note.24 レイの秘密

「レイの……秘密?」


 ザキが身を乗り出した。


「うん。軽音の人たちは誰も知らない話……ていうか、知ってるのは地球上で私だけ……みたいな」


 遠藤さんはこれまで軽やかなソプラノで話してたのに、今だけ声を低くした。


「何ですか、それ!?」


 美里も身を乗り出した。


「もう1週間もレイと連絡ついてないし、話したほうがいい……よね?」


「うん」

「はい!」


 遠藤さんの決意した指先が、テーブルのグラスを探し当てる。中身の水を一気に飲み干して、「ふぅ」と息を吐く。カラン、と氷が踊る音がする。それから彼女は、あてのない視線を宙に泳がせてから話し始めた。


「レイと私ね、実は……オタク仲間なの。しかも、死ぬほど重症のオタクね。あの子も私もアニメが大好きで、よく秋葉原アキバとか池袋に行ったりしてるのよ……ていうか、私が一方的につき合ってもらってる。私はコスプレやってるんだけど、イベントのときに一緒にやってもらったこともあるの。――ほら」


 差し出されたスマホを覗き込む。漫画もアニメも見ない美里にはどの作品のキャラかはわからなかったけど、奇抜な衣装とウィッグを着けてポーズを取るふたりの画像だった。


「で、レイはそっちの世界で有名人だったりするの?」


 ザキは、また頭脳をフル回転させてる様子だ。


「それは、どうだろ……」


 遠藤さんは、首を横に振った。


「――オタクって、いろんなジャンルに細分化されるんだよね。私はコスプレの知り合いは多いけど、レイのほうのことは無知で……」


「レイさんの専門分野って、何なんですか?」


 不思議な世界の話。美里は、それを理解しようとしていた。理解したかった。


「あの子は……レイは、アイドルになろうとしてたのよ。グラビアとかのアイドルじゃなくて、アニソンのアイドルに」


「ア……アニソン!?」


 驚くザキに、遠藤さんは詳しい説明を始める。ザキはロックやジャズには人一倍詳しいけど、美里と同じで二次元方面の知識はまったくないようだった。


 ――レイがいつも読んでる本は、アニメ関連のラノベや漫画ばかり。立派な革のカバーをかけて隠してるけど、あるとき自分はそれを覗き込んでしまった。自分も好きな作品だから話は合ったものの、ほかの人にはオタク趣味を黙っててくれと真剣に頼まれた。


 ――詳しくは知らないけど、レイはアニメやアニソン関係のネットではかなりの有名人らしい。関連のサークルにも所属している。定期的に開かれているオフ会にもよく顔を出していて、アニソン縛りのカラオケ大会で優勝したこともある。


 ――将来は自分で作曲したアニソンを歌ってデビューしたいと思っている。


「レイは、歌もうまいもんなあ……」


 ザキが言った。何かに落胆したみたいな表情で。


「うん。アニソンって、歌いにくいメロディーの曲が多いのに……」


 いくつか、知っているメロディーが美里の脳裏で再生された。


「で、遠藤さん。この話がどういう方向に進むわけ?」

「ちょっと前に、そのアニソンのサークルを抜けたって言ってたのよ。なんか、人間関係でイヤなことがあったみたいで……」


「それで、レイが悩んじゃったと?」

「その可能性はあると思わない? だって、あれだけ入れ込んでたのに突然抜けたんだから、すごい葛藤があったはずでしょ?」


「そのサークルを抜けたのって、いつ頃の話?」

「ちょっと待って……えっと……」


 遠藤さんは、しばらく考えてから答える。


「5月の初め。ゴールデンウイークが終わった頃だと思う」


「ザキさん。レイさんは前に『6月の末頃の予定で誘われてたイベントを断った』って言ってましたよね! それって、アニソン関係のイベントかも!?」


「そう考えるのが妥当みたいだね。でも遠藤さん――」

「なに?」


「レイがそのイベントを断ったことで、何らかのトラブルに巻き込まれたとする。彼女が今いなくなってるのも、それが原因だと仮定するよ?」

「……うん」


「で、俺たちはどうにかして助けたい。でも現状、彼女がどこにいるかもわからない。その疑問を解く手がかりは何かあるかな? たとえば、そのイベントがどこで行われて、主催者が誰なのかとか……知ってる?」


 遠藤さんは、大きく首を横に振る。


「そのへん、レイは秘密主義なんだよね……入ってたサークルのことも、何も話さなかったし」

「誰か、事情を知ってそうな人に連絡つけられたりしない?」


 遠藤さんはもう一度、大きく首を横に振った。


「ネットだと、本名じゃなくてハンドルネームを使うでしょ? 私、それも知らないんだよね」


 ふぅ……と、ザキは大きく息を吐き出した。


「てことは、八方塞がり……か」


 残念そうにつぶやく。でも――


「ザキさん! まだ諦めちゃダメですよ! いろいろ検索とかしてみたら、何かわかるかもしれないじゃないですか!」


 現時点の遠藤さんの話は、単なる糸口。でも、一端さえつかむことができれば、真相にたどり着けるかもしれない。レイが何かの事件に巻き込まれてるなら、ひとりで苦しんでるはず。


 ――だったら、一刻も早く助けないと!


「ミリ。じゃあ、どうやって調べる?」

「検索しまくるんです。そういう人たちって、絶対にネットでつながってますよね? だから、そういうサイトとかブログとか掲示板とかに、片っ端から当たるんですよ!」


「当たるって、どうやって?」

「メールして、事情を知ってそうな人を探すんです。そういう人たちって、ちゃんと事情を話せば必ず返事してくれますから!」


 いぶかるザキに、美里はBloodyのメンバー探しの一番最初の手段にネットを使ったことを話した。そして、きちんと返事してもらえたことも。


「そうなんだよ。ネット民って、いい人が多いんだよね」


 遠藤さんが後押ししてくれた。


「そういう人に当たっていけば、レイさんの居場所がわかるかもしれないですよね!」

「私、SNSを調べてみるよ。アニソン好きが集まる店ぐらいなら調べられると思う」


「それ、やりましょう! 今すぐ!」


「ごめん……今はちょっと無理。スマホのバッテリーが限界で」


 遠藤さんが画面を見せると、残量は17パーセントしかなかった。


「俺もやばい」


 ザキは21パーセント。


 仕方なく、LINEで連絡を取り合いながら自宅で別々に検索することにして、3人はファミリーレストランを出て駅に向かった。


「明日は、レイのご両親と朝10時にここで待ち合わせだから」


 改札口で、遠藤さんが言った。


「わかりました。遅刻しないで来ます!」

「俺も」


 すぐに、上り方面の電車が来た。下り方面に乗るふたりをホームに残し、美里は黄色い電車に乗り込んだ。


         *


 3人は明け方まで粘って、手がかりになりそうな情報をネットで探した。


 わかったのは、秋葉原の『クリティカルヒット』というライブハウスが、毎週土曜日と日曜日にアニソンカラオケ選手権というイベントをやっていることだった。そんなイベントをやってるのは、おそらくその1店舗だけ。


 3人は翌日の午前中、大阪から来たご両親と一緒にレイの部屋に行き、午後はそのライブハウスに行こうと決めた。


 ――レイさん。


 ――あなたは今、どこにいるの? 何してるの?


 ――何か事件に巻き込まれてるの?


 ――もしそうだったら、絶対に助けてあげるからね!


 美里は固く心に誓った。

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