後編:甘い色の髪の乙女


 昼休み。俺は学校の屋上に美少女と二人きりで立っていた。

 フェンスの向こう側、グラウンドでは男子たちがサッカーでも興じているのだろうか。俺たちの立つ足元周りの窓からも賑わいの声が漏れ聞こえる。


「突然、こんな所に呼び出してごめんなさい」


 長く美しい黒髪(カツラ)の少女こと鷹山は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら俺に話しかける。以前もこんなことあったな。


「今日は放課後に少し用事がありまして、それで…」

「いや、別に構わんよ(育毛剤を使う時間はなくなったが)」


「ところで、明日みんなでユニバース・ワールドに出掛ける件だが」

「はい。修行で行ってきます。鷲頭君は一緒に来れなくて残念です…」


 やはり、あのメールはその誘いだったか。


「あのメール内容でどうやって、ユニバに出掛けると解釈できる」

「鷲頭君は以前、私のメールは長すぎるから、もっと簡潔にしろと言っていましたので…」


「簡潔を通り越して自己完結してどうする。それに修行ってのはなんだ?」

「はい。鷹山家の家訓にあります、年に一度の春修行の儀、滝飛び込みです」


 鷹山の口から出た久々の家訓。俺に嫌な予感がよぎる。


「その滝飛び込みと家訓とやらについて少し教えてくれ…」


 出来れば知りたくないが、俺は鷹山から詳しい説明を受ける。

 鷹山家では年に一度、4月から5月に掛けての期間中、敷地の裏山にある滝壺に高さ10mほどの岸の上から飛び込まなければならない修行なる家訓があるらしい。


 そうすることで精神統一やら清めやら願掛けを図るらしいのだが、その修行の期限が今年は明日に迫っているとのことだ。


 この家訓が守れなかったことによるペナルティは特にないが、例年遅れることなく実施しているので、明日の出掛ける機会に済ませたいらしい。


 事情はある程度把握できたが、いくつか不明な点がある。


「二つほど聞きたい。まず一つはその修行の期間だが、遅れてもお咎めがないならば何も明日に急ぐことはないだろう」


 ゴールデンウィークやら夏休みにでも実家に帰ったときにでも行えばいいのではないかと俺は思う。


「はい。確かに遅れても罰はありません。でも…」

「でも?」


「期間内に行わなかった場合、その年は厄災に見舞われるという言い伝えがありまして…」


 鷹山は視線を落として不安そうに語る。

 そんなの迷信と言ってしまえばそれまでだが、信仰ある家柄であれば、気にせずにはいられないだろう。


 というか、既に(特に俺が)厄災まみれなのは気のせいだろうか。


「もう一つ聞くが、滝に飛び込む修行とユニバに何の関係がある?」


 正直、それが一番の謎だ。ユニバにはウォータースライダーのような水周りのアトラクションがいくつかあるが、人が飛び込めるような場所はないはずだ。


「はい。滝飛び込みの代わりに、クローズ・コールで済ませることにしました」


 先ほど、鶴見たちが話していた世界規模第三位のジェットコースターだ。

 そうだ、俺は鷹山のその命知らずな行為を止めようとも思っていた。


「ジェットコースターがどうして飛び込み修行の代用になるんだ?」

「クローズ・コールは最高地点が80mと聞いています。両親に相談しましたら、それだけ高いところからの急降下であれば、滝飛び込みの業に値するとお許しを貰いました」


 嬉しそうに語る鷹山を見て俺は頭を抱えそうになるが、毛が抜け落ちるのを恐れてやめた。


 こ、こいつの両親は娘の命が惜しくはないのか。

 カツラがバレたら自害しないといけない家訓を忘れてるのではなかろうか。


「鷹山。お前ジェットコースターに乗ったことはあるのか?」

「ありません。初めてで少し楽しみです。あ。私、高い所は大丈夫ですよ?」


 何を言ってるんだ、この天然級の命知らずは。


「お前、その頭はどうするつもりだ?」

「もちろん、しっかりと両手で押さえておきます」


 鷹山にしては珍しく、腰に手を当てながら自信満々な表情でVサインを見せる。


「馬鹿か。ジェットコースターのGとスピードをみくびるなよ。水平ループやコークスクリューで、どれだけ体が揺さぶられると思っている。一瞬の油断でカツラは空に向かって永遠にララバイだぞ」


「え…そ、その。じゃあ、この前ミュージカルで使えなかったアゴ紐ティアラを身に付けるというのはどうでしょう…」


「どこの世界にティアラを身に付けてジェットコースターに乗る奴がいる。大体、一緒に行く連中と同乗することになったら怪しまれるだろうが」


「…………」


 俺の反論に言葉を失う鷹山。


「ど、ど、ど、どうしましょう鷲頭君。私もしかして凄く窮地に追いやられているのではないでしょうか?」


 ようやく事の重大性に気付いたのか。慌てた素ぶりを見せる鷹山。

 とても先日、物理と社会・公民の抜き打ち小テストで満点を取った秀才とは思えない。


「鷹山。ユニバには俺も行くことにしたが悪いことは言わない。ジェットコースターと修行だけは諦めろ」


 本当ならばユニバに行くだけでもリスクは高い。

 だが、みんなと同じような普通の学生ライフを送りたい鷹山の事情を俺はよく知っている。なのでそこまで止めるつもりはなかった。


「そ、そうですよね。修行が遅れても死ぬわけではありません。今回は諦めて、今度帰郷した際にその分を取り戻す気持ちで挑みます…」


 悲しそうな表情を見せる鷹山にかける言葉が見つからないが、今回ばかりは仕方がない。


「でも…できることなら、鷲頭君のことを思って儀に挑みたかったです」

「どういうことだ?」


「滝飛び込みの目的は自身を鍛えることと清めにありますが、もうひとつ、願い事をする儀でもあるのです。その…あの…」


 鷹山は両手の指先をそっとくっつけながら照れ臭そうな仕草を見せる。


「それで…鷲頭くんの…髪の毛が生えますようにって、お願いしようと思ったのです…」


 顔を隠すように反対側に向く鷹山。ん…?様子が少しおかしい。


「例年は家族の無病息災や私自身、普通の女の子になりたいと願っていたのです。どれも叶っているので、きっと今年も私のお願いを聞いてくれるかなって…」


 そう言いながら再びこちらを振り返る鷹山。その顔はとても紅潮していた。


「ち、違うんです。安心してください。そんな変な意味ではなくて、ただ、家族や自分以外の人のことを願うのはまだ未経験でして、上手くいくか分からないですけど…私、凄くお世話になってる鷲頭君の頭のことを…願いたくて…」


 不器用ながら伝わってくる鷹山の気持ちと態度に俺は自分の心拍数が高まっていることに気付く。心拍数の上昇はすなわち高血圧。ハゲの原因のひとつ…って違うだろ俺。

 

「わかった鷹山。お前のその気持ち、しかと受け止めた。俺に任せろ」

「え…それじゃあ?」


「ああ、さっきも言ったがユニバには俺もついていく。一緒に滝飛び込み(ジェットコースター)の修行に付き合ってやるよ」

「いいんですか?でも、危険だって…それにまたご迷惑に…」


「当然、迷惑にはならないようにお前の協力も必要だ。だが、我が家にもこんな家訓がある。” 据え膳食わぬは男のハゲ ”ってな」


 これは俺の適当な即興だが、人の気持ちや誠意はきちんと受け取るのが男ってものだとハゲ親父はよく言っている。


「俺にいい考えがある。時間はないが何とかしよう」

「ありがとうございます!こういうのを地獄に仏と言うのでしょうか」


 尼のお前がそれを言うか…。

 俺はまた、お節介で危ない橋を渡ろうとしているとは思いつつも、鷹山の優しさが胸に沁みていた。


 面倒事はこれが最後であるようにと願いながらも、俺は鷹山に感謝と気持ちで応えることにした。


    ◆


 その夜、俺は学校帰りに本屋で買った【ユニバース・ワールド必勝ガイドブック】なる一冊の本を自室で読んでいた。


 各アトラクションの特徴を調べつつ、スマホで動画サイトでその動きやアクションに見入る。本来であれば楽しみ方を研究する行為だが、残念ながら俺が取り組んでいるのは、危険箇所などの確認だ。


 なるべく、こういうのは楽しいデートプランでやりたかったと思いつつ、どうかデッドプラン(死の計画)にならないことを俺は切に願う。


(つづく)

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