note.27 ピンク色のアンプ
「聞こえますかっ!? レイさんだったら、壁を叩いてください!!」
――トン。
「レイさん! ミリです! イエスは1回、ノーなら2回叩いてくださいっ!!」
――トン。
全身から汗が噴き出してきた。アドレナリンが駆け巡った。
「そこに監禁されてるんですか!」
――トン。
一瞬で、喉がカラカラに乾いた。ペットボトルの水を一気飲みした。
「縛られたりしてますか!?」
――トン。
ケガしてなければいいけど。苦しんでなければいいけど。
「声は出せますか!?」
――トン、トン。
「口を塞がれてるんですね!?」
――トン。
ちゃんと呼吸はできてるの……? レイさんっ!
「そこから動けますか?」
――トン、トン。
「さっき、男が出かけるのを見ました! しばらく帰って来ませんか?」
――トン。
「今すぐ助けます! バルコニーから伝っていけば!」
――トン、トン。
助ける! 絶対に! 今すぐ!
「鍵、かかってるんですか!」
――トン。
バルコニーの隣室との仕切りは薄い板だけで、火事のときには隣室に逃げられる構造になっている。でも窓の鍵がかかってるなら、そこから行っても無駄。しかも厚い2重ガラスだから、割って開けるのも難しい……。
「ちょっと待っててください! そっちの玄関を見てきます!」
――トン。
ダッシュした。当然ながら、隣室の玄関には鍵がかかっていた。
こうなると、レイを助ける手段はひとつしかない。
一刻も早く、助けたい!
「警察に通報します! いいですか!?」
――トン。
「昨日、ご両親が大阪から来てくれました! どこかのホテルに泊まるっておっしゃってたから、電話してみます!」
――トン。
それから美里は、警察、大家、レイのお父さんに電話した。
「警察に電話しました! 近くの交番から来てくれると思います! 大家さんの家も、すぐに近くですから!」
――トン。
「ご両親はもう新幹線に乗っちゃってましたけど、まだ新横浜の手前でした! すぐに折り返して、東京に戻ってきてくれるそうです!」
――トン。
レイを励まして話してるうちに、玄関のチャイムが鳴った。
「うちに誰か来たみたいです! 出ますね!」
――トン。
ドアを破りそうな勢いで玄関を開けると、制服の警官がふたり立っていた。40代ぐらいと、20代ぐらいのコンビ。そのすぐ後に、近所に住んでいる大家さんも来てくれた。
でも――
美里がいくら説明しても、警官はそう簡単に信じてはくれなかった。そこで美里は警官ふたりと大家さんを部屋に招き入れ、レイと壁越しの“会話”をしてみせた。
「隣に監禁されてる人と話します。イエスなら1回、ノーなら2回の返事があります」
美里はそう宣言してから、壁に向かって声を張り上げる。
「レイさん! おまわりさんと大家さんが来てくれました!」
――トン。
「今、その部屋の男はいますかっ!?」
――トン、トン。
「あなたはレイさんですかっ!?」
――トン。
「わかってくれましたか? 今、隣の部屋に監禁されてるのは三田村礼さんといって、私の大学の先輩です。もう1週間も連絡がついてなかったんです!」
美里の言葉を簡単には信じてくれない警官たちに力説する。でも、気持ちばかりが焦ってしまって、うまく説明できてる気がしなかった。
「今、隣の部屋の男は出かけてます! だから、助けるチャンスなんです! 早く隣の玄関を開けてくださいっ!!」
美里は食い下がった。必死で。
――レイさんを、助ける!
「……それなら、私が開けてみましょう」
合鍵を持った大家さんが決断した。いつもニコニコとして優しい感じのおじいちゃんだけど、このときばかりは硬い表情だった。
隣室のドアを開けて、大家さんと警官たちが部屋に入る。
美里も、その後に続く。
すぐに、手足を縛られて壁によりかかっているレイの体が見えた。
「おい、署に連絡しろ」
年長の警官が形相を変えて言い、若い警官はすぐに無線を使った。
「レイさんっ!!」
全速力で駆け寄る。
レイは下着だけにされて手足を縛られ、
「ミリ……」
警官が口のガムテープをはがすと、レイは弱々しく口を開いた。殴られたようで、顔が腫れて傷がついている。
「レイさん、ケガは!?」
「ちょっとだけね……でも、大丈夫」
「それより、服を!」
警官が手足の拘束を外したけど、半裸のままにしておきたくなかった。でも、そばにあったレイの服は無残に引きちぎられて、ナイフが突き立てられている。
「私の服、着せてあげてもいいですか!?」
警官に確認して、美里は部屋に戻ってTシャツとスカートを持ってきた。レイを手伝って着させると、体にもいくつか傷があるのがわかった。レイはすごく疲れて、衰弱しきっていた。それでも、なんとか会話できることが救いだった。
「ミリ……」
「レイさん、もう安心です……」
「ありがとね、助けてくれて」
「ビックリしました。まさかレイさんが隣の部屋にいたなんて……ずいぶん探したんですよ、ザキさんたちと」
「心配かけちゃったね……ごめんね」
「そんな……謝らないでください」
「でも私は……隣にミリがいるって、すぐにわかったよ……」
「……?」
「だから、安心だった」
「どうして、私ってわかったんですか?」
「ベースの音だよ……。Bloodyの曲ばっかり弾いてたし、あんな曲芸みたいなベース弾けるのなんて、日本中にミリしかいないもん」
――あ!
和田一生さんのおかげだ。和田さんがピンク色のアンプをプレゼントしてくれたから、私のベースの音が隣の部屋まで響いたんだ……。
――和田さん、ありがとう!
「ごめんなさい。音……うるさかったですよね……」
「違うよ。ミリのベースが聞こえたのが……うれしかったんだよ」
その瞬間、レイの緊張がほどけた。肩を震わせた。ミリの堰も切れた。そのまま抱き合って泣くしかなかった。
「レイさん……ごめんなさい。気づくの遅くて……」
「なに言ってんの。今、ちゃんと助けてくれたじゃない?」
いくつものサイレンの音。大勢の警官。救急隊員。
スーツ姿の刑事もやってきて、レイは簡単な聴取を受けた。
住所は? 氏名は? この部屋の住人との関係は?
「そろそろ、搬送よろしいですか?」
救急隊員が刑事に確認して、レイはストレッチャーに乗せられた。
「詳しい聴取は、病院のほうでまた」
刑事の冷静な声に、レイがうなずく。
「私も一緒に病院に行きます!」
美里は急いで準備して、救急車に同乗した。
ずっと、レイのそばにいてあげたかった。
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