第六話:俺は神絵師という言葉に限っては『髪壊死』と捉えてしまう臆病な一面がある。
前編:旅の恥は髪捨て
「寝るな鷹山…おい、鷹山!寝たら死ぬぞ!」
俺は隣で意識を失う鷹山の耳元に向かって一生懸命語りかける。
それに加えて、頬を軽く何度か叩くが反応はない。
駄目だ。万事休すだ。だから俺は、あれほどやめておけと…
「言ったんだぁあああああああああああああああああああ!!」
俺の絶叫が周囲に響き渡るが、それを気にする者は誰もいない。
悪夢の始まりである。思えばあの時、最初から断っておけば良かったと俺は激しく後悔した。
◆
事の始まりは前日。あの感動と奇跡を巻き起こしたクラブ活動紹介から一週間ほど経った日のことだ。
「ねえねえ。鷲巣君も明日一緒に行こうよ?」
学校の昼休みのひと時、級友たちと昼飯を囲んでいたところに突然その女はやって来た。
下はスカートだが上には学校のジャージを着ており、やたら大きな丸眼鏡とオデコを広く強調した三つ編みが目立つ女子。鶴見 光である。
「いきなり何だデコパチ。用件が言葉足らずだぞ」
「誰がデコパチやねん。いつもツルピカと呼べって言ってるやないかーい」
そう言いながら鶴見は手に持ったプラ製のメガホンで俺の頭を叩こうとしたが、何かを察したように止めて自分の頭を軽く叩く。
相変わらず無礼な奴だが、その気遣いには感謝する。
「そんなこんなで、明日の土曜日に演劇部のみんなとユニバース・ワールドに行く件につきまして、ぜひとも鷲頭君にも来てほしくて、演劇部の天才脚本家の卵が直々にお声を掛けに参りました。」
何がそんなこんなだ。今度は用件を詰め込みすぎだ。それに少しは謙遜しろ。
「おいおい。ユニバース・ワールドって、先月オープンしたばかりじゃん」
「だな。某ネズミの夢ランドと同じくらい豪華なアトラクションや乗り物が多いテーマパークだぞ」
わざわざ丁寧な説明をありがとう級友たちよ。
そのとおり、ユニバース・ワールド(通称ユニバ)は、オープン前から現在も連日、雑誌やニュース、芸能人のリポート番組で話題となっている今最もホットなカルチャースポットだ。隣県の山間にあり、学生の俺たちでも日帰りで行けない距離ではない。
「実は、剣先輩の家がユニバのお偉いさんの関係者でね。この前のクラブ活動紹介のお礼にって、部員と有志たち全員にエクスプレスVIPパスを用意してくれたんだよ!もちろん大活躍した鷲頭君の分もね」
演劇部部長の剣先輩の計らいか。来月ロンドンへ演劇で留学するだけのことはあるので裕福な家庭だとは思ってはいたが。
「すげえぞ鷲頭。エクスプレスVIPパスって一日限定だけど、どれも殆ど待たずに何度も遊べるフリーパスじゃん。譲ってくれ!頼む!!」
「値段もさることながら、年間会員の中でも更に特別なメンバーだけが手にすることを許される幻のパス!殺してでも奪い取る!」
自分の体で俺の頭を挟むようにすがり付く級友たち。
「な、何をするきさまらー!」
俺は気持ち悪い級友どもを払い除ける。汗で蒸れたら髪に悪いだろうが!
「うむ。せっかくの誘いだが、少しばかり遠慮しようかなと思う」
正直、あまり乗り気ではない。何故なら俺はあまりアウトドアが好きではないからだ。
別にインドア派でも引き籠もりでもないのだが、俺は紫外線によるヘアダメージを心配していた。オゾン層の破壊が進む現代、俺の頭と同じくして輝きを増す紫外線は髪のタンパク質の大敵だ。
帽子を被ればいいとも思うだろうが、帽子は熱がこもる。要するに蒸れるのだ。そちらも髪の大敵だ。いずれにせよ人混みの暑い場所へはあまり行きたくない。
「大体、前日に誘うなんて話しが急すぎるぞ」
「本当は一昨日に誘おうと思ったんだけど、鷲頭君、忌引きでお休みしてたでしょ?それに美桂には、鷲頭君に誘うように頼んでたんだけど」
鶴見の言うとおり、数日前に親父方の親戚の葬儀で俺は二日ほど学校を休んでいた。だが、ユニバに出掛けるのは初耳だ。
「ん…もしかしてあれか?」
俺はポケットからスマホを取り出して操作する。
あれは先日、葬儀で坊さんがお経を読む前のことだ。
俺はスマホをマナーモードにしよう思った際に一通のメールが届いていたことを思い出し、それを再確認する。
【件名:お知らせです from :鷹山】
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
今度の土曜日に修行で山へ行く
ことになりました。鷲頭君には
いつもご迷惑ばかりおかけして
いますので、この機会に精神を
鍛え直すとともに、願掛けをし
ようと思います。よろしければ
一緒に行きませんか?
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
……これは、どう見てもユニバの誘いじゃなくて、修行の誘いだよな?俺は何度も読み返す。
ちなみに俺はメールが届いてすぐ、葬儀が始まる前に早々と『そうか、頑張れよ。俺は行かないが応援しているぞ』と返信していた。
「美桂ったら、ユニバでクローズ・コールに乗るんだって凄く楽しみにしてたよ」
やはり鷹山も行くのか。だが、そんな所に行って大丈夫か?
俺は、あいつのカツラの面倒を見るのは懲り懲りだと思いながらも、メールの『修行』という一文が気になっていた。
この前のミュージカルの一件で少しは懲りてるだろうから、軽はずみなことはしないと思うが…。
鷹山のカツラの秘密がバレたときのことを考えると、俺の喉と毛根の潤いがすべて失われそうだ。俺は落ち着こうと髪に優しいイソフラボン成分が入った豆乳を飲む。
「おいおい。クローズ・コールって、国内で最大規模のジェットコースターじゃん。この前、世界で第三位に認定されたよな」
「そうそう。全長1800m、最高到達高80m、時速160kmだったか?」
「ぶふぉお!!!」
鼻と口から勢いよく噴出された豆乳とともに、俺はその場に倒れ込みそうになった。
『汚いなあ!』
その場にいる全員が俺に総ツッコミを入れた。
何を考えているんだ鷹山は?あの頭でジェットコースターになんか乗ったらどうなるか、壊れた電卓でも答えを弾き出せそうなものだ。
「おい鶴見。まだ参加権はあるか?俺も行くからよろしく頼む」
「おぉ、気が変わったかい!さすがは鷲頭君だ!」
鞄から育毛剤を取り出した俺は、連中に「食後の育毛に行ってくる」と言い残して教室を出た。
手洗い場へと向かう廊下の途中、俺はスマホを取り出して鷹山宛にメールを打つ。内容は『今度の遊園地の件だ。放課後に屋上に来てくれ』とシンプルなものだ。
返事までの間、俺は手洗い場で育毛剤を使おうと思ったそのとき、コール音と振動が鳴り響く。
鷹山からの返信にしては早いと思いつつスマホを覗くと、それは通話の着信だった。画面には、電話のマークと『着信:鷹山 美桂』と表示されていた。
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