note.12 バンドは「家族」

 桜庭を見つけて、ザキが声をかけた。


「お、君たちが軽音の後輩?」


 口ぶりも態度も堂々としていて、自信ありげ。スッと通った眉毛に、意思の強さのようなものが感じられる外見。美里はひと目見て、シンプルにカッコいい人だと思った。


「はい、僕がメールした西崎です。一応、ギターやってます」

「おお、最近は軽音の様子はどうなの? うまいバンドはいる?」

「いえ……そうでもないです。それで、あの……」

「どうした?」

「先輩が使ってたストラト、いい音してましたけどヴィンテージですか?」


 ストラトとはフェンダー・ストラトキャスターの略で、エレキギターというものを世に定着させた名器のうちのひとつ。桜庭は、年代を経てずいぶん傷ついたストラトを使っていた。


 基本的に、楽器は古ければ古いほど音がよくなる。そのため、エレキギターの場合には1960年代頃に製造されたものを「ヴィンテージ」と呼んで珍重している。


「いや。あれは70年代後半のやつだから、ヴィンテージというほど古くないよ。でも、いい音してた?」

「はい」


 それからしばらく、ザキと桜庭はギタリスト同士の会話を続けた。美里はその間ずっと、話が終わるのを待った。


「――で、君が例のベースの子かな?」


 ザキにワンポイントレッスンをしてくれた後、桜庭は美里に言った。


「はい、遠海美里といいます。今日は突然すみません」

「いやいや。いい話をもってきてくれて、こっちのほうが感謝だよ」

「ありがとうございます」

「でも君、いきなりプロデビューのステージがBloodyのバックで、しかも武道館なんてすごいよ。ルックスも可愛いし、よっぽどテクがあるのかな?」


 桜庭はジッポのオイルライターで煙草に火を点け、白い煙をおいしそうに吐き出した。ツンとしたオイルの匂いが、美里の鼻を刺す。


「テクなんてそんな……とんでもないです」


 美里が謙遜すると、横からザキが「いえ。こいつはホントにバカテクです。Bloodyに選ばれても当然なぐらいの」とハードルを上げた。


「そりゃすごい。今度、聴かせてよ」

「ザキさん!」

 ザキの脚を蹴ってやろうかと思ったのを我慢した。


「で、俺のギターはどうだった? 今日のステージはビデオに撮ってあるから、それを彼らに見せてくれてもいいし、オーディションがあるなら喜んで受けるよ。俺、Bloodyの音楽は嫌いじゃないし、武道館なら大歓迎だし」


「それなんですけど――」


 美里は言いかけて一拍おいた。でも、一瞬の空白だけで続けた。


「今回、桜庭先輩にギターをお願いすることはできません」


 言葉の横で、ザキが口をあんぐりと開けた。


「ちょ、おま――」


 そこまでしか言葉を出せず、目をパチパチさせている。


「それは、桜庭先輩のプレーがBloodyに合わないと思うからです。先輩は、周りのメンバーの音をぜんぜん聴いてないですし」


「な……なんだと!?」


 桜庭は目を吊り上げた。


「バッキングしてるとき、先輩は常に遅れ気味でした。それをドラムの方とベースの方がしきりに修正しようとして、1拍目を早く入ったりして引っ張ってくれてました。何度もアイコンタクトもしてました。なのに先輩は、それをずっと無視してました」


 美里の視界の隅に、こちら――つまり桜庭――を見て何かを話し合っているバンドマンたちが見えた。そのうちのひとりが近寄ってきて、桜庭に言う。


「その話が終わったら、すぐ裏に来い。こっちも話がある」


 ベーシストだった。このバンドで一番年長に見えるから、たぶんバンマスだろうと美里は思った。ベーシストはそれだけ言うと、美里に「話の邪魔しちゃってゴメンね」と告げて立ち去っていった。


 美里はベーシストに目礼して、話を続ける。


「そして先輩は、ソロになると今度は思いっ切り走るんです。ほかのメンバーの方たちが抑えようとしてもお構いなしに、一直線に」


 走る、というのはテンポが速くなってしまうこと。人間だから、演奏中にテンポが変わるぐらいのことは仕方ないけど、それに対応して修正するのがプロのミュージシャン――。


「しかも先輩は、曲が進むにつれて自分のギターアンプの音量をどんどん上げていきました。それに合わせて、ミキサーさんはホール側のギターの音量を下げていきました。そのせいで、オープニングの頃はよかった全体のサウンドバランスは、後半には完全に狂っちゃってました」


 桜庭は、うつむいて黙っている。指に挟んだ煙草から、長い灰が落ちそうだった。


「ミリ、そろそろ……」


 ザキが心配そうな顔をした。たぶん、先輩ギタリストに気を遣って。


「ですので、今回は先輩にギターをお願いすることは諦めました。お忙しいところお時間いただいて、ありがとうございました。では、私たちはこれで帰ります。――ザキさん、行きましょう」


 茫然とする桜庭に一礼し、美里はさっさと出口に向かって歩き出す。その視線の隅に一瞬、バンドマンたちに囲まれる桜庭の姿が映った。


         *


「ミリ、待てよ! あの言い方は失礼だろ!」


 美里がライブハウスを出たところで、やっとザキが追いつく。


「いえ。私はそうは思わないです」

「桜庭さんのギター、そんなに変だったか? いい音してたじゃないか」

「途中で3弦のチューニングが狂ったのを放置してても……ですか?」

「お前、弦の1本1本の細かいとこまで聞こえてたのか?」


 美里はザキを見ずに、前を向いたまま話し続ける。


「チューニングのことより、周りから浮くほうがダメですけど……ね?」

「まあ……ミリがそう言うんなら、走ったりモタったりしてたんだろうけど……俺の耳じゃ、そこまで認識できなかったわ」

「メンバー全員で、一斉に速くなったり遅くなったりするならいいんですけどね……それがノリになりますから」

「グルーブだな」


「はい。結局、桜庭先輩は歌のバックをやるんじゃなくて、自分ひとりが目立とう目立とうとしてるだけに見えました。ということは――」

「ことは?」

「最悪です。バンドにならないですよ」


 美里は、思いっ切り笑顔をつくって言った。


「ひえー。キツイねえ」

「いいバンドをつくるには、メンバー全員がひとつの家族にならないとダメじゃないですか。私は、Bloodyと家族になれる人だけを集めたいんです」

「そりゃそうだけどさ……」


「それに桜庭先輩はさっき、『Bloodyの音楽は』って言いました。これが、『』だったら少しは違って、もしかしたら家族になれたのかもしれないですけど……」

「……うん」


「でもザキさん。私、今日ここに来てよかったです。教えてくれて、ありがとうございました」

「?」


「今日のバンドは、みんな譜面を見ながら演奏してたから『お仕事』で、華もなければ味気も毒気もなくてつまらない、ただの『伴奏』でした。でも、みなさん一定以上の水準にあることはわかりました。こういうミュージシャンは、探せばもっといっぱいいると思うんですよね」

「で?」


「私、明日からライブハウス巡りをします!」

「なんで?」

「決まってるじゃないですか。家族になれるミュージシャンを見つけるためですよ!」


 そして、美里は心の中で思う。


 ――素晴らしい音楽に、人間もヴァンパイアも関係ないんだから!

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