17「戻っているの?」
「ユーゴ君!」
穂波が叫んだ。
「わかってるよ!」
ユーゴがミハエルを見たまま穂波の方向を見ずに返す。
「兄ちゃん、ここは一時休戦だ。共闘と行こうぜ」
「共闘ですって?」
「とりあえず、アレを止めるのが先だ。このままだと街ごと破壊されちまうよ」
背中から羽を広げ、全身を青い光で包まれている唯をミハエルが見る。
ユーゴがヴァンデッドを手元に引き寄せた。
「止めると言っても」
「使節はどうするつもりだったんだ?」
「ああなる前に」
切り捨てる、それが使節の方針だった。
「だろうな」
ユーゴもその続きを察していた。
「こっちもおおよそ同じ」
「そうですか」
ミハエルが剣先をユーゴから叫ぶ唯に切り替える。
「急くな、兄ちゃん」
「しかし」
「あれ、兄ちゃん一人でいけると思うか」
「できるかどうかは問題ではありませんね」
「最悪の方針としては同じ、だが。こっちの戦力は基本的には自分と課長だけなんだけど、課長はそんなに戦闘向きじゃない。まあ、自分は死なないわけだから、時間をかけて押し切るわけだけど」
「押し切れるんですか?」
「いやあ、どうだろうね」
「でしょうね」
敵同士ながら、二人の意見は同じ方向を見ていた。
二人の能力では、彼女を押し留めておくのはほとんど不可能といってよかった。それは先ほどの戦闘でもはっきりしている。
「元々は『人形』が押し込む予定だったんだが」
「ああ、あれですね」
二人がコンクリートの上で倒れている美咲を見る。
「あの人形にそれほどの価値が?」
「ガワとしては99%完成されていたんだ。あれでも課長の知っている人形製作士の腕は抜群でね。あとの1%を埋めるだけで良かった」
「ユイさんに残っている彼女の力ですね」
「そういうこと。上手く接触をして、残った魂を奪えば、その瞬間に魔法が発動して第六を取り出して閉じ込められるはずだった。ただ、予想していたよりも拒絶反応が強かったのか、それとも彼女に何かがあったか」
「それで、今は」
失敗したにしては、ユーゴはあまり焦っている様子はない。
「ただ、まあ、もう策がないわけでもない。課長の言っていた次の作戦というヤツだ」
ユーゴが穂波の横にいた女性に声をかける。
「東雲さん!」
「はい」
無機質に返事をした東雲の両手の上にはバスケットボール大ほどの球体がふわふわと浮いていた。
球体には青白い鏡のようなものが貼り付けられていて、霧の隙間から射し込む月の光を受けて乱反射をしていた。
「なんですか、あれは」
「宝物の一つ。『偽天蓋の檻』、そいつを使う」
ミハエルの質問にユーゴが答える。
「まあ、モンスターボールだと思ってくれればいい」
ユーゴの言葉に、眉間に皺を寄せる。
「なんだ知らないのか、まあいいか」
ユーゴがどうしようもないと言ったように軽く肩をすくめた。
「魂を閉じ込める檻だよ。この際肉体は諦めることにして、概念だけを閉じ込める」
「概念?」
「そりゃそうさ、あんたたちもこっちも、彼女の肉体に用はない、そうだろ。欲しいのは、あの概念としての力だ」
「そんなことは」
ない、と言い切りたかったが、使節の命令はそうだし、唯と知り合う前のミハエルもそう思っていた。
「まさか、情でも移ったか、兄殺しのお兄ちゃん」
「彼女は、大切な仲間です」
「いいね。だけど、もう諦めな、あれはもうあんたの知っている彼女じゃない」
「そうしたのは貴方たちです」
「まあそうだね」
ミハエルが口から流れる血を拭った。
「それで、どうするのですか?」
「まず、徹底的に弱らせる。物理的に、だ。もう魔法は効かないと思っていい」
「弱らせるって、どうやってですか」
さも簡単にできるかのように言ったユーゴに、ミハエルが小さく肩をすくめた。
「そりゃ、今は二人しかいない」
ユーゴがミハエルを指さした。
「……そうですね」
「それじゃあ、行こうか兄ちゃん。申し訳ないけど前衛はそっちだ。上手く成功したら、続きはそのとき考えよう」
「わかりました。援護を」
二人が軽く意思確認をして、ユーゴと唯の間にミハエルが位置を取る。
「そりゃ」
遠距離からユーゴがナイフを数本唯めがけて投げる。
刺さったと、思ったナイフが溶けていった。ナイフごときでは皮膚さえ傷をつけることは叶わないらしい。
「なら。打ち据えろ」
ヴァンデッドに指示をする。先端が命令通りにしなり、唯に向かって伸びていく。真上から唯を叩きつけようとした。
「おいおい、マジか。もど……」
唯は視線を動かすことなく、ヴァンデッドを左手で捕まえた。
「おっ?」
手元に戻るように命令しようとしたが、その前に捕まえられたヴァンデッドを引かれ、ユーゴがバランスを崩す。
「おおお?」
何らかの力がかかり、ユーゴの身体が宙に浮く。
「兄ちゃん!」
身体の自由を失ったユーゴがミハエルに叫ぶ。
無言で返したミハエルが唯に向かって駆け、背後から剣を振るう。
完全に視界外からの攻撃だったが、唯はそれに反応し、ミハエルの剣を空いている右手で掴む。ミハエルが驚くまでの時間もなく、剣ごと地面に叩きつけられた。
「ぐふっ」
捕まえている力が緩められた隙を使い、ミハエルが後ろに跳ねる。
頂点を超えて自然落下をしていくユーゴが姿勢を正そうとしたが、横になった段階で唯にヴァンデッドを振られ、コンクリートビルの二階に全身がぶつかる。
「怪力っていうか……」
ユーゴがずりずりと身体が落ちていく。
「繰り返すけど、痛くないわけじゃないからな」
よたよたとユーゴが歩いて、ミハエルの横につく。
「奇遇ですね、私もです」
「軽口叩けるようなら、まだまだ」
「さあ、続けましょう」
「あいよ、死ぬなよ兄ちゃん」
長い数分が経った。
ミハエルの体力はもうすでに使い切り、マイナスに振り切れていた。
戦況は徐々に悪化していた。
ユーゴの攻撃もミハエルの剣も唯の両手に防がれてしまう。単純なナイフでは、刺さる前に青い光で溶けきってしまう。
「キリがないな。兄ちゃん、せめて腕の一本でも切り落としてくれないと」
「無茶言わないでください。そちらこそ、せめて動きを止めてくれませんか」
「そう言われてもなあ」
ユーゴが頭を掻く。
「じゃあ、一回だけ」
そう言ってユーゴは自分から手綱を離した。
自律したヴァンデッドがうねうねと動いて全体が蛇のように地面をスライドしていき、唯の足に先端が絡みつく。
「包みこめ!」
ヴァンデッドが先端を起点にして、ぐるぐるとまとわりついて全身を拘束していく。
「兄ちゃん今だ、何秒持つかわかねえ!」
ユーゴの合図でミハエルが駆け、唯との距離を詰めた。
「ユイさんすみません!」
唯は顔以外の全身にヴァンデッドで包まれて、その動きを止められている。両腕を動かして、剥がそうとしているが、まだ振りほどけるようには見えない。
「離れろヴァンデッド!」
ユーゴの声で、唯の全身の拘束が解ける。
ミハエルが縦に剣を振るう。
「馬鹿野郎! しっかり狙え!」
ミハエルが狙いをわざと外したと思ったユーゴが叫んだ。
ミハエルの剣は唯を縦に切り裂くことはなかった。
剣は唯の右肩に食い込む。ミハエルは力を込めるが、それ以上、下には進まない。剣を引き抜こうと唯が左手で剣を掴む。
「ユイ、さん」
ミハエルが唯と目が合う。
その瞳はただ虚空を見ているだけだった。
「兄ちゃん!」
ユーゴの声にわずかにミハエルの反応が遅れる。
唯がミハエルの剣を左手で抜く。血は流れない。剣を掴んだまま、ミハエルを空に放り投げた。
「今だ東雲さん!」
「展開します」
遠くにいた東雲が両手で包んでいた球体を高く掲げる。
輝く球体は東雲の頭の上で、十メートルほど上昇した。
「封印します」
東雲の言葉によって、宙を浮く球体に裂け目が入り、それぞれの欠片に分かれた。欠片は巨大な球体となって唯を囲み出す。
異変に気が付いたらしい唯がそこから逃れようと球体の欠片の隙間から上に飛び出そうとするが、何かに弾かれて、地面へと落ちる。
「よし、こっちの作戦は成功した」
穂波が小さくうなずく。
「収束します」
唯を包みながら欠片が集まり、一人を包むにちょうど良い大きさになった。そこで欠片が大きくなり、球体に戻った。
唯の姿は完全に球体に包まれて見えなくなった。
「これで、どうなるんですか?」
「問題なければ、球体が小さくなって封印が成功するはずなんだが……」
ミハエルの疑問にユーゴが答えた。
球体は最初と同じ大きさになって、地面にコロンと転がった。中に人間が入っているとは思えない大きさだ。
動く様子のない球体を穂波が取りに行こうとする。
「それじゃあ」
「ちょっと待ちなさい薫!」
回収しようとした穂波を里見が制止した。
「僕たちの道具だ。僕たちが使わせてもらう」
穂波が唯入りの球体を拾う。
「課長! 逃げろ!」
ユーゴが叫んだそのとき。
「ぐ、ぐあああ」
球体の中から声がした。
そして球がパリンと弾けた。
方々に球体の欠片が飛び散る。反射的に球を離して後ろに跳んだおかげで穂波は致命傷を外したが、いくつかの欠片が全身に突き刺さる。
「ちっ」
中からうずくまったままの唯が姿を現す。
全身の青みは更に増しているようだった。
「ニヒヒ、打つ手なし、だな」
曖昧にユーゴが笑った。
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