第28話『故郷の村は、累卵之危!②』

 村の北門。急ごしらえのバリケードを間に挟み、山賊どもと村人達の睨み合いが続いている。新緑の森の木々を抜けて、不吉な黒煙が天高く立ち昇る。


 防御柵の丸太が全て灰になった時、山賊たちは野獣のような殺戮を再開するだろう。とても戦闘が得意と思えない村人たちに不安の波が押し寄せる。


 だが、そこへ決意も新たに村長の叱咤激励が響き渡る。


「剣士は横一列で待機して下さい。絶対に奴らを通してはいけません。バリケードがなくなった今、あなた達が村を守る最後の防御壁なのです!」


 力なく肩を落とした村人達に再び生気がみなぎる。ダランと下がりかけた武器が、力強く山賊どもに向かって構え直された。


「俺達がやらなくて、いったい誰が村を守るんだ」

「そうだ! 子供達に指一本でも触らせるものか!」


 自助共助。自分で出来る事は自分でやる。そして村人みんなが共に助け合ってこの難局を乗り切る。まさに村人が一丸となって逆境に立ち向かう。


「後衛に下がった弓隊は、随時援護射撃を行って下さい」


「村長、一つ提案があります。ダメージを受けて傷ついた剣士は、いったん私達夫婦のところまで後退させるよう徹底して下さい。二人でHPを回復致します」


「しかし、神父様。剣士が抜けた穴はどうします?」


「弓隊に剣を持ち替えさせて凌ぐのです。敵に入り込む余地を与えてはなりません。一ヶ所でも破られると、誰かが集中砲火を浴びてそこから切り崩されます」


「なるほど。武器を持ち替えて前衛と後衛を兼任する。まさに村人という職業を活かした戦術ですね」


「ええ。もちろん、村長が仰った当初の予定通り、こちらからの攻撃は厳禁です。相手の攻撃を受け止めてからの反撃だけに専念させるよう徹底をお願いします」


「分かりました。皆さん、聞いてのとおりです。教会のお二人がいらっしゃる限り、HPの回復は心配要りません。ダメージを受けても、落ち着いて対処して下さい」


 村長の呼び掛けに壁役の剣士四人をはじめ、人間バリケードの面々表情がふっと和らぐ。


「見たところ、敵には回復役が見当たりません。となれば、我々は王子様の遊撃隊が戻って来られるまで持ちこたえれば、自然と勝ちが転がり込んできます」


 ショートソードを手にした剣士らによるバリケードが完成し、村人達の戦術方針が固まった時、燃え尽きた最後の丸太が火の粉を上げて崩れ落ちた。


【戦闘フィールド】

■■     【副首領】      ■■

■■【山賊】    【山賊】    ■■

■■    【山賊】    【山賊】■■

■■                ■■

■■『剣士』『剣士』『剣士』『剣士』■■

■■『弓隊』『弓隊』『弓隊』『弓隊』■■

■■『村長』『神父』『シスター』  ■■

■■                ■■


「ひゃひゃひゃひゃ。さあ、野郎ども! ショータイムの始まりだ」


 ブンブンと斧を振りかざし、消し炭になった材木を蹴り倒す。容赦のない悪漢どもが、我先に攻め入ってくる。


「どりゃさー!」


 人を殺す事に罪悪感の欠片もない野獣が、力ずくで押し寄せる。


 実のところ、剣対斧のアドバンテージは絶対ではない。さらに【森】対【平地】のマス目の優位性も、十パーセントの回避補助の地形効果がつくだけだ。


 徐々に山賊一味の痛烈な攻撃が、あちこちで村人達にダメージを与え始めた。残忍で血も涙もない斬戟が、次々に彼らのHPを減らしていく。


 対する村人達の反撃も僅かながら山賊どもに手傷を与えていくが、その彼我の差は比べるまでもない。


 村長の指示で、前衛と後衛が目まぐるしく入れ替わる。剣から弓、弓から剣へ! 持ち慣れない武器を握り締めて、戦闘の素人集団が必死の防戦に努める。


「主よ、彼らの御霊みたまを回復させ給え。ディライファ!」


 ようやく出番が回ってきた神父が呪文を唱えると、ダメージを受けていったん後退した三人が揃って淡いブルーの光に包まれる。血の気を失った顔に精気が戻る。


【戦闘フィールド】

■■     【副首領】      ■■

■■                ■■

■■【山賊】【山賊】【山賊】【山賊】■■

■■『剣士』『剣士』『剣士』『剣士』■■

■■                ■■

■■『村長』『神父』『シスター』  ■■

■■『剣士』『剣士』『剣士』『剣士』■■


 『ディライファ』は、遊撃隊の紅一点シスタータニアがいつも唱える『ライファ』の上級呪文だ。


 下級呪文は、仲間の一人にだけしかダメージ回復の効果がない。


 だが、上級呪文のディライファは、間接攻撃と同様に斜めのマス目にいるユニットにも効果がある。つまり、横一列三人まで同時に傷を癒すことが出来る。


 HPの回復量自体に差はないが、こういった乱戦では無類の効果を発揮する。


「さすが、あなた。頼りになりますわ! では、私も……。主よ、彼の御霊みたまを回復させ給え。ライファ!」


 夫に負けまいとして、セクシーなコスチュームに身を包むシスターも回復呪文を唱える。ちょうどこれで前衛と後衛が全員入れ替わった形だ。


「HPが減った前衛さんは、決して無理しないでね。もしローテーションが崩れそうになっても、うちの主人に抜けた穴を埋めさせますから。うふふ」


「やったね、ハニー。任せておくれ。さっきから腕が鳴ってしかたがないんだよ」


 真っ白な歯がキラリと輝く。嬉しそうに腕をむずむずさせながら、ガッツポーズを取る。


 彼の隣で回復役に努めるシスター真由美が、そんな夫の様子を呆れたように見つめながら、フッとため息をついた。


「駄目よ。こちらからの攻撃は厳禁だって、今しがた自分で言ったくせに」


「オーマイガッシュ!」


 神父が天を仰ぎながら両手で頭を抱える。仰け反りながら硬直した神父が大理石の石像と化すが、死闘を繰り広げる最前線の誰も相手にしなかった。


「武器を剣に持ち替えた前衛はそのまま待機。回復が終わって後衛のポジションに入った者は、弓を装備して間接攻撃を開始!」


 回復役の二人が夫婦漫才に興じる間も、村長は的確な指示を飛ばし続ける。


 無尽蔵な体力で斧を振るい続ける野獣たちも、入れ替わり立ち代りちょこちょこと村人から受ける反撃と弓矢の攻撃にHPが徐々に減り始めた。


「おのれー、こしゃくな真似を!」


 手に装備した革のグローブをガシガシとかじりながら、副首領が右や左へ動き回る。背の低い体格で精一杯肩をいからせるが、戦闘には参加しない。


「てめえら、恥ずかしくねえのか! 奴らはただの村人だぞ! そんな人の壁ぐらい、どうして切り崩せねえんだ!」


 村長の言葉が叱咤激励なら、副首領のそれは罵詈雑言にすぎない。


 戦況は一進一退を続ける。ユニット個人個人の戦闘力を単純に比較すれば、山賊の別働隊が圧勝してもおかしくはない。


 だが、山賊とベリハムの村人による攻防戦は、再びこう着状態に突入した。それもこれも、双方の指揮官の差が如実に現れた結果だ。


 村の北門という狭い戦闘フィールドに、あらかじめバリケードを準備した事。


 剣対斧、平地と森林など戦闘補助効果を最大限に活かしながら戦いに持ち込んだ事。


 回復役を事前に確保し、シミュレーションバトルのターン制をうまく利用して被害を最小限に食い留めている事。


 このような戦略的要因を背景に、優秀な指揮官である村長の命令のもと村人達は困難な戦闘を継続させている。


 一方、バリケードを焼き討ちにすれば、後は簡単に村へ突入が出来ると踏んでいた副首領は、不甲斐ない子分たちにイライラを募らせる。


「頭が悪いにも程があるぞ、手前ら! 脳ミソ入っているのか? 怪我をした奴は、渡しておいた秘薬草でとっとと回復しやがれ!」


「へ、へーい」


 刀や矢による傷からダラダラと血を流している山賊の手下どもが、懐をまさぐって上級の回復アイテムを取り出す。荒々しく口へ運び、もしゃもしゃと食べる。


 淡い透過光のエフェクトが、野卑な悪漢どもを包み込む。四人全員、半分以下まで白くなっていた彼らのHPバーが、見る見るうちに全快していく。


「さーて、弱っちい羊ども! じっくりとなぶり殺してやるから、覚悟しやがれ! うひゃひゃひゃ」


 せっかくコツコツと与え続けてきたダメージを全回復され、村人達の間に動揺が走る。副首領のイヤラシイ台詞に惑わされた村人一人が、山賊の斧を受け損ねた。


「ウグッ!」


 ショートソードを握り締めたまま、反撃もままならぬ状態で膝をつく。返り血を浴びて狂喜する山賊の前から、後衛の弓隊が体を張って助け出す。


「急げ、早く神父様の前まで連れて行くんだ……」


 その瞬間!


 人間バリケードの一角に傷を負った剣士が抜けたマス目が、ぽっかりと口を空けていた。


「ぎゃひへへへ。もらったぞ! そこだ、いただき!」


 ずっと待機を続けていた副首領が、喜び勇んで駆け込んで来る。


「しまった! 誰か、あのチビを止めて下さい!」


 神父の叫びが村の北門に虚しくこだまする。回復呪文『ディライファ』を使い、自分のターンを終えたばかりの彼は移動も出来ない。


 ターンの順序を計算しつつ剣士と弓隊を入れ替えて、防御陣形を敷いていた村長が、一瞬の隙を突かれて愕然となる。


【戦闘フィールド】

■■                 ■■

■■                 ■■

■■【山賊】【山賊】 【山賊】【山賊】■■

■■『剣士』『剣士』【副首領】『剣士』■■

■■『弓隊』『弓隊』 『弓隊』『弓隊』■■

■■『村長』『神父』 『シスター』  ■■

■■    『剣士』         ■■


「あわわわ……」


「村長、落ち着いて! いったん戦線を後退させるのです。剣士による防衛ラインを三列分下げましょう。そこで再び戦線を維持すれば、何の問題もありません」


「な、なるほど!」


 神父の落ち着いた献策に冷静さを取り戻した村長が大きく頷く。すかさず弓隊から順に戦線を後退させていく。


 だが、その途中敵の副首領と山賊の手下に挟まれる形になった剣士が、連続攻撃を受けた。瀕死の重傷を負った村人は、血を吐きながらも懸命に堪える。


 ぶるぶると膝が震え、小刀を持つ手に力が入らない。それでも満身創痍の眼に宿る光だけは、少しも翳かげりをみせなかった。


「通すもんか、……オラ達の村は、オラ達で守る。ここは絶対通さねえ!」

「そうです、その意気です! まずはこのターン、何とか踏ん張りましょう」


(こうも早く前線を下げさせられるとは。北門の両脇にある【ユニット進入禁止区域】を突破されるともう後がない。タニア! 早く王子を連れて来てくれ……)


 崩壊寸前の前線を維持しようと懸命に味方を鼓舞し続ける神父が、内心の動揺を何とか隠そうとして思わず唇を噛む。


 そんな夫を隣で気遣うシスターが、癒しの杖を高く掲げて大声を張り上げる。余裕綽綽でセクシーなポーズを決めて、村人達にウィンクと投げキッスを送った。


「うふふ、神父様の言うとおりよ! もう少し辛抱すれば、必ず王子様の遊撃隊が駆けつけてくれるんだから。みんなで頑張りましょう」


「おう!」


 魅惑的なコスチュームに身を包む美女の掛け声一発で、村人達の士気が急上昇した。むさ苦しい村長や神父の言葉より、百倍は効果がありそうだ。


「ありがとう! ハニー。さすがだね、回復魔法ももちろんそうだけど、やっぱり若いタニアにはまだまだ出来ない芸当だね。うんうん」


 味方の戦意を鮮やかに復活させた妻の働きに、神父が満面の笑みで頷いた。

 だが、当の愛妻シスターは何だか顔を引きつらせている。


「……あなた、今何と仰いました?」


 妖艶な美女が、キッと神父を睨みつける。


「えっ?」

「ふぇーん、悔しーい。どうせ私は、もう若くないわよ!」


 可愛らしく口を尖らせたまま拗ねる仕草は、まるで十代の少女に戻ったようだ。


「あっ! い、いや。そうじゃないんだダーリン、私はずっと……」


「ストップ! この話は、バトルが終わってからにしましょう」

「そ、そうだね。と、とにかく今はこの難局を乗り切るのが先決だ」


 犬も食わない夫婦喧嘩は、ひとまず棚上げだ。二人は崩壊しかけている前線を立て直すために、それぞれ回復呪文の詠唱を始めた。


「ぎゃははあ? 遊撃隊だと? 来る訳ねえだろ、そんなもん。とっくにワシらの親父っさんが、全滅させたに決まっているじゃねえか」


 剣士達の防壁に穴を開け得意満面の小男が、懐から新しく葉巻を取り出す。ガブリと吸い口を噛み切って地面にペッと吐き出した。


 火打石を器用に擦り合わせて火を起こす。口をすぼめてスパスパやると、葉巻の先が赤く染まった。美味そうに吐き出した煙が、辺りに絶望を伴って白く漂う。


 その刹那!


「ああ、確かに全滅したよ。だがな……」


 どこからともなく聞こえてきた声。副首領以下山賊どもは、“誰だ?”というようにキョロキョロと左右を見回す。


「生憎、それは山賊どもの方だったけどなっ!」


 村の北門の山あいに砂ぼこりが舞い上がる。その土煙を切り裂くように、ショートソードを腰溜めに構えながら、王子が滑るように突っ込んできた。


 彼の後を追うようにして森の中から、遊撃隊の面々が飛び出す。ロビン、竜馬、そしてタニアの三人が続けざまに山の斜面を駆け下りて姿を現した。


「お、王子様だ!」

「え、援軍が来たぞー」


 慣れない戦闘を続けて、張り詰めていた緊張の糸。それが、もうあと僅かで切れ掛そうになっていた村人達に活気が蘇る。


 遊撃隊の救援を信じていた村長の表情にも安堵の色が浮かんだ。


「ようし、みんな。最後の踏ん張りです。遊撃隊の皆さんに、“私達が、自分達で村を守れる”という事を見て頂きましょう」


「おう!」


「山賊が……。ぜ、全滅? そんな、馬鹿な! 首領が死んだ……?」


 距離を詰めて来る遊撃隊のメンバーに、副首領が小柄な身体を震わせる。


 地獄の鬼よりも恐ろしいあの首領が、まさか敗れる筈がない。その思いだけが、気を抜けば膝が崩れ落ちそうになる副首領を支えていた。


「嘘じゃないよ、ほら」


 だが、竜馬が投げて寄越した物が彼の頭に被せられると、副首領は恐怖のどん底に突き落とされた。


「く、熊の毛皮! おい盗賊! これはまさか?」


「あんたいつもアイツの隣で見ていたから、よく知っているだろ? 首領の遺品さ。もう悪あがきは止めて、おとなしく降参した方がいいよ」


「うぐぐぐ」


「副首領、あっしもそう思いますぜ。この戦力差だと、どう考えたってそっちに勝ち目はねえ」


 山道を急ぐ遊撃隊一行を引率してきた土の魔術師が、盗賊の竜馬の後ろからひょっこり顔を覗かせる。


「ま、魔術師! どうしてここに? まさか盗賊と一緒に、お前まで裏切りやがったのか!」


「裏切っただって? オイラを散々殴りつけて、悪事の片棒を担がせたくせに!」


「攻撃魔法が使えねえからって、穴掘りばっかりさせただろ? 酒の席でいっつも馬鹿にされて……。あっしがどれだけ惨めな思いをしていたか、分かるか!」


「そ、それは」


 つい昨日まで山賊仲間だった筈の二人から責められて、副首領が口ごもる。


「わ、悪かった。お前達の気持ちに気づいてやれなくて。仕方がないだろ? あの首領に逆らうと、副首領の俺だってヤバかったんだから」


 遊撃隊に背後を突かれた副首領は、咄嗟に低姿勢になった。


 あと一歩で落とせる筈だった北門は、村人によって固められてすぐには突破できそうもない。


 かといって、こっちはたった五人しかいない山賊の別働隊。王子が率いる遊撃隊とまともに遣り合うのは、戦力不足も甚だしく自殺行為だ。


 なんと言っても敵は、あの山首領を倒したのだ。若い連中だと思って甘く見るのは愚の骨頂だ。


 瞬時にこれだけの事を判断した小柄なリーダーは、もみ手をしながら王子の隣へ擦り寄っていった。


「ぐへへへ。お、王子様? モノは相談なんですが……。ここはいったん引き上げますから、どうか見逃してくれやせんか?」


「“いったん”だと? と言う事は、その内また戻って来るつもりなのか?」

「いえいえ、滅相もない。もうこの村には、金輪際足を踏み入れやせん」


「へぇー、いいのか? 山賊の首領を裏切る事になるんだぞ?」


「ひへへ、死んだハゲ親父なんかどうでもいいですよ。第一、ここにいる五人は山賊の中でも大人しい方でして……」


 小柄な身体を猫のようにくねらせて、王子の足元にじゃれつく。自分が助かるためには何でもする。戦闘よりもこの変わり身の早さで副首領の座を射止めた男だ。


「それに別働隊と言っても見張りがほとんどで、殺しも滅多にやってないんですよ。ですから、王子様。命ばかりはお助け下さいな。哀れな俺達にお慈悲を……」


 卑屈な笑みを顔全体で表現する副首領が、地べたに這い蹲りながら命乞いを始める。ぶるぶると身体を震わせて情けない小男の姿を演じていた。


「今日から心を入れ替えますから。その高貴な刃を薄汚い俺達の血で汚さなくてもいいんじゃありやせんか? ぐひひひ」


 小柄な体躯とあまり高くもない戦闘力。それらを持ち前の狡猾さでカバーしながらのし上がってきた男は、心の中で『あっかんべー』と舌を出していた。


(ぎゃはは、何が王子だ。若造が! 今度俺が首領になってこの村へ来た時は、絶対にお前らを皆殺しにしてやるぞ。ぐへへへ)


「へぇ、そうなのか? じゃあ、命だけは助けてやるよ」


 あっけらかんとした藤堂の台詞に、元山賊仲間だった竜馬と魔術師が声を上げる。


「ちょっと藤堂さん、こんな奴を信じちゃ駄目だよ!」

「あっしも同じ意見でさ。ここは心を鬼にしてでも、こいつらを倒さないと」


「お前ら、それでも人間か!」


 地面からパッと顔を上げた副首領が、元仲間の二人に唾を飛ばして喚き散らす。


「竜馬達の意見も一理有るな。それじゃあ、他の山賊四人に聞いてみよう」


 意地の悪い笑みを浮かべながら、藤堂が子分達の方へ歩み寄る。


「え? いやいやいや。こ、こいつらは王子様が直接声を掛けられるほど出来た人間じゃねえから。せ、せっかく頂いた王子様のご慈悲をぶち壊して……」


「お前達に一つ聞くけどさ。首領を裏切って白旗を揚げてもいいんだな?」


 副首領の下手な三文芝居などとっくにお見通しの王子が、副首領の言い訳を途中でぶった切る。


 わざとらしい口調で悪臭漂う悪漢四人に話の矛先を向けると、我先に頭の悪そうな男達が今までの不満をぶちまけ始めた。


「お、俺がこの前、冒険者をぶっ殺した時、しゅ、首領はそいつが持っていた良さげなアイテムを、お、俺から取り上げたんだ。だ、だから別にいーよ」


「そ、それなら俺だってそうさ。ひ、秘薬草を摘みに来たガキを締め上げていたら、オ、オヤッさんが邪魔したんだぜ。『宮廷騎士団が来るだろボケ!』って」


「そ、そんなのまだ良い方だぜ。せ、せっかくみんなで冒険者を半殺しにして楽しんでいたのによー。あ、あのハゲ親父は、見逃してやれって言ったんだ」


「さ、山賊が妙な仏心を出してどうすんだよ! じ、実はなココだけの話。お、俺がその後、そいつを殺して、ちゃ、ちゃーんと土の中へ埋めてやったのさ」


 四人の手下がギャハハハと腹を抱えて大笑いを始めた。北門を死守する村人達の間に、ずっしりとした重い空気が広がっていく事に気が付きもしない。


「馬鹿野郎! ペラペラ余計な事を喋るんじゃねえ! この俺がやりたくもねえ土下座までして、こいつ等を騙そうとしているのは、一体誰のためだと……あっ!」


 遊撃隊のメンバーどころか村人達全員からも白い目で見つめられて、副首領は自分の台詞が、頭の悪い手下達のそれと大差ない事にようやく気が付いた。


「貴様ら、どうやら情状酌量の余地なし……だな。臭いニオイは、元から断つ!」


 王子がショートソードを握り締めた。彼の家に代々伝わる剣技【中丞流】の脇構えから、いつでも抜き打ちが放てる態勢を整える。


「ちっ!」


 地面にひれ伏していた小男が、身に纏った粗末な山賊の鎧についた土をパンパンと手で払い落としながら立ち上がる。


「俺様の迫真の演技も、バレちまったら仕方がねえ。野郎ども! まずは敵のリーダーから潰すんだ。王子を取り囲んで……」


 鼻息も荒くノリノリな気分で意気込む副首領だったが、その後ろから能天気な手下の一人が、彼の服の端をチョイチョイと引っ張った。


「ちょ、ちょっと。副首領?」


「何だ? 邪魔するんじゃねえ! お前、ココが俺の見せ場だって事が分からねえのか? まったく……。言いたい事があるんなら、ハッキリ喋りやがれ!」


「ど、どうして副首領の、あ、あんなにスゲエ嘘が、バ、バレたのかなって」

「……は?」


 せっかく盛り上がりかけたクライマックスがぶち壊しになった。馬鹿な子分のつぶやきに、立ちくらみしかけた山賊のリーダーが思わず頭を抱える。


「も、もう一回仕切り直しだ!」


 片手の親指と中指で自分のコメカミを鷲掴みにしてグリグリする。何とか気を取り直して王子を再度睨みつけ、少し顔を赤らめながら一段と大きな声で叫ぶ。


「俺様の迫真の演技も、バレちまったら仕方がねえ。野郎ども! まずは敵のリーダーから潰すんだ。王子を取り囲んで袋叩きにしてやれ!」


「おう!」


 救援に駆け付けて自分のターンを終えた直後の藤堂に、山賊の手下四人が四方八方から飛び掛る。


「王子様、頑張って! どれだけダメージを負っても、私がぜーんぶ回復して……、ア・ゲ・ル! うふふ」


 神父の隣でシスター真由美が声援を送る。癒しの杖を両手で頭上に掲げながら飛び跳ねると、彼女自慢の巨大な胸がブルンブルンと上下左右に揺れ動いた。


「おほっ!」


 魅惑の光景を直視した山賊の子分たちが、王子を取り囲んだまま攻撃も忘れて待機する。眼をハート型にしたまま、鼻の下を伸ばして立ち尽くすのみだ。


「けっ、馬鹿野郎ども! そんなエロババアに見とれやがって、恥を知れ!」

「ぬわんですって!」


 妖艶だったシスターが、一転キーッと柳眉を逆立てて夜叉に変わる。

 だが、それを尻目に副首領は、元来た道をスタコラサッサと駆け出していた。


「あっ、部下を見捨てて自分だけ逃げるつもりか!」

「なんて卑劣な男なのでしょう」


 残ったゴロツキどもに阻まれて、副首領の後を追えない王子とロビンが怒りを爆発させる。


 邪魔だと言わんばかりにそれぞれ敵を一撃で仕留めるが、自分のターンが終了してしまい追撃する事が出来ない。


「俺様が助かるのなら、そいつらの命なんて関係ねえぜ! ぎゃはは。あばよ!」


 逃げの一手を決め込んだ副首領が捨て台詞を吐く。卑怯な小男は、次のターンで確実に戦闘フィールドからその姿を消してしまうだろう。


 誰もが狡賢い山賊を取り逃がしたと思った瞬間、森の奥から息を切らして飛び出した大柄な女戦士が彼の前に立ち塞がった。


「はぁ、はぁ、はぁ。 ここから先は、通さないっすよ」


 元々走る事が苦手な元インターハイ柔道チャンプが、苦しそうに息を吐く。


 山賊のアジトから村へ引き返すために先を急いだ他のメンバーから遅れること数分。おいてけぼりにされた酒田が、今ようやく村の外れに到着したのだ。


「鉄平! よくやった、そいつを逃がすな!」

「了解っす。先輩、僕の足が遅いのも、たまには役に立つでしょ?」


「いいから、さっさとそいつを仕留めるんだ。絶対に逃がすなよ」

「うぃっす」


 息を整えながら大斧を振り上げる。白銀の刃が、大上段から山賊の小男目掛けて叩き付けられた。


「ふんぬっ!」


 手斧を構えた防御の間隙をすり抜けて、副首領の胸から腹に斬撃が迸る。スパッと裂けた山賊の鎧から、血飛沫ちしぶきが舞い上がった。


「グバッ! く、くそ。こんなところで、くたばってたまるか!」


 酒田の一撃をHPギリギリで耐え切ったのは、さすがに副首領といったところか。片膝立ちになりながらも、未だ生存本能は衰えを見せない。


「しまった! 走ったせいで息切れしたせいか、踏み込みが甘かったっす」


「ひゃははは、天は我を見放さず! 思い知ったか、ガキどもが。こんなショボイ村なんざ、次に俺様が来た時には、ぜーんぶ火の海にしてやるぜ。ぎゃははは」


 九死に一生を得た小男が、喜び勇んで懐に手を入れる。ごそごそと引っ張り出した手には、ダメージを大幅に回復する秘薬草が一束握られていた。


「くそったれ!」


 藤堂、タニア、酒田、ロビン、竜馬、そしてシスター真由美と村人全員が悔しそうに顔を歪ませながら臍ほぞを噛む。


 だがその時、一陣の疾風が北門の通路を駆け抜けていった。足音も立てずに忍び寄る影が、醜悪な顔で馬鹿笑いを続ける副首領の隣にスクッと立つ。


 質素な修道服に身を包む爽やかな笑顔。癒しの杖を左手に持ち替え、武器も持たない右腕を直角に曲げる。肩から先へ膨れ上がった筋肉が、グッと盛り上がる。


「ちょ、ちょー! ど、どうして神父が、ココまで追い駆けて来られるんだ?」


「貴方のような悪党を……。本当に神が見過ごすとでもお思いですか? 天網恢恢てんもうかいかい祖そにして漏らさず! セイヤッ!」


 空気が焼ける! まるで炎を纏ったようなハンマーパンチが、唸りを上げて副首領の頭上から振り下ろされる。


「うっぎゃあー!」


 地面にめり込むような一撃に、悪党の残り僅かなHPが消し飛んだ。


 恥知らずで卑怯者の哀れな末路は、戦闘員でもない教会の神父に殴り倒されるという、なんとも情けない結末だった。


 小男の身体が薄汚い光に包まれて消えていく。後には、副首領が手にしていた秘薬草の束がひっそりと地面の上に落ちているだけだ。


「へぇー神父さん、結構やるじゃないか!」


 戦闘が終了し藤堂が駆け寄ってくる。副首領を取り逃がし、もう少しで禍根を残しそうだった場面での活躍に心の底から賞賛を送る。


「馬鹿な奴。我が愛しのワイフを侮辱さえしなければ、逃げられたものを……」


 光が完全に消えたのを確認し、ふっとタメ息をつく。死者を弔うように両手を組み、眼を閉じて瞑想に入ろうとしたところへ妻のシスター真由美が抱きついた。


「うふふふ。やっぱり、あなた最高だわ!」


「そ、そうかな? でもね、ハニーの悪口を言う奴は誰だろうと許さないよ。たとえそれが……。神であったとしても、私がこの手で必ず叩き潰してみせる!」


(おいおい、それって教会の神父が言うセリフじゃないだろ……)


 目を点にしたまま呆れ返る藤堂は、ベリハム村の名物カップルが時と場所をわきまえずにイチャイチャし始めるのを黙って眺めるしかなかった。

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シミュレーションRPG狂騒曲サラリーマンが剣士で王子様? 独身奇族 @dokusinkizoku

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