note.07 秘密基地
「えええーーーっ!」
「えええーーーっ!」
また双子がハモって――
美里は落ち込んだ。ひたすら落ち込んだ。
せっかく新曲のレコーディングに誘ってもらったのに、楽譜が読めないせいで……チャンスを逃しちゃいそうで……目の奥が痛くなった。
と思ったら――
「なぁーんてね!」
大空がおどけた。子どもみたいに。
「――楽譜なんか、別に読めなくたっていいんだよ。有名なミュージシャンにだって、読めない人は山ほどいるし」
それは、大学の軽音でも聞いてた話。ホントかどうかは、わからないけど。
「最初に俺が見本をやるから、ミリはそれを見て覚えればいい。曲自体はコード進行もリズムも単純そのものだから、何も心配ないよ」
大地がフォローしてくれて、ちょっと安心できた。
「じゃ、スタジオ行こう。ミリもおいで」
「はい!」
リビングルームの奥の重そうな扉の向こうに、その部屋はあった。
「うわわわわっ! すごいっ!」
ミキシングコンソールやコンピューターや難しそうな周辺機器が大量に置いてあって、大小さまざまなスピーカーも並んでいる。それと、キーボードと何本ものギター。奥のガラスの向こうには、小さいけれど録音ブースもあった。
ここがBloodyの個人スタジオ。ふたりの秘密基地。
そこに一緒に入れただけで――
感動した。身震いした。
「Bloodyの曲は、いつもここでレコーディングするんですか?」
「そうだよ。ま、ストリングスを録るような大がかりな音入れのときには専門のスタジオを借りたけど、それ以外は全部ここ」
「ドラムも……ですか?」
「タイコは録らないよ。だって、俺たちのCDのタイコは全部打ち込みだから」
「えーっ! あれはコンピューターなんですかっ!?」
心底驚いた。実際にドラマーが叩いてると思ってたから。
「……ミリは、
「はい……すっごく自然で……」
そう言うと、大空は表情をほころばせた。
「こいつの打ち込みの腕前、すごいからね」
大地に言われて、大空はさらにニコニコ度を上げてVサインした。
「ミリ、ちょっと聴いてみてくれる? たとえば、これは最終トラックだけど――」
耳に慣れた、CDと同じ音が流れる。
――『何よりも輝ける闇』。
美里の大のお気に入りで、これまで何度聴いたかわからないほどの名曲。
「ここから、ほかの音を全部消してタイコだけにしてみると、こうなる」
8ビートを刻む音だけが残った。ドラムだけを聴くのは初めてだったけど、やっぱりコンピューターで打ち込んだ音とは思えなかった。
「ここから、スネアの音を変えてみると――」
言葉どおり、スネアの音質が瞬時に変わる。
「もっと変えると――」
また変わる。
「もっと」
さらに変わる。
コンピューターの画面を見ていると、大空はさまざまなスネア音源を呼び出して再生しているようだった。
「スネアだけじゃなく、キックもタムもシンバルも山ほどの音源がコンピューターに入ってる。その音を組み合わせて、メトロノームみたいにギチギチにするんじゃなくて、わざと少し外して強弱もつけて加工してリズムパターンを組むのさ。そうすれば、ほとんどヒューマンリズムと同じにできるから、聴いてる人の大半は気づかない。デジタルさまさまだよ」
DTM=Desk Top Music。
コンピューターで作り上げる音楽。
音楽といえばバンドしか知らない美里にとって、まったく未知の世界だった。
「アニキ、何かコードをひとつ鳴らしてみて」
大地は、ジャーンとひとつのコードを鳴らした。Em9《イーマイナーナインス》だった。
「で、今アニキが弾いた音がどうなるかというと――」
それから大空は、その音をさまざまに加工して聞かせてくれた。生ギターっぽい音、歪んだ音、エコーたっぷりの音……自由自在だった。
「こんなこともできる」
最後は、ギターの音じゃなくパイプオルガンの音になった。
「ね? デジタルちゃんって優秀でしょ? しかも、この2~3年で急激に進化したんだよ」
「はい……ビックリしました」
「でも、いくらデジタルが便利だからといって、作り手の体温を感じないような無機質なことはやらない。血が通ってない音楽なんか、音楽じゃないからね」
大空はそう言うと、軽くウインクした。
――血。人にとっても音楽にとっても、生命。
――だけどヴァンパイアにとっては? それは謎だった。
「じゃあアニキ。BPMはいくつにする?」
「とりあえず90で」
BPM=Beats Per Minuteは1分間に四分音符が何回鳴るかという数字で、曲のテンポを表すもの。BPM90だと、1分間に四分音符が90回のテンポという意味になる。
「じゃ、クリック出すわ」
すぐに、カッカッカッカッという音が流れ始める。BPM90は、少し早めのバラードといった感じのテンポだった。
「キーはA。仮のメロ弾くから、録ってくれ」
「りょうかーい」
大地はAメロからサビまで、ワンコーラス分を弾いた。
弾いたメロディーが、画面の中で波形になって踊っている。
「すごい……こうやって……こうやって曲ができるんだ……」
ついさっき、大地が「台湾のために新曲を」と言ってから30分も経ってない。大地と大空は、まるで呼吸するみたいに曲作りを進めていく。
――Bloodyのレコーディングに立ち会えるチャンスなんて、もう二度とない。この奇跡を全部、この目に焼きつけよう!
「……んでサビに行って、途中のソロは8小節として、あとはBメロからサビの繰り返しを2回転でいいかな?」
「そうそう。そんな感じ」
大地が弾いたギターの仮メロディーに大空がピアノで和音をつけ、それをつぎはぎすると1曲の流れが見えてきた。長調だけどちょっと切なくて、でもやっぱり力にあふれた感じのメロディー……。
「サビ前のメロ、下がるより上がるほうがよくない?」
「こうか?」
「そうそう」
「1回目と2回目で変える?」
「いや、同じほうがいい」
「なら、上がろう」
「うん。そのほうが前向きな感じがする」
「……だな」
あっという間に、メロディーが形になっていく。
「イントロは、俺がこう弾いて――」
大地はギターを弾く。静かな、アルペジオのような導入部。
「で、4小節が終わったら大空がこんな感じで絡んで――」
「エレピ系の音でいいかな?」
大空は、すぐさま音を出す。演奏が終わると、いつの間にか録っていたギターとキーボードの音が再生される。
「その次にベースが絡む。ミリ、これをつないで」
美里は、大地が差し出したシールドをベースに差し込む。
2代目青ちゃん。
――その初仕事は、Bloodyの新曲レコーディング!
「音、自分でつくれる?」
「すいません……無理です」
「じゃあ、テキトーに弾き続けててみて」
大地は美里の前にしゃがみ込み、ヘッドホンで音質を確認しながらベースのつまみを動かして調整した。しばらくして、「こんなもんでいいだろ」とフィックスした音質は、美里も心地よく感じるものだった。
「細かいところは後で加工するから、今んとこはこれで」
手渡されたヘッドホンを被って、これまでに録ったリズムに合わせてベースを弾いてみる。2代目青ちゃんの音は自分でもドキドキするぐらい分厚くて、ハッキリとよく伸びる気持ちいい音だった。
「自分のベースの音、聞こえてる?」
マイクを通して、大空の声がヘッドホンから聞こえた。
「聞こえます」
「じゃあ、いったんヘッドホンを外していいよ。まずは練習しよう」
「はい」
「キーはAの
大地が自分のベースを持ってきて見本の演奏をしてくれながら、五線紙にコードを書き込んでいく。
「まず、ここまでを2回転。それからBメロとサビね」
「はい」
「1回目のAメロはルート音と5度だけ。2回転目からは少し装飾を入れる……こんな感じで」
「はい」
美里は、大地が見本で弾いてくれたプレイを指で追いかけて覚えた。何度か練習してるうちに、大空は仮のドラムを打ち込み終えていた。スピーカーから流れていたリズムが、無機的なクリック音からドラムの8ビートに変わった。
「……簡単だろ?」
「はい……なんとか」
「じゃあ、1回通して弾いてみよっか」
「はい」
「んじゃ、流すよー」
――集中。
――私のアドレナリン、出てこいっ!
渾身の演奏をした。最初にしては、うまくできたと思った。
「よし、とりあえず録音OK……っと。ミリ、自分の演奏をよく聴いてみて」
特に問題はなさそうだった。でも――
「悪くないけど、イマイチだね」
「うん。もうちょいだな」
大地も大空も表情が硬い。自分では、まあまあの演奏だと思ったのに。
「どこ……ですか?」
「一つひとつの音のアタマは、気持ちいいぐらいにそろってる。なのに、お尻の処理がテキトーすぎ」
大空が言った。
「音の……お尻……?」
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