中編:髪も衆目の当たりがら

 その後もクラブ活動紹介は滞りなく進み、いよいよ次が最後の部活となる。

 ラストを飾るのは、俺が最も注目すると同時に不安でもある演劇部だ。


 俺は舞台袖で彼らの始まった演技を固唾を飲んで見守る。

 そして傍らで同じく様子をうかがう鶴見。


「………おい。デコパチ」

「誰がデコパチよ。ツルピカって呼んでね」


「それじゃあ、演劇部で脚本や演出を務める同級生の鶴見 光さん。どうしてお前がここにいる?お前は出ないのか?」


「あー。私は今回は照明やら音楽の方を担当しているの。ミュージカルってのは、効果音も含めてタイミングが結構難しいんだよ」


 なるほど。人数が少ないと兼務もせねばならないからな。


「生徒会にはちょっとワガママ言って、時間枠も大幅に増やしてもらったんだ。それでも短いくらいだけどね」


 鶴見の表情は真剣そのものだ。少なからず邪魔したことを俺は反省する。

 今回、演劇部が上演するミュージカルは、僅か10分程のショートストーリーだ。各部に割り当てられた紹介時間が5分程度なので、それを考えれば倍以上だが、演劇で勝負するにはそれでも足りないだろう。


 ちなみに物語は、中世を舞台にした二つの国の争いと、それぞれの国の将来を担う二人の王子の葛藤と友情を描いたオリジナル・ストーリーだ。


 主役の一人は、部長のつるぎ先輩が演じるロードゥ・ブリティッシュ王子。そしてもう一人の主役は、女子で副部長の蛇臣へびおみ先輩が演じるビッグ・ヴァイパー王子だ。男役を演じる蛇臣さんの姿がなかなか凛々しい。


 二人はある日、互いの国境近くの山で狩りをしていたが、不注意で崖から落ちて迷っていたところ偶然出会う。


 最初は衝突する二人だったが、やがては協力、理解し合って友情が育まれ、最後は互いの国が和解するという成長譚だ。


 なかなか上手いシナリオだ。これなら人数が少なくても違和感ない。

 主演を務める二人の演技力は音楽や歌が相成りとても栄えている。そして鶴見のシナリオもよく出来ていると俺は感心した。


 特に剣先輩の演技は素人の俺でも目を見張るものがある。外国へ留学する決意を固めたというだけはある。


 蛇臣先輩の演技も迫真だが、どことなく力技で気持ちを押し殺しているように感じるのは気のせいだろうか。それはもうすぐ離れ離れになるが、素直さを表せない気持ちの裏返しかもしれない。


 あと俺が気になるのは生徒たちの反応だ。舞台袖からそっと覗いてみると、あくびをしたり、スマホをイジったり、寝ている生徒もいてあまり芳しくない。


 俺はいつしか鷹山の心配や演劇部の行く末など忘れて演技に魅入る。

 そして物語はいよいよクライマックスを迎える。


「我々は、両国の明日のためにここに和平を宣言する!」

「未来永劫、誰もが幸せになれる二つの国を作ることを誓う!」


 両国は戦争が始まる寸前だったが、二人の王子は互いに手を取り合い、そして尊重し合いながら力強く訴える。


『さあ、皆の者!この新たな歴史の始まりに感謝して、ともに踊ろうぞ!』


 二人のハモリ台詞とともに、陽気で躍然たる音楽が流れる。

 それと同時に左右の舞台袖から、軽やかな足取りで手を繋いで壇上に出る部員を含む有志たち。


 いかにも大団円で盛り上がり、皆が歌に合わせて笑顔で踊りはじめる中、俺は鷹山の姿を一瞬確認する。


 眩しいほどの照明の下、鷹山は光を失った眼でうすら笑いを浮かべながら踊っていた。ん……?


 何か様子がおかしい。俺は鷹山の様子をよく確認するべく、舞台袖のぎりぎりまで近寄る。みんなが踊る中、よくは見えないが何か違和感を感じた。


「んな…馬鹿な…!?」


 俺は両手で自分の頭を押さえなら思わず声を漏らす。

 そっと手を下ろすと指には何本か抜け毛が挟まっていたが、それどころではない。


 鷹山の頭の上に、あるべきはずのティアラが乗せられていなかった。つまりはカツラのみの状態だった。俺は一瞬、頭の中が真っ白になった。

 

 主役の王子二人は舞台の中央で互いに繋いだ片手を高らかに上げて、もう片方の手をみんなに振っている。


 その周りで踊り続ける10人ほどの男女のペア。

 各々ペアが満面の笑顔で、静かなステップを踏みながら自由にその喜びを表現している。ただひと組を除いてだ。


 鷹山のペア、正確には鷹山だけはやはり意気消沈とした面持ちで踊っていた。

 その踊りと様子はまるで、心を持たないマリオネットのようだ。


 それどころではない。俺は本題に戻る。

 どうして鷹山の頭には、カツラずれ防止で俺が用意した特製ティアラが乗っていないのかだ。いや、よく見ると女子全員が乗せていない。ドレスのみだ。


「おい鶴見!てぃぃぃあらぁあああはどこだ!?」


 俺は近くでメガホンを持ったまま腕を組み、満面の笑みでおでこを輝かせているツルピカこと鶴見に、噛み噛みで詰め寄る。


「え、手洗い?トイレなら体育館の外にあるでしょ?新入生じゃあるまいし」

「手洗いじゃない!ティ・ア・ラ・だ!T・I・A・R・Aだ!」


 俺は鶴見に聞く。


「あ、ティアラね。あれならやめたよ」


 あっけらかんとした表情で答える鶴見。俺はガックリと膝をつく。


「いやさ、お昼の最終リハで美桂が凄く嬉しそうに回ってたから」

「い、意味がわからない…」


 俺は膝をついたまま、何とか頭を上げて鶴見を見上げる。


「うん。美桂が元気に踊る姿を見ていたら、あの綺麗な髪を安っぽい装飾で隠すのは勿体ないと思ったの。それで急遽みんなにもティアラは無しで個性と素材を大事にしようって頼んだんだ」


 鶴見が演出を変更した。どうやら最悪の予感が的中してしまった。

 やはり鷹山には朝早くに例の物を渡して、先に注意を促しておくべきだったと俺は後悔した。


「うん、私はピンときたね。それでみんなに、思い切り力強く回るようにお願いしたんだ。芸術は爆発だよ鷲頭君!」


 鶴見は自慢気な表情で眼鏡をクイッと上げておでこと一緒に光らせる。

 な、何がピンと来ただ…。ファミレスの『シェフの気まぐれサラダ』じゃあるまいし、安っぽいことしてんじゃねえぞ…。


 お前のそのピンってやつは、決して芸術の爆発なんかじゃない。一個人の人生をバラバラに吹き飛ばす、手榴弾の安全ピンを外したようなもんだ。


「でも美桂、大丈夫かな?何か元気ないけど具合でも悪いのかな?」


 都合が悪いんだよ。このままでは最悪の事態になってしまう。

 鷹山には何とか片手でも、頭を押さえてもらいたいのだが、相方の男子が両手をガッチリと握っているようで、その隙を与えない。

 

 そりゃそうだ。鷹山ほどの美少女と踊れるなんて滅多にない機会だ。俺もあの頭を知らなければ、きっと三日は手を洗わない、美しい思い出になるだろう。


「さあ、いよいよラストだよ!」


 賑わう舞台、それに反してあまり注目していない一年生たち、そして一人テンションを高める鶴見。全身の血の気が引いている俺と鷹山。


 歌と音楽は最高潮の音色を奏でて終わろうとしていた。

 それに合わせて両手を上げて指揮者のように振舞う鶴見。

 

 どうすれば…どうすれば…どうすれば……!!!!!

 

「3……2……1……はい!みんなフィナーレ!」


 そしてダンスは遂に、ラストを飾る全員一斉のターンを迎えた。


 音楽終了と同時、俺の目の前は真っ暗になる。

 そして、鷹山の秘密を初めて知ったあの日、教室で聞いた覚えがある転がるような音が微かに鳴った。

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