第9話 戦闘訓練開始


「そういえば、僕って亜人じゃないですか?」

「そうだよ。何だね急に」

 受診日。エンジュは一通りの検査を終えると、崎守と語り合っていた。

「いや、てっきり僕、今後はどこかに拉致されて、学校にも通えなくなって、連合の秘密の研究所とかに監禁されて、一生あちこち調べられたり実験動物みたいな生活するのかなーって思ってたので、そうじゃないんだなって」

「そういうのが良いなら手配するけど?」

「いえ、結構です、やめてください」

「ははは、冗談だ」

「目が笑ってないから怖いです」

 最初の頃は怯えてまともに口を利こうともしなかったが、慣れてくるとエンジュも案外軽口を叩くようになるらしいと、崎守は歓心した。エンジュが、崎守に心を開いている証拠だった。

「まあ、確かに大昔は、君の言った通りのことが行われていたらしい。今となっちゃ恥ずかしいことだけど、人類連合が発足したばかりの頃だね。当時はまだ魔族に対する偏見が根強かったし、変化して一目見ただけで亜人と分かるような状態だと、すぐに連れ去られて、君の言ったような目に遭わされた。死後に解剖されたりね。

 そんな過去もあってか、人類連合は亜人に警戒されていてね、自然に覚醒した亜人というのは、ほとんど確認されてないんだ。後は、そうだな……実は、なにか事件を起こして逮捕された者が、公式には発表されてないだけで、亜人だったってケースがちらほらある。まあ、歴史の裏、大人の事情、って話だね」

「そ、そうだったんですか……」

「君の記録に関してなら、僕がしっかりと観察してるから大丈夫さ。診察って言っても、最近は機器を使った体力測定や、体を動かすトレーニングが多いだろう? そういうことさ。この記録はすべて人類連合に提出しているからね。君のお父上も目を通しているはずだよ」

「はあ、だったら良いんですけど」

 このところ、エンジュは精神のコントロールを義務付けられていた。早い話が、勝手に獣にならないよう、いついかなる時においても冷静でいられるようにする訓練だった。亜人の能力はエンジュにとって武器にはなるが、引きずられてしまうわけにはいかない。

 それにこの頃、薬の副作用で四六時中眠いエンジュは授業に集中できず、勉学に支障をきたし始めていた。

 しかしコントロールがうまくいけば、薬の量が減らせる。頭の中がすっきりして、眠くならなくて済むのだ。

「ふむ……そうだな」

 崎守は、エンジュのデータを見比べて言った。

「試しに、今日から対人格闘訓練を始めよう。僕が相手になる。君は、変化してかかっておいで」

「突然ですね」

「いま思いついたから当たり前さ」

「大丈夫なんですか先生」

「大丈夫大丈夫。こう見えて僕だって一応、魔法使いなんだよ。ここの地下に、専用の格技場がある。なに、軽く運動しようじゃないか。古山さーん! 来てくれ」

崎守は隣室に向かって声を張った。

「古山さーん」

 二度目の呼びかけに姿を現したのは、しゃきっとした白衣の女性だった。髪型も化粧も地味だったが、かえってそれが彼女の理知的な美しさを際立たせていた。

「はい、何でしょう先生。コーヒーですか?」

「違う違う。今から地下を使うから、準備をお願いしたい」

「地下って倉庫の方ですか?」

「いや、格技場の方だ」

「分かりました」

すると、一足先に彼女は診察室から出ていく。

しかし、すぐに戻ってきた。

「鍵、忘れました」

 彼女はニコリともせずに壁に作りつけられたホルダーから一束の鍵を取ると、再び部屋を後にした。

「面白いだろう彼女。物凄く頭が良いのに、おっちょこちょいなんだ。私は完璧ですといった真顔で、いつもしれっと変なことを仕出かすんだよ」

「そ、そうなんですか……」

「ああ。だから、何事も完璧な僕が、そばにいるのさ」

 今のは惚気だろうかと思ったが、色事に疎いエンジュにはそれ以上のことは分からなかった。




 診察室を出てすぐの廊下に、「関係者以外立ち入り禁止」と書かれたドアがある。そのドアの先には更にドアがあり、そこには「院長専用」というプレートが掲げられていた。

 ドアの先にあったは、下りの階段だった。

「ここの地下に、格技場があるんだ」

「さっき言ってたやつですね」

「ああ、そうさ」

 到着したのは、広くて何もない部屋だった。地下とは言っても閉塞感はあまり覚えず、天井がとても高い。どこもかしこも明るいのは、先に入った古山が照明をつけてまわったからだろう。古山の姿はどこにも無かったが、格技場は空調の音が響き、籠った空気が換気されていた。

「いまは、世界中の格技場の壁に『タベル』が使われている。『タベル』は、魔法も熱も衝撃もある程度無効化できるから、どれだけ魔法で火だの風だのを起こしたところで外には漏れない仕組みになってるし、外部からもそういった干渉を受けないようになっている。ちなみに、『タベル』を使った建築はシェルターとしても使えるから、災害時にも安心さ。よく避難所に指定されたりもする」

 崎守が、壁を拳で叩いた。しかし、なんの音もしない。なるほど、とエンジュは思う。

「ちなみに『タベル』は僕が開発した。ぼーっとしてたら前の上司に特許申請されてしまったおかげで僕には一銭も入ってこなかったけど」

「え、それは」

「まあ、いいんだ。どうせ他にも特許はいっぱい持ってるし、僕は『タベル』を更に改良した『ムサボル』を開発した」

「先生って、医者じゃなかったんですか?」

「一応、医師免許は持っているから医者ではある。ただ、必要だと思ったものがこの世に存在してないのが悪いんだよ。そのせいで、思いついた端から創るはめになっている。薬でも壁材でも」

 崎守は白衣を脱ぎ捨て、シャツの腕をまくり始めた。

「ここの床も壁も、全部『ムサボル』を何重にも敷き詰めてある。どんなに暴れても大丈夫だよ。さあ、かかっておいで」

 

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この半分の世界で 戸田ミケ @bokumike

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