全てがお前と俺とで
深夜の夜空を、ボックと
流石に二つの県を跨ぐとなると、いくら空を飛んでの移動とは言えゆうに1時間が掛かってしまいました。それでも地上を行くよりは随分と速いでしょう。
目的地を眼下に確認して、直仁様は “その場所” から少し離れた場所へ降り立ちました。ボックも彼の肩で翼を休める事にしました。
直仁様は “異能力” で飛んでおり直接疲労を感じる事は無いでしょうが、ボックは流石に疲れました。何と言ってもただのセキセイインコ。それ程体力に余裕がある訳ではないですからね。
無言の直仁様が見つめる視線の先には周囲を高い金網で張り巡らした、一目見ると空港施設の様な建物があります。
―――Y市郊外、某国軍事基地。
この国の人間が、おいそれと中に入る事の許されない治外法権施設。この国に在ってこの国で無い場所。
安全保障と言う名の元に建設された施設の実態がこれです。そして今宵のターゲットは、正にこの中で
直仁様がその施設を見つめながら、精神を集中していくのが解ります。
今、彼が被っているきつめのソバージュが掛かったカツラに、耳の辺りから長く延びたピンク色のウィッグ。これらを装備する事で、直仁様は建物内に居る人間の様子を知る事が出来るのです。厳密に言えば、彼の脳内で生体反応を認識出来る様になる筈なのです。
「……チッ……良く解らないが……これは……」
集中を解いた直仁様は毒づき、何かを思案する様に独り言ちました。
本当ならば 「良く解らない」 と言う事等有り得ない筈です。彼の能力が本領を発揮したならばその生体反応認識能力で、例え離れた建物内に居る人物であっても個別に認識する事が可能なのですから。更にその者の健康状態まで探る事が出来る筈です。
しかし今日の直仁様が身に付けている物は、普段にもましてセンスがありません。これでは恐らく、建物内に人が何人いるか把握するだけで精一杯でしょう。
直仁様は視線を建物から外す事無く、携帯電話を取り出しワンプッシュでコールしました。僅かなコールの後、先方が通話口に出た様でした。
「おい、今日の仕事で 『クロー魔』 が居るなんて、俺は聞いてねーぞ」
「ピヨヨッ!」
その名を聞いて、ボックは思わず声を上げてしまいました。通話中の直仁様に邪魔となる行為をする等、あってはならない事なのに。
―――レイチェル=スタン=クロー魔……。
超一流の 「異能者」 であり、直仁様のライバルと呼べる数少ない人物の一人。
勿論、直仁様が本来の―――以下略。
ともかく今の直仁様には最悪の相手であり、出来れば手合わせ願いたくない一人でした。
この国に拠点を置き主にこの国の要人から依頼を受ける直仁様と、フリーで世界中の仕事を請け負っている 「クロー魔」 。仕事とはいえ事ある毎に対立する二人の仲は、すでに因縁といって差し支えないでしょう。
更に言えばこの国で 「異能者」 に依頼される様々な仕事を、直仁様とクロー魔だけで殆ど熟してしまっているのです。言うなれば商売敵とも呼べる存在でした。
彼女の能力は 「声を弾丸に変える」 と言う、特に攻撃に特化した能力です。特化していると言う事はそれだけ強力でもあると言う事です。
彼女は口で 「擬音」 を発する事により、その言葉と声量によって様々な弾丸を作り出し放つ事が出来るのです。単純に大きな声ならば強力な弾丸を作れるのですが、 「擬音」 には様々な物があり一概にそう決めつける事が出来ません。
幸いなのは彼女の弾丸は可視であり、その速度も目で追えないと言う程では無いと言う事です。それに 「擬音」 のボキャブラリーが少ない事も、こちらとしては有難い事でした。 もっとも先月相対した時のままであるならば……ですが。
因みに名前の最後だけが漢字なのは本人しか解らない謎なのですが、どうやらこの 「魔」 と言う文字が気に入っているらしいと言う噂を耳にした事があります。
突然慌てだしたボックを、直仁様は優しく撫で落ち着かせてくれました。彼はボックには非常に優しいのです。
「……ああ? やらねーとは言ってねえ。ただ話が違うっつってんだよ!」
「……てめー……戻ったら覚えとけよ。それと報酬は倍だからな!」
此方の抗議も、どうやら梨の礫だった様ですね。荒々しく通話を切りポケットに携帯をしまい込んだ直仁様は、大きく深く息を吐きました。その心中を、ボックは察する事が出来ます。
今夜の装備では、彼女との相性が
デニム・ジャケットは飛行能力を発揮し、ハビット・シャツは気配を薄くし他者に気付かれ難くします。キュロット・スカートは脚力全般を向上させ、オペラ・シューズは足音を忍ばせます。メイク全般の仕様は主に動体視力の強化であり、イヤリングは聴力を強化します。
唯一の武器は付け爪を伸ばして剣とするネイル・ソード。
隠密行動を前提とした装備であり、暗殺には比較的向いていると言えるチョイスです。しかし飛び道具相手には有効とは言えないでしょう。
もしこのまま 「クロー魔」 と対峙する事となれば、離れて攻撃の出来るクロー魔が断然有利。彼女は身体能力にも秀でており、こちらの能力を駆使しても間合いを詰める事は困難なのです。
ボックはそっと、直仁様の左手を見ました。
右手のネイルとは明らかに種類が違う付け爪。いくらファッションセンスが絶望的な直仁様でも、左右の手でネイルの種類を変えるなど本来は決してしません。
右手には青を基調とした、先端の尖った長めの付け爪。左手は赤を基調とした、長さも形も特徴の無いただの付け爪。しかしそれが、
―――最後の切り札。
ボックはそう認識しています。そしてそれは間違いないだろう事も。
「しゃーねえ……行くか」
意を決した直仁様は自分に言い聞かせるようにそう呟いて、前方の建物へと歩を進め出しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます