第十七話 腕を返して!

「ところでガスト様、左腕はどうされたのですか?」


 突然の質問されて俺は自分の左腕を見てみる。

 ない!

 左腕の肘から先がないよ!?

 どこで落としたんだろう?


「あ、そういえばさっき部下に襲われた時に切断された!」


 爽やかな朝を過ごしたくてすっかり忘れていた。


「今日の会議はここまで! ちょっと左腕を探してきます!」

「はっ!」


 急いで館から出ると。すぐに転送魔法を使って、さっきのトラバサミのあった場所へ移動する。


 がちん。


「ふぐぁ!?」


 丁度トラバサミの上に転送した俺は、また罠にかかってしまった。

 まだ片付けてなかったのこれ!?

 周囲を見渡すと、さっきの倍くらいの部下達がわらわらと現れる。


「またかかったぞ!」

「この阿呆が!」

「うわぁぁぁぁ!?」


 俺は部下達の第二波に襲われる。

 何がしたいの!

 君達は一体何がしたいのさ!?


 もう俺の爽やかな朝は台無しだった。

 さっきと同じように俺は魔法を使って部下達を撃退する。

 こんなことしてる場合じゃないんだよ!


「くそっ! 覚えてろ!

「今度こそ、その命もらい受けるからな!」


 半数を片付けると、部下達は捨て台詞を残して逃げていった。

 ふぅっと息を吐いて改めて左腕を探す。

 が、周囲をどれだけ探してみても俺の左腕はなかった。


 ふと視線を遠くに移すと、一匹の狼が、何かを咥えてこっちを見ていた。

 あれは……俺の腕だ!

 俺は走ろうとして、トラバサミに引っかかっていることを思い出す。

 狼は俺の挙動に気づいたらしく、トラバサミを外している間に逃げ出した。


「ま、待ってくれー!」


 なんとかトラバサミから抜け出した俺は、急いで狼の後を追う。

 魔族の身体能力も、それなりのものだとは思うが、昔からずっと書庫で過ごしてきた俺は、魔族の中でも体力が無い方だ。

 だから狼を追いかけるのも大変なことなのだ。


 狼は木々の間を縫ってひょいひょいと移動していく。

 あんな風に走れればすぐに追いつけるのに!


 魔法を使って狼を仕留めるという方法もある。

 しかし腕の為にそこまでするのも大人げない。

 それに無駄な殺生は良くないというのは、魔族の決まりでもあるし。

 守ってない魔族も、もちろんいるが、ここは決まりを守ろう。


 で、どこまで行くんだ!?

 もう結構走ってきたよ!

 あ、狼が曲がった!

 何かあるのかな?


 その方向へ目を移すと、この辺りを警護している部下達が数名いた。

 運が良い。俺は彼等に向かって大声で呼びかける。


「おーい! 狼が俺の腕を咥えて逃げてるんだ! 捕まえるのを手伝ってくれー!」

「えー、いやっすよ」

「めんどくせぇ」

「魔族は自由であるべき!」


 ちょっとちょっと!

 そこ即答なの!?

 そんなところで自由を訴えかけないで!


 部下達の手助けは借りれないようだ。

 仕方がないので一人で逃げる狼を追いかける。

 それにしても、どこに向かってるんだろう?


 狼は間違いなくどこかへと向かっていた。

 そこまで追い詰めれば腕を返してもらえるだろう。


 がさっ。


 何かを踏んだ。

 今日はよく何かを踏む日だな。

 いや、そうじゃない。

 嫌な予感しかしないぞ!


 素早く首を振って辺りを見るが、部下達が襲ってくる気配はなかった。

 思い違いかな?

 そう思った時だった。

 木の上から一斉に矢が降り注いできた!


「のわぁぁぁぁ!」


 どすどすと俺の体に刺さっていく矢。

 随分高度なトラップをしかけてるね!

 しかし、ここで脚を止めるわけにはいかない!


 息を切らしながら俺は必死で狼を追いかける。

 もう何が来ても驚かない自信があるよ!


 からんからん。


 聞き覚えのある音が響き渡る。

 これは、まさか……。


「獲物がかかったぞ!」

「あれはガスト様だ! 追え! 殺せ!」

「やっぱり出て来たかーっ!」


 大勢の部下達が槍を構えて追いかけてきた。

 俺は彼等から逃げるように前へ前へと走っていく。

 もう追いかけてるのか逃げてるのかわからない!


 部下達はしばらく追いかけてきていたが、途中で飽きたのだろう。追ってくるのをやめた。

 それからしばらく狼を追いかけていると、狼は走るのやめて穴の中へ入っていった。

 あんなところに小さな洞窟があるのか?

 俺も走るのを止めて静かに穴に近づいて行った。


 壁を背にして穴の中を覗く。

 すると俺の腕を咥えた狼と、小犬のような狼の赤ちゃんがいた。

 狼が俺の腕を地面に置き子供達に食べさせている。


 あー、俺の腕喰われてるよ!

 しかし、狼の親子を見ていると、温かい気持ちになり、腕のことはどうでも良くなってきた。

 まぁ、腕はその内生えてくる気がするから、今回だけは大目に見てやろう。

 そう思って俺は転送魔法で館に戻った。


 館に帰ってくるとユーリとロンダが俺を出迎えてくれる。

 彼女達に今見てきた光景を話す。

 彼女達は俺の行動に驚いていた。


「魔族は平気で他の命を奪うんじゃないんですか……?」

「そういう者もいるけど、全員がそうだということはないよ」


 ユーリの質問に答えた後、ロンダが呟く。


「優しい魔族もいる……ってことなの?」

「いれば良いなー」


 彼女達とそこまで話して、俺はあることに気が付いた。

 腕が切断されてから随分と時間が経っている。

 もちろん治療はしてないから俺の腕からはどばどば血が流れていた。


 考えた途端頭がくらっとして、俺は出血多量で意識を失った。

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