12「入っているの?」

「唯ちゃん!」

 霧の中、里見はミハエルから離れて、一人で唯を探していた。濃淡の差からこの霧の中心地を予測することはできるが、霧に紛れてしまった唯を見つけることは、不可能に近いことに思われた。エーテルで構成されている霧のために、唯の姿をエーテル視によって探索することができない。加えて唯は不安定な存在そのものだ。

 焦っている。

 その意識だけが里見を覆いつくそうとする。

 このためだけに、わざわざエーテルで霧を編んだのではないだろうか。

 その可能性は十分にある。

 だとすれば、分断されてしまった段階で、彼らの思惑通り、ということだ。

 穂波が用意をした、唯への交換条件。

 それくらい、予測をしておくべきだった。いや、べきだった、というわけでもない。予測をして、どこかでそうでなければいいという逃げの思考があった。

「やあ」

 里見の目の前に穂波がいた。

「ようこそ、ワンダーランドへ」

 貴方の仕業ね、といまさら里見は言わなかった。

「どうするつもり?」

「どうもこうも、引き抜きが失敗したんだ。今度は強引にいただくだけさ」

「強引って。まさか、唯を目覚めさせるつもり?」

「そのつもりだよ」

「そんなことをして、タダで済むと思っているの!?」

「もちろん、それなりの準備はしているさ」

「準備って薫」

 第六が目覚めて、どうなるのか、里見もよくわかっていない。使節だってわかっていないだろう。だからこそ、慎重にことを運んでいた。

「まさか、あの人形を?」

「人形? ああ、そうだね」

 看破した里見に、穂波に意味深なことを言う。

「ただの人形じゃない。ほとんど、人間だ。そう、人形と人間を分けるものはなんだと思う?」

「所詮は肉体は魂の入れ物、人形はその入れ物にはなれる。それ以上になれない」

「模範的な回答だね。じゃあ、その入れ物に、魂を込めることができたなら?」

「そんなこと、できるわけがない」

 人間を一から創る魔術は存在しない。それは魔術に携わるものなら誰もがわかりきっていることだ。

 もちろん、研究をしているものがいないわけではない。

「できたなら、の話だよ」

「そんな言葉遊びをしている時間はないわ」

 里見が懐からペンを取り出した。

「まあ、とくとご覧あれ。じゃあ、始めようか」

「薫!」

 穂波がビー玉を転がす。

「全ての命題は等価値である。

 世界の意義は世界の外になければならない。

 世界の中では全てはあるようにあり、全ては起こるように起こる。

 世界の中には価値は存在しない。

 仮に存在したとしても、それは些かにも価値の名に値するものではない。

 価値の名に値する価値があるとすれば、

 それは、生起するものたち、かくあるものたち全ての外になければならない。

 生起するものも、かくあるものも、全ては偶然だからである」

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