note.11 いざライブハウス!
「みんな、すっごいなあ……」
部屋に帰ると、美里はテツさんに教えてもらった「宅録」の人たちの動画を立て続けに見た。既存の曲を自分なりにアレンジして弾いている人もいれば、オリジナル曲を発表している人もいた。
収穫は、予想以上。「この人、うまい!」と思ったギタリストだけでも、軽く20人を超えた。
特に、美里がベストだと思った人は、信じられないほど魅力的だった。何度も何度も繰り返し、動画を再生したぐらいに。
ネックを変幻自在に動く左手。
右手の丁寧なピッキング。
寸分の狂いもないリズムと音程。
華麗で、斬新で、奔放なフレーズ。
――つまり、完璧。
「だけど、ポーランド人なんだよね……」
残念だった。凄腕の人がもうひとりいたけど、それはオランダ人だった。
「やっぱり、日本人じゃなきゃ……。だとすると、この5人!」
美里は、手元のリストの中から5人をマルで囲んだ。ネットらしく、ほとんどの人がハンドルネームで活動していた。
レッドアロー
GOTTS
アキラ
SASORI
ジョン爺
――この中で、ベストは誰だろう?
美里は考えた。
GOTTSかジョン爺か、どちらも捨てがたい……。
「私が勝手に悩んでても仕方ないか……相手にも都合があるし」
こうしてネットで活動するミュージシャンはたいてい自分の個人サイトをもってるか、最低でもブログをやっている。そこには連絡先のメールアドレスも明記してあった。
「お伺いのメールぐらい、出してもいっか……」
美里は思い切って、GOTTSにメールしてみた。
≪はじめまして。私は、6月24日に日本武道館で行われるBloodyのライブでベースを弾く予定の遠海美里と申します。今、その日のメンバーを探しておりまして――≫
「よし、送っちゃえ!」
書いた勢いのまま、美里は送信ボタンを押した。これでソッコー決まるとは思わないけど、話ぐらい聞いてもらえるよね……?
でもテツさんも言ってたけど、問題は鍵盤とドラム……。宅録するのはキーボードの人が多いと思ったけど、思ったほどいなかった。ドラムは外国人か、叩いてみました系の初心者が多くて、あんまり参考にならない。
「やっぱり、レイさんとケンさんに期待かなあ? 私も練習しとかないと……この新しい青ちゃんで」
美里はスタンドに立ててあった2代目青ちゃんを手に取って、ウォーミングアップ代わりのスケール練習を始めた。ごくごく基本的な、ペンタトニックスケール。
――と、メールの着信音が聞こえた。GOTTSからの返信だった。
遠海美里様
メール拝読しました。
大変ありがたいお話で、感動しております。
ですが、私には個人的な事情がありまして、
音楽をする際にはネットでの匿名の活動だけに絞っています。
ですので残念ですが、この話をお受けすることはできません。
武道館は、遠い夢の場所として、心の隅に置いておきたいと思います。
私の動画をご覧いただいて、ありがとうございました。
素敵な話をいただいたことも、ありがとうございます。
ライブが成功しますように!
GOTTS
深夜1時を過ぎてるというのに、すぐに返事が来たことに美里は驚いた。と同時に、丁寧な文章にも驚いた。GOTTSの音楽には誠実なイメージがあったけど、それはたぶんGOTTSという人の性格そのものだろうと思った。どんな事情であれ、ネットの上だけでしか活動しないという方針も、なんとなく理解できた。
美里は、「返事の返事」のメールをGOTTSに送った。
「次! ジョン爺にも送ってみよっか」
送らないで後悔するのは損。そんな気持ちでメールした。
すると驚いたことに、ジョン爺からもすぐに返事が来た。
「あれ、また断られちゃった……」
そこに書かれていたのは、「Bloodyの音楽は嫌いではないが、自分は人前でパフォーマンスすることに興味がない。申し訳ないが、共演は遠慮させていただきたい」といった内容だった。
「こうなったら……」
美里は思い切って、残る3人全員にメールを送った。その3人からの反応はすぐには来なかったけど、明日には見てもらえるはずだ。そして、必ず返事をくれるだろう。
「遠海美里、ちょっと暗礁かなあ……?」
美里は練習をやめて、ベッドに横になる。
「違う違う違う! メンバー探しはまだ始まったばっかり。明日からは、もっと頑張る! 愛するBloodyのために、すごい人を見つけてみせる!」
美里は独り言をつぶやいてから、布団をかぶって目を閉じた。4月下旬だというのに、底冷えするほど寒い夜だった。
*
あくる日の午後、軽音楽部の部室。美里は、ザキと向き合っていた。
「結局、5人にメールして、全員に断られちゃいました」
美里が言うと、ザキは不思議そうな顔になる。
「そりゃ意外だなあ……。プロとして認められたいようなミュージシャンだったら、武道館でBloodyとやれるなんて、絶好のチャンスだろうに」
「そこが、逆にネックみたいなんです。武道館って聞いただけで、引いちゃった感じの人もいましたから」
「……そりゃそうかもね。仮に俺に話が来たとしても、ビビるかもしれない」
「え、ザキさんって緊張しぃなんですか?」
「ミリは、武道館って聞いてビビんないの?」
今度は、美里のほうが不思議そうな顔をする。
「はい。ぜんぜんビビりません!」
「マジかよ……」
「だって、楽しいじゃないですか。1万人の前で演奏できるんですよ?」
ザキの呆れ顔を、美里は初めて見た気がした。
「で、あのさ……ライブハウス行くまでにはまだ時間あるから、ちょっと練習つき合ってくんない?」
トーゼン、美里には断る理由もない。
「はい。やりましょやりましょ! 今すぐやりましょ!」
「この曲のギターソロ、コピーしたいんだけどさ。ミリ、耳コピできる?」
美里は、ザキが差し出したイヤホンを耳に入れる。
「最初の音はFですね。たぶん6弦の13フレット。ピッキングしないでタップだけで弾いてます。それから次が――」
「ちょ……待って」
ザキは、慌ててギターをケースから取り出す。
「やっぱ、ミリは耳いいよなあ……」
「え? こんなの、普通じゃないですか?」
美里は無邪気に答えた。本気で「普通」だと思っていた。
*
渋谷・ライブハウス『MIDI』。
店頭に、「TAEKO LIVE」と書かれた黒板が出されている。
「ここだな」
「ですね。入りましょう」
店内は意外に広く、150席ぐらいはありそうだった。席はほぼ埋まっていたけど、ザキと美里はセルフサービスのドリンクを受け取って、空いていたテーブルに座った。
「昨日、桜庭さんにメールしたらソッコーで返事くれて、ぜひBloodyとやりたいって書いてあったよ」
「それ、サイコーじゃないですか!」
「だろ? ググってみたら、TAEKOって子は最近メジャーデビューしたばっかりみたいだな。フォークロックみたいな感じの、明るい曲で」
ザキの説明どおり、TAEKOはアコースティックギターを抱えてステージに登場した。バックバンドは、ギター、キーボード、ベース、ドラムの4人。もちろん、ギターは明和大軽音のOBである桜庭大輔さんだ。
1曲目はアップテンポの軽快な曲。それを跳ねるように歌うTAEKOを、バックバンドがきっちりと支えた。会場が狭いから控えめの音量だったけど、演奏は確かだった。
「やっぱり、桜庭さん……うまいな!」
ザキが耳元で言った。その言葉に美里もうなずく。
確かに、さすがの演奏だった。コードカッティングはシャープだし、聴かせどころのソロでは見事にギターを泣かせている。背中まである長い髪をなびかせながら弾く姿も、やたらカッコいいギタリストだった。
「今日はありがとうございました!! また来月も来てね!!」
全8曲。TAEKOが終了を宣言して、45分ほどのステージが終わった。
「あれだけのギターなら、Bloodyにもイケるだろ。じゃ、挨拶に行こう」
美里はうなずいて、ザキと一緒にステージ袖に向かった。
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