note.13 東へ西へ!

 ネットで検索すると、都内にライブハウスは67店舗あった。


 美里は調べられるだけの情報を調べ尽くし、「これは」と思うバンドに当たりをつけては演奏を聴きに行った。来る日も来る日も手当たり次第、東へ西へと東京中を駆けずり回った。


「いいプレーヤーはいませんか?」と、出会った人たちに聞いたりもした。それでも、いいと思えるミュージシャンにはなかなかお目にかかれなかった。


≪ホントにBloodyの関係者? 名前を利用してるだけなんじゃない?≫


 と不審がられるのは序の口。


≪そんなにチビのクセして、ベース弾けるの?≫


 疑われて、その場でベースを借りて演奏したこともある。


≪そんなことより、これから飲みに行かない?≫


 これは何度も言われた。というか、毎回のように言われた。「ウチのバンドに入らない?」と誘われたこともあった。トーゼン、全部断ったけど。


 それでも、「この人はすごい!」と思えるプレーヤーは何人かいた。でも、やっぱり『Bloody』と『武道館』という名前のプレッシャーはすごいらしく、何度も二の足を踏まれた。「ちょっと考えさせてほしい」という答え方をした人は、だいたい2日後ぐらいに断りの連絡を入れてきた。


 メンバー探しを始めて10日が過ぎると、ゴールデンウイークが始まった。他校の軽音などをターゲットにして探してくれていたザキとケンは里帰りして、それぞれ北海道と沖縄でメンバー探しを続けてくれた。レイは、まだ迷っていた。


 実家のある静岡には帰らずに東京に残った美里は、ゴールデンウイーク中にも精力的に動いた。都内だけじゃ足りないと思って、捜索範囲を広げた。横浜に速弾きのギタリストがいるという噂をゲットすれば演奏を聴きに行き、千葉にド迫力のドラマーがいると聞けばすぐに会いに行った。


 でも――


「ふぅ……。やっぱ、ダメかあ……」


 また断りのメールが来た。


 美里はピンクのマーカーを手に持つと、メモ帳に作っていた候補者のリストを塗りつぶした。


         *


 ゴールデンウイークが明けた明和大軽音の部室。美里は、いつものようにザキと一緒にいた。


「俺も、今んとこ全滅だわ……。そこそこのギタリストなら何人もいるんだけど、ミリが望むレベルでBloodyのバックを完璧にこなせる人となると、そうそう見つからない」


 申し訳なさそうに、ザキが言った。


「メンバー探しって、思ったより大変でしたね……」


 美里の心にも、「八方ふさがり」の文字が定着しそうだった。


 ――と、そこに


「お前ら、しけたツラしてんじゃないよぉ!」


 ケンが入ってきた。相変わらずの調子で、相変わらず短パンで。


「お前はいつも、ノーテンキでいいよなあ」


 例によってザキがツッコむと、ケンは珍しくニヤニヤと笑う。


「ふっふっふ……ふたりとも聞いてくれ。グッドニュースだぜ!」


「どーせガセだろうに……」


 ザキは冷たく言い放ったけど、美里は身を乗り出した。


「ケンさん、何があったんですか?」


「今度の日曜日に、俺が通ってるドラムスクールの全国発表会がある。予選を勝ち抜いたうまい連中がゴロゴロ集まって演奏するから、一緒に聴きに行こう」


「ケンさん! それ、すっごい情報じゃないですか! 行きます行きます! 絶対に行きます!」


 ザキは気に入らないことがあるらしく、また眉間に皺を寄せている。


「お前さあ……そーいうすごい情報を、なんで今頃になって言うのよ? そんなん、一番最初に俺たちに教えるようなデカい話じゃねーか」


「ごめんごめん」

「……お前、やること雑すぎ!」


「いやぁ……俺が通ってる池袋のスクールにはうまい奴がいなくてさぁ、頭の中から完全に除外しちゃってたんさ……」


 ケンは頭をくふりをした。――ホントは、本気で忘れてたんだろうけど。


「で、その日は何人ぐらいのドラマーが演奏するんだ?」


 ザキは、すぐ冷静に戻って聞いた。


「30人以上だよ。それだけいれば、ひとりぐらい見つかるだろ? それに、たいていの人はドラム用のカラオケを使って演奏するんだけど、いくつかはバンドも出る。だから、ついでに鍵盤とかギターも見つかるかもしれない」


 ――ありがたい。こちらから、桜庭先輩を断ったばっかりだし。


「ったく、そんな大事なことケロッと忘れてやがってよぉ……。なあミリ、今ならこいつを2~3発ぐらい殴ってもいいよな?」


「いえ、喧嘩はダメです!」


 美里は、ふたりを笑顔で止めた。


         *


 明和大関係、他校の軽音サークル、インターネット、ライブハウス……いいミュージシャンを探せそうなところは、ひととおり調べ尽くした。今のところ全敗だけど、美里にはもうひとり、相談してみたい人がいた。


『Purple Haze』のオーナー・桐谷秀也。


 ――あの人なら、ミュージシャンの知り合いも多いはず。


 でも、お茶の水駅からの地図を見ながら歩いたのに、なかなか店に到着できなかった。あの日はBloodyの車で来たし、美里は自他ともに認める方向音痴で……。


「おや。遠海さま、いらっしゃいませ」


 やっとたどり着くと、歩き疲れて大汗をかいてる美里に桐谷がアイスティーを出してくれた。それを一気に飲み干して事情を説明すると、桐谷は1枚のCDをラックから取り出した。


「当店のお客さまがやっておられる、『BRACES』というバンドのCDです。15年ほど前に一度プロデビューして、アルバムを1枚リリースされたんですが、2枚目が出ることはありませんでした」


「どんな感じのバンドなんですか?」


「ボーカルのないインストゥルメンタルで、プログレッシブロックとフュージョンの中間のような音楽性です。コアなファン層には熱烈に支持されたのですが、売れ行きは芳しくなかったようで……」


「それは残念です……」


「しかしながら、その後も活動を続けられていて、このたび15年ぶりにインディーズレーベルからリリースしたセカンドアルバムがこちらです。これがもう、素晴らしいとしか形容しようがない完成度でして――お聴きになりますか?」


「はい、聴かせてください!」


 大きな鳥が翼を開いたようなイラストがデザインされた、シンプルだけどキレイなジャケット。桐谷はケースからCDを取り出してプレーヤーにセットした。


 1曲目は、重いビートが効いたミディアムテンポの曲だった。


 ――え?


 ――な


 ――なんだこれ!?


 鳥肌……!


 体に電流が走る。同時に、全身が聴覚に一極集中する。


 流れるように美しいメロディー、縦横無尽に跳ねるリズム、次々と展開する変幻自在のアレンジ。複雑なシンコペーションが続くような難しいところでもまったく乱れない、正確無比な演奏――。


 ギター、キーボード、ベース、ドラムの4人全員が凄腕だった。


「す……すっごいです! 全員、キレッキレじゃないですか!」

「はい。私も含め、15年待ち続けたファンからは称賛の声しきりです」


 CDは、2曲目から3曲目へと進んでいく。美里があまり聴いたことのないタイプの音楽だったけど、どの曲もすぐ耳になじんだ。というより、心地よく体になじんできた。


「このバンド。ライブの予定とか、ないんですか? 今日とか明日とか」

「それは残念ながら……」


 桐谷は頬をゆるめた。美里も心で苦笑いする。


 ――ま、そう都合よくはいかないか……。


「作・編曲のすべてをこなしておられるリーダーの和田わだ一生いっせいさんというギタリストが、当店のお客さまです。ですので、私から連絡することは可能です」


「桐谷さん! ぜひぜひぜひ! ぜひ、よろしくお願いします!」


 勢いよく前のめりになったせいで、美里は危うく転びそうになる。でも、なんとか踏みとどまった。


「こちらのバンドの皆さんは音楽活動がメインではなく、別に本業をもっておられます。これは一見、メンバー探しにはネックになるように思えますが、全国ツアーなどで長期間拘束されるのではなく武道館1回だけという今回の条件が――」


「逆に、好都合ですねっ!」


 桐谷はうなずいて、すぐに電話をかけてくれた。話は難なく通じて、美里はその足でギタリストの仕事場まで会いに行くことになった。


 ――ギタリスト和田一生は、上野駅前で開業している歯科医だった。

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