1-4.了架、火嶺を探るのこと

 翌朝、目を覚ますと懐かしい天井が視界に広がり、了架は自分が今どこにいるのかを思い出して目を閉じて溜息を吐いた。


 ここ半年、この家には戻らないと決めていろんな女の家や木の上などを一夜の宿としていた。


 人を斬らず、鬼を斬る理由。


 そこに迷いが生じてしまった以上、仕事はできないと感じていたからだ。

 遊び人を仮の姿としていた了架だったが、ここしばらくはそれが本当の姿となっていた。

 だが、陣という男と会って真っ直ぐに強さだけを求める姿を見て、了架の中で何かが変わった。

 もう一度、鬼と向き合おうという気になった。

 陣という男を通して人を斬らずに鬼だけを斬る理由が見えて来る気がしたからだ。

 だから、彼を手元に置いて仲間に引き入れようとした。

 火嶺は当然反対したが、それでも譲らなかったのはその理由をどうしても知りたかったからだ。

 了架は自分を理解している。

 自分がこの世界でしか生きられないこともよく知っている。

 だからこそその理由を知らなければならないと必死なのだ。


 だが、了架の迷いは火嶺にはお見通しで、その日の夕暮れ時、鬼の姿の火嶺と対峙することになった。


 今まで数え切れない程の鬼を斬った。

 鬼狩りの血を濃く受け継いでいる了架は普通の人とは五感の鋭さも肉体の強さ、しなやかさ、俊敏さも桁違いだ。

 だが、それでも鬼の血が半分流れている火嶺には劣る。

 本気を出されれば確実に殺される。


 火嶺と対峙した時、その圧倒的な力量の差に恐怖を覚えた。

 だが、同時に肉親にも似た感情を抱く相手を手に掛けることへの躊躇いもあった。


 鬼狩りには主に四つの家がある。

 了架が属するのは玄家げんけだ。

 主に鬼狩りの教育的役割を担う家で、鬼狩りの血を引く者はまずは玄家に引き取られ、鬼狩りとして育てられる。

 鬼とは何か、鬼狩りとはどういう役目なのか。

 その基本的なことを学び、そして各家に戻って自身の役目を果たしていく。

 また、玄家は鬼狩りの他の家をまとめる役目も負っており、本家のような存在である。

 鬼狩りの仕事も大きなものを引き受け、各家に仕事を割り振ることもしている。

 だが、火嶺が当主となってからはその立ち位置も少し変わって来た。

 火嶺が人と鬼との間に生まれた子である為、今は白家はくけが本家的扱いとなっている。


 白家は元々隠密活動に優れた家で、情報収集活動と他の家を監視する役目も担っている。

 火嶺と香瑠をあまり良く思っておらず、抜き打ちで現れては難癖をつけて二人を家から追い出そうと試みているが、今のところ全て失敗に終わっている。


 他に呪術や結界に精通した青家せいけ、医術に長けた紅家こうけがある。

 刀よりも呪術と結界で鬼を狩る青家は禁術の研究もしており、他の家からはあまり快く思われていない。

 紅家は近年鬼狩りに消極的になり、医術で以って世に貢献したいという考えに傾倒している。

 元より紅家は鬼狩りの特殊な傷や病を診る専門の医者が必要だった為、鬼狩りの血とは関係なく単なる仲間として加わっているだけだ。

 各地に点在し、鬼狩りだけに分かるように赤い布を入り口に干し邪気払いをして、普段は単なる町医者として生活している。


 鬼狩りの血を受け継ぐ子供は生まれた時からこの四家のいずれかで育てられる。

 普通の子としての生活はなく、鬼を狩る為の知識と腕を磨くことのみを教えられる。

 玄家で生まれ育った了架にとって、火嶺は親も同然の存在だ。

 火嶺が例え半分とはいえ鬼であろうとも了架には火嶺を手に掛けることはできない。

 鬼を斬ることを教えられてきたし、鬼を斬って来た了架でも身内は別だった。


 それを改めて思い知らされ、そしてさらに悩みは深くなった。

 理由ばかりに囚われていたが、迷いはもっと奥深く、もっと単純なものである気がした。

 誰を斬り、誰を斬らないか。

 その基準ははっきりとブレることなく自分の中に在る。

 けれどそれを口で説明できない。

 説明できない以上、まだ鬼狩りとして一人前ではない。

 そう火嶺は鬼の姿を晒してまで示したのだと了架は受け止めた。


 迷いはもう一つある。


 東での仕事で聞いた女の鬼の言葉。

 不思議な匣の話とその匣を与えた人物の名。


 火嶺が匣で何かをしようと企んでいる。

 そうとしか思えない内容だったが、俄かにそれを信じられなかった。


 まずは匣から探るか。


 そう決めた了架だったが、白家の存在がある。

 彼らから聞き出せれば早いが、今は玄家に敵意を向けている彼らがそう簡単に応じてくれるとは思えなかった。

 それにもし本当に火嶺が不思議な匣で何かを企んでいるのだとしたら、了架もその一味と思われかねない。

 それに玄家の鬼狩り一族での立場はさらに悪くなる。

 彼らに悟られずに情報収集をしなければならないとなると、迂闊に行動に移せなかった。


 まずは火嶺の一日を監視する。

 その為に陣を何としても味方に付ける必要が出て来た。


***


 翌朝、了架が起きると家の中には香瑠しかいなかった。

「ジジイは?」

「春日サンなら仕事ネ。しばらく戻れないって」

「ふぅん……なら、俺もちょっと出掛けて来る」

「暇なら手伝ったらどうネ? お前が拾って来たのに餌もやらないって育てるつもりないのカ?」

「飼うのにいろいろと準備が必要なんだよ。それを揃えに行くの」

「どうせイロのとこだろ? 春日サンがよく許したネ。仕事休んでまで世話してやってるってのに礼すらないッ。我儘すぎるネ! 薬も自分で作ればイイッ!」

 やめたネ、と言いながらも香瑠は盆に出来立ての薬と白湯を載せて奥座敷へと向かった。

 その背に「感謝してるって」と了架は言って、外へ出た。


 火嶺が家にいない今が好機だ。

 火嶺は家の中に大事な物は置かない。

 山奥に秘密の小屋を持っているのを了架は知っている。

 正確な場所は知らないが、だいたいの見当は付いている。

 匣そのものがそこにあるとは思えない。

 だが、それに関する何か、もしくはその手掛かりとなる何かがあるかもしれない。

 淡い期待を胸に了架は山中へと走った。


 そして、了架の読み通りの場所に小屋を見つけた。

 炭焼き小屋に毛が生えたようなお粗末な外観と鍵が掛かっていないことに了架は一瞬不審に思った。

 警戒していなかった訳じゃない。

 だが、油断していたのは事実だった。

 そっと扉を開け、薄暗い小屋の中へと一歩足を踏み入れ、了架は固まった。


 目線だけを動かして室内を探り、天井の四隅に札が貼ってあるのを見つけて舌打ちをした。


「術か……」

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