第26話『山賊の地下アジトは、力戦奮闘!④』
【酒田のターン】
「ふんぬっ!」
――ガキッ!――
手にした武器が砕けんばかりの一撃が首領に躍り掛かる。だが、山賊のボスは野獣のような生存本能で危険を察知し、辛くも戦斧で弾き返した。
「お、おのれ! 魔術師、貴様も裏切りおったか!」
「あれだけ子分を見殺しにしておいて、裏切りもクソもないっす」
【首領の反撃】
「言わせておけば、許さん!」
巨大な凶器を両手で高々と掲げ、まるで二階から振り下ろすように戦斧を酒田に叩き付ける。
「くっ、間に合わないっす」
怨嗟のこもった逆襲に女戦士は後退を余儀なくされる。ズザザザッと1マス分ノックバックされた土間床に、酒田が踏ん張った二本の足のラインが刻み込まれた。
革の鎧がスパッと切り裂かれ、左肩の筋肉からドクドクと鮮血があふれ出す。それでも大斧を持つ右手は構えを解かないが、左腕はダランと下げたままだ。
「魔術師、さっさともう一回土壁を作れ! 俺様の楽しみを邪魔するな!」
「お、おやっさん。ソレは無理だよ。壊すのは一瞬でも、作るのはやたら手間がかかるんでさ。一からやり直すには、また数ターンかかるって!」
大広間に落ちた雷鳴のようなボスの一喝に、土建屋の風体をした魔術師が通路の先で震え上がった。
「けっ、どいつもこいつも。クソ虫けらは、俺様が捻り潰すしかねえようだな」
HPの半分近くまで受けたダメージも、この男には蚊に刺された程度でしかない。どんよりと濁った眼。首領を蝕む狂気が、痛みや恐怖の感覚を麻痺させている。
【王子のターン】
「だったら俺が相手になってやる、さっさと来やがれ!」
【戦闘フィールド】
■■【魔術師】 ■■
■■ ■■
■■ ■■
■■ ■■
■■ ■■
■■ ■■
■■ ■■
■■ ↓ ↓ ■■
■■ ↓ ↓ ■■
■■『藤 堂』 ■■
■■ ■■
■■ ■■
■■ 『タニア』■■
■■ 『酒 田』■■
■■ ■■
■■『竜 馬』【首 領】■■
■■『ロビン』 ■■
■■ ■■
■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■
「がははは。何度も言わせるな、小僧! 貴様はここにいる裏切り者を始末してから、ゆっくりと料理してやるわ!」
首領を挑発して竜馬とロビンから引き離そうとした藤堂の目論見に乗ってこない。狂った頭脳は、自分を裏切った盗賊の首を刎ねる事を欲し続ける。
【タニアのターン】
「主よ、彼の者の御霊みたまを回復させ給え。ライファ!」
首領から逆戟された酒田のダメージを、彼女の言葉どおり最前線に踏み止まるシスターが回復に努める。
「竜馬、よく我慢した! もういい、早くそこから離れるんだ!」
「藤堂さん……」
王子の言葉に頷きかけた盗賊が、ふと足を止める。
目の前で凶悪な面構えを見せる巨漢。そして隣には、自分の盾となり無抵抗のまま攻撃を受け、HPの回復もままならないロビンがいる。
このままいけば、ターンの順番は傷ついたアーチャーよりも首領が先にくる。カーッと熱くなった彼の脳裏に、様々な想いが嵐のように駆け巡る。
【竜馬のターン】
「ハゲ親父、オイラと勝負だ!」
胸元に構えた小ぶりなナイフが、夕闇のような大広間の蝋燭の灯りに輝く。
「ぐへへへ、気でも狂ったか? それともようやく観念したか? どっちでも構わん。一瞬で楽にしてやる」
「よせ! お前を生き延びさせるために、身体を張ったロビンの意思を無駄にするな!」
戦場から最も遠いマス目にいる藤堂が身を震わせる。王子のターンはまだ回ってこない。
「違うんだ、藤堂さん……。このままじゃ駄目なんだ!」
「駄目じゃない! お前は十分やったよ。後は俺たち遊撃隊に任せて、早く逃げろ!」
藤堂のじれったそうな説得に寂しそうな笑顔を見せた竜馬が、再びナイフを構えて首領の方へと向き直る。
「いくぞ! これでもくらいやがれ!」
再び巨漢の死角を突いて足元に潜り込む。右手に隠れるほどの刃が、闇を裂いて銀の一閃を放つ!
――キンッ!――
「ギャハハハ、何度やっても無駄な事。貴様の貧弱な攻撃力では、俺様にキズ一つ付けられぬわ」
首領のHPが少しも削れない結果となっても、竜馬の闘争意欲は少しも失われない。それどころか、相手の反撃を受け流そうとする瞳に光が宿る。
【首領の反撃】
「フンッ、お前とのお遊びも、もう飽きたわ。酒盛りを邪魔されて腹も減った。んっぐ、んっぐ……」
長机の上に手を伸ばして小さな酒樽を掴み取り、浴びるように飲み始める。大熊の毛皮を纏っている首領は、まさに野獣そのものだ。
「……ブハァー! ヒック、さて貴様も年貢の、ヒック、納め時だ。成仏しやがれー。ドゥッセー!」
長い柄の殺戮武器を振り上げただけの愚鈍な一撃。首領の肉体が七色に輝いた。クリティカルヒットが来る!
「クソッ!」
敵の攻撃を見据えながら、バックステップかサイドステップかの回避を逡巡する。そのほんの僅かの時間が、竜馬の反応速度に致命的な遅れを招いた。
巨大な戦斧の血塗られた凶刃が、スローモーションのように天から真っ逆様に落ちてくる。焦りがさらに竜馬の身体を拘束し、盗賊の特質である敏捷さを失くす。
「グバッ!」
ついに攻撃を受けてしまった身体が、背骨も折れるほど大きく仰け反る。ガッと開いた口から、ゴボッと真っ赤な血と泡が噴き上がった。
もんどりうって細い身体が大広間の通路に仰向けになって倒れこむ。ひくひくと痙攣する肉体から急速に生命の灯が失われていった。
HPバーが冷たい電子音を奏でながら、パパパッと右から左へ消灯していく。
一瞬もう駄目かと思われたが、山賊に立ち向かう盗賊の意思がゲームの神に届いたのだろうか? かろうじて最後の目盛りを一つ残して止まった。
【戦闘情報】
┏━━━━━━━━━━━
❙ 氏名:村上竜馬
❙ 役職:――
❙ 職業:盗賊
❙ LV:1
❙ HP:1/17
❙ ■□□□□□□□□□
❙ □□□□□□□
┗━━━━━━━━━━━
「ふん、往生際の悪いガキが! ヒック」
【ロビンのターン】
「竜馬さん、しっかりして下さい。今から貴方に私の薬草を使います。気をしっかり持って下さい」
いまや血の海と化した大広間の床。ほっそりとした身体を抱き起こしながら手を握る。だが、竜馬は力なく首を振る。
「……駄目だよ。今の内にアイツのHPを、少しでも減らしておかないと。オイラはまだ大丈夫。だから、お願いだよ」
「まさか竜馬さん! 貴方……ひょっとして?」
「盗賊の闘い方……。ロビンさんに、見ていて欲しいんだ」
「分かりました。では、私もアーチャーの魂をかけて闘いましょう」
そっと竜馬を床に横たわらせるロビン。彼のダメージも、盗賊と変わらぬほど酷いままだ。それでも弓を構えて立つエルフの姿は、ため息が出るほど美しい。
狙いを定めて弦を引き絞るアーチャーが、神がかり的な美貌を七色に輝かせて渾身の力で矢を放った。
「射っ!」
三連射! だが、ビンッと空気を震わせながら矢を射て聞こえた音は一度きり。眼では捉えきれない神速の連射が、大広間の淀んだ空気を焦がす。
「ぐぐぐっ」
山賊のボスが、たまらずうめき声を上げてがっくりと膝を折る。成人女性のウェスト程もある太い足を、三本の矢が見事に貫いていた。
【酒田のターン】
「ふんぬっ、ふんぬっ。ふんぬー!」
相棒の見事な一撃が決まるや否や重量級の女戦士が畳み掛ける。大斧を構えた両腕を腰の後ろまで回し、水平方向から真一文字の一撃が奔る。
だが、敵も伊達に経験値を積んでいない。地面に膝をついた姿勢から巨躯を器用に反らせると、スウェーバックしたその鼻先数センチを酒田の斧が通り過ぎる。
「ぐははは、そんな大振り! 当たるものか……」
そんな爆笑するハゲ親父の懐へ、柔道のすり足を使って酒田がさらにもう一歩踏み込んだ。
両腕を瞬時に折り畳んで武器にかかる遠心力を増す。ワザと空を切らせた得物が弧を描き、急旋回して襲い掛かる。
「な、何だと? 貴様っ!」
「さっきのお返しっす!」
空振りに見せかけて、巨漢の前でクルリと一回転した女戦士。手首を直角に曲げて持つ斧の握り柄の先が、ブスリと首領のわき腹にめり込んだ。
「ウガ! ググッ!」
数ターン前に首領が繰り出した、長い柄の戦斧の石突きを槍のように使ったまさかの攻撃。それにまんまとしてやられた酒田が、文字どおりやり返したのだ。
【首領の反撃】
「お、おのれー」
頭にアルコールと血がのぼった巨漢が、ハゲ頭をゆでダコのように真っ赤に染める。だが、ブンブン振り回す戦斧は酒田にかすりもしない。
【王子のターン】
「大丈夫か、竜馬?」
移動力を目一杯使っても首領の隣に届かない藤堂は攻撃が出来ない。なんとか盗賊の隣に駆け寄り、地面に横たわったままの身体に薬草を傷口に貼り付けた。
「すいません、藤堂さん」
「無理するな、俺の後ろまで後退しろ」
【戦闘フィールド】
■■ ■■
■■ ■■
■■ ■■
■■ ↓ ↓ ■■
■■ ↓ ↓ 『タニア』■■
■■『藤 堂』『酒 田』■■
■■『竜 馬』【首 領】■■
■■『ロビン』 ■■
■■ ■■
■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■
歯を食いしばる口元から、鮮血が滴り落ちる。グッと力を振り絞り、なんとか上体を起こす盗賊の姿が痛々しい。
だが、竜馬は藤堂の説得に耳を傾けず、またしてもゆっくりと首を横に振る。
「なぜだ? 見ろ! ハゲ親父はもう後がない。回復役だったモンクも居ない今、HPもジリ貧だ。俺と鉄平とロビンで力を合わせれば、必ずヤツを倒せる!」
「違うんだ、オイラがやらなきゃ……。オイラでなきゃ駄目なんだ!」
肩を貸してくれる王子を押しのけて、ボロボロの身体が前に出る。
【竜馬のターン】
「こ、これで最後だ。いけぇー!」
もうナイフを構える事すら出来ない。ヨロヨロとした盗賊の動きは、もはや攻撃と呼ぶよりも単なる体当たりだった。
――トンッ――
逆に跳ね飛ばされた竜馬が地面に倒れこむ。巨体を誇る山賊の首領のHPゲージが減る事もなかった。
【戦闘情報】
┏━━━━━━━━━━━
❙ 氏名:ゴードン
❙ 役職:首領
❙ 職業:山賊
❙ LV:7
❙ HP:2/30
❙ ■■□□□□□□□□
❙ □□□□□□□□□□
❙ □□□□□□□□□□
┗━━━━━━━━━━━
「ひゃははは。何だ、何だ、貴様のそのザマは? まさかクリティカルヒットでも期待したのか? 馬鹿め、盗賊風情が! 世の中、そんなに甘くはないわ」
【首領の反撃】
「一足早くあの世にいくがいい、ドッセー」
バッタリと死んだように動かない竜馬に死の一撃が迫る。細い胴体を断ち切らんばかりの攻撃に、タニアの悲痛な叫びが大広間中にこだまする。
「やめてーーー」
――ガキッ!――
まさに間一髪! 竜馬の隣のマス目で待機していた王子が、死と隣り合わせになった竜馬の命をぎりぎりのところで繋ぎとめた。
「や、やらせるかよ!」
「うぬぬぬ、こしゃくな真似を。ここでデュアルを発動するとは!」
【デュアルモード】
――敵と闘う時は、なるべく前後左右に並んで攻撃ポジションを取ると有利。ペアの相手が攻撃したりされたりすると、時々追撃や支援が出来る場合がある――
膝をついた姿勢になりながら、ショートソードを頭上に掲げた王子が、大上段から振り下ろされた死神の斧を渾身の力で受け止めていた。
「だが、まあよいわ。貴様らの抵抗もここまでだ。次は俺様のターンだからな」
「ふん、抜かせ! そっちだってHPがヘロヘロなくせに。回復役を見殺しにした天罰だ。お前はもう詰んでいるんだよ」
「ぎゃははは、モンクなんぞ必要あるか! 分からぬか? こんな辺鄙な山奥に、わざわざ俺様がアジトを構えたのは、いったい何のためだと思う?」
「ふんっ! どうせクエスト目当てで集まってきた冒険者を騙まし討ちにして、金や装備品を奪うぐらいじゃねえか。それが一体どうしたって言うんだ……? ハッ、しまった。秘薬草か!」
「今頃気がついてももう遅いわ。 俺様が本当に後先考えずに突っ込んできたと思ったのか? HPを気にせずただ攻撃を繰り返したと本気で信じたのか?」
「く、くそ!」
「オツムの弱いガキばっかりを相手にするのも疲れたぞ。詰んでいるだと? 馬鹿め、王手をかけたのは俺様の方だとも知らずに。ぎゃははは」
いかつい顔の巨人が、自分のハゲ頭を人差し指でチョンチョンと突く。
「HPの回復役などいなくとも、俺の懐には秘薬草がどっさり入っているという寸法だ。ガキどもの遊びに付き合ってやればいい気になりおって」
どうだと言わんばかりに口の端をゆがめる首領が、竜馬を睨みつける。
「この秘薬草で一気にダメージを回復すれば、もはや貴様らに勝機はないわ。裏切り者の盗賊よ、あの世でこいつらに詫びるがいい」
地下アジトの大広間に、どんよりと重い暗雲が立ち込めた。
首領の言うとおりだ。このまま秘薬草でダメージを回復されてしまうと、遊撃隊は絶体絶命のピンチに陥る。
竜馬が狙い打ちされるのを防ぐには、首領を三人で取り囲む必要がある。となれば、王子や女戦士ではなく反撃できないアーチャーが火達磨になるのは必至。
首領を倒そうとして藤堂や鉄平が攻撃すれば、そこには当然巨漢の反撃が伴う。シスター一人の回復が追い付く筈もない。
かといって、二人が交代で待機を決め込んでも戦況は悪化するばかりだ。恐らくどこかで首領のクリティカルヒットが炸裂し、全軍崩壊の憂き目となるだろう。
藤堂が、酒田が、そしてタニアが歯軋りをしながら黙り込む。
だが、その時!
「……そ、それはどうかな?」
ロビンに抱き起こされた竜馬が、ニヤリと笑みを浮かべた。
「へへへっ。 コ、コレなーんだ?」
ロビンに肩を貸してもらいながら、ガサゴソと自分の懐をまさぐる。ゆっくりと引き出された左手には、何といくつもの秘薬草が握られていた。
「な、ない! 俺様の秘薬草がない!」
山賊の鎧の隙間に手を突っ込んだ首領が血相を変える。大慌てで所持品データを眼前にポップアップさせるが、所持品欄は綺麗に何も入っていなかった。
「き、き、貴様の仕業か!」
首領のハゲ頭から蒸気が噴きあがる。
「ど、どうだい? コレが盗賊の闘い方ってもんさ」
「やりましたね、竜馬さん。盾も装備せずにいたから、ひょっとして? と思ってはいたのですが。さすが盗賊! 貴方の闘い方、しっかりと見せて頂きましたよ」
感極まったエルフが大きく頷いた。
「そうか! なぜ竜馬が無謀な攻撃を繰り返すのかと思っていたら……。右手のナイフは囮で、本命の左手で盗賊のスキル『盗む』を発動させていたんだな」
「と、藤堂さん……。こんなオイラだけど、まだ遊撃隊に誘ってもらえるかな?」
「ああ、歓迎するぞ。って言うか、これだけ同じ戦場を駆け回ったんだ。お前はもう、遊撃隊の立派な一員だぜ!」
「あ、ありがとう」
自分の仕事をついにやり遂げて気力を使い果たした竜馬が、ガックリと気を失う。
「おのれ、おのれ、おのれ! こうなったら裏切り者だけでも道連れにしてやるぞ。どりゃあ!」
【首領のターン】
怒髪天を突く首領が、最後の足掻きで戦斧を振り下ろす。
「やらせません!」
今度はロビンにデュアルが発動した。盗賊を庇うようにして抱き抱えたままアーチャーが、見事にターンを決める鼻先を凶刃が通り過ぎていった。
「ナイスだロビン! これで王手を返して逆王手だ。鉄平、最後の決着けりをつけてやれ!」
【酒田のターン】
「くたばれっす!」
女戦士が最後の一撃を放つ。
地面に戦斧をめり込ませたままの首領が、迫り来る酒田の突進に驚愕の表情を浮かべる。
「よ、よせ。俺様が悪かった。集めたお宝は全部くれてやる。だから、来るな。や、止めろー!」
むさ苦しい大男が見苦しい喚き声を上げながら、それでも戦斧を構え直す。
「ふんぬっ!」
聞く耳持たない酒田が、構わず大斧を豪快に叩きつける。首領が手にした巨大な戦斧の長い柄が、真っ二つに切り離された。
「ば、馬鹿な……。お、俺様が。このゴードン様が、お前らみたいなガキどもにやられる筈が……ねえ。グバッ」
【戦闘情報】
┏━━━━━━━━━━━
❙ 氏名:ゴードン
❙ 役職:首領
❙ 職業:山賊
❙ LV:7
❙ HP:0/30
❙ □□□□□□□□□□
❙ □□□□□□□□□□
❙ □□□□□□□□□□
┗━━━━━━━━━━━
片膝立ちの巨漢が、ズンッと地響きを立てながらついに地面に崩れ落ちた。
「ふぅー」
肩で息をする女戦士が、武器を振り切った構えをようやく解いた。震える両手で握り締めた大斧から、ガチガチに硬直した手の指を一本ずつ引き剥がす。
「よし! 何とかクリアできたな」
藤堂がようやく口を開いた時、祝福の合図をつげるような鐘の音が、地下の大広間にこだました。
遊撃隊のメンバー達の身体が、ピンクの淡い光に包まれる。見る見る内に彼らの傷が塞がっていく。気がつくと全員のHPが全快していた。
皆に精気が漲り、少しだけ彼らの身体が軽くなったようだ。
「やったね! みんな。レベルアップ、おめでとうだピョン!」
小さなバニーガールの妖精が、キラキラとした透明の羽根を羽ばたかせ、薄闇の広がる大広間の天井を嬉しそうにあちこちと飛び回った。
「あれ? でも、どうしてオイラまで?」
HPが元に戻った竜馬が、ザックリと断ち切られていた自分の胸元に手をやって不思議そうにロビンを見つめた。
「おめでとうございます、竜馬さん。貴方も遊撃隊の一員なのですから、当然じゃありませんか」
「オイラが?」
【メンバーリスト】
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
❙ 藤堂 剣一 LV3 王子 剣士
❙ タニア LV3 令嬢 シスター
❙ 酒田 鉄平 LV6 ―― 戦士
❙ ロビン LV5 妖精 弓兵
❙ 村上 竜馬 LV3 ―― 盗賊
❙ チュートリアル LV― 執事 ――
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「ジャーン! データ登録は、フェアリーがバッチリやっておいたピョン!」
それぞれがレベルアップした遊撃隊のメンバー一覧表の中に、竜馬の名前がしっかりと記載されていた。
「うっ、ううっ。オイラ、オイラ……」
竜馬の胸に歓喜が込み上げてくる。もうどうしようもなく目頭が熱くなり、せっかく頭に浮かんだ喜びの言葉が、いつまでたっても口から出てこない。
「キャッホー。ホラ見て、剣一。私達、一気に二つもレベルアップしているよ」
藤堂の手を取ってピョンピョンとはしゃぐタニアの姿を見て、藤堂の顔も自然とほころんだ。
「おっ! ホントだ、竜馬もレベル3に上がっているじゃないか」
「ありがとうございます、藤堂さん」
「いいって、いいって。おそらく山賊を全滅させたボーナスポイントが、遊撃隊全員に入ったんじゃないか?」
王子が竜馬の肩を叩きながらそう口にした瞬間! 大広間に異様な叫び声がこだました。
「ドッセー!」
なんと大広間の床に倒れ伏していた首領が、ググッと片膝をついて立ち上がった。酒田に斬られた傷口から、おびただしい出血が土間床に撒き散らされる。
「ぐへへへ。『山賊を全滅させた』だと? わ、笑わせるな。き、貴様らが勝ったのは、……た、たまたま運が良かっただけじゃねえか。ブハッ!」
「こ、こいつ! ゾンビっすか?」
慌てて大斧を構え直す女戦士を片で制し、藤堂が前に出る。
「落ち着け、鉄平。奴のHPは、もうゼロだ」
「ぎゃははは、そのとおり。お、俺様は不覚を取って貴様らに敗れた。だがな、ただでは死なんぞ。い、今頃は……、俺様の片腕が村を襲って……、皆殺しに……」
まるで、コレを言うまでは例えHPが尽きても死にきれないと、悪あがきした首領が、とうとう仰向けになって倒れ込んだ。
狂気をはらみ、血走った両眼がクルンと白目をむく。往生際の悪い巨漢の表情には、最後まで嫌らしい笑みが溢れていた。
悪行を重ねてきた首領が、その罪状を具現化したようなダークな光に包まれる。まるで地下アジトの薄暗い闇に溶け込むように静かに消えていった。
「先輩! 大嘘つき野郎の言葉を真に受ける必要はないっす。どうせ負けた腹いせに、口からでまかせを言っただけっすよ」
「マスター! ちょっと待つピョン。えーっと、最初が二人。で、次も二人……」
王子の肩にスーっと舞い降りたフェアリーが、小さな両手の指を一本ずつ折り曲げて数え始める。
「……うーんっと。で、最後にあの気持ちの悪いハゲ親父を倒した訳よね。と言う事は、今回やっつけた山賊の数は全部で十二人になるピョン?」
「ちっ! 竜馬、山賊の戦力は全部で何人だった?」
「じゅ、十五人くらいだと思うけど。あっ! そう言えば、このアジトで副首領の姿を見かけなかったよ!」
「やられた! 俺達がこの地下アジトに奇襲を掛けている間、山賊共も別働隊を村へと向かわせていたんだ」
「でも、剣一。村からアジトまでは一本道だったじゃない? 地下通路も単純な作りで、分かれ道もなかったよ」
「タニアさんの言うとおり、確かに妙ですね王子。山賊の残りは、私達の目を盗んで、いったいどうやって村へ向かうことが出来たのか?」
冷静さを崩さないロビンも片手を口元にやって思案顔になる。
「今は時間が惜しい。その謎は、当事者に聞くのが一番手っ取り早いだろ?」
振り返った藤堂の言葉に、全員の視線が通路の奥でボーっと突っ立ったままの一人の男に集中する。
「えっ? あっしですか? いや、その。あっしは、ただオヤッサンに言われたとおり、アジトの奥に抜け穴を一本掘っただけでして……」
土建屋の風体をした土の魔術師が、遊撃隊全員に取り囲まれてキョロキョロとあたりを見回す。完全に逃げ出すタイミングを失っていた。
五人の冷たい視線にさらされて、ダラダラと脂汗を流し始める。すぐに諦めの境地に達した魔術師が、両手を高々と上げて降参した。
「あ、あっしがご案内いたしやす。皆さん、コチラへどうぞ」
泣き出しそうに顔を歪めた中年魔術師が、大広間の奥に開いた二つの穴の内の一つを指し示した。
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