1-5.了架、罠に掛かるのこと
鍵が開いていた理由が分かって了架は目を閉じて深呼吸した。
気合を入れ、両手の拳を強く握り締め、全身に力を込める。
鬼狩りは刀だけではなく時に術も使う。
術が使えるのは青家だけではない。
青家は術に特化し秀でているだけで多少の術はどの家の者も使えるし、鬼狩りとして身につけておかねばならない術もいくつかある。
だから術を使うだけではなく、術を解く方法も多少の心得はある。
それを了架は実践した。
気合だけで解ける場合もあれば、呪文や呪符などの道具を必要とすることもある。
が、身動きが取れない状況では気合か呪文の二択しかない。
「
腹の底から気合を入れてみるが解けなかった。
元よりこの程度で解けるとは思ってみなかったので、了架はさして落胆はしなかった。
問題は呪文だ。
どの呪文で解くことができるのか、その糸口は札だ。
札に書かれた文字からどういった呪符であるかが分かる。
「オン……」
呪文を唱えようとして、了架はあることに気づいた。
呪符が真新しすぎる。
雨漏りのするようなかなり年数の経った掘っ立て小屋だ。
しかも獣道しかないような山中にあり、しょっちゅう利用しているようにも見受けられない。
何の為の小屋か了架は知らなかったが、さして重要な場所であるとも思えなかった。
邪気払いも何もされていなかったからだ。
それに新しい呪符に貼り替えたようにも思えなかった。
となると、了架がここに来ると知っていてこんな呪符を貼ったと推察できた。
「これも仕置きの内って訳か」
了架は自嘲するように吐き捨て、呪文を唱えた。
唱え終わると同時に動けるようになった代わりに空間が歪む。
「結界……?」
景色が一変し、草原のような場所に鬼が佇んでいた。
美しい女性の姿をした鬼に刀を抜いて構える。
鬼が悲しそうに顔を歪めると、背後に殺気を感じて振り返る。
屈強な若い男の鬼が三人、了架に向かって鋭い爪を武器に襲い掛かった。
それを華麗な剣捌きで
すぐさま振り返って突進して来る鬼達を容赦なく斬り捨て、女の鬼に刀の切っ先を向けて立ち止まった。
「……私は斬れませんか?」
女の鬼が無表情に問う。
鬼と言っても角はなく、牙も鋭い爪もない。
それでも鬼だと了架は分かっている。
人には区別できなくとも鬼狩りには鬼だとはっきり区別できる。
それなのに躊躇う自分がいて、了架はその理由が分からなかった。
「……手遅れか?」
了架が問う。
「手遅れです。抵抗致しませんからどうぞお斬りください」
女の鬼はそう言って目を閉じた。
刀を握る手に力を込める。
ゆっくりと息を吸い、それから息を止めて刀を振り下ろした。
無抵抗の女を殺し、肩で大きく息をする。
鬼というより人を殺した気分になり、酷く汚れた気がした。
返り血を浴びないように上手く斬り捨てたはずなのに、頭のてっぺんから足の先まで血に染まった気がした。
「人も……鬼も同じだ」
そう呟いた瞬間、再び空間が歪んで小屋の中に戻っていた。
「……こんなこと、何回やったって同じだ。俺には人と鬼の区別がつかない」
「なら陣って子と一緒にもう一度お勉強し直しやな。善悪の区別がつかん内は仕事させられへんからな」
小屋の入り口に仕事に出掛けたはずの火嶺が立っていた。
やはり火嶺は全てお見通しだったという訳だ。
「なんで俺がここに来るって分かったんですか?」
「わしは一応お前の親みたいなもんやで? 子供の考えなんかお見通しや。で? なんでわしを探っとるん? 鬼のわしが信じられへんか?」
火嶺の様子からまだ匣のことや衰弱死した鬼のことはバレていないようだと踏んだ了架はとりあえず肯定することにした。
「先日鬼の姿のあなたを見て、あなたが半分鬼だというのを改めて思い知った気がしたんです。本当にあなたが鬼狩り側の人間か、確かめたくなっただけです」
「……ま、そりゃ当然のことやな。不安にさせてもうて悪かった。せやけどな、わしら一応家族みたいに一緒に生活してきた訳やんな? 知りたいことあったら直接訊いて直接ぶつかって来て欲しいねん」
「訊きにくいからこういう行動に出たんですよ」
「そっか。それもそやな」
そう呟くように言って、火嶺は俯きながら頭を掻いた。
「ほなら、何でも訊き。わしを信じられるまで何でも答えたる。こそこそされるんは好かんのや。調べたいことあったら何でも調べ。何でも教えたる。せやけど、飯はちゃんと食い。それから拾ったんはお前や。香瑠にばっかり任せとらんとアレの世話はきっちりするんやで? ええな?」
はい、と返事はしたものの、了架はまだ火嶺への疑いを晴らせてはいなかった。
これからは堂々と調べられるし、疑問を口にもできる。
しかしそれは今よりもっと慎重に動く必要があるということだ。
もし火嶺が黒ならこちらの本心や動向が丸見えになるのは避けねばならない。
了架は香瑠と一緒に陣の世話をしながら虎視眈々と計画を練ることにした。
香瑠も純粋な人間ではない。
火嶺が白だったとしても鬼狩りの中に匣に関わる者がいるのは呪術の痕跡から明らかだった。
他に頼れる者がいない今、陣の存在は了架にとって唯一信じられる相手でもある。
仲間に引き入れることができれば。
二月後。
目を覚ました陣に了架は自分が鬼狩りであることを打ち明ける為に鬼を用意した。
火嶺の真似をして邪気を集めて凝縮すると即席の鬼が出来上がる。
鬼といっても人の負の感情の塊なので、一つの感情だけを持ち合わせたモノだ。
子供の姿を取るように呪術もかけた。
が、それでも人でもなく生命宿る『者』でもないが『物』でもない。
鬼と呼ぶが人が変化して成る鬼とも違う。
『
鬼狩りがその技術を身に着ける為に生み出すこともあり、本来の鬼と区別する為にそう呼ぶ。
木偶を自ら生み出しておいて斬ることに了架は抵抗はない。
だが、本来の鬼は……人が変化した鬼を斬ることに抵抗を感じる。
元は『人』だったからか。
ふと鬼を作り出した時にそう納得した。
だが、自分が抵抗を感じる理由が分かったところで、鬼を斬る理由の答えは簡単には出て来なかった。
鬼狩りというものを説明するのは簡単だ。
鬼を見せ、それを斬る自分を見せればいい。
子供の鬼を斬ることで過酷な世界をも説明できる。
陣は絶対的な強さに憧れている。
そういう相手を仲間に引き入れるのは簡単だ。
一緒にいることで強くなれる可能性を見せればいい。
しかし、人の心を動かすのは一時的には簡単だが、持続させるのは難しい。
陣が秘密を共有する相手となるか、敵となるか。
了架にはまだその方法が思いついていなかった。
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