第4話 火嶺

 了架りょうかじんっちゅうガキを連れ込んだ。

 同じ鬼狩りの血ぃ引く子やったけど、凡百の薄い血ぃやった。

 了架が他人に興味持つん、滅多にないさかい、反対しても譲らへんの確認して許してもぉた。

 了架の中の迷いを知ってたから、ついちょっと意地悪してもぉたんやけどな。


***


「やあ」

 息切らせてやって来た了架に笑いかけた。

 びっくりした顔が笑えてん。


「なんでっ」

「仕事や。鬼はわし。半分でも鬼の血ぃが流れとる。お前の仕事の範疇や」

「でもっ」

「身内やからとか問題あらへん。鬼は斬る。それが仕事や」

 真面目に話してみたら、了架の顔色も変わった。

「わしもおとなしく斬られるつもりはあらへん。抵抗するよ?」

 久々に鬼の血ぃを外に出してみる。わしが半分鬼やって、了架に解らせるためにな。

 爪と牙。そして、小さな角、光る金の瞳。

 血が半分やから変化も半分。怒りで心を満たせば簡単に鬼になれる。ちぃとリスクあんねんけどな。

 昼間だというのに、風がちぃとばかり冷たぁ。


「斬らへんの?」

 躊躇ためろうてくれるんは嬉しいけど。

 こりゃ、ちぃとハッパかけるしかあらへんな。飛びかかってみたるか。

 武器は己の鋭い爪だけ。それを紙一重で了架が躱す。躱すだけでちぃとも攻撃せぇへん。


「攻撃せぇへんの? わしは鬼やで?」

「できるかよっ。だってっ」

「だって?」

「あんたは俺の恩人だしっ」

「恩人やろうと恋人やろうと関係あらへん。鬼になったもんは斬る。それが仕事やと教えたろう?」

「でもっ。できないっ」

 戦闘中に剣を捨てるてどゆことや? 普段、なぁんも興味ないみたいな顔しとるくせに、なんや泣きそうな顔して。

 了架も人の子やねんな。

「……やっぱお前にこの仕事向いてへんなぁ」

 動きを急に止めるさかい、つい爪が了架の肩に触れてもぉた。わしの爪は掠っただけでも意外と深い傷になる。

 了架の肩口の傷に人の姿に戻ってもぉた。

 ちぃと悪戯が過ぎたか。


「ったく、ホンマに強情な子やね」

 そう笑って誤魔化した。血の匂いに鬼の血ぃが反応しとった。普段、大量の血を見てもなんとも思わへんのに、了架の血にはちぃと酔いそうや。

「誰もが通る道や。悩めへん奴ならここにおらん。理由なんかな、己の心一つで充分や。経験が答えを出してくれる。鬼を逃がしてどうなったか、自分の目で確かめてみぃ。鬼に情を移した結果を見てみぃ。それで鬼が何か分かるやろ。共に生きることができるか否か。せやけど、絶対に奢っちゃいけんよ。鬼の命運を自分が握っとるなんか思わへんことや。わしらは神サンやない。そんな大それたモンやあらへん。自分を守るンで精一杯の非力なモンや。そのへんをわきまえて剣を握りや。戦いの最中に剣捨てるなんか言語道断やで?」

 何説教しとんのや、自分。そっくりそのまんま自分に説教しとるみたいやないか。笑えるわぁ。


「すっきりしたやろ?」

 試されたん知って、憮然としとる了架やったけど、わしの意図するとこはなんとのぉ分かってくれたみたいや。

 今はまだ漠然としか分からへんやろうけど、いつかわしと同じような思いをせんとあかん時が来るやろ。同じ思いなんか味わわせとうないんやけど、それが鬼狩りやるモンの運命さだめや。

「自分の心にギリギリのところで向き合ってみる。一番大切なことや。剣を握れるな?」

 了架は強う頷いた。

 まぁ、今日のところはこんなもんやろ。


「でもな、いつかは大事な人に剣を向けんといけん時が来る。それも分かっといてぇな」

 今までどれだけの大切な人をこの手にかけてきたんやろう?

 どれだけの血に濡れてきたんやろ?

 生まれながらの鬼ちゅうのは稀や。人が鬼に変わるんが大抵や。

 なんで人は鬼になってまうんやろなぁ。

 鬼を斬るんも、人を斬ることやって、いつか気づいてまう時が来るんやろな。

 そんで、なんで自分はこんな道歩いてんのや? って考えてまう時が来るんやろな。

 そんでな、なんでこんな道に陣を引き込んでもうたんやろ? って思う時が来るんやろな。

 わしが今、なんで香瑠を斬らんかったんやろって、なんでこんな道に連れて来たんやろって、思うてるようにな。

 斬ってやる方が救いだってこともあるんや。

 わしはそう思うことにしてる。

 自分の心を軽くするためにな。

 了架、お前をこんな道に連れてきてもうた。


 いつかわし、怨まれるんやろか。

 いつかわし、誰かに斬られてまうんやろか。


 狩られるなら多分、了架。お前にやろな。

 そんで、お前の心のおもりになるんやろうなぁ。

 嫌やけど、それがわしらの運命や。

 諦めて受け入れる準備、させとかなあかんなぁ。

 それくらいしかわしにはでけへんよって。


 堪忍な。

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