note.22 事件
Gt:土屋 剛
Kb:三田村礼
Dr:村石力哉
Per:乾 月影
Ba:遠海美里
部屋に戻ると、美里はメンバーの名前を書き直した。今度は小さな手帳じゃなく、マジックペンで大きな紙に。
玉井くんのケガは残念だったけど……あれは不慮の事故。でも、村石さんと乾さんという強力なコンビと一緒にリズムセクションを組めることになった。
――私も、負けないよう全力で頑張ろう!
美里は、書いたメンバー表をペタッと壁に貼りつけた。
――と、隣室の低音の振動が手に伝わってきた。
隣人はたぶんロック系のミュージシャンで、いつもヘヴィメタっぽい曲を大音量で鳴らしている。この何日かはそれがずいぶん目立つようになり、しかも夜遅くまで続くようになっていた。
「いくら音大生とかミュージシャン向けの防音仕様だからって、音を出していいのは夜8時までっていう決まりがあるのになあ……」
何か大きなものを床に落とすようなドンという音や、椅子を引きずるような音がすることも多い。ドアの開け閉めも乱雑で、バタンという音がよく響く。
今の時刻は9時すぎ。美里は、隣人の無作法があまり続くようなら、大家さんに相談してみようと決めた。
*
「おっかしいなあ……」
明和大のカフェテリア。スマホを覗き込んだザキが、なんだか不思議そうな顔をしている。
「どうしたんですか?」
「レイがつかまらないんだよ。LINEしても既読がつかないし……」
「えーっ。マジですか!?」
そこに、「お待たせー」と、いつものように遅れてケンが入ってくる。「3時半にカフェテリアで」という待ち合わせなのに、今は3時45分――。
「この遅刻常習犯のケンと違って、レイはキッチリした人だろ? LINEだって、いつもソッコーでレスくれる。なのに、ここ何日か応答がないんだよ」
「俺はウチナータイムで生きてるからさぁ」
ウチナーとは、ケンが生まれ育った沖縄のこと。時の流れがゆっくりとした南の島では時間を守ることを失礼と考えていて、結婚式にもわざと遅れて出席する習慣がある。それをウチナータイム、つまり沖縄時間と呼ぶということは、以前ケンに教えてもらっていた。
「そんな言い訳はどうでもいい。お前、今日レイに会ったか?」
「それがさぁ、休んでるみたいなんだよね」
ケンは、レイと同じクラス。ザキと美里とは、学科が違う。
「いつから休んでるんだよ」
「たぶん……今週の月曜から、かなあ?」
「お前さあ……そういう大事なことを、なんで早く言わねーんだよ!」
「なんで? レイは風邪でもひいたんじゃないの?」
いつもの光景。いつもの、ケンのマイペース。いつもの、ザキのツッコミ。
「ケンさん! ダメですよ! まずいじゃないですか!」
美里は立ち上がり、テーブルをドンとたたいてケンに抗議した。
――今日は6月17日の金曜日。来週火曜日の21日には、Bloodyとのリハーサルが始まる。4日前の今、レイに何かあったら困る!
「月曜から休んでるとなると、もう5日も休みか……。おいケン、レイと仲のいい友達の誰かに連絡つかないか?」
「それは、つくけどさぁ……」
「まだ帰ってないようだったら、ここに呼んでくれ。お前じゃ話にならねーから、誰か事情を知ってそうな、ちゃんとした人を。今すぐ!」
「わかったよ……電話するさぁ」
やってきたのは、ふたりの女子。――黒髪ストレートロングの遠藤さんと、金髪ショートの小野さんだった。
「私たちも心配してたんですよ。レイが連絡もなしに休むなんて、ちょっと信じられないから」
「うん。月曜日に休んだときは気にしなかったけど、次の火曜日も休んだときから気になってて……LINE入れたけどレスないし……ってか、既読もつかないし」
「電話もつながらないよね」
「私たちふたりで、レイの家に行ってみようかとも話してたの。でも、中村橋の駅を使うことは知ってるけど、詳しい場所を知らなくて……」
ふたりは、口々に言った。レイと最後に連絡を取れたのは、先週土曜日の11日ということだった。
「……ということは、12日の日曜から音信不通って考えていいな」
ザキが情報をまとめる。その場でもう一度電話して、「やっぱり、電源切ってあるな」と確認した。
「レイはバイトもしてないから、居場所もわからないし……」
「どうしよう? 学生課に行って、実家の連絡先とか聞いたほうがいいかな?」
遠藤さんと小野さんが顔色を曇らせて、その場の空気が緊張感を増した。
「今、考えられる可能性は3つある」
ザキが分析を始めた。こんなとき、この人の頭脳は頼りがいがある。
「どんな可能性ですか?」
美里は身を乗り出した。
「まずは、レイが病気か何かで部屋で倒れて動けなくなってるようなケース。意識を失ってたら、ひとり暮らしじゃ誰にも連絡できないだろ? ケータイを切ってる点が不可解ではあるけど、意図的に切ったんじゃなく単に充電がなくなっただけの可能性も考えられる」
「ふたつ目は?」
「失踪。この場合は、たとえばBloodyのライブが近づいてきたことによるプレッシャーに耐えかねた、とかいう可能性がある」
「それは絶対ないです! 私が最後に会ったときにも、レイさんはすっごく楽しみにしてましたから」
「ミリがレイに最後に会ったのって、いつ?」
「先週の金曜日だから……10日です」
「そうか? なら、ミリの意見を尊重して、失踪の可能性はとりあえず消し。で、最後の3つ目の可能性は、何らかの事件に巻き込まれたケース」
「じ……事件ですか!? 事故じゃなくて?」
「うん。事故だと理屈に合わないんだ」
「どうしてですか?」
「事故だとして……たとえば12日の日曜日にレイが車にはねられて、今もどこかの病院で意識不明になってるとする。この場合だと、持ってた学生証とかで身元がわかるから、警察か消防から連絡があるはずだろ?」
「でも、ちょっと近所のコンビニに行くような場合なら、お財布と部屋の鍵だけしか持ってない可能性もありませんか?」
「……それもそうか」
「警察とかに問い合わせてみようよ」
小野さんが提案して、手分けして警察と消防に電話してみた。でも、ここ1週間の間に身元不明の若い女性の事故はないということだった。
「私、彼女の実家の連絡先は調べられるかも」
遠藤さんは、レイと同じ大阪出身だ。
「――東京の人には知られてないんだけど、レイの実家ってお金持ちなの。三田村コーポレーションっていったら、大阪じゃすごく有名で……。お父さんが社長だから、会社に電話すれば取り次いでもらえるでしょ?」
「遠藤さん、それマジ?」
青ざめた表情のザキが言い、遠藤さんはうなずいた。
「……てことは、ひとつの可能性がでかくなったぞ」
「ザキさん、何ですか!?」
慌てて聞いてから、美里は自分の声が震えてることに気づいた。そしてザキは、最悪の可能性を提示する。周りに気を遣って、あえて抑えた口調で。
「――誘拐だよ」
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