Lie About Little
「でも……今日も凄い恰好ね……スグ?」
クロー魔は
しかし彼女は何も、彼のファッションセンスを貶す為だけにそう言ったのではありません。それは彼女の言葉に “安堵” が含まれている事からも明らかです。
クロー魔は知っているのです。直仁様の能力について。
以前仕事を共にした折、戯れに自分達の 「異能力」 に話題が及んだ時、直仁様は自身の能力について話されてしまいました。
もっとも、知られたからと言って困る物ではありません。彼の能力は着衣やファッションに影響されるのです。それを事前に防いだり阻止する事は出来ないからです。
ただ、知られていれば一目で能力の良し悪しが判別されてしまいます。事実クロー魔は、彼のファッションが今日も最悪だと言っているのです。
―――能力が落ちているわよ、と。
「……大きなお世話だよ……」
大柄な女装をした男性……いえ、すでに仮装の域に到達しているでしょうか? 直仁様はストレートに指摘されて、頬を赤らめて反論しました。
出て来る前に鏡の前で落ち込まれていた通り、自分でも今日は最悪だと良く解っていたのでしょう。
「そんな恰好じゃー今日のあたしには勝てないどころか、目的達成も難しいでしょう?」
その言葉に、クロー魔どころか奥に座しているターゲットの男も笑い出しました。
「……おい、クロー魔。俺が来てるのが解ってたなら、何でターゲットを逃がさなかったんだ?」
確かに 「異能者」 が乗り込んで来る事が解っていれば、即座に避難する事が肝要でしょう。「異能者」 に通常の銃や刃物は勿論、あらゆる兵器は効きません。「異能者」 を害する事が出来るのは 「異能力」 による攻撃と酸欠、飢餓位なのですから。
「……ああ。あたしも勧めたんだよー? 逃げなさいって。でも、何か面白いショーを特等席で見たいんだってー」
そう言ったクロー魔は呆れた目をターゲットの男へと向けました。
余裕なのかその男は火のついた葉巻の煙を大きく吸い込むと、美味しそうに中空へと吐きだしました。
「ああ、そうだ。クロー魔、お前が俺を守ると言う契約だからな。それに 『異能者』 同士の戦いなど、そうそうお目に掛かる代物じゃーないからな」
クロー魔の名はこの世界でも轟いています。そしてその実力も良く知られている限りです。彼が彼女の能力を高く評価するのは当然と言えましょう。
「ま、あたしも彼には後金をまだ貰ってないしねー。簡単に
そう言ってクロー魔は再びクククッと喉を鳴らしました。
「……そう言うお前こそ、この国の言葉には慣れたのかよ? 少しでも擬音のボキャブラリーが増えたか? そうは見えねーけどな」
「そうなのよー……なんだってこの国の言葉はこうも難しいのかしら? それに擬音の発音もその意味も、私には到底理解不能だわー」
直仁様の言葉にクロー魔はヤレヤレと言った表情で、掌を天井に向けて少し持ち上げお道化たようなポーズをしました。欧米人はこの手のゼスチャーが好きですね。
さて、お気づきの方も居られるかもしれませんが、「異能者」 が 「異能力」 を使うには、それなりにクリアしなければならない 「条件」 があります。
直仁様ならば女装をする事。クロー魔ならば口で擬音を発する事。
しかし強力な力を使おうとすれば、それなりに条件も厳しい物になる様で……。
直仁様の能力ならば 「ファッションセンスが良い」 事がより強力な 「異能力」 を発揮する条件。
そしてクロー魔の 「異能力」 に掛けられた条件とは、「この国の言葉で擬音を発する事」 なのです。
より強力な 「異能力」 にはより強力な 「制約」 が掛けられるらしく、女装癖もファッションセンスも無い直仁様に上手に女物の衣服を着こなせと言う事も然り。
そして言語理解力も言語発声力も乏しいクロー魔に、世界でも難解と名高いこの国の言葉で擬音を発しろと言う事も然りなのです。
彼女と最後に会ってから数週間。この短期間でクロー魔が新たな 「擬音」 を習得した等と到底思えません。
「だったら条件は五分だろ?今あるお前の手持ちじゃー俺は倒せないし、この周辺を焼け野原にしちまっちゃー依頼の達成にはならないだろ?」
今クロー魔が持っている 「擬音」 は、「どん」 「ばん」 「ぼかーん」 「どかーん」 「ばばばば」 の5つです。「どん」 は威力の高い弾丸、「ばん」 はそれよりもやや威力の劣る 「どん」 よりも連射の利く弾丸、「ぼかーん」 「どかーん」 はバズーカやミサイルのイメージでしょうか。「ばばばば」 は正しくマシンガンのそれです。
この狭い部屋で依頼者を巻き込んで大爆発を起こす様な 「擬音」 は使わないでしょうし、他の弾丸では直仁様なら回避が可能です。
「そうなんだけどさー……あたしー……一つ覚えちゃったんだよねー……」
そう言うとスーッと右手を上げ、クロー魔はその人差指を直仁様に向けました。
「何っ!?」
直仁様が問い返した瞬間!
「……ちゅん」
彼女が 「擬音」 を口にしたその瞬間何かが彼女の指先から放たれ、眼で追えない程の速度で直仁様の肩に突き刺さりました。
「いつっ!……これは……」
それは細い針の様な弾丸。威力も低く彼の肉体を貫通する事はありませんでしたが、僅かに食い込み突き刺さっています。
「これさーっ! 威力は低いし弾丸も細くて致死性は低いんだけどさーっ! ちょー速くて今のスグじゃー目で追えないでしょーっ!? それにさー、眼とか心臓とか、急所に当たったら死んじゃうんじゃないかなーっ?」
彼女は喜色ばんだ表情を浮かべてそう言うと、「ちゅん」 を連発してきました!
確かに威力は低く、そのどれもが直仁様の肉体を貫通できずダメージも然程ありません。しかし彼女の言う通り、万一目や急所に当たっては致命傷となり兼ねません。何より視認出来ない以上、かわす事は不可能です。直仁様は両手を顔の前でクロスさせ、防御に徹するしかありませんでした。そんな彼に、無数の針が突き刺さります。
「これで足止めしておいてー、『どんっ』!」
―――ドンッ! ガラガラガラ……。
間一髪、直仁様は彼女の攻撃をかわしました。彼が立っていた背後の壁が、クロー魔の攻撃で大きな穴を開け瓦礫をぶちまけます。
「……ちぃ!」
「あはっ! あはっ! あははははーっ!」
「ちゅん」 と 「どん」、時には 「ばばばば」 を使い分け、クロー魔は一方的に攻撃を仕掛けます。直仁様はそれをかわし続けるだけに精一杯で、反撃の糸口すら掴めません。
「ヒッ……ヒィ―――ッ!」
突如激戦の舞台となった部屋で、先程まで余裕を見せていた男が悲鳴を上げました。余りにも激しく想像を絶する戦闘に、ターゲットの男は逃げるタイミングを完全に逸していたのです。
「
直仁様を物陰に釘付けとしたクロー魔は、その男に毒づきながらそう指示を出しました。腰を抜かした様に部屋の隅へと逃げ込んだ男に小さく溜息をつき、改めて直仁様に視線を戻したクロー魔。気分が高まって来たのか、彼女の目には狂喜の色さえ浮かんで来ていました。
「アッハ―ッ! 今夜はどうしたって言うの? スグ――――ッ!?」
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