note.09 もうひとりの天才

 東京・ねり江古田えこだ


 美里が通う、めい大学芸術学部のキャンパス。


「えーーっ!」

「ウソ……!?」

「マジかよ!?」


 同時に、3人が驚きの声を上げた。


 ザキこと西崎にしざきはじめ、ギター。

 レイこと三田みたむられい、キーボード。

 ケンこと座波ざはけん、ドラム。


 この3人にベースの美里を加えた4ピースバンドが『Z-A』。

 美里以外の3人はみんな3年生で、1級上だ。


 新学期が始まったばかりの4月半ば。カフェテリアには、ほかに行くところのない新入生たちがたむろっている。――どこからですか? 福岡? 私は四国なんですよ……。あちこちから、自己紹介っぽい会話が聞こえていた。


「Bloodyの新曲レコーディングで、ベースを弾いた……だと!?」

「しかも、武道館のライブでバックやるって!?」


 ザキとケンは、興奮を抑えられない様子だった。レイだけは黙ってたけど、その表情には驚きの2文字がくっきりと浮かんでいる。


「はい、マジです!」


 話すだけで、感動して涙が出そうになる。


 ――あのBloodyと、武道館!


「どういういきさつで、Bloodyと知り合ったのさ?」


 ザキに聞かれて、美里は先日の出来事を最初から説明した。別れ際に、ステフに念を押された一点――彼らがヴァンパイアであること――だけは除いて。


≪ミリ。大地の大空の生い立ちについては、くれぐれも内密にお願いしますね。今日は時間がなくてゆっくりと話せなかったけど、ふたりには大きな夢があるの。彼らはどうしてもそれを実現させたいし、私も実現させてあげたい……。だから、その日が来るまでは絶対に秘密を守らなければならない。絶対に。――そこだけは、わかってね≫


 駅まで送ってくれた車の中で、ステフはそう言った。


 その「夢」がどんな形をしているのかは聞けなかったけど、美里は彼女の話に心を打たれた。本当のところ、ヴァンパイアがどういうものなのかもわからない。でも、Bloodyがサイコーのアーティストであることには変わりない。


 ――彼らと一緒に音楽をやれるなら、本望!


「へえ……奇遇なこともあるもんだねえ」


 武道館で外勤してたら青ちゃんをひったくられて、そのままBloodyの車に轢かれて――。


「ホントに、あっという間で……それでBloodyの個人スタジオに行って、新曲のレコーディングでベース弾いちゃうなんて……」


「武道館のライブにも誘われたなんて、すごい話だよなあ……」


 最も興味を見せたのは、ザキだった。


 北海道出身で、細身の長身。環境からプロダクトまでのデザイン全般と音楽をつなげるような仕事をしたいというのが夢で、哲学者っぽい風貌で論理的な物言いをする。真ん中分けの髪に黒くて四角いメタルフレームの眼鏡をかけていて、それが丸フレームだったらジョン・レノンに似てなくもない。いつもシャツのボタンを一番上まできっちりと留めているのが特徴。


「何日かしたら、完成した新曲を送ってもらえるんです」

「おお。来たらソッコー聴かせてよ!」

「トーゼンです!」


 美里は、指でOKマークをつくった。


「ミリはバカウマだから、Bloodyのバックでも十分通用するよ」

 ザキはいつも、美里のベースをホメてくれる。

「でも、もっともっと猛練習します!」

 昨日も、ぶっ続けで4時間ぐらい練習したのはナイショにしといた。


「だけど……問題はメンツ集めのほうさぁ」


 ケンは沖縄出身で、独特のイントネーションが今も抜けない。昔は華やかだった沖縄のミュージックシーンを盛り上げるのが夢で、卒業後は沖縄に帰って音楽関係の仕事をしたいと考えている。南の人らしい色黒の肌に無精ヒゲが似合っていて、ちょっとポッチャリした体にTシャツと短パンがトレードマーク。


「それで、みんなに相談したくて……」

「でもさ、Bloodyはどうしてミリにメンツ集めをさせる? 自分たちでやれば簡単に集められるだろうに」


「ケンさん、それがですね……」


 美里は、大地と大空の言葉を思い出していた。


≪スタジオミュージシャンを集めて譜面配って、せーので演奏すればすぐにキレイな音が出てくる。どこにも混じりっ気のない、ひとつのミスもないキレイな音がね。でも、それだとキレイすぎて、メンバー同士の化学変化ケミストリーが起きないんだよ≫と大空。


≪要するに、「お仕事」で演奏することに染まっちゃったんだよ。そのうち、音楽のキモのところを忘れちまった。俺たちが求めてるのは、そういう人たちとの「合奏」じゃなくて、魂が通い合った「バンド」になることなんだ≫と大地。


 Bloodyがバックバンドのメンバーを固定せず、ライブごとに変更することは、ファンにはよく知られた話。でも、その理由までは知られていなかった。


 大空は、

≪ライブは、観客と演者との一期一会の場。その「1回だけ」の緊張感がプレーヤーの集中力を高めて、いいライブをつくるんだ≫とも言っていた。


 その緊張感テンションを具現化するため、≪メンバー集めをするときには、キーになる人をひとり決めて、その人に探してもらう≫のが、Bloodyのやり方。


 そして今回、その役割を担ったのが、美里。


「――っていう感じなんです」


 ケンもザキも、納得してうなずいた。


「確かBloodyって、ライブは武道館だけで全国ツアーはやらないし、その武道館も2ヵ月おきに1回とかだったよね?」


 レイが口を開いた。――いつも無口で、鍵盤がものすごく上手で、女の美里もうっとりするような美人。


「はい。新しいバンドの音をつくるための準備期間として、2ヵ月を設定してあるそうです。それで、私が弾くのは次の6月……」

「何日?」

「24日です」


 トーゼンのように、ザキからツッコミが入る。


「なんだよ、もう2ヵ月ちょいしかないじゃねーか!」


「えへへ……実はそうなんです」

「メンツ集めの締め切りはいつ?」

「だいたい1ヵ月前の5月20日頃までには決まっててほしいと、マネージャーのステフさんに言われてます」


「それをと考えるか、と考えるか……だな」


 ザキが眉間に皺を寄せると、その肩をケンが叩く。


「ダイジョーブ。なんくるないさぁ!」


 ――今日は、4月18日。


「なあ。レイの鍵盤の腕なら、できるんじゃない? Bloodyのバック」

 ザキが話の向きを変えた。


「俺もそう思う。俺やザキは無理だけど、レイならいけるっしょ」

 すぐさま、ケンも追撃した。


「おい。お前みたいなド下手のタイコと一緒にすんなよ」

「うるさいよ。俺のタイコはお前のギターほど下手じゃないよ」


 ザキとケンは、この大学で出会って2年と少し。日本の南北の外れから来たふたりなのに、幼なじみみたいに仲がいい。


「それ、私も考えてたんです! レイさん、やってくれませんか!」


 じゃれ合うザキとケンを無視して、美里は話を本題に戻した。

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