第五話:俺は『髪は万病のもと』と言うほど、抜け毛が健康に一番悪いと考えている。
前編:とれとれピチピチ髪料理
「なんじゃこりゃあああああ!!」
俺は朝っぱらから、今の若者は知らないであろう刑事ドラマの殉職寸前のような叫び声をあげる。場所は自宅の洗面所…ではなく台所だ。
目の前には、食べ盛りには少々物足りないかもしれない標準サイズの弁当箱。
蓋が閉じられる前のその中身を見て俺は驚愕した。
そこには、香ばしい焼豚やネギが散りばめられた大盛りの炒飯、そして唐揚げがギッシリと詰め込まれていた。
「どうした
俺は錆びたネジを回すような音を出しながら後ろを振り向くと、そこには満面の笑顔でお玉を持ったエプロン姿の親父が立っていた。
「おい親父。なんだこれは…」
「美味そうだろう。俺が精魂込めて作った男の料理だ。ちゃんと味見もしたが、あまりに情熱とルネッサンスな完成度に心とフォトグラフに残しちまった」
親父はそう言いながら、自分の携帯で撮影した弁当の写真を俺に見せ付ける。
「てめえはどこのミスター
「なんだ。食えねえ量でも、胃がもたれるような歳でもないだろうが?」
そういう問題ではない。俺が言いたいのは、この肉と油を中心とした高カロリーは髪の毛に悪いということだ。
「俺は頭皮の皮脂が多くなるのを心配してんだよ!もう少し栄養バランスってもんを考えろや!」
別に油モノや肉を拒否するわけではないが、俺は普段はワカメご飯やビタミンB-12、鉄分を多く含む魚(鮭や鯖)、緑黄色野菜や豆類を中心とした食事を心掛けている。
「ああん!?ちゃんと野菜と果物もあるだろうが!」
「福神漬とレモンじゃねえか!どっちも好みが極端に分かれる論争の元だぞ!それより母さんはどうした。家出か!?」
「マイ・スイートハートは、今日から友達と二泊三日の旅行だって言ってただろうが」
「そ、そう言えば…ってことはなんだ。しばらくこんな飯が続くのか!?」
冗談ではない。だからと言って、添加物だらけのインスタント食品やコンビニ弁当などに頼るのも体に悪い。
「はははっ!お前は俺と違って身体がヒョロイからな。タンパク質とボリューム満点の食事で、身体を鍛える究極のメニューを組んでやるよ!」
そう言いながら親父はドヤ顔でラットスプレッドのポーズ(ボディービルダーがよくやるアレ)を見せ付ける。
「何が究極のメニューだこの脳筋野郎!親父側だったら、究極よりもカロリー控えめな微食で思考のメニューで勝負しろや!」
こうして俺と親父は、母親がいなくなったことと、料理に対する考えの違いでしばらく東西に別れての親子喧嘩を繰り広げることになった。
◆
「と、いうわけで今朝は遅れた。すまん」
「いえいえ、私は早起きは好きですから」
俺は鷹山に今朝の出来事を言い訳しながら、2人で学校の廊下を歩く。時刻は昼休み終了5分前を指していた。
鷹山の手には、俺が昨夜に加工したティアラが入った紙袋があった。
本当は学校が始まる前、朝早くに待ち合わせて渡す予定だったのだが、俺は弁当のワカメご飯オニギリの準備に手間取って遅刻寸前だった。
※ちなみに親父の作った例の弁当は、学校に持っていき同級生たちが美味しく頂きました。
「で、最終リハーサルはどうだった?」
「はい。みなさん本番に向けて凄く気合が入ってましたよ」
「いや、演劇部の連中じゃなくて鷹山の頭だ。カツラはズレなかったか?」
あと数時間で演劇部と鷹山の運命を握る、クラブ活動紹介が始まる。
鷹山は部活紹介で演じるミュージカルの最終練習に参加していたが、俺は実行委員で設営やら諸々の手伝いをしており、そちらへは行けなかった。
「あ、そちらですか。大丈夫でした。まったくズレませんでしたよ」
俺はホっと胸をなで下ろす。
透明バンドとアゴ紐で加工したカツラのズレ防止ティアラは、どうやらサイズはピッタリで、パッと見も違和感なかったようだ
「私、嬉しくって、何度もくるくる回ってしまいました」
「ははは。はしゃぎ過ぎると変に思われるぞ」
鷹山が見せる嬉しそうな表情に俺も思わず笑って応える。どうやら峠は越えたらしい。
「ええ、鶴見さんが私があまりに嬉しそうだから、演出を変えてみんなで高速回転しようかと言ったくらいです。さすがに皆さんが反対しましたけど」
前言撤回。鶴見ならやりかねない。俺は鷹山に「家に帰るまでが遠足です」と注意を促した。
◆
「さあ、万年緒戦で敗退の我が野球部を甲子園へ連れて行くのは、君たち一年生だ!部員はまだまだ募集しているぞ!」
『野球部の皆さんありがとうございました。運動部の紹介は以上となります。続きまして、文化部の紹介に移ります。しばらくお待ちください』
午後の授業が通常より少し早く終わり、全校生徒が集まる体育館に流れるアナウンスと都度響く拍手。
ここでは今、主に1年生たちを対象とした例のクラブ活動紹介が行われている。我が校で行われる最初の年行事だ。
紹介方法は様々だ。自分たちの実績や伝統を熱く語る部もあれば、ウケ狙いで勝負する部、パフォーマンスで関心を集める部など、それぞれが部員獲得に燃えている。
個人的には、厳しい練習や体育会系の部ほどユニークな紹介で罠を張り、油断させて部員を集める傾向にある気がする。
だが以前、柔道部の連中が昔の漫画の真似をして、練習は日に一時間、月に一度、女子とお茶会をやるという嘘っぱちな条件を提示して問題になったことがあるらしい。
なので、誠心誠意かつ規則に反しない紛らわしい紹介が各部に求められているのかもしれない。
『続きまして、文化部の紹介に移ります。まずは吹奏楽部の紹介です』
「えーっと、吹奏楽部は照明の位置、最初は中央だけでよかったか?」
「おう。楽器パートが増えるごとに、徐々に左右に明るさを広げてくれって」
舞台袖に立つ俺の近くでは、実行委員の連中が各部のプログラムや要望に合わせて、照明やステレオのミキサーを操作している。
進行担当のアナウンスとともに、実行委員の一人が壇上の隅にある『めくり』 を上げると、野球部に続いて吹奏楽部という毛筆文字が姿を現した。
ちなみに今回使われている各部活の名称が書かれた札は俺が準備したものだ。昨年、誤って捨ててしまったらしいのだが、学校には書道部がないので習字が得意だった俺はその役を買って出た。
自慢ではないが、俺は中学のときに全国の書道コンクールで『危機一髪』という作品で金賞を取ったことがある。審査員である権威ある書道家からも『作者の気持ちがヒシヒシと伝わる入魂の一作』と称されたほどだ。
クラブ活動紹介が終われば6月には体育祭が行われる。そこでも横断幕などでこの技術を活かしたいものだ。
俺はその後もしばらく、各部活の紹介や自分の達筆を見ながら「俺の髪も筆みたいに、人間書道が出来るほど伸びないものか」と妄想に浸っていた。
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