note.23 捜索

「……誘拐?」


「実家が金持ちってことなら、そうなるだろ? 誘拐事件の多くは身代金目的の営利誘拐なわけだから」


 ザキは深いため息をつく。そして続ける。


「もちろん、レイがそんなことに巻き込まれてなければいい。それに、誘拐っていう事件の成功率は、おそろしく低かったはずだ。でも――」


「でも?」


 美里は聞いた。気が気じゃなかった。


「被害者のすべてが、生還できたわけでもない……」


 美里は硬直し、遠藤さんは言葉を失い、小野さんは頭を抱えた。何事にも動じないケンでさえ、目を丸くしていた。


「どうする、みんな? 今、俺たちにできることは何かあるかな?」


 言われて、美里は立ち上がった。


「私……レイさんの部屋の住所、知ってました!」


 記憶から完全に抜け落ちてしまってたけれど、武道館に出演するメンバーのプロフィールをステフに送るために教えてもらっていた。美里は、そんな大事なことを忘れてた自分を悔やんだ。


「ミリ、それ先に言えよ。ケンじゃないんだから」

「す……すいませんっ!!」


「住所がわかってるんなら、ともかく行ってみたほうがよさそうだよね」


 このザキの提案には、その場の全員が即座に賛成した。


「じゃあ、今すぐ動こう。ここから、そんなに遠くないはずだよな?」

「さっきも話に出てましたけど、中村橋です!」


 地図で住所を検索してみると、レイの部屋は確かに中村橋駅の近くにあった。明和大がある江古田からは、西武池袋線の駅にして3つ。


 そこに、これからバイトに行くというケンと小野さんを除いた3人が向かう。


 ――ザキと、遠藤さんと、美里。


         *


 お金持ちのお嬢さんが住んでいるとは思えない、ごく普通の3階建ての単身者用マンション。入り口はオートロックになっていて、郵便受けの203号室のところに「三田村」と名前が入っている。でも、チャイムを鳴らしてみても応答はない。2度、3度……やっぱり、応答なし。


 裏に回ると、ベランダ側から建物全体が見渡せた。そんなに広くない庭に鉢植えがたくさん置いてあり、長身のザキより少し高い塀で道路とを仕切ってある。


「ワンフロアに5室あって、レイは203なんだから……2階の真ん中だよな?」


「だと思う。前に、カーテンはオレンジ色だって言ってたから」


 自問自答のようなザキの質問に、遠藤さんが答える。


 時刻はまだ5時前。単身者向けマンションだから、どの部屋も不在らしくカーテンが閉じられ、明かりもついていない。オレンジ色のカーテンがかけてあるのは、2階の真ん中の部屋だけだった。


「ザキさん、私を肩車してくださいっ! 中、見えるかも!」

「それより、俺がこの塀を登れば……」


 美里の提案をザキが引き取る。でも……


「ダメだよ。下手したら通報されるよ」


 遠藤さんの制止に、塀に手をかけていたザキも思い直した。


「それもそうか……」

「それに、無駄だよ。カーテンで、中は見えないし」

「うん」


 しばらく待っていると、住人の女性がひとり帰ってきた。暗証番号を入れて玄関を開けたところで声をかけると、ほかの住人とは誰とも面識がないということだった。もちろん、レイとも交流はない。


「あの、大家さんは近所に住んでませんか?」


 美里は尋ねた。近くにいれば、交渉してレイの部屋に入れてもらえるかもしれないと考えたからだったけど、それは空振りだった。でも、住人の女性は代わりに管理会社の電話番号を教えてくれた。


 男性の声だと不審がられるだろうと話し合い、遠藤さんがその番号にかけた。でも、こちらの要求を飲んでもらえることはなかった。「もう1週間以上、友達と連絡がつかなくて心配なんです」と遠藤さんが食い下がっても無駄だった。


「ダメ。ぜんぜん信用してもらえなかった」


 これ以上、美里たちにできることはなかった。3人は大通りまで戻り、近くにあったファミリーレストランに入った。


「レイがフッとどこかに行っちゃった可能性もあるけど……どう考えても、なんか変だと思う。やっぱり、ご両親に連絡したほうがよくないかな?」


 遠藤さんの、心配そうな声。


「俺もさっきから考えてるんだけど、そこは悩みどころなんだよなあ……」


 ザキは、また頭脳をフル回転させてるようだった。


「レイさんが、このことをご両親に知られたくなかったとしたら……」


 美里は正直に言った。


「事件か事故か、レイが何らかの危機的状況にあるとしたら、今すぐ助けたい。――どんな親でも、そう思うはずだろ? でも、今この連絡を親に入れて、東京まで来てくれたとしても、彼らにできることは何もない……あ、いや待て。違うな……」


「親なら、管理会社に言って部屋を開けることができるかもしれませんよ?」


 美里が言うと、遠藤さんが続く。


「私は念のため、親に合鍵を預けてるよ? 確か、レイもそうしてたと思う」


「それなら、やっぱり実家に連絡しよう。――ふたりとも、それでいいかな?」


 遠藤さんはうなずいた。美里にも、異論はなかった。


「じゃあ遠藤さん、レイのお父さんの会社に連絡してみてくれる?」


「うん、わかった」


 検索すると、三田村コーポレーションの電話番号はすぐにわかった。その連絡は総務部につながり、お父さんから折り返しの電話がすぐにかかってきた。


「明日、朝一番の新幹線で来てくれるって」


 それで何が解決したわけでもないけど、その場に安堵の空気が漂った。


「俺もつき合うよ」

「私も」


 でも、遠藤さんは何かを考えていた。


 しばらく目を閉じて、何かを決意してから言う。


「私、レイの秘密……ひとつ知ってる」


 絞り出すような声だった。硬い姿勢で、唇を噛むようにして。


「私しか知らないことだし、誰にも言わないでってレイに口止めもされてる。でも、今は隠してる場合じゃないと思うから、ここだけの話っていうことで聞いてくれる?」


 遠藤さんは、ゴクリと喉を鳴らした。つられて、美里も鳴らした。

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