第八話:俺は己の辞書から友情という言葉が消えても『努力・育毛・勝利』で乗り切る。
前編:困ったときの髪頼み
鷲頭家にも家訓ってやつがあってだな。” 困っている人には手を差し伸べろ " そして " 女の子のピンチを助けられないような野郎は、心臓の毛まで毟られて死んじまえ " って決まりがあるんだ。
鷹山の頭の秘密を知ったあの日に口にした約束を俺は守れなかった。
一人や二人にバレたのならば頼み込んで隠し通すこともできるが、多くの人前で白日のもとにされた彼女のスキンヘッドは、どのように写るだろうか。
やはり笑いものになるだろうか。
それとも憐憫のまなざしを送るだろうか。
俺のことはいい。こんな頭でもいつかは毛が生えると希望をなくしてはいない。だが、鷹山はもう生えないんだ。
ただ、彼女は普通の女の子として過ごしたいだけなんだ。
このことが公になるとあいつは死を選ばないといけない。だから、みんな…。
「何これ!?鷲頭君と美桂、心霊写真みたいになってるじゃん!」
そうなんだ鶴見。実は鷹山の頭は心霊写真で……
ん?どういうことだ?
俺はジェット・コースターの終盤で撮影された販売用写真が映し出されたモニターに目をやる。それに続くように、鷹山も恐る恐る俺の背後からそっと顔を覗かせる。
「鷲頭君、いくら怖かったからって暴れすぎじゃない?美桂の頭、凄いことになってるよ?」
液晶モニターに映し出された写真。そこには俺の片手が鷹山の顔から頭付近をブレるようにすべて覆っていた。要するに振り回した際の残像である。
その残像の上部、俺の手のさらに上部分から鷹山の髪の毛(カツラ)がはみ出るように写っていた。
「鷲頭君の手と一緒に、美桂の顔と頭まで残像で縦に伸びてるじゃん」
いや、それ伸びてるのは頭じゃなくて、カツラのアゴ紐なのだが…。
た、助かったのか?バレてないのか?
「あ、あれー。なんか凄い現象だなー」
「そ、そうですねー。こんな写り方ってあるんですねー」
思わずワザとらしく言いながら顔を合わせる俺たち。
だが俺も鷹山も内心では、この偶然の事象を利用してカツラがバレないことを願うしかなかった。
「これはいわゆる多重露出か、はたまた霊界からのメッセージ…?」
俺はノリノリな鶴見に気付かれぬよう、小声で鷹山に「ここは鶴見の話に合わせておけ」と告げる。とにかく怪現象で乗り切ろうとその場を盛り上げた。
「大体、おかしいと思ったんだよ。鷲頭君、一番後ろで美桂の隣にそそくさと座ったりしたからさ。ドサクサ紛れに体でも触ろうとしたんでしょ?」
鶴見はじっとりとした横目で半笑いで俺を見つめる。
「ば、馬鹿なことを言うな。俺は…」
「も、もう鷲頭君ったら、いやらしいんだから…」
鷹山の一言にそこにいたみんなが笑う。そして、からかうような軽蔑の眼差しで俺を見つめた。そこにも話を合わすか鷹山よ…。
「よしよし、怖かったね美桂。お母さんが励ましてあげるから元気出して。鷲頭君は、このまま” 禿げ増して ” しまえと呪っておいてあげるから」
こうして、鷹山が行うべきだったジェット・コースターという名の滝飛び込みの儀は、俺の『鷹山のカツラがバレませんように』という願いを奇跡的に聞き入れて幕を閉じた。
だが、それと引き換えに男としての大事な何かと、多くの髪の毛を失ったのも事実だった。
「よし、鷲巣君には罰ゲームとして、ホラーハウスに同行してもらおう」
「ちょ、ちょっと待て!俺は嫌だぞあそこは!バスでも言っただろ!」
鶴見の突然の提案を俺は即座に断る。
実はこのユニバには、ひとつだけどうしても行きたくない映画アトラクションがあった。鶴見の言ったホラーハウスである。
俺は別にお化け屋敷が怖いわけではない。
恐怖映画やゲームなんかもスリリングに楽しむくらいの度胸はあるが、あのホラーハウスだけは勘弁してほしい。
俺は昨晩、ガイドブックを読んでそこだけは絶対に近寄らないと誓うとともに、バスの中でユニバの話で盛り上がる中、行かないことを宣言していた。
「んもー。じゃあ鷲巣君だけは待ってなよ。他のみんなは行くから」
「ああ、そうしてくれ。俺だけは残る…」
待て。ということは鷹山も行くのか?
「美桂、あのホラーハウスが二番目に楽しみって言ってたもんね」
「ええ。ぜひ行って気持ちをリフレッシュしましょう」
鶴見の誘いに嬉しそうな表情を見せる鷹山。
決して作り笑いや社交辞令ではなく、純粋な気持ちが表れていた。
おい鷹山。それは初耳のうえに、お前は今しがたどんな目にあったか覚えているのか。何がリフレッシュだ。お前が口にするべき言葉はリフレクションだろうが。
知ってるか?【Reflection:リフレクション】という英単語にはいくつか意味があって、反省という意味もあるんだよ。だが、お前の辞書には反射という二文字しかないのか。
俺は疲れ果てた溜め息を交えながら、鶴見たちに「俺も行く」と参加表明をした。もういい。後は野となれハゲとなれだ。いや、できれば髪となれ…。
俺を除く一行は、楽しげな足取りで次のアトラクションへと向かった。
ホラーハウス【髪隠しの館】という名の地獄へと。
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