第27話『故郷の村は、累卵之危!①』

「だから、あっしは斬った張ったの世界が、性に合わなくてね」


 山賊の最後の生き残りとなった土の魔術師が、ブツブツ言いながらも遊撃隊の五人を先導していく。


 恐らく山賊の首領以下、主だったメンバー以外は知らされていなかったのだろう。灯りがなければ、身動き一つ出来ない真の闇に包まれた秘密の抜け穴だ。


 だが、さすがに自分で掘った抜け道だ。その風貌は小さな町の土建業のオヤジにしか見えないが、迷う事無くランタン片手にズンズンと足を運んでいく。


 トンネルは天井に余裕で手が届くほど低い。タニア以外は皆、少し身を屈めながら灯りを頼りに彼の後をついていく。


 遊撃隊のメンバーが、地下アジトの正面入り口から入り込んだ通路よりもかなり天井が低い。荒削りな壁からは所々地下水がチロチロと漏れ出している。


「だったら、山賊なんてさっさと抜ければ良かったじゃないか?」


 先頭を行くランタンの灯りが急に立ち止まった。


「簡単に言わないで下せえよ、王子さま。あっしは攻撃魔法っていうのが、からっきし駄目なんでさ。今のご時世、こんな魔術師を一体誰が雇ってくれるんです?」


 アメリア大陸全土に広がる戦乱の炎。それは、このワーシントン王国もまた例外ではない。


 現在も王国の南部、東部と隣接する国境沿いでは、敵味方の騎士団双方による小競り合いが続いている。


 各国の有力な貴族達は戦場で活躍出来る魔術師、すなわち人殺しが出来る魔術師をこぞって雇い入れていた。


「ふぅ。どんな貴族だって、攻撃魔法で敵を倒せる魔術師しか用はないんでさ」


 小さくため息をついて肩をすくめる。


「あっしは、穴を掘ったり土壁を作ったりするしか能がない無駄飯喰らいですぜ。そんな男を召し抱えてくれる処があったら、ぜひとも紹介して欲しいもんでさ」


 魔術師にしては、やけにがっしりとした体格を包む魔術師のマント。前を行くその後ろ姿が、やけに小さく見える。


 再び暗い闇の中に歩を進めると、前方に小さな明かりが見えた。足早に近づくにつれ、それが段々と大きくなっていく。


「出口か?」


 藤堂たちが村から歩いてきた道のちょうど裏山の斜面。ぽっかり開いたトンネルの穴から、遊撃隊の一行が飛び出した。


「ほら、見て剣一! ここってタニア達が登ってきたあの山道から、ちょうど死角になって見えないよ」


「ああ。だから山賊の別働隊と行き違いになったんだ」


「見てマスター、大変だピョン! あっちから煙が!」


 藤堂の頭上でキラキラと羽ばたきながら空中に停止するフェアリーが、山の向こうを指差した。


 モクモクと立ち昇るドス黒い一条の黒煙。不吉な予感を撒き散らしながら、ゆらゆらと風にたなびいている。


「くそっ! 村の方角だ。みんな、走るぞ!」

「えーと、じゃあ……。あっしは、この辺でお暇いとまさせて……」


 地下アジトの抜け道からの案内を終えて、こっそりと踵を返しそうになった魔術師の首根っこが、女戦士の手でむんずと掴まれた。


「オッサンも一緒に来てもらうっす」

「そんな殺生せっしょうな、あっしはちゃんと案内したのに」


「ふーん、殺生? なんだ、コレを使って欲しいっすか?」


 酒田が凶悪な武器を抜き放つ。つい先ほど、あれほど恐ろしかった山賊の首領を両断した大斧が、太陽の光を浴びてギラリと輝いた。


「ギクッ」


 あからさまな恫喝に、魔術師の丸まった背中がシャンと伸びる。


「あはは。や、やだな。も、もちろんあっしもご一緒しますって」


 顔を引きつらせながら気の毒な土の魔術師が、村へ向かって駆け出す。遊撃隊ご一行様の添乗員にされた彼は、半ばヤケクソになって大声を張り上げた。


「どうしたんでぇ、皆さん? さあ、急いだ急いだ。そうそう、足元に気をつけて下せえよ。山道は滑るからね。こっちが、村への近道でさあ。出発進行!」


――■――□――■――


 時は、少し遡る。

 藤堂たちが、山賊の地下アジトの正面入り口から突入した頃。


 遊撃隊の面々が山賊討伐に出発したのを見送った村長以下の村人達は、簡易ではあるがそれでもかなり強固なバリケードをようやく造り終えていた。


 村長や村の役員連中のほか青年団の何人かが、ベリハム村の北門に設置した防御柵を忙しそうに見て回っている。


 二本の太い丸太の中央がロープで括り付けられて、バツ印に組み上げられたバリケードが、いくつも横並びで据え置かれていた。


「杭がしっかり地面に打ち込んでありますか? 丸太を固定するにはまず足元からですよ。手で押してみてグラグラするようなら、斜めに添え木をして下さい」


「村長、バリケードの設置場所はここでいいのかい?」

「ええ、ちょうどその平地のマス目に沿って組み上げて……」


 あれやこれやと村人達へ指示を続ける村長に、後ろからそっと声が掛けられる。


「相変わらず、的確な判断ですね」


 まだ四十代前半の若い神父が、ニコニコしながら村人達の作業風景を見つめていた。その隣には、当然のように妙齢の女性が付き添っている。


 言うまでもなく、遊撃隊の紅一点であるタニアが身を寄せている教会の神父とシスターの夫婦である。


 タニアの育ての親とも言うべき二人が、北門の作業現場に駆けつけたのだ。


「おお! これは神父様、それにシスター真由美まで。ご夫婦揃ってお呼び立てして申し訳ありません」


 大汗を拭きながら、小太りな身体を何度も曲げてお辞儀をする。


「いえいえ、これも神のお導きですよ」


 中肉中背の身体を慎ましい修道服に包んだ神父が、胸の前で両手を組んで眼を閉じる。アクセサリーと呼べる物は、首に掛けた十字架のペンダントだけだ。


「それにしてもこの前、やっとスライムを封じ込めたと思ったら、今度は山賊だなんて。本当に迷惑な話ですわねー」


 みすぼらしい神父の格好に比べると、シスターの制服は相も変わらず“超ど派手”だった。股下数センチのワンピースは、極限まで布地面積がカットされている。


 これでもかっ! と大きく開いた胸元。そこから巨大なバストが突き出ていた。彼女が小首をかしげて優雅に両腕を組むと、圧倒的な質量が重力から解放される。


 男性に対する最強の武器が、どこまでも深い谷間を形成する。下着が見えそうで見えない。まさに男心をくすぐる、けしからんコスチュームだ。


「ウォホン! そ、そうですな。いや、まったく。わははは」


 村長も男性だ。悩殺ルックのシスターを直視出来ずに、あさっての方向を見ながら顔を赤らめる。


 それでも我慢できずに、チラリと彼女の胸元に視線を泳がせた後、名残惜しそうに神父の方へと向き直る。


「山賊はスライムよりもやっかいな相手です。王子様の遊撃隊が不在の今、この村が襲われたりしたら大変です」


「村長も次から次へと厄介事が重なって大変ですね。私達も、うちのタニアに替わってお手伝いさせて頂きますよ」


「それはありがたい。まさかとは思いますが、もし山賊と戦闘にでもなった時はよろしくお願いいたします」


「お任せ下さい、村長。実は先日、あのボススライムを殴り損ねましてね。力が有り余っているのですよ。このパワーを発散できる機会があれば、ぜひ……」


 嬉しそうに擦り切れた修道服を腕まくりする。意外と筋肉質でたくましい二の腕にギュッと力を込めて、ニッコリ白い歯を見せた。


 だが、間髪入れずにシスターが横槍を入れる。


「もう! あなたは後衛でしかも回復役でしょ!」


 妻にがっしりと腕を掴まれた神父が、村長の前からズリズリと引きずられて行く。


「いや、待ってくれ。マイ・スイーツハート! ほら、スライムの時は我慢しただろ? 今度の山賊は、殴り甲斐がありそうだし。ね? 一発だけでいいから……」


「ハイハイ。駄々ばっかりこねていると、皆さんに笑われますよ。邪魔にならないように後ろの方で、待機していましょうねー」


 作業を止めた村人達が、目を点にして二人を見守る。連行されて行く神父の両足の踵が、土の地面の上にクッキリとS字ラインを描いていく。


「ハッ、いかんいかん。おーい、皆さん作業を再開して下さい」


 呆気に取られた村長が、ようやく我に返った。

 村の北門に再び喧騒が訪れて、大勢の人間があちらこちらで動き回る。


「村長、家から持ってきた武器や防具はどこへ置くといいかね?」


 村で一軒しかない道具屋の主人が、自分の所持品データ画面をポップアップさせながら尋ねる。


「武器は一番手前の取りやすい場所に、まず刀を集めて下さい。その次に弓矢をお願いします」


「槍や斧は、いいのかい?」


「相手は山賊です。奴らの武器は斧と相場が決まっています。ならば、アドバンテージのある剣系統の武器を用意するに越した事はありませんからね」


「さすが、村長! やり手だね」


「褒めても何も出ませんよ。それよりも準備を急ぎましょう。少なくとも王子様たちが戻って来られるまでは、ここを死守しなければなりません」


 その時! 緊急事態を知らせる半鐘の音が響き渡った。


――ジャンッ! ジャンッ! ……ジャンッ! ジャンッ! ジャンッ!――


「どうしたんです? まさか!」


 道具屋の主人と話し込んでいた村長が、大慌てで門の向こうを振り返る。


「山賊だ! 山賊が現れたぞ!」


 防壁を補強中だった村人の一人が、森の奥を指差して大声で叫ぶ。思わず顔をしかめる程ひどい悪臭が、風に乗って村の北門まで漂ってきた。


 いかにも悪党面した五人組が木々の間を抜けて、のっそりと姿を現す。鎧や靴などの装備はバラバラで統一性がない。


 だが、彼らの残虐な眼の光と使い込まれた斧は、間違いなく男達が凶悪な山賊仲間である事を物語っている。


「くっくっく。オイ、見てみろよ。何だありゃ?」


 五人の中で最も体付きが小さい男が、喉を鳴らして笑う。村人達がこしらえたバリケードを小馬鹿にする目付きは、まるで狡賢ずるがしこい狐のようだ。


「ふ、副首領。バ、バリケードの……。つ、つもりじゃないっすか? め、面倒くさいから、や、殺っちゃいましょうよ」


 見上げるような巨漢が、どもりながら答える。副首領と呼ばれた背の低い男と比べると二倍以上も体格は良いが、どうやら頭の中身が半分以下のようだ。


「まあ待て、慌てるな。気に食わねえが、どうやら不意打ちは無理みたいだしな。ここは絡め手で事を進めるのが、スジってもんだぜ」


 太い葉巻を咥えた口をすぼめて、プハァーと煙を吐き出した。ヤニだらけの黄色い歯をむき出して、薄気味の悪い笑みを浮かべる。


「さ、さすが副首領。あ、あったまイイ!」


 たとえ脳ミソが筋肉で出来ている手下の言葉と分かっていても、褒められれば誰しも気分が良くなる。


 部下を引き連れた小柄な副首領は、意気揚々と正面からベリハム村の北門へ近づいて行った。


 山賊の小男が丸太を組み上げて作られた防御柵を忌々しそうに見上げる。自分の背丈よりも高いバリケード越しに、虚勢を張って甲高い声を張り上げた。


「おい、俺達は冒険者だ。秘薬草のクエストを終えて戻って来たっていうのに、コレじゃあ村へ入れねえ。さっさとここを通してくれ」


「それは、それはお疲れ様でした。実は最近、この付近で山賊の被害が相次いでおりまして。念のために村への出入り口を封鎖している次第でして」


 防御柵の向こうから横柄な態度で凄む山賊どもの見え透いた嘘にも、村長はいたって丁寧な口調で大人の対応をする。


「それがどうした? 俺達は冒険者だと言っただろうが! つべこべ抜かさず、とっとと門を開けやがれ」


「申し訳ありません。ただ今藤堂王子様が率いる遊撃隊が、悪党共の討伐に向かわれています。日暮れまでには戻られるでしょうから、それまでお待ち下さい」


 慇懃無礼に頭を下げる村長に、悪臭漂う男達がワイワイと喚き散らす。


「うひゃひゃひゃ。お、王子様だとよ」

「き、聞いたか? ゆ、遊撃隊だってよ」


「お、俺たちを。と、討伐に行ったんだと」

「しゅ、首領が。や、やられる訳ねーだろ! こ、こいつ等。ば、馬鹿じゃね?」


 副首領の後ろに控える悪党面した四人の大男達が、バリケードの向こう側にいる村長を指差して腹を抱える。ゲラゲラと笑い転げて、涙まで流し始める。


「馬鹿はテメエらだ、ボケ! ゲホゲホ、ゲホゲホ」


 顔を真っ赤にして怒鳴り散らす副首領が、怒りと一緒に葉巻の煙を吸い込みすぎてむせ返る。


 リーダーの一喝にキョトンとなった頭の悪い手下どもが、何故怒鳴られたのか理由も分からず、不思議そうに顔を見合わせる。


「ゲホゲホゲホ。ちっ。こんなチンケな村、五人もいれば十分だと思ったが……。せめて、もう少し頭の回る奴を連れて来るんだったな」


「貴方がたが山賊の一味と分かった以上、ここを通す訳には参りません!」


 村長の動じる事のない毅然とした態度に、周りにいた村人達が一斉に持ち場に着く。手にした小刀や弓矢が防御柵の向こうの悪党共に向けられる。


「ふ、副首領? ど、どうして俺たちが、さ、山賊だってばれちまったんだ?」


「いいから、黙ってろ!」


 驚いてヒッとなった子分たちを情けなさそうに見つめながら首を横に振る。


「クソッ、こうなったら仕方がねえ。野郎ども、バリケードを叩き壊すぞ! 女、子どもだろうが容赦するな、見せしめにしてやっちまえ!」


「おう!」


 野獣のような唸り声と共に男達がバリケードに殺到する。


 ベリハム村の北門が一触即発の状況に陥る。山賊の別働隊と村人達の闘いの火蓋が、今まさに切って落とされようとした。


 と、その時!


「お待ちなさい! 貴方達のお相手は、私が務めさせて頂きます」


 凛とした涼しげな声が、村人達の背後から聞こえてくる。強張った表情で武器を構える青年団の若い衆を掻き分けて、颯爽と一人の男が前へ出た。


「何だ、お前? ここは神父なんかが出る幕じゃねえ、すっこんでろ!」


 怪訝な表情で唾を飛ばす副首領に臆する事も無く、彼は歩を進める。


 みすぼらしいその格好とは裏腹に、まだ三十代の修道士は威厳に満ちている。バリケードの前まで歩み寄り、胸元で両手を組む姿には後光が射していた。


「面白いですね。いいでしょう、副首領とやら。貴方は私が腕によりをかけて、ギッタンギッタンにしてあげます。どこからでも掛かってきなさい、カモン!」


 組み上げられた丸太の隙間からビシッと指を刺すと胸元で揺れる正義の十字架がキラリと輝いた。


「ハイハイ。カモンじゃないでしょ、まったくもう! それくらいにしておきましょうね。私達は大人しく後ろで、皆さんのダメージ回復に努めるんですよー」


 またしてもシスター真由美が、勝手にしゃしゃり出て行った旦那をズルズルと引きずり戻していく。


 今度は両足を掴まれて腹ばいの状態になった神父。うつ伏せのまま両腕を伸ばして、後ろ向きに引っ張られていく。地面についた両手が、懸命に悪あがきする。


 だが、儚い抵抗も虚しく、地面には十本の指のラインが細く刻まれるだけだ。村人達の後衛のポジションへ連れ戻されるまで、神父の魂の叫びが続く。


「ああ、マイベターハーフ! お願いだから、あの生意気な山賊のチビを殴らせておくれ。五発、いや三発。分かったよハニー、軽く一発だけ。ね、いいだろ?」


 十本の指を鉤型に曲げて地面に線を引いていく神父が、彼を引っ張って行く自分の妻を振り返って精一杯の懇願をする。


「うふふ、駄目」


 妖艶なシスターが、バッサリと夫の我侭わがままを切り捨てる。それを合図にして、山賊の別働隊と村人の間でついに戦闘が開始された。


「ドウリャー!」


――ガツンッ!――


 立木をなぎ倒すような勢いで、山賊の手下の一人がバリケードの丸太に斧を叩き付ける。残りの連中も次々と防御柵へと取り付いた。


「弓隊前へ!」


 すかさず村長の指示が飛ぶ。ショートボウを構えた村の役員や青年団の若者四人が、緊張の面持ちで進み出る。


【戦闘フィールド】

■■     【副首領】      ■■

■■【山賊】    【山賊】    ■■

■■■■■■【山賊】■■■■【山賊】■■

■■『弓隊』■■■■『弓隊』■■■■■■

■■『剣士』『弓隊』『剣士』『弓隊』■■

■■    『剣士』    『剣士』■■

■■『村長』『神父』『シスター』  ■■


 村長があえて身体の線が細い彼らを起用したのは、山賊との間にバリケードを置いた間接攻撃を見越しての事だろう。


 敵からの反撃がない分、たとえ体力が低くても十分戦力になると踏んだのだ。


「射うて!」


 村人にターンの順番が回るや否や、村長の掛け声と共に四本の矢が放たれる。丸太を組み合わせただけの簡単な防御柵は、隙間も多くて弓攻撃にはもってこいだ。


「痛っ!」


 山賊が顔をしかめて仰け反ったのは僅かに一人。普段から戦闘訓練などしていない村人では、弓矢の命中率も高くない。


「ちっ、弓矢で攻撃だと? ろくに闘えねえ村人の癖に生意気な!」


 バリケードをガシガシと殴りつける子分の後ろで、副首領が地団駄を踏んで悔しがる。


「村人を馬鹿にしては困ります。確かに剣士や戦士のような戦闘職ではありませんし、攻撃力もないに等しいです。しかし、一つだけ有利な点があるのです」


 村長が誇らしげに胸を張る。


「村人は全ての系統の武器を装備する事が出来ます。剣でも斧でも弓でも、私達は自由に選べるのです!」


「ちっ、しゃらくせえ! 手前ら、いつまでボーっとしていやがる。さっさとその貧弱な柵をぶち壊せ!」


「ドッセー!」


 猛獣のような迫力の男達に思わず村人達が及び腰になる。


「皆さん、慌てる必要はありません。自分のターンが来たら、まず深呼吸しましょう。それからゆっくり弓を構えて、弦を引いて射つ。一、二の三で攻撃です」


「は、はい」


 ターンバトルを最大限に活かした村長の指示に、弓隊の村人が落ち着きを取り戻した。一で構えて、二で弦を引く。三の掛け声でそれぞれが矢を放った。


「ぐあっ!」


 今度は弓隊四人中、三人の矢が山賊に悲鳴を上げさせた。


「畜生! 火だ、火を点けろ! 邪魔臭せえバリケードなんざ、みんな燃やして灰にしちまえ!」


 キーキーと喚きたてる副首領の声に、男達が“ああ、そう言えばこんな物を持っていたな”と胸元から油壺を取り出した。


 陶器で出来た壷の口から、油の染み込んだボロ布がチョロっと顔を覗かせている。自分たちのターンが回ってきた手下どもが、それを手にして後ろを振り返る。


「おお、それだそれ。ちょっと貸してみろ」


 副首領が口元に手をやって葉巻を摘まむ。大きく息を吸い込むと火先が赤々と燃え上がる。


「ひひひひ、覚悟しやがれ」


 葉巻を油壺のボロ布に押し付けると、じわっと小さな炎が生まれて徐々に大きくなっていく。副首領から受け取った粗末な火炎瓶を手下が防御柵へ投げつけた。


 バリンッと割れた壷の中からどろりとした茶色の液体が飛び散ると、一瞬の後に丸太で出来たバリケードがブワッと炎に包まれた。


「弓隊、一斉射してから後退して下さい。剣士隊は迎撃体勢の準備!」


 バチバチと燃え盛る防御柵から、もうもうと黒煙が上がり始める。炎の間隙を突いて弓矢が放たれるが、煙に紛れて山賊にダメージは与えられなかった。


 村長の的確な指示で前衛と後衛がポジションをチェンジする。入れ替わりでショートソードを構えた体格の良い若者達が、一列に並んで敵を迎え撃つ。


「ひゃははは、死ねやー」


――キンッ!――


 炎の壁を突き破り、山賊の一人が躍りこんで来た。緊張感を隠し切れない村人だったが、何とか剣を構えて斧の攻撃を弾いた。


「落ち着いて! 剣対斧の有利さを活かすのです。さらに、皆さんの立っているマス目は『森』です。対する相手は単なる平地。冷静に対処すれば回避できます」


 さすがにやり手と言われる村長だ。バリケードを利用した弓矢の間接攻撃。そして剣対斧のアドバンテージを活用した部隊の配置。


 さらにそれ以外にも、前線を突破された場合に備えてのポジション取りにも気を配り、あらかじめバリケードの設置場所を指示してあったのだ。


「そうですね! じゃあ、反撃いきます!」


 斧の一撃を見事に受けきった青年団の一人に笑顔が浮かぶ。短剣を構える姿は素人同然だが、その一撃は山賊の肩をザクリと切り裂いた。


「うぐっ! てめえ、よくも……」


 腕から血を滴らせる山賊が睨みつけるが、すかさず村長が大声でフォローに入る。


「お見事です。ただし、自分のターンが回っても無理して突っかからずに、そのまま『待機』でお願いします」


「はい!」


「何をやっていやがるカスが! ビビッていねえで、お前もとっとと突っ込め!」


 山賊どもの背後から、またしてもヒステリックな叫び声があがる。勢いよく燃え上がる火の海に腰が引ける手下の尻を副首領がドンッと蹴り出した。


「ど、どわっ?」


 バリケードに火の手が回り、防御柵がまた一ヶ所焼け落ちる。そこへ後ろからケツを蹴られたもう一人の手下が、ヨロヨロと這い出てきた。


「あ、熱っつつつ」


 もじゃもじゃの髭を焦がしながら、山賊は炎に巻かれていた。目の前には短剣を胸元に構えて壁の役目を果たす村人がいるが、もう攻撃どころの騒ぎではない。


 さらに、その背後から先ほど後衛に下がった弓隊の放った弓矢が飛んできた。慌てて避けようとするが、ブスリと足に突き刺さる。


「痛っ! ふ、副首領。い、痛えよ」

「ええい、泣くな。見苦しい。ちっ、しょうがねえな。いったん後退しろ」


 狡賢そうに唇をゆがめ、短くなった葉巻をポンッとバリケードの炎の中へ投げ入れた。それを合図に二人のゴロツキが後ろへ下がる。


「きひゃひゃひゃ、柵が燃え尽きた時、お前らの命の灯も燃え尽きるぜ」

「おお! さ、さすが副首領。カ、カッコイイ!」


 煤と灰で真っ白になった巨漢たちが、副首領を囲んでパチパチと手を叩く。部下達の賞賛に満更でもない小男が、どうだと言わんばかりに村人達を睨み据えた。

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