I Know Your Stance

「Aha―――! What’s wrong tonight? SUGU―――!?」

(アハ―――ッ! 今夜はどうしたって言うの? スグー――ッ!?)


 直仁すぐひと様を物陰へ釘付けにしクロー魔は楽しそうに、そして一方的に攻撃を仕掛けて来ています。

 先程から彼女が放つまるで散弾を速射している様な攻撃は、精密射撃こそ出来ないですが広範囲に及ぶ無差別な攻撃ならば非常に有効であり効果的なものです。

 

「Shut up! KURO-MA! Mind your own business!」

(黙れっ、クロー魔ッ! お前には関係ない事だっ!)


 瓦礫の陰に身を潜めながら、直仁様は彼女の言葉に返答します。

 本来ならばわざわざ敵の言葉に答えてやる程、直仁様は甘い方ではありません。しかし事クロー魔相手の場合は、話し好きの彼女に併せてやる方がこちらとしても時間を稼げる上に、事が出来て有効な手段なのです。

 クロー魔の攻撃は 「自身の声を弾丸に変える」 という 「異能力」。

 つまり弾丸に変換する様な声を出す事が出来ない状況ならば、こちらが攻撃を受ける事はないと言う事なのです。


「Oh……It was mean very unkind of him to say things like that……We are a man and a woman in a close relationship…….」

(オゥ……酷い事を言うのね……あたし達はこんなに親しい間柄なのに……)


 わざとらしく殊更に悲しそうな顔を作り出したクロー魔が、まるで舞台女優の様な台詞を口にしました。もっともその演技はDAIKONダイコンですけどね。


「……こんな間柄……ね……」


 直仁様は溜息を織り交ぜた呟きを零しました。所謂 「殺し屋」 等の仕事も含まれるこの業界では、知った顔がある日突然いなくなる……など日常茶飯事なのです。

 そんな業界で、少なくともライバルと呼べるだけ相手が互いに殺し合う間柄とは、皮肉以外の何物でもないですね。


※尚、ここからは作者の都合上、バイリンガル同時通訳でお届けします。


「スグーッ! 今日の所は退きなさいな。あんただって、まだ死にたくないでしょー?」


 クロー魔は両指を開いた状態で、両腕を真っ直ぐに直仁様が隠れる岩陰へと向けています。少しでも動きがあればすぐに攻撃出来る態勢を取っているのです。ボックが見る限りでも今の直仁様は非常に分が悪いです。今日の所は退いた方が無難と言う物でしょう。


「退くかどうかを決めるのはお前じゃない!……俺だっ!」


 そう言って直仁様は、もう部屋とは言えない建物の隅で小さくなっているターゲットに向けて左手を向けました。


「オゥ……スグ! あんた……本気なの!?」


 彼の左手に嵌められているネイルの種類とその構えから、クロー魔はそれが何を意味するのか察したようです。

 直仁様はその問いに答えず、ただニヤリと口角を上げて……。


 ―――能力を発動しました……。





 ―――今から僅か30分程前……。

 某国軍事施設へ侵入して、即座に警報音が鳴り響きました。

 だけど直仁様がドジを踏んでしまった訳では無い筈です。セキュリティーの強度も全て調べ尽してあるし、忍び込む手順にも抜かりがあったとは思えません。


 ―――あの女、レイチェル=スタン=クロー魔の仕業に間違いありません。


 あの女は異常に勘が鋭いのです。それは 「異能力」 とはまた別の、所謂 「野生の勘」 と言った物に近いでしょうか。

 そしてその 「勘」 は、特に直仁様が関わる事には鋭敏に機能する様です。それこそ直仁様の持つ 「生体反応認識能力」 に勝るとも劣らない程に。

 つまりは直仁様の潜入も彼女の勘によって破られたと言う事なのですが、それ一つ取ってみても本当にあの女とは相性が悪いと言わざるを得ません。

 

「……チッ、クソッ! クロー魔め!」


 直仁様もこの警報が、そして彼の侵入を察知したのがクロー魔だと判断した様です。もっとも事前に視た 「生体反応」 の大きさで、クロー魔がこの施設に居る事はある程度予測していた事なのでしょうけど。

 すぐに撤退する選択肢もありました。任務失敗はこの業界で珍しい話ではありません。

 しかし直仁様はその選択を取りませんでした。すでに侵入がバレており、基地内には恐らくクロー魔が居ます。状況は最悪なのに、彼は退く事を選択しませんでした。

 それが意地なのか、それとも別の想いが合っての事なのかボックにはわかりません。しかし主が行くと決めたのならば、それに従うのが従者ペットの仕事なのです。


 下調べで、ターゲットがどの部屋に居るのかは察しがついております。勿論未だにそこへ留まっていればの話なのですが。

 「異能力」 を最大限に活かし足音を殺し、気配を消して、兵士の動きを察知しながら直仁様は “その場所” へと駆けました。


 ―――バタンッ!


 もはや隠密行動とは言え無い程豪快に扉をあけ放つ直仁様。そこは正しく、ターゲットの居る部屋に間違いありませんでした。

 そして驚く事に部屋の中には未だターゲットが座していました。

 部屋の最も奥に設置されている執務机。そこに足を組み、どこかのPresidentしゃちょうMafia's Bossマフィアのボスを気取ったターゲットが、葉巻を加えて直仁様を待ち受けていました。


「ハッハーッ! よくここまで入り込めたものだっ!」


 そう言い放つターゲットの男は、暗殺者である直仁様を前にして特に慌てた様子も無く、それどころか余裕さえ見せてそう言い放ちました。

 右手の “ネイル・ソード” を発動させ即座に任務を遂行しようとした直仁様でしたが、一歩部屋に足を踏み入れてその動きを止めてしまいました。

 

 ―――部屋の中にはもう一つ、別の気配が存在したのです。


「ばんっ、ばんっ、ばんっ!」


 物陰から叫び声が聞こえたと同時に、直仁様の足元を狙って三発の「銃弾」が撃ち込まれました。威嚇だったのでしょうが、もしそのまま彼が歩を進めていたら間違いなく足を撃ち抜かれていました。


 声のした方を見れば、そこには一人の女性が立っています

 緩くウェーブした美しく長い金髪に白い肌、整った顔立ちに一層花を添える美しく澄んだ碧眼。

 全体的にスリムであり足も手も長いのは欧米人特有ですが、体のボリュームにやや難があり被っている野球帽キャップも相まってどこかボーイッシュな印象を受けます。それに拍車をかける様に、彼女はガムを噛んでいました。

 身に付けている服装も全体的にボーイッシュであり、色の薄くなったデニム・ジャケットの下にはボーダー・シャツ。どちらも腰から上までしか丈が無く、細く括れたウエストとおへそ等は丸出しです。健康的な脚を見せつける様なデニムのショートパンツ。足元はバスケットシューズを意識したスニーカーでしょうか? どれも彼女には非常に良くお似合いです。


「ハッアーイ、スグ! お久しぶりねー。先月ぶりかしらー?」


 彼女こそがレイチェル=スタン=クロー魔。直仁様の商売敵でありライバルです。

 

「やっぱりお前か……クロー魔」


 ある程度予測していたとはいえ、その事実を直仁様は苦々しい思いで口にされました。出来れば違っていて欲しかったでしょうし、会いたくなかったのでしょう。


「ンッフー! そう、アッタシでしたー!……ふーん……解ってて来たんだ……?」

 

 一見能天気でオチャラけている様に見えるクロー魔ですが、対峙した相手に油断を見せる様な可愛げのある相手ではありません。さっと直仁様が身に付けている物を見て、今の彼がクロー魔と相性の良い装備でないと見破ったのです。彼女の瞳に怪しい光が宿りますが、開戦となるのはもう少し先だったようです。


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