2-4.陣、毒を飲む
息苦しさに陣が目を覚ますと、傍らに香瑠がいた。
上半身を起こして周囲を見回す。
「飲みすぎネ。ここまで運ぶの大変だったヨ」
了架の、いや火嶺の家、陣にあてがわれている部屋だった。
「ザルだって言っただろ。どんな強い酒でも潰れたことなんてない。何をした?」
誤魔化そうとした香瑠を問い詰めると開き直った顔で「酒に毒を入れすぎたネ。ちょっと意地悪しただけネ」としれっと答えた。
「毒? 殺すつもりならなぜ助けた?」
「殺すつもりないネ。了架サンにも春日サンにも毎日毒盛ってるネ。私も飲んでる」
「は? どういうことだ?」
「鬼狩りはあらゆる毒に耐性をつける必要があるネ。私は正確には鬼狩りじゃないネ。春日サンと似たようなモノで、お情けで生かされてるだけネ。だから私の役目は鬼にならないことだけネ。その為に結界を張ること、薬に詳しくなること、一人で生活できる術を身に着けることが必要なのネ」
「鬼にならないって……?」
「前にも言ったケド鬼になりかけたネ。それで邪気を取り込み易くなったネ。つまり鬼になりやすいってことヨ」
そうだった、と陣は思い出しながらそのことについて詳しく訊こうと口を開きかけて止めた。
香瑠の目が訊くなと言っているように感じたからだ。
「……毒のことは悪かったネ。ちょっと腹立ったら手元が狂ったネ。私もまだまだ未熟ネ」
「手元が狂って殺されるのはごめんだな」
「殺すほど狂ったりしないネ。そこまで未熟じゃない。あとはお前がつまみ食いしなきゃ大丈夫ネ。春日サンの食事を今のお前が食べたら確実に死ぬヨ」
「春日って……やっぱり鬼なのか?」
「半分だけネ。だから
白家という名で陣は先程会った花魁と飛脚を思い出した。
「白家ってどんな連中なんだ?」
興味本位で問うと香瑠は「嫌な連中ネ」と即答した。
「私は一応他の家の連中とは会わないようにしてるネ。でも白家には隠せないネ。彼らの情報収集能力はえげつないネ。私は玄家にとっての弱みネ……私がいるせいで春日サン辛い想いしてるネ」
そう言って香瑠は悲しそうに俯いた。
「弱み? あんたはやっぱ鬼なのか?」
「あんた違う。香瑠ネ。ちゃんと名前呼ぶネ」
キッと睨みつける香瑠に陣も睨み返す。
「そっちだってお前って呼ぶじゃねぇか」
言い返され、香瑠はムッと頬を膨らませた。
「……陣」
仕方なく名前を呼ぶと陣は勝ち誇ったようにニッと笑った。
「でも名前、鬼と青家には知られちゃ駄目ネ。青家が使う術はえげつないネ。あいつら仲間内で殺し合いもする。鬼の中には術が使える奴もいる。気をつけるネ。だから全員鬼狩りになったら新しく名前貰うネ。私の場合は本当の名前知らないネ。香瑠は春日サンから貰った名前。陣、新しい名前を貰えるかどうかはお前次第ネ」
「それじゃ、俺はまだ仲間じゃないってことかよ」
「まだひよっこネ。ニワトリになったら貰えるネ」
そう言って香瑠は「今日は卵料理ネ」と部屋を出て行った。
香瑠を見送ってから陣は質問の答えをはぐらかされたことに気づいて舌打ちをした。
「鬼狩りか……」
ふと呟いてその場に寝転んで目を閉じた。
幼い頃から鬼狩りの存在は知っていた。
だが、出会ったことはなかった。
鬼には一度だけ出会ったことがある。
だが、記憶はない。
両親を鬼に殺されたのだと聞かされて育った。
陣を拾ったのは剣術道場の師範で、両親は駄目だったが陣だけは鬼から救い、育ててくれた。
師範もまた鬼によって妻と子供を殺された過去があるらしい。
殺された子供の身代わりなんだと陣は理解した。
実の我が子のように大切にされ、剣術も教えられたが、愛情を注がれれば注がれるほど、その目が自分の肩越しの誰かを見つめている気がして耐えられなかった。
何不自由ない暮らしだったが、陣は師範の剣を学ぶことに反発し、家を飛び出した。
我流で剣を振るい、一応は誰かの為に剣を抜いてきた。
けれど、強くなればなるほど心は空虚になっていった。
いつまでたっても満たされない穴の開いた桶を抱えているようだった。
そんな時に了架と出会った。
剣など無縁と思われる遊び人の恰好をしていたし、女のように白くて細い体をしているのに、その目は深く暗く淀んで見えた。
笑っている顔も怒りに満ちているように思えた。
剣を構え対峙した瞬間、即座に『普通』ではないと感じた。
初めて剣を交える前から絶対的な『死』を覚悟した。
そんな強さを手に入れられると憧れてここに住みついた訳だが、鬼狩りというものを陣は何か勘違いしていた気もし始めた。
「人じゃないのかも……?」
人ではない鬼を相手にする者達だ。
彼らもまた人ではないのかもしれない。
毒を飲んだり仲間内で殺し合いをする。
全ては鬼を倒すために。
その覚悟が自分にあるだろうか。
陣は目を開け、天井を見据えた。
それから片手を胸に当てる。
鼓動が脈打つ音が大きく耳に響く。
「強くなる。例え人じゃなくなっても」
陣は改めてそう決意した。
***
「陣っ」
翌朝、慌ただしく火嶺が部屋に駆け込んで来た。
「なんや、まだ寝とったんかいな。今、何時や思とんの?」
「なんだよ、うるせぇな。出掛けたんじゃなかったのかよ」
「香瑠から文
いつもなら口答えした時点で頭を叩かれるのだが、いつもと様子が違い、神妙な面持ちで火嶺は陣の隣に座した。
思い返せば蕎麦屋の前で別れたきり、昨夜は帰って来なかったようだ。
あの飛脚と一緒にどこかへ消えたのか。
それを口にしようとして陣は了架が火嶺を警戒していたのを思い出し、「知らねぇよ」と返した。
「了架がわしを疑っとるんは知っとる。お前もわしを疑っとるんか?」
なんだよ、バレてるじゃねぇか、と陣は心の中で毒づいて、素直に「ああ」と肯定した。
「了架から何を聞いとるんか知らんけどな、アレは時々暴走するさかい、あんたは手綱締める役を負ってもらわんといかんなぁ。白家の連中が水面下で動いとるようやし、面倒なことに青家の連中もなんやきな臭いことになってきよる。鬼も増えてきよるし、ちっとばかり気を引き締めてもらわんとかなわんわ。ほな、もう一度訊くで? 了架はどこや? 昨日一緒やったんやろ?」
「……蕎麦屋の前で別れた。そっから先、どこに行ったのか本当に知らねぇよ」
「蕎麦屋の前はどこおったん?」
「それは……」
本当に火嶺に話していいのか?
陣は躊躇った。
白家の飛脚と一緒にいる。
それは火嶺にとって良い
そしてこの現状は了架の危機なのか。
「分かった。もうええ。お前はここで大人しゅうしとき。香瑠ッ、一歩も出たらあかんよ?」
家の奥までよく通る声でそう言うと、火嶺はすっくと立ち上がって部屋を出て行こうとした。
それを陣は呼び止める。
「どこ行く気だ?」
「了架助けに行くんや。白家と青家にとってアレはいいカモや」
「助けにってどういうことだよ? そういうことなら俺も行くっ」
「ほな、どこ行ったか知っとるんやな?」
「知らねぇ。でも了架は白家の奴と一緒だ」
「ちゃんと言えるやないの」
ニッと笑う火嶺に陣はしまった、と思った。
が、火嶺の言ったことが単純にカマかけただけではないとも悟った。
了架は危機に陥っている。
それは確かだと火嶺の様子から確信した。
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