11「戦っているの?」

 ミハエルは少年との距離を取る。

 霧の中で、ミハエルが視認できる距離は、僅かに二十メートルほどしかない。少年の動き方からして、魔術師タイプではないだろう。気配は薄く、ミハエルが無心を使ったのとさほど変わらない。それでも、読み取れる範囲では、混血とも違うようだ。形は違えど、ナイフを扱う単攻撃型、つまり、自分と同じ騎士タイプと見て間違いなさそうだ。

 であれば、シュヴァンデンの技である、異能力を弾く『排除』の価値はない。

 能力の差はわからない。

 ミハエルは、自身の力を過信していない。外見上、年齢に差があったとしても、それはリーチが違う、程度でしか認識されない。

 ともあれ、差があったとしても、今ここで差を埋める必要はない。命のやり取りは一度のみ、そのとき、勝てばいいだけだ。

 ただ一度、全力で斬る。

「こないならこっちからいくよー」

 少年は無手で、右手をひらひらと振る。

 形式番号133

 コードを命令にし、ミハエルは剣を構え駆ける。

 離れた距離を一気に詰め、リーチを活かした打突。踏み込み一歩で剣が届く。あの投擲の速さから計算して、運動能力自体はほぼ互角、ミハエルは少年が後ろに退くと思っていた。それが戦闘の基本だ。だからこその二撃目で更に奥を突く。致命傷にはならなくても、完全に避けることはほぼ不可能。人であれば、シュヴァンデンの攻撃速度に勝る者はいない。

 速さは、シュヴァンデンが極めたもの。

「なっ!」

 そこまで、計算して、ミハエルは結果に驚いた。

 無傷なら、それはそれで、次に打つ手を用意していた。

 受け止められたなら、引くこともできた。

「あーいってー」

 まさか、全て入るとは思っていなかったのだ。

 少年に体には、ミハエルの剣が深々と突き刺さっている。鮮血は滴り、見るからに重傷としか言いようがない。

 放っておけば、出血多量で死んでしまうだろう。

 もちろん、ミハエルは入れるつもりで攻撃をした。だから、この結果は間違いではない。間違いではないからこそ、違和感を拭えない。

 何故この少年は、これほどまでに適当な表情なのか。

 痛いとは言いながら、苦痛に顔をしかめてはいない。

「でー、もう終わり?」

 少年は、刺さったままの剣を掴んで、ミハエルの側に押し返した。

 そのまま追撃をすることを避けて、ミハエルは彼の体から剣を引き抜いて、跳ねて後ろに退く。

「こんなもんか」

 腹部を押さえて、少年は自分の血を眺めている。

 見る間に、彼の傷は修復され、元に戻っていく。

「こん、けつ?」

 ミハエルが呟くが、その思考は間違っていることにも気が付いている。混血にしても、回復が速すぎる。異種並みといっても過言ではない。それに、ミハエルのレイディアントは純ミスリル製、加えて、能力を上げるための紋まで刻まれている。

「化け物扱いしないしない」

「これが化け物でなくて、何なのです」

 忌々しげにミハエルが一人ごちる。

 人間の回復力では当然ない。

 楽しそうに、少年は左人差し指をチッチッチと振る。

「それじゃ、攻め攻めっと」

 右手をかざした。

 すると、今までなかったはずの、柄のない刃が、三本握られていた。

「そりゃ」

 掛け声とともに、三本を同時に投げる。型に嵌まっていない、適当な投擲は、確実に、ミハエルのいた場所に刺さる。ミハエルは、その前に右に避けていた。直線攻撃で、間合いがあれば、ミハエルであれば避けるのはたやすい。

「ありり」

 ミハエルには不可解な声を上げて、首を捻っている。

「これは、ミスリルですか」

 コンクリートに刺さるナイフを見てミハエルが言う。コンクリートに刺さる時点で、彼の力は相当なものである。

 純ミスリルではないが、高純度であることは、その反射光でわかる。それを投げられるということは、異種でも混血でもない証拠だ。

「まだまだ」

 少年は無限とも思える量のナイフを繰り出す。出しては無造作に投げ、そして手を振り上げれば既に指の間に挟まっている。

 出所など考える余裕も与えようともしない。

 ナイフが尽きるのを待つ、という選択肢はない。

 ミハエルも、一つ、また一つとナイフを避ける。

 速度は速い、投擲も正確だ。

 それでも、ミハエルには直線で、しかも見えるナイフなど、オモチャに等しい。

 防御がない円舞でも、戦いは計算であるシュヴァンデンならば問題はない。彼らが主に戦っているのは、攻撃方法もわからない、動きも見えない、混血なのである。

 攻撃が正確であればあるほど、その実避けるのはたやすくなっているのだ。

 ナイフが地面に刺さり、またその他は霧の中に消えていく。その度に、ミハエルは少年に近寄っていく。

 ミハエルの十二歩目、ナイフも十二投目、互いの距離は、一メートルまでに縮まる。

「ちぃ!」

「遅い」

 ミハエルは、下からの斬り上げ少年の左腕を肘から斬り落とす。衝撃を与えられた腕は、藁を引きちぎるように、軽々と宙を舞っていく。たとえ、少年が規格外であったとしても、失った腕がまた生えるはずはない。

「てめぇ、いてーよ!」

 笑いながら、少年は出血する左腕を右手で抑える。

 しかし、この少年の余裕は何だろうか。

 斬られた腕など、まるで興味すらないかのように、その方向を見もしない。痛みも感じているのか、それすらもわからない。

 今までミハエルが出会った、どんな種類の敵よりも、彼は異常だった。

 ミハエルの違和感は、案の定、結果として現れる。

 飛んだ腕は、いつの間にか、真実新しく生えてきたとでも言いたそうに、少年の肘に張り付いている。落ちた腕が戻ったのか、地面には何もないが、霧のせいで見えないだけかもしれない。

 少年は両腕を振って、何かおかしなことでもあったか、とミハエルに聞くような表情だった。

「復元魔術ですか?」

 復元魔術とは、物体の損傷を時間軸に従って、かけられたその地点まで修正する高等魔術の一種だ。多くは一度きりの発動しかできないが、能力の高いものならば、数回戻すことも不可能ではないとされている。

「ハズレ」

 飛んでくるナイフをかろうじて避ける。

 それは当然。

 復元魔術は、時間の修正であって、概念の修正ではない。魔術によって刻み込まれるのは、時間という固定点と、破損するという仮の認識でしかなく、必ずしも『機能を戻す』わけではない。もっと原始的な復元であって、複雑な機械仕掛けに通用するものではない。魔術自体の完成が、比較的古い時代であったため、そこまで考えが回らなかったからかもしれない。

 だから、復元魔術は、何よりも複雑な機械体である、生命には効かない。もし効くとしても、場合によっては生き返らせることも可能である、という意味でもある。それは、不能であるともに禁忌の部類である。単純な生命体ですら不可能なのに、人間に効く道理はない。

 非常に有名な魔術であり、不能と禁忌の説明に最も適しているとさえ言われている、作用と結果が知られすぎている魔術、それが復元魔術なのである。

 こんなことはあってはならないはずだ。

 しかし、ミハエルが少年に見ているのは、まさに復元魔術のそれである。

「貴方、一体何者ですか」

 痛みを感じないのであれば、薬でも魔術でも意識でも、難しいことではない。

 死ににくいのであれば、いくつか魔術による方法はある。

 回復しやすいのであれば、自己治癒能力を高めたミハエルにも可能だ。

 ただ、どんな方法でも、『戻す』ことは不可能だ。

「そっちから名乗るのが筋ってものもの、まー、知っているけどねー」

 少年は、そこまでを言って、大きく息を吸い込んだ。

「ミハエル=フォン=シュヴァンデン、使節所属の騎士団の一つ、シュヴァンデン騎士団の次期総長候補、継承の儀で自分の兄さんを殺して、呪われた聖剣レイディアントの所有者」

 一息で、暗記したような長台詞を言う。

 少年は、満足げに腰に手を当てている。

「それ以上、言うことはありませんね」

 全ての言葉を認める。

 どこにも、嘘偽りなど含まれていない。

 兄を殺したのも、レイディアントが呪われているといわれるのも、全く、揺るぎようもない真実。

「さて、貴方はどんな『化け物』ですか?」

 皮肉を込めて、ミハエルは少年に向き直す。

 その皮肉の意味がわかっているのかどうかもわからない、といった雰囲気で、少年はまたもどこからかナイフを取り出す。

「ユーゴ、ユーゴ=トゥホルスキー、使節的に言うなら、種類は人間」

「なんて、嘘を」

 彼は、自分は騎士ですらないと言う。

 確かに、これだけの常識破りな戦い、性質で、騎士だと信じるのには無理がある。無理はあるが、何の修行もしていない人間だという説明よりは、少しは真実味がある。

「嘘でしたー」

 今度は、ケタケタと笑っている。

 笑い方を、自分で決めているようだ。

「てのも嘘でしたー」

 本当に、彼は楽しそうだ。

「嘘の嘘は本当かな、どうかな?」

 笑いながら、空中からナイフを取り出す。

「ただ、ちょっと生きすぎたかな。かな?」

 生きすぎている。

 それが、どの程度を示すものなのか。

 見た目なら、十年やそこら、決して、二十年以上を生きているようには見えない。

「そーね、三百年くらいから数えるの止めちゃった、それからーえっと、どれくらい経ったっけ? 知らない?」

 ユーゴは楽しそうな声でミハエルに聞く。

 真実かどうかは、既に曖昧だ。

「あーでもでも、使節はあったよ、だから千年は経ってない」

 ミハエルのデータベース、つまりは使節が保有しているデータベースに、このような奇想天外の人物は登録されていない。彼の名前が偽名だという可能性は高いが、それでも、これほどの奇妙種なら、伝聞されていてもおかしくはない。

 ミハエルは、距離を取る。

 距離を取っている限り、相手が攻撃をしてこないようだ。それが、上からの指示なのか、彼の能力の特性なのか、それともただの気まぐれか、判断はできない。

 速いと言っても、二十メートルの距離ならナイフを避けることは可能だ。

 近距離専門の自分では、この距離外からの攻撃に相手がどう反応するのか。

 それでも、彼は、ここから離脱することを許すことはないだろう。

 戦いの前の言葉から、彼が、自分と戦うことが仕事のはずだ。

 それにしても、とミハエルは自問自答をする。

 異種でもないのに長命で、

 混血でもないのに回復力に優れ、

 騎士でもないのにナイフでミハエルと渡り合い、

 魔法士でもないのに復元魔術じみた行為をする。

 まさに、無敵。

 これ以上のないほどに、デタラメで原則を無視し放題だ。

「そうそうー、百年前くらい前にもシュヴァンデンの騎士に同じ質問をしたんだけど」

 ユーゴが、親しげにミハエルに言う。

 もはや真実かどうか、どちらでも良いことだ。

 数百年の時を生きているのであれば、彼の言うように、彼の先祖であるシュヴァンデンの誰かに会ったとしても、不思議ではない。

「ねぇ、自分の身内を殺すってどんな気分?」

「黙りなさい」

 ミハエルが、言葉でユーゴを斬る。

 ふてくされた様子もなく、相変わらず、ユーゴは笑っている。

「なになに、良心のカシャクとかあったわけ?」

「黙れ!」

 型もコードもなく、ミハエルは疾走をする。速度は人外に対抗をするだけの領域、人間が持ちえる、最高の直線で、ユーゴに向かう。

 ユーゴは、笑い顔を止めない。

 どこからナイフを出しているのかはわからないが、この距離なら、投げる暇はない。そう判断をして、ミハエルは真上から彼を竹割りするかのように、振り落とす。復元が出来るといっても、部分的なもののはず、頭から二つにすれば、致命的になりうる。

 しかし、またもミハエルの予想は外れる。

 剣は、ユーゴの目の前で止まっている。

 ミハエルの剣を、一本の筋が受け止めていた。

 反作用の衝撃すら、ミハエルには伝わってこなかった。

 完全な停止である。

 直径が一センチ強しかない、数本のワイヤーをねじり合わせたような、黄金に光るロープを、ユーゴは左手に二重に巻き、右手で伸びた先を掴み、正面でピンと張っている。

 それだけで、ミハエルのレイディアントを止めているのだ。

「ひょっとして、ナイフしかないと思った?」

 二人の顔が付きそうなほど距離で、ユーゴはニヒヒと笑う。

 ユーゴの腕力は人外の数値だとしても、レイディアントは宝物の中でも第三位、謂れはどうであれ、聖剣に属する武器だ。本来が対異種用の武器だとしても、単なる武器で、振り下ろしたレイディアントを止められるほど弱い威力ではない。武器で勝負をするのであれば、最低限相手が持つものも同クラスの武器でなければいけない。

「それは、『ヴァンデッド』ですか」

 ミハエルは、その武器に心当たりがあった。むしろ、自分の武器に真正面から対抗するものなど、数えるほどしかない。実際に姿を見たことがなくても、その特徴的な形で、かつレイディアントを防げるもので、ミハエルが知っているのはそれだけだった。

「さすが博識の騎士様」

 ユーゴも、ミハエルの読みを認める。

 通称をヴァンデッドという宝物、正式名称はヴェルヴェティ・ヴァンデッド・ライン《柔編なる糸》という。

 長いロープのような形状をしているが、クラスはレイディアントと同じく第三位の宝物である。

「そんなものの持ち主が、日本にいるとは」

 ミハエルが後ろに跳ねる。そこから更に間合いを計り、ユーゴの姿が霧に霞むほどまで下がる。剣を正面にするが、ユーゴは何もしてこない。

 ミハエルが信じたくはない、という口調で、ユーゴに言うのは事情がある。

 それは、ミハエルが生まれるよりも遥か昔、五百年ほど前に完全に破壊された、と使節では認定しているからである。もちろん、それを鵜呑みにする理由もない。事実、彼の知り合いが持つ、第二位の聖遺物である『ロンギヌス』などは、永久に消滅したと思われている。

 しかし、ミハエルにとって、見たことのあるロンギヌスよりも、もはやおとぎ話くらいの認識しかなかった武器が、今目の前にあるのである。

 本当に、ユーゴはあの時代から生きているのか。

 ミハエルは、その可能性を上げる。

「借り物だけども」

 ユーゴが、ヴァンデッドを垂らす。その長さは、三十メートル強、この霧の中でミハエルが視界を保つ距離とほぼ同じである。

 これは、相当にマズイ。

 ミハエルは、その武器の性能を知っている。

 その上、レイディアントとヴァンデッドでは、絶望的なまでに、相性が悪い。

 性能が伝説通りであれば、剣で勝つ方法はない。

「それじゃ、いっくよー」

 ヴァンデッドを、ムチを構えるように上に、ではなく、左手を下ろした。

 一見攻撃の意図がないようにも見えるが、ミハエルは、それが正しい使い方であることを知っている。

「走れ、ヴァンデッド」

 ユーゴが、告げる。

 ミハエルが目視するよりも速く、黄金のロープは、彼を打ち払う。空気を切る音も、ミハエルにぶつかる音もなく、あたかも、音速以上を誇示するように、無音でミハエルを叩き地面に落とす。

 ミハエルに痛みはほとんどない。

 無心で既に痛覚を遮断しているとはいえ、損傷状況はわかる。第三位の宝物指定を受けている武器の割りには、常人には大きすぎるが、ミハエルを含む鍛錬を積んだ騎士にとってはダメージが小さすぎる。

 ゆっくりと立ち上がる。

 伝説通り、ヴァンデッドに殺傷能力はない。

 ゼロではないが、これだけで人を殺せる機能はない。

 魔法士でも、数撃受けただけでは致命傷になることはない。衝撃で吹き飛ばされたあとの着地が問題になるくらいだ。

 射程に入ったものを、単純に打ち据える。

 ただそれだけの、武器。

 敵を倒すためではなく、敵を近づけないという機能に特化した伝説上の武器であり、そのために創られた宝物だ。

 ミハエルの知る物語の世界では、『誰も傷つけたくなかった男』がそれを実行するために、知り合いの魔術師に創らせたという。

 武器でありながら、鉄壁の防御を誇る。

 威力はなく、距離を取るためにしか利用できない。

 伝説であれば、魔法すらも打ち落とす。

 だからこその、神速。

 だからこその、無音。

 ミハエルは攻撃をしない。

 距離を目測する必要もない。

 どうしても、相手の傍に行かなければミハエルは攻撃をできない。ここまで離れて攻撃をする手段を持っているわけではない。

 これほどまでに長い武器であれば、戻りのロスが大きいという鉄則がある。持ち手の一瞬の判断が、武器に伝わる時間を致命的な長さにする。その危険性を孕んだ上で、遠距離型の武器は成り立っているのだ。

 しかし、ヴァンデッドは違う。

 持ち主の力量はもはや無関係。

 ヴァンデッドには、ただ命令をするだけでいい。

 それだけで、それは実行をする。

 ヴァンデッドは、世界でも数少ない、自律行動型の武器だ。

 持ち手の意思を伝えることで、起動を開始し、命令が終わるまで、行動を止めない。止まるのは、持ち主が停止するという命令をするか、武器が壊れるか、持ち主が死ぬか、のどれかである。

 武器が勝手に戦うため、長手の武器の弱点である、判断のロスが存在しないのだ。持ち主に対するフェイントなどは意味がない。命令を実行しているだけの機械に、物理的なフェイントをしても仕方がない。

 加え、ユーゴは右手が空いている。

 ヴァンデッドの隙間から、ナイフを投げることも可能だろう。

「こないの?」

 ヴァンデッドは範囲外には攻撃を仕掛けてこない。ナイフでも避けられる。

 威力がないヴァンデッドで打たれ、バランスを失った瞬間、ナイフが飛んでくる。非常に効率の良い攻撃形態だ。

「本当は使いたくなかったのですが」

 このままでも、ミハエルは負けない。負けないが、勝つことはない。一刻を争う今では、全くの無駄な時間を費やしてしまうことになる。

「んーなに?」

 それが、ミハエルに時間を使わせることが、彼らの目的なのだろう。

 現実的な問題として、ユーゴでは、ミハエルの勝負にならない。ナイフを速く投げられるといっても、それだけだ。距離があれば、避けられる。近くても、致命傷になる攻撃を受ける前に、相手の眼前に立てる。そうすれば、ナイフと剣、一撃の重みが重要になる。どのような肉体の損傷でも元に戻るとしても、刹那でも回復に時間がかかるというのなら、修復の間も与えることなく攻撃を与えることも、その隙をついてこの場を切り抜けることもできる。

 そのためのスピードが、ミハエルにはある。

 しかし、これでは、近づくことができない。

 風をも斬ったと感じさせない速度と、それゆえの無音が相手では、人の動きは比較にならない。近づけなければ斬れず、近づくことは不可能、それは、このままでは体力が尽きるまで続けるしかないということを意味している。

 事が終わるまでのただの時間稼ぎであることは明白だった。

「では、少し、本気を見せましょう」

 だから、状況を打開するには、このままでなくせば良い。

 あくまでも、シュヴァンデンは速さの騎士だ。

 全ての無駄を削り取り、計算式を事前に組み上げ、戦いの状況を逐一情報として取得し、次の攻撃に生かす。

 重みを足す攻撃など存在しない。

 ゆえに、彼にできるのは、速度をどれだけ上げられるか、である。

 幸い、今は、敵しかいない。

「これが、身内を殺してまで手に入れたものです」

 剣を下ろして、コンクリートに突き刺す。

 胸に手を当て、強く、自分の心臓を意識する。

 全身の血管という血管を意識する。

 頭に血を上らせるのではなく、頭から血をこそぎ落とすイメージを作る。

 シュヴァンデンが誇る、思考という思考を排除する。

 冷静ではなく、残酷。

 熱意ではなく、狂気。

 自分を殺す、最たる機能。

 シュヴァンデンの直系だけに許された、唯一のコード。

 いや、もうそれは、コードとすらも呼べないものだ。

 形式番号ゼロ

 自分が、最後にできるコードを入力する。

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