私も怖いので深入りしません」

テーブルに広げたお菓子をつまみ、口に入れた。

ガチャリと玄関の開く音がして、智夏が帰ってきた。

智夏は急いでいるのか、リビングに寄らず自分の部屋へと入っていった。

しばらくすると、リビングのドアが開き、智夏が顔を覗かせた。

 「セイラ、私出てくるわ」

 「あら、お昼を食べずにですか?」

 「うん、夜もいらないかも」

やはり急いでいるのだろう。普段ならテーブルに拡げられたお菓子を見て、目くじらを立てて怒っていたいたはずだ。

玄関が閉まる音がした。セイラは再びスマホを手にとった。



 「もうー セイラは、またお菓子を散らかしていたわ」

最寄り駅のホームで智夏は小言を口にした。

 「ははは、あれは性分だから治らんだろう」

九が智夏にしか聞こえない声で小言に付き合う。

 「年上なんだから、キッチリとしてほしいわ」

休日の昼間、駅は普段より混雑しているが、イヤホンをしている智夏に不信がる人はいない。

 「で、何処に向かう?」

 「繫華街の家にね、前は気付かなかった住所の表示があったのよ」

智夏は家や電柱によく貼られている、町名と番地が記されたプレートが例の家に貼っていたのを思い出していた。

 「町名を検索したら、隣の市の町名がヒットしたの」

 「罠だろう」

 「私もそう思うわ。でも手がかりになる」

 「行くしかないという事か」

姿なき声が、悔し気な返事をした。相手の思惑にのるのが嫌なのだろう。

電車がホームに入って来た。所々空席はあるが、智夏は座らずに扉付近で壁にもたれた。

 「ヘーイ 智夏!」

聞き覚えのある声が聞こえ、振り向くとエミリとモモが立っていた。

 「お姉さーん!!」

電車の中だというのにモモが抱きついてきた。ポーチの中からコリコの耳がはみ出し、揺れているのが見える。

 「エミリ、モモちゃん、どうしたの?」

不意をつかれた二人の登場に、智夏は顔をひきつらせた。

ふと連結部を見ると、セイラが立っているのが見える。

智夏は「あ~~~」と納得し、諦めの声をあげた。

挙動不審に出ていった同居人を案じて、皆に連絡し駆け付けてくれたのだろう。

いや、案じてではなく監視が目的かもしれない。

 「セイラ、お菓子はかたずけたの?」

 「帰ったらかたずけますわ」

笑顔で手を振り近づくセイラに、「帰ったら私がかたずけるのね」と心の中で智夏は呟いた。




 三人と一匹を乗せた電車が住宅街広がる駅に到着した。

繫華街、ビジネス街からほどよい距離に位置する閑静な住宅街。

智夏達はスマホのナビに誘導され目的地、鬼のへと足を進める。

皆には電車の中で粗方の事情は説明している。智夏自身、皆を巻き込むのは心苦しいと思う反面、皆がいてくれるてとても頼もしいとも思う。

もし桑栄と遭遇したら、今の自分に勝ち目は無いと智夏は思う。しかし皆がいれば勝機が見えてくるのではないかという期待。

だが、酒吞童子クラスの鬼と戦い、怪我人が出るのではという不安の方が大きい。

 「お姉さん、モモね強くなったんですよ」

智夏の腕の絡まり、魔法少女は無垢な笑顔を見せる。

 「そーみたいね、火事の救出もスムースに出来てるし。頑張ってるね」

 「でしょう   へへへへ」

褒められた魔法少女は、よほど嬉しいのか、頬を赤く染めた。

 「何が変わったの?」

智夏は率直に疑問をぶつけた。エクソシズム以来、モモが成長したのは事実だ。

しかし、悪魔に憑かれたから成長できたのはおかしいと思う。

 「うーーーーん」

モモは可愛らしく首をひねった。

 「脳が理解したんだよ」

モモの肩にいた小動物が、智夏の肩へと移動してきた。

 「脳が?」

 「そう、君達は前方から人が来た時、この辺ですれ違うと計算できるだろう」

 「だいたいはね」

 「それは脳が大変な計算をしているからだよ」

言われてみればそうだと智夏も感心する。人と人がすれ違うのを、計算式で表せば、距離、歩いている時速等を公式に組み込まなければならない。

脳はその計算を一瞬でやりとげているのだ。

 「悪魔に憑かれた事で魔法力の処理を脳が理解し、自然に計算できるようになったんだよ」

 「計算力のアップが魔法力アップという事」

 「魔法力のアップというより、マニュアルを理解したという事だね」

小動物は再び、魔法少女の肩に移動した。

 「でもモモちゃん、力がついたからと言って先走ってはだめよ」

智夏はレナの救出劇を思い出す。力が上がったと言っても、空を飛ぶ速さ、炎をよける防御力、耐久力が上がっただけで、攻撃力は無いに等しいのだから。

 「うん、私は聖剣をだしたミリカさんを護る」

 「ありがとう」

智夏は魔法少女の頭を撫でながら、判断力もアップしたんだと感心した。




 「ここだわ」

智夏達は繁華街にあった家と同じだったであろう建物の前にいた。

家は火事だろうか、半壊状態で原型を留目とどめていない

当然自転車等も見当たらず、表札も上がっていない。町名と番地が書かれたプレートだけが焼け残っていて、智夏の記憶と一致した。

 「これじゃあ手掛かりは見つかりませんね」

セイラが瓦礫に足を踏み入れた。

突如、複数の提灯に火が灯るかのように、揺ら揺らと火の手が上がる。

火の手は円陣を描き、やがて円の中心にもやが浮かぶ。

靄の中から赤黒い手が伸びて来た。靄は現世と異界とを繋ぐ空間なのか、火の円陣が広がり中から鬼が姿を現した。

鬼は三メートルは優に超えているだろう。武者鎧をまとい、目に青い光を宿していた。

 「やはりトラップ!」

智夏が素早く呪符を取り出した。

人祓いの結界が張られているのか、異様な現象が起きているのに周りからは、悲鳴どころか、人影も見えない。

鬼は鎧の音を軋ませながら智夏達に近づいくる。

意思のない青い目を光らせ、鬼が刀を抜き智夏達を襲ってきた。

 「六根清浄急急如律令!!」

陰陽少女が放つ二枚の呪符が二頭の虎に変化する。

一尾の虎は鬼の頭まで跳躍してを顔面を襲う。もう一尾は足に食らいついた。

鬼は頬に牙を立てる虎の背を掴み、自分の頬肉ごと無理矢理引きはがし、そのまま刀で突き刺した。虎は一瞬苦悶の表情を浮かべると、呪符に戻りひらひらと地面に落ちた。

片方の頬肉をはがされた鬼は、血液だろう黒い液体をしたらせながら、歯をカチカチと鳴らし足に食らいつく虎を見て刀を振り上げた。

虎は後方に飛びのき、智夏の横に並ぶ。

陰陽少女は再び呪符を構え鬼と対峙した。

鬼が刀を振り上げ智夏に向かってきた。智夏は呪符を数枚空に放つ。

 「比叡延暦! 古より使える八瀬童子!  オン!!」

呪符が三体の鬼に変化する。

 「鬼には鬼よ」

智夏は独鈷杵を取り出し、八瀬童子と共に攻撃をしかけた。

ミリカの聖剣を使いたいが、一体の鬼退治で彼女に頼っていては、とても桑栄とは戦えないだろう。

八瀬童子たちが杖での攻撃を繰り返す。鬼はそれら全てを刀で跳ね返していく。

智夏も独鈷杵を振りかざし、跳躍して鬼へと向かっていった。

鬼は智夏の攻撃を腕の鎧で防ぎ、切っ先を智夏へと放つ。

 「ウィンディー シャワー」

いつ変身していたのか、レナが風の魔法で砂交じりの風を鬼に飛ばした。

威力がないので鬼を傷つけるほどでもないが、智夏が切っ先を避け、次の攻撃を与えられる位の隙が生まれた。

陰陽少女は刀をかいくぐり、鬼の頭へと独鈷杵を振りかざす。

呪詛を込めた独鈷杵の一撃は、鎧兜をも突き抜け、鬼の頭を貫くだろうと思われた瞬間、智夏は弾き飛ばされるように地面へと投げ出された。

日ごろの丹念の成果だろう、無意識に受け身をとり、最小限の怪我で何とか立ち上がり、鬼の方を見た。

鎧武者の後ろにもう一回り大きい黒い影が見えた。

鬼だ!  鬼は鬼だが、智夏にはそれ以上の存在に思えた。

鬼以上の鬼!   智夏は初めて酒呑童子と対峙した。



 酒吞童子が静かに智夏を見下ろす。その目は眼球がなく、緑色をしていた。

黒い影に見えたのは酒吞童子が放つ瘴気みたいなものだろうか。

影は酒吞童子の身体を這うように纏わりつき、弾かれ、四散しては消えていく。

消えていっても、次々と再生して、また酒吞童子へと纏わりつく。

酒吞童子はそんな瘴気を気にする風もなく、ただ立ちすくむ。

八瀬童子は、酒吞童子の瘴気に当てられたのか、消滅していた。

 「ははは、なかなかな腕前だ。倉橋の者よ」

酒吞童子の傍らで、左右耳の大きさが違う男が立っている。

 「桑栄!」

陰陽少女は独鈷杵を構えた。

 「どうだ、お前も陰陽師なら私と組まぬか」

 「何を!」

 「私と組んで、退魔師より陰陽師のほうが優れていると証明しようではないか」

桑栄が一歩前へ出て来た。智夏は独鈷杵を握る手に力をこめる。

 「私は自分より劣る、退魔師の下で働くのが許されない。お前もそうであろう   倉橋の者よ」

 「私は違う!」

 「果たしてそうかな。お前を分家という目で見下す、自分より弱い本家の人間が嫌いであろう」

智夏はさらに独鈷杵を握る手に力を込めた。

 「図星のようだな。私も自分より弱い、退魔師が嫌いでね。お前は私に似ている」

 「私はあなたとは違う!」

智夏が独鈷杵の切っ先を桑栄に向け走りだした。

        ピィキーーーーーーーン

独鈷杵が智夏の手を離れ、地に落ちる。

智夏は何が起きたのか分らないまま地面へと叩きつけられた。

 「おねーさーん」

レナが駆け寄り智夏を抱き起した。

桑栄の方を見ると、もう一体鬼が増えていた。

鬼以上の鬼。酒吞童子に劣らぬ瘴気を身体から発している。

鬼は眼球の無い赤い目で智夏を見た。

 「茨木童子!  念動力か」

智夏は悪魔に身体を弾かれた事を思い出した。

鬼もこのクラスになると、超能力のような物が使えると聞いた事がある。

陰陽少女は魔法少女から手を離し、再び独鈷杵を構えた。

 「田垣の腹心を我が陣に取り込みたかったのだが、残念だよ、倉橋の者」

 「それだけの力があるのに何故人に害をおよぼす」

 「私の力を世に見せるだけだ」

 「させない!」

智夏が呪符を放った。呪符は火矢となり桑栄へと向かう。

 「ははははは!   もう遅い!  もう始まっているのだよ」

桑栄と鬼達が瘴気を残して、一瞬で消えた。

 「あいつらは!?」

 「瞬間移動か!」

民家の焼け跡で智夏達は慌てて周りを見渡すが、鬼達の姿は見えない。

恐らくは鬼の超能力の一つ、テレポートで移動したのだろう。

 「何処へ行ったんだと思う」

智夏は皆の顔を見る。しかし返答は無い。

 「お姉さん、桑栄は「もう始まっていると」言ってました」

 「始まっている?」

智夏は思い出したようにスマホを取り出し、テレビに切り替えた。

小さな液晶画面には、燃える街が映し出されている。

 「繫華街が!!」

ヘリコプターからの中継だろう、空から映されている繫華街は、あちらこちらから火の手があがり、大惨事になっている。

 「私! 先に行きます!」

レナがステッキをとりだし、飛行に入る。

 「待ってレナ!」

智夏はレナを引き止め、手を掴み引き寄せる。

 「お姉さん!」

 「バラバラで行っちゃ駄目」

 「でも、電車は動いてないかも」

繁華街の中継から察したのだろう、火災の規模から見て、電車は繁華街の最寄りの駅まで行っていないかも知れない。

 「大丈夫!  九がいる」

焼け跡の瓦礫を吹き飛ばしながら竜巻が発生し、三人と一匹を巻き込み上空へと上がって行く。

人祓いの結界が張られている町は、異常気象など気にする風もなく、静寂を保っている。

竜巻は暗雲に飲み込まれた後、静かな住宅街を離れ、賑やかな街へと流れて行った。



















   

































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