第11話 そして現代・・・・・・
靴の裏がしっかりと、硬い橋を踏みしめた。
橋は暗闇の中を青く輝きながら、徐々に実体化していく。
「走るぞ! 今度はこけるなよ!」
彼女の手を取ってそのまま向こう岸へ向かって駆け出す。前方に向かってどんどん橋は実体化していく。
後方でまた銃声がした。
なにかわめきながら、やつらが撃ってきている。
六千年前には、飛び道具なんてなかったのにな。
チュン! と足元で一発弾が跳ねた。ハデに撃ってきているので、いつ当たるかと気が気じゃない。
橋を渡りきると、とにかく、石の柱の陰に向かった。
柱に隠れて、息を整える。
やつらはまだ撃ってきている。
しかし、橋の消失に間に合わなかったようだ!
これでやつらは渡ってこれない。
あとは扉だ。撃たれないように開けさえすれば、
「ユメ! 隠れてろ!」
身体を平べったくしたまま、両手を扉について、扉の中央の自動ドアを開ける手のひらの図形のところへ横歩きしていく。
ユメの方を見てみると、隠れてろと言ったのに、石の柱からあっちを覗こうとしている。
まぐれでも当たったらどうする気だ。
ユメが何かを見つけてオレの方を向いた。
銃声が止む。
オレも『試練の谷』の方を見てみると、暗闇だった谷が明るい。サーチライトがふたつ動いてあたりを照らしている。そして、なにか大きな音が近づいてきてる。
ヘリだ!
そうか、谷は上がジャングルに抜けてる! 追ってきた兵士が持ってるGPSかなにかで、この神殿の場所を知れば、神像の入り口をくぐれなくても、現代の道具でここまで来られるんだ。
ヘリが洞窟の先に姿を現した。
軍用のヘリで、右側をこっちに向けてホバリングしてる。左右のドアは全開状態で、その真ん中で男が片ひざ立ててこっちを見てる。
代表野郎だ!
なんか叫んでるようだが、スペイン語かなにかで、オレにはわからないし、そもそもヘリの音で聞えやしない。しかし、やつが右肩に構えたロケットランチャーを見て、言ってることは理解できた。「小僧、消し飛べ!」とか言ってるに違いない。
こんな狭い空間にあんなもの撃ち込まれたら、助からない。
急いで両手を扉の模様に合わせる。
開いてくれ!
扉が六千年ぶりに動き始める。なんだか、夢の中よりも遅い!
ユメがオレとヤツの間に飛び出してきて、両手を広げて立ちふさがった。
だめだって、ユメ! あの武器は、そういう武器じゃないんだ!
ええい! いっそ谷に駆け込んで橋をもう一度実体化させてやろうか! ヘリに橋が重なって落としてくれるかもしれない。いや、そこまで行くまでに撃ち殺されるか。
扉、早く開いてくれ!
ヤツが引き金を引いた!
ロケットが発射される瞬間の発火の火花を見た!
と思った瞬間、谷の左手、ヘリの後方から、火山の噴火のようなものすごい勢いの炎が噴出してきて、ロケット弾ごとヘリを一瞬で炎上させた。
その炎を追って黒煙を払うように飛んできたのは、巨大な竜だ!
洞窟の入り口の穴からは到底全身を見ることができないようなサイズの竜が飛んできた。しっぽの先までの体長は五十メートル近いんじゃないだろうか。
竜は首をこっちに向けて対岸のやつらとオレたちの間に割り込んでホバリングした。
竜の向こう側では銃器の音がしている。竜を撃ってるようだが、竜はまったく感じていないようだ。竜がオレを見て、ペコリと頭を下げたように見えた。
「遅くなりました、陛下。お召しに従いポポロムめが参上いたしましてございます」
六千年で成長したポポロムなんだ! 昔の面影はまったくない。声も地の底から響くようなバリトンだ。
古代語じゃなくて、ちゃんと分かるぞ。あ、そうか。そもそもポポロムは口を動かしてしゃべってないじゃないか。テレパシーかなにかだったんだ。
「オレが呼んだって?」
この谷でお前を呼んだりしてないぞ。
「お寝坊さんね! マコトがあなたを呼んだのって、都市の入り口に降りたときよ」
「とにかく、ありがとよ、ポポロム。六千年前も今も、おまえは頼りになるやつだよ」
ポポロムの向こう側の銃声は、自動小銃から単発の拳銃に変わり、それも、もう止んでしまった。あきらめたんだろう。それとも弾切れか。
石の扉がゆっくり開いて、見覚えのある部屋があった。扉の対面の木切れのあたりに骨と装具品のかけらが転がっていた。六千年間外界と遮断されていたこの部屋だけ、風化がゆっくりだったのだろう。
「実は密かに心配だったんだけど、これで帰りは苦労せずに帰れそうね」
オレに続いて部屋に入ってきたユメは、ポポロムに送ってもらって帰るつもりらしい。おいおい、どこまでだ? カラクムルまでだよな。カンクンやヒューストンやオタワなんて言い出すなよな。パニックになるぞ。
「おまえも黒いもやを吸い出してもらえるんじゃないのか?」
「なによ、それ」
六千年ぶりに、世に充満していた悪意は吸い出されたはずだが、世界が平和になったかどうかはオレにはわからない。ホーリーエンパイア財団は姿を消したらしい。
終末予言の予言された日が何事もなく過ぎ去ったときのように、夢の勇者の話はメディアが取り上げなくなったとたんに急速にフェイドアウトした。
オヤジはオレの旅を記事に書いたが、ピューリッツァ賞の報道部門じゃなくて、どこかのSF小説の賞にノミネートされるらしい。まあ、金にはなったらしいので、リゾートホテルに泊まった件はお咎めなかったな。
「マコトくん、なにたそがれてんの?」
教室の窓からぼんやり校庭を見下ろして、あの不思議な旅を思い出していたら、須藤エリの声で現実に引き戻された。
クラスメイトの須藤エリとは、『あれ』以来なんか微妙な感じになってる。
いつの間にか、呼び方も『鵜筒クン』じゃなくて『マコトくん』に定着しちまったし。
「風見先輩もついに卒業だもんね。フフフ」
須藤エリは今日の卒業式がうれしいのか、露骨に楽しそうだ。オレの隣に来て空を見上げつつにっこりする。が、なにかいやなことでも思い出したのか、急に唇をとがらせた。
「それにしても、昨日のアレ、ふざけてるわよね」
「何が?」
「テレビよ。見てないんだ? 『ぶっちゃけ女子会トーク』よ。島崎レナと羽田ミドリがゲストで出てて。今朝の芸能トップニュースになっちゃってるじゃない。マコトくんあいかわらずそういうのに疎いのね」
オレが疎いのが楽しそうだな。
「ふたりが、なんかしゃべったのか?」
あの二人が、ガールズトークの番組で、あの夢のことをベラベラしゃべったとも思えないが。
「『最近プライベートで仲がいいそうですね~』って振られて、『一般人の同じ男性を好きなのが縁の友人よね~』とか声合わせちゃって。アイドルの立場わかってないわよね。過去形ですらないのよ」
いつまで六千年前を引きずってるんだよ。おまえもだぞ、須藤。
なにやら教室の入り口の方がさわがしくなってきた。ふたりで振り返ると、とりまきの男子生徒を二、三十人引き連れて、卒業生の風間先輩がうちのクラスの教室に入ってきた。クラスの男子どもがあわてて道をあける中をまっすぐオレのところまで歩いてくる。
先輩は、ちらりと須藤を見た。
須藤は余裕の笑顔だ。
風間先輩は、その笑みは無視してオレの方を向くと、オレの胸に右手を伸ばした。これが柔道の試合中なら、襟を取られないように反射的に払っちまうとこだが、なにをするつもりかとあっけに取られてるうちに、風間先輩はオレの上着の第二ボタンをつかむと、ブチっともぎ取った。
「おおおおお!!!」
事の成り行きを見守っていた周囲の男子生徒どもから驚きの声が上がった。
「今日は、わたしたち卒業生が主役だものね。これくらいの役得は当然よね」
風間先輩と須藤エリは、表面的には穏やかに笑顔を交わしてる。まわりの男子どもから殺気のこもった視線がオレに集中してるのはおかまいなしのようだ。
「こらこら、何集まってるんだ。よそのクラスの者は外に出ろ」
ホームルーム担任が入ってきて、この場は収集がつきそうだと思った。
「きょうは卒業式だが、転校生だ」
風間先輩や、その取り巻きの卒業生とか他クラスの男どもが教室を出ようとする混雑の中で担任がひとりの生徒を教室に呼び込む。こんな三学期末になって転入なんてめずらしい、と入ってくる生徒に注目が集まる。
輝く金髪に遠目にもわかる真っ青な瞳、制服の胸のボタンを今にも引きちぎりそうなボリュームの胸。
どう見ても日本人じゃありません、と見えるその女子高生は、教室を見回してオレをみつけると、被っていたネコを脱ぎ捨てた。
「あっ! みつけた! マコト! あなた連絡先も教えてくれてなくて、会えないからわたし、来ちゃったよ!」
それは、もちろん、カナダからの留学帰りの女の子だった。
完
ユメとマコトで行く、魔界地底都市がマジヤバイですツアー 荒城 醍醐 @arakidaigo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます