後編:捨てる髪あれば、拾う髪あり

 人間には二種類のタイプが存在する。イザという時に冷静でいられるか否かだ。俺は当然、後者に該当する。要するに後先考えずに行動するタイプだ。


 ………………………………………。

 ……………………………………………。

 …………………………………………………。

 ………………………………………………………。


「え…ちょっと、鷲頭君?」


 俺の背後から聞こえる鶴見の声に混じって、自分の激しい心音と息遣いが聞こえてくる。


 舞台および体育館は、暗闇と静寂に包まれていた。

 どうしてこうなったか。それは俺はダンス終了直前、ミキサーを操作して照明と音源のスイッチを全てオフにしたからだ。


「え、何?」「どうした?」「照明はどうした?」「トラブル?」「なんだ?」「故障か?」「何かの演出?」


 突然の出来事に少しずつざわつく体育館内。一年生とともに舞台から演劇部と有志たちの声も聞こえてくる。


「わ、鷲頭君。何考えてるの?どうしてそんなことするの?」

「ああ…」


 当然、俺の行動に詰め寄る鶴見。

 すまない…こうするしかなかったんだ。


「鶴見よ。芸術の爆発ってやつ、俺にも一口乗らせろよ」

「はぁ?な、何言ってるの!?」


 俺は鶴見にそうひと言だけ告げると、ミキサーのツマミのひとつを奥へと動かす。


 すると、舞台の中央だけが明るくなる。そのスポットライトは二人の人物を照らしていた。剣先輩と蛇臣先輩の二人だ。


 二人はその明かりに驚くように一瞬、腕で顔を隠す。


「どうしたんだ一体!?」

「何が起きたの!?」


 口々に驚きの声を上げる二人。当然の反応だ。

 俺は覚悟を決めて機器に備わったマイクのスイッチを入れると同時に顔を近付ける。一度だけ深く深呼吸。そして…。


『互いに存在を認め合った二つの国。これからともに素晴らしく発展することだろう。だがしかし、これで本当に良いのだろうか?』


 俺はナレーションのように語る。声を低くして心を込めて。あの日、鷹山を説得するような出だしだった。


『剣先輩…じゃなくて、ロードゥ・ブリティッシュ王子よ。あなたは一つ大事な問題から目を背けている。あなたは近々、遠い異国の地に赴くと聞くが、それに間違いはないか?』


「……ああ、間違いない。だが、それが…」


『蛇臣先輩…ではなく、ビッグ・ヴァイパー王子よ。あなたは自分を偽ってはいないか?あなたは本当は王子では……ないのではないか?』


 俺は間髪入れずに蛇臣先輩に問いかける。


「……ど、どういう意味だ。私は国を治める王子…だ」


『もう一度聞く。ロードゥ・ブリティッシュ王子(剣先輩)よ。あなたはこのまま国を離れていいのか?』


 剣先輩は来月にはロンドンに留学してしまう。


『もう一度聞く。ビッグ・ヴァイパー王子(蛇臣先輩)よ。あなたもこのまま、彼に正体と気持ちを隠したままでいいのか?』


 蛇臣先輩、それで本当にいいんですか?


『二人とも後悔はないのか?伝えたいことがあるのではないのか?』


 俺は素直になることの尊さを説き、理に問うように、情に訴えるように語る。


 再び訪れる静寂。しかし、先ほどとは様子が違う。そこにいる誰もが壇上にいる二人に注目していた。


 ………………や、やはり駄目か?俺が諦めそうになったその時だった。


「…ああ、そうだよ。僕は…いや、私は実は王子ではなく姫だ。理由あって性別と立場を偽っていた」


 最初に動いたのは蛇臣先輩だった。彼女は少し歩きながら胸に手を当てながら天井を見上げる。


「ロードゥ・ブリティッシュ王子…いや、英道。私は…私は…あなたが」

「待つんだ。ビッグ・ヴァイパー姫よ。いや、古奈美」


 剣先輩は、蛇臣先輩の肩に触れながら首を横に振る。そして、同じく天井を見上げる。


「聞いてくれ古奈美。僕は、僕は、君がずっと前から好きだった!」


 蛇臣先輩の両肩を掴み、真正面から気持ちを告げる剣先輩。

 その突然の告白に小さなザワめきが起きる。

 

「…私もだよ英道。私も…私もあなたが好きだ!ずっと前から大好きだ!」


 一瞬顔を覆うが、すぐさま剣先輩と面と向き合う蛇臣先輩。


「でも、来月にはロンドンに行くんだろ。一年生の時から、本場で演技を学ぶのが夢の第一歩だって言ってただろ。そんなあんたに私の気持ちなんか邪魔だろう?」


 蛇臣先輩は涙を流しながら言う。そんな彼女に剣先輩はどこからともなくハンカチを取り出して渡す。俺は一瞬「準備いいな、おい」とツッコミを入れそうになった。


「そんなことはない。この二年間、君は俺と一緒に本気で演劇に向き合ってくれた。それがどれだけ俺の心の支えになったと思う。君がいなかったら、俺は夢を途中で投げ出していただろう」


「そんなこと言って。どうせ向こうに行ったら、私のことなんかすぐに忘れてロンドン美人とよろしくするんでしょ?」


「ば、馬鹿なこと言うな。向こうへ行ってもお前のことを忘れるもんか。むしろ待っててくれ。絶対に成果を出したら迎えに行く」


「な、何言ってんのよ、こんな所で!恥ずかしいでしょ!でも嬉しいよ。私、待ってるから。いや、卒業したら私もそっちに追いかけてやるよ」


 いつの間にか役どころを忘れて、二人は素に戻っている。そろそろ、まとめるとしよう。


『こうして二人は、互いの本心を告げることで真実の愛と答えを導き出した。これで二つの国はいつかきっと一つの国なるかもしれない。その歴史的瞬間を祝うとともに、みんなでその行く末を見守ろう。おめでとう!』


 俺は最後のナレーションでこのやり取りを締め括った。


 その瞬間、体育館内にいた全員が一斉に立ち上がり、大きな拍手と大歓声を巻き起こした。それはまるで衝撃波のようにここまで届いた。


 俺はミキサーのツマミを操作して、壇上全域を照明で照らす。

 演じていた演劇部員、有志たちもその場で口々に称賛の声や口笛を響かせていた。これでは完全に彼ら二人だけの芝居だ。


 そして鷹山はというと、舞台中央から少し離れた場所で、しゃがむような格好で頭を両手で押さえていた。何をやってるんだあいつは…。


 俺は一つの推測をする。鷹山はもしかして、俺が照明を切った瞬間にダンスのターンでカツラを落としてしまったのではないだろうか。


 そして、あの暗がりの中を今まで探していたのではないか。

 俺がもしも、あと少し早く照明をつけていたらと思うと…


「鷲頭ぅうううううううううううう!」 


 ズドム!


「ごふぅ!うぐぉおおぉお…」


 俺は自分の詰めの甘さと危うさに血の気が引いていたところ、突然、腹の右側辺りに強烈な衝撃と鈍痛が響いた。


 俺はその場で崩れ落ちそうになるも何とか体勢を立て直して、衝撃のする方向を向くと、そこには鶴見がおでこと目を輝かせながら俺にしがみついていた。


「親父ほどの威力ではないが、肝臓めがけて体当たりとはいい度胸だな」

「何言ってんのよ。凄いよ鷲頭君。天才的な演出だったよ!」


 鶴見は興奮と感動した様子で俺を絶賛する。

 確かに大博打だったが、正直俺もあそこまで上手くいくとは思わなかった。


「鷲頭君。あんた演劇部に入りなよ!私と一緒に脚本書こうよ!」

「ごめんなさい。許してください。普通の男の子に戻りたい」


 もう色々と疲れ果てた俺は、残り少ない体力を振り絞って全力で拒否した。

 舞台では、鷹山を除く全員が観客に向かって深々と頭を下げていた。


 クラブ活動紹介の大トリを飾るとともに、演劇部ということもあり最後はカーテンコールで幕を閉じたのだが、拍手と歓声はしばらく止むことはなかった。


    ◆


 クラブ活動紹介のすべてが終わった直後、演劇部の連中の周りには人だかりができていた。


 大半は、剣先輩と蛇臣先輩のあのドラマチックな告白劇に対する冷やかしなどだろうが「演劇部に入れてください」という声もチラホラ聞こえてくる。


 あのミュージカルと咄嗟の演出で興味が湧いたのか、元々入部を考えていたのかは分からないが、演劇部にとって良いPRになったことは間違いなかった。


「あ、鷲頭君」


 そんな人だかりから頭を押さえながら掻き分けて出てくる鷹山。


「鷹山、お疲れ様だな。というか災難だったな、いや自業自得か?」

「ごめんなさい。鶴見さんが開始前直前にティアラは使わず、全力回転すると言ったときは、心臓が止まるかと思いました」


 笑いながら言う鷹山。こっちの苦労も知らないで…。

 だが、鷹山のカツラがバレなくて本当に良かった。そして演劇部にとっても先輩たちにとっても最高の結末を迎えられたこと。俺は少しばかりそれに感動しているのも事実だった。


 色々と思いふける俺のもとに、同じく人だかりを掻き分けて出てくる、今回の元凶である鶴見。


「美桂、鷲頭君。本当にありがとう。先輩たちもいい雰囲気になれたし、最高の部活紹介になったよ!」


 嬉しそうに話す鶴見を見ていると、俺もなんだか嬉しくなる。


「そうだな。部員も増えそうだし、これで剣先輩が居なくなってもいきなり廃部はなさそうだな」


「へ?別に部員が入らなくても廃部になんかならないよ?」

「ん?どういうことだ。現状、部員はお前を含めて確か5人。部活動と認められるギリギリの人数だったよな?」


 俺は思わず聞き返す。


「ああ、部員の数なら大丈夫だよ。だって、うちには名前だけ借りてる幽霊部員も合わせると10人以上いるから」


 何てことだ。じゃあ、俺たちは何でこんなに苦労しなければ…って、確か最初に演劇部が潰れそうだから助けたいって言ってたのは鷹山だったよな。


 と、言うことは。俺は鷹山の勘違いに巻き込まれた…?


「おい、たかや…」

「鷲頭君。色々とありがとうございます。あなたのおかげで先輩たちが素敵な仲になれて、演劇部も盛り上がって、また私の頭のことも助けてくれました」


 俺は文句のひとつでも言ってやろうと思ったが、鷹山のとびきりの笑顔と感謝の様子の前には何も言えなかった。ふぅ…やれやれだ。


「ねえ、頭って何のこと?」

「な、何でもない!お疲れだった鷹山!そして、とにかく良かったな鶴見!これからも頑張れよ!」


 ひょっこりと勘ぐる鶴見に俺は必死にごまかして激励を送る。

 まあ、いいか。鶴見の言うとおり、演劇部も先輩たちも良い結果になったのは確かだ。今回はその力になれたことを誇りに思うとしよう。


 俺は先ほどまでの極限状態の苦労など忘れて、今日という一日の達成感と喜びを噛み締めた。


 だが俺はまだ知らなかった。

 翌朝、日課の生え際の測定で『14センチ4ミリ』という、またもや短期間で2ミリも砂漠化が進んだ事実に絶望することを。


 そして、鷹山と鶴見への恨みと親父の油ぎった男の弁当で大絶叫する未来が待っているのだった。


(つづく)


次回更新:8月21日(日) 13:00

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