7「伝わっているの?」
とても、静かだった。
三人はそれぞれの言葉で、それぞれが体験した事実を寄り合わせた。唯の事実は、残った使節の二人にとってはさほど重要ではなく、紙の上でなら承知済みだった。それでも、彼らは唯の時々詰まる声に対して何も言わず、黙って座っていた。
「それじゃ」
唯は、揺れる頭の中から、必死で言葉を組み立てていた。髪の毛はくしゃくしゃで、いつの間にかピンは床に落ちていた。
「それじゃ、美咲のところに私がいたからじゃなくて、最初から、私を襲ってきたから、美咲は」
唯は、敵の狙いが継承者の美咲だと思っていた。
里見が、この一年間以上、そう教えていたせいでもあり、自分は全くの被害者なのだ、とどこかで思いたかった部分もあったのだろう。
だが、実際は違っていた。
里見達使節の情報を信じるのであれば、何らかの理由で第六元素保有者、つまりは唯の存在が明るみになり、その正体を探って、他の機関や異種が調査をしていたのだ。最初に発見したのが使節であれば、神楽との交渉もしただろうが、運の悪いことに第一発見者は異種であった。
彼らにはさらうか殺すか、食うか、その選択肢しかなかったに違いない。そしてその保有者の側にいる存在が、彼らの天敵とも言える継承者である、戦闘は避けられなかったのだろう。
「否定はできないわね」
「はっきり言って!」
赤く腫らした瞳で、唯は里見を見上げた。涙は止まっていたが、お世辞にも人前に出るような顔つきではなかった。
里見は表情を変えず、腕を組んで唯を見ている。
「私はそうだと思うわ。彼女が神楽として一帯の処理をしていたのは事実でしょうけど、それがこうも偶然と重なるとは思えない。唯ちゃんを守るために、彼女は戦ったんでしょうね」
淡々と、感情を加えずに結果から原因を遡っていく。
今の唯に対しては、優しい言葉も何の足しにもならないことを、里見は知っていたのだろう。それがまた優しさの一種なのだと、唯も感じていた。だから、それに応えて、努めて冷静に会話をすることで自分を保ちたかったのだ。
「それで、美咲は私を守るために、力を……?」
そもそも、美咲がその時点では魔術耐性のなかった唯に、継承者の力を渡す必要などなかったのだ。誰かに渡すことのできる、というのが継承者なのであって、恐らくは、渡さなければいけない、というものではなかったのだ。
美咲の性格を思えば、そんな唯が使いこなせるはずもない死とセットの貴重品を渡すはずがないことは、思い当たっても良かった。継承者を引き継ぐということは、誰の目に届かない場所に隠れて住むか、そうでなければ、常にその血脈を絶やそうとする異種と、どうにか手に入れて他からアドバンテージを得たい世界各国、種々様々な機関との争奪戦になるのは明白なのだ。
美咲はあのとき、里見とミハエルに出会っているのだから、継承か廃棄かのどちらを選ぶかは、考えるまでもなかった。だが、唯は、美咲が、自分に渡した、という事実を単なる形見のようなものとして受け取って、それで半ば満足していたのだ。
見落としていたことに気が付くには、取り巻いている環境の変化が大きすぎたのかもしれない。
「ええ、彼女は、自分自身で唯ちゃんが崩壊しないように、ロックをした。その代償は魂だっていうことは、理解していたはずだわ」
「ロック?」
「継承者の魔術を継承させるためだけに存在する魔術、それを応用した。少し、魔術の形式が読めてきたわね」
「わかんないよ」
「彼女は、いえ、これは推測だわ」
「いいよ」
言葉が途切れないように、沈黙に耐え切れなくなってしまう前に、唯は里見に促す。
「魂魄圧縮、精神譲渡、媒体介入」
里見は呆れた顔で、自分でも馬鹿らしいと思っているのか、そんな投げやりな口ぶりだった。その里見の発言に、今まで黙っていたミハエルが口を挟む。
「それは、可能なのですか?」
あからさまに訝しげに、ミハエルは足を組んで眉をひそめた。
唯よりもミハエルの方が、騎士であるにも関わらず魔術に関する知識が多い。知識を手に入れることは自分を知る手段なのだとミハエルは言っている。騎士を生まれながらに選択している自分は、行使できないとわかっていても、経験として蓄えておくことも大事らしい。
「さあ、魂魄圧縮は『不能』とまではいかないけど、詠唱付きだって、大掛かりな儀式をしないで成功した例は聞いたことがないし、精神譲渡は禁忌中の禁忌なのよ。あ、唯ちゃん、不能と禁忌って言うのはね」
「知ってるよ。できないことと、やっちゃいけないこと」
「私教えたかしら?」
「穂波さんが、言っていたから」
唯がばつが悪そうに下を向いた。その耳に、里見の溜息が届く。
「ともかく、転生制御並みの魔術と、死者再生クラスの禁忌を、時間をかけずに、しかも受容者の意思とは無関係に発動させる魔術、それが継承者の本質ってことね。つまり、その魔術だけを使えれば、基本的に継承者であり得る。そりゃ、相当な才能が必要なはずよ、いくら魔術を継承できるといっても、この魔術に耐え切れるだけのキャパシティが必要だもの。もし強引に私なんかに組み込めば、あっという間に私の魂魄は融合衝動に耐え切れなくなって、すぐに暴走して消滅してしまうわ。そんなものを一瞬で詰め込んだんだから、彼女も相当なものね。受け止めた唯ちゃんの容量も尋常じゃないけど。魔術師の才能なら、唯ちゃんは通常でも私より数段上みたい」
羨んでいるのか、単なるぼやきなのか区別のつかない口調で、里見は首をかしげる。唯は里見が魔法士だということはミハエルから聞いているが、実際にどんな魔法を使うのかも見たことがないし、直接話してくれたこともなかった。
「よく、わかんない」
つらつらと知らない世界の言葉で、説明されているようで、唯は里見が何を言いたいのかが掴めなかった。理解できるのは、里見でもできないような高等な手段で、美咲が自分に何かをしたということだけだった。
「要するにね、貴女は彼女から力だけを渡されたわけじゃない。魔術の知識っていうのはね、単一で存在するものじゃないの。継承者として会得してしまった唯ちゃんには感じられないでしょうけど、魔術を『覚える』っていうのは、体を構成する魂魄に魔術の因子を刻み込む作業なのよ。詠唱を覚えたからって、手順を知っているからって、魔術は使えないの。まあ、その点では私も魔術を覚えているということにはならないんだけど、とにかく、唯ちゃんは、彼女に教えられたとか、渡されたとか、そういう簡単な言葉では還元でないレベルなのよ、言い方を悪くすれば、『混ぜられた』に相当すると思うわ」
「美咲は、私がこんな体だって知っていたの?」
自分が人とは違うモノで構成されている。
里見達が告げた、唯は大部分が第六元素という存在しないはずの別元素で構成されている存在という説明は、多少なりとも、里見の元について一年間以上は魔術について学習をし、生命の構成要素がどうなっているのかを知っている唯には、『お前は人間ではない』と宣告されているものと同じだった。
それは、人間どころか、生命そのものの枠からも外れていることも指していた。
存在してはいけないが、必ずどこかで発生をする。
それが、第六元素だ。
「それは間違いないはずよ。神楽は観察者の家だから。貴女を引き取ってからわかったのか、それとも、わかっていたから引き取ったのか、それは神楽の家に行かないとわからないでしょうけど。もちろん、神楽の家が教えてくれるかどうかはまた別問題ね」
どこまでが偶然で、どこからが必然か、今の唯にはもうわからない。
美咲と出会ったのは?
彼女と暮らした年月は?
自分が想っていた感情は?
どこまでが自分の決定で、どこからが誰かの決定なのか。
考えないと。
考えちゃいけない。
気づかないと。
気づいてはいけない。
頭はすでにオーバーフローしていて、何を考えれば良いかも、唯にはわからなくなってしまっている。
落ち着いて、呼吸を整えて。
誰かいつもそうしてくれたように、自分の胸を押さえて、安定した自分をイメージする。
大丈夫、大丈夫。
聞き慣れた言葉を、頭のスピーカーから流す。
そう、自分は大丈夫だ。
「でも、どうして私が?」
そんな第六元素なんてものを持っているのだろうか。
そんな人ではないものなんだろうか。
「うーん、それはわからない、としかいえないわね」
「わからない……」
「そもそも貴女の家系は統世五見と呼ばれる日本に昔からある魔術師の一族なのね」
「それは知っているけど」
使節の中で魔術の勉強をしているときに、里見によって知らされていた。その統世と呼ばれるトップに属しているのが神楽で、だからこそ唯は神楽家によって保護されていたのだろうということもわかっている。
「だから、唯ちゃんには魔術の素質はあるといっていい。そういう素養のある人間の中からランダムにセレクトされて第六元素が宿るとされている。もちろん、仮説だし、発見事例がほとんどないから確かなことは言えないんだけど」
たまたま大勢の人間の中から、石を投げたら自分に当たった、くらいの意味しかなかった。
「それで、その、第六元素、というのはなんなの?」
里見が首を振る。
「それも、わからない。人類に対する災厄だとも福音だとも言われているし、これも事例が少なすぎてはっきりしたことはわからない。わかっているのは、そこには莫大な力がある、ということだけ」
力、と里見が言った。
「どれほどの力があるのかというのもわからない。ただただ力がある、それも世界を覆すほどの。それを『戦力』として組み込むことを、あるいは『管理』することを使節は望んでいる。その点では継承者になったことは使節にとっては望外の喜びであったはずよ。もしかしたら、第六を適切に運用するだけの魔法を秘めているかもしれない、それが継承者だから」
味方でいられるのなら戦力に、そうでないなら彼らが管理するモノと同じように厳重に封印される。
「彼女も、それを望んで私達に貴女を託した」
「美咲が?」
「そう、ひょっとしたら彼女には何かしらの算段があったのかもしれない。私達、私とミハエルは使節にその可能性を進言して、貴女の教育役になった。きちんと継承者を使いこなせれば、安全に第六を運用できるのではないかと」
唯がミハエルを向き、彼がうなずく。
「……穂波さんは、私を仲間にするって」
唯が今解かなければいけないものに話の方向を変える。
「ああ、たぶん、私達と同じ考えでしょうね。いや、そういう爆弾を抱え込む危ない真似はしないかも。だとすると」
「なに?」
疑問を投げかけた唯に、里見は言いにくそうに溜息をついた。唯を見て、再度溜息をついて、口を開く。覚悟を決めたようだ。
「唯ちゃんを、『止める』気よ」
「……止める?」
意味が掴めない唯が、首を傾げ気味に里見に説明を求める。
「これも予想でしかないけど、貴女が第六を発現した段階で、貴女の全てを止める。正確に言うと、ショックに体が耐えられないように負荷を加えた上で発現させて、肉体が消滅した瞬間、貴女の肉体以外のモノ、この場合でいえば魂魄を時間軸外に固定するの。固定された魂魄は、永久にその空間とも取れないような場所に留まり続ける」
留まり続ける。
里見がそう表現したが、唯にも何が言いたいのかわかる。
自分に存在している、特異な部分だけを抽出して保管するということだ。
それも、穂波が不能だと言っていた、『時間を制御する』という方法で。
「でも、そんな魔法は存在しないって」
「それも薫の嘘ね。そんなことで、騙しきれるなんて思っていないはずだけど、どういうつもりかしら。いえ、根本的にはできないというわけではない、というものなのね、実際のそれは。方法論として確立していない技術は、魔術とは呼ばれない。何故、どのようにしてそれが作用しているのか、エーテルの流動や再現性が確証されてこそ、魔術は人のなしえる技術足りえる。偶然や運に頼る方法は、人の英知の結晶である魔術とは認められない。せいぜい、奇跡、でしょうね」
一息で、説明をする。それでも、彼女のために、大部分を省略しているのだろう。
「奇跡なら、できる?」
「不可能じゃない限り」
「定義の問題です。不可能ではないが、僅かながら存在する。現代の魔法では到達のできない部分、それが便宜上の奇跡です」
里見の言葉が不十分だと思ったのか、ミハエルが多少の付け足しをした。それが満点だとでも言いたげに、里見は首肯した。
「現状で言えば、固定の確率を上げる、くらいが限界かしらね。他の継承者の誰かなら、その方法を知っていてもおかしくないけど、彼らは大前提としても、私達の使節にもいないみたいだし、よほどのことがない限り、彼らは継承した魔術を行使するつもりはないでしょうね」
「他の、継承者?」
「唯ちゃんに黙っていたことは謝るけど、継承者自体は一人じゃない。人数は少ないし、おまけに世界に対して常に非干渉を貫いているから、滅多なことでは姿を見せないけど」
彼女に嘘をついていたことを、悪びれる様子もなく、里見は返した。
「そうなんだ」
唯は、少なからずショックを受ける。しかし、それが自分を気遣っていた上での結果であることがわかっている以上、彼女を追及する意味はないし、それに、もうそんなことがどうでもよくなってしまうほど、事態は切迫してしまっているのだ。
「彼らは、ユイさんから継承者としての能力を引き出した上で、固定をするのかもしれません」
「確かに、それは効率的といえなくもないけど、薫のことだから、そこまで楽観視はしていないでしょうね。何かしらの策を練っていると見るべきだわ」
「里見さん達は、もし私が、その、別なものに目覚めたら、私を『止める』の?」
唯は、聞くべきである疑問を、率直に投げかける。
自分に課せられたものが、その能力である以上、使節がそれを知っている以上、そのときどうするつもりなのか、彼らは知っているはずなのだ。彼らは、建前の『護衛』という任務の裏に、その実行役も兼ねているはずなのだから。
何度目かの溜息をついて、里見は唯の表情を見る。今、どんな顔をしているのか、唯にはわからない。きっと、酷い顔なのだろう、と彼女は思っていた。
「もし貴女が目覚めて、そして、コントロールができないというのであれば。何より、そのとき『止める』という、技術的な選択肢が私達に残されているのであれば」
それは、穂波達が考えていることと同じことだ。
「方法は、あるの? 私が、もし、ダメになったら」
ダメに、唯は自分自身に、言い聞かせるように、そう表現した。
「ないわ」
きっぱりと、里見は答えた。
「私達のカードではね。できて、貴女を『殺す』ことだけよ」
嘘はないだろう。
今更、彼女に嘘をついたところで意味がない、と里見も思っているはずだ。だから、今は、言えることを言う、それだけだ。
ただ、その声に、微かなためらいがあるのを感じただけで、唯は不快感をなくしていた。
「私を、止めて、どうするの?」
ほぼ、止めることが前提として進められている。
まるで、自分ではないものについて、自分自身で話しているような気がした。
「それは、私にはわからないわね、いくつか推測することはできるけど、推測は推測だわ」
「それでも」
うーん、と少し唸って、何か説明のできる言葉を探しているようだった。
「たとえばよ。ここに井戸があるとするわ。井戸から汲み上げられるのは、とても貴重で、普通の水とは比べものにならない。その代わり、使い道はわからない。ほぼ無限にこんこんとこんこんと湧き出る水は、何に使ったら良いかはわからないけど、とりあえず貴重らしい」
水は、魔術を司るエーテルの象徴の一つである。活動体としての、魂魄は火のたとえで使われることが多い。
里見の言っているたとえなら、唯にも理解できる。
魔術師は、実験をする者。
そして、一歩でも次に進もうとする者。
貴重なモノは、使えるまで誰にも渡すつもりはない。
徹底的なまでの秘密主義で、懐疑主義、それが魔術師の本性だ。
「それで、唯ちゃんはどうするつもり?」
「……え?」
唐突に、里見は言った。
きょとんとしたまま、唯は里見を見上げる。
「私が言えることはそれで終わり。それで、これからのこと。このまま私達と一緒にミュンヘンに帰るか、それとも日本に残って薫の下につくか。どちらにも所属しない、という選択肢もあるわ。少なくとも、最後の選択肢は相当に過酷よ。どういう道を辿るかは大体想像がつくわね」
「で、でも」
突き放したような里見の言葉に戸惑い、唯は口篭もる。
「貴女が薫に何を言われたかは知らないし、聞くつもりもない。何かの交換条件を提示されたのは事実でしょう? たとえ思考が止められるようなことになっても、その条件が魅力的だと言うなら、残ってもいい。薫が出した条件を私が覗くのはフェアじゃないし、これは貴女の問題なのよ」
「サトミさん、それではあまりにも」
口を挟もうとしたミハエルを、里見が視線で抑える。
「使節は今回の件に限っては、彼女の自由意志を尊重する、そう評議会で決定されたわ。少なくとも、不安定な第六に頼ることと、確実に活用の手立てがある宝物の価値とを比較して、大差ないと踏んだみたいね」
「それが、里見さんの言葉?」
「使節所属の魔法士、及び連絡員としてはね」
「そうじゃなくて、里見さんの」
唯が、繰り返して聞く。語気は強くないが、詰まりながら、どうにかして発せられている言葉だった。唯は、使節がどう思っているか、そんなことは関係ない。
「それは、昨日言ったはずよ」
何を思っているのか、里見は椅子から立ち上がった。
「え?」
「戻りなさい、って」
完全に唯に背を向けて、里見はぶっきらぼうに言った。その表情がどうなっているのか、唯には見えなかった。
それは何を意味しているのだろう。
彼女の背中は、何も言わない。
片隅で、唯は考える。
唯が交換条件として穂波に提示されたもの。
それは、失ったものを、もう一度取り返せるという、あまりにも魅力的すぎる条件だった。条件としては、それ以上のものはないだろう。将来絶対に手に入らない、世界で最も大切で、手に入れていたはずのもの、それを、穂波はもう一度与えようというのだ。
大切なものは、失ってから気づく。
何て陳腐な言葉だろうか。
何て普遍的な言葉だろうか。
しかし、どんな言葉よりも、人の心を揺さぶる力を持っている。
取り戻したい。
その気持ちは、当然。
なかったことにしたい。
その願いは、必然。
あのときのまま、二人で。
なんて、甘い言葉。
どれもこれも、リセットできるかもしれない。
ただ、笑って過ごすだけで良かった時間に巻き戻せる。
そうであれば、どんなに理想的な現実だろう。
しかし、そんなことが、本当に可能なのだろうか。
そんなことが、現実になってしまうのか。
もし、そうなら。
叶えたい?
叶えるべき?
何を迷うことがあるというのだろうか。
何故に迷わなければいけないのだろうか。
何を恐れているのだろうか。
何故に恐れなければいけないのだろうか。
不十分な条件に、不十分な思考。
それでも、ゼロかイチかの決定をしなければいけない。
そうだ、今は、私が決める。
今まで、何を決めてきたのだろう。
いくつの選択肢を放棄して、いくつの可能性を消去してきたのだろう。
できたことを、できなかったことにしてしまったのだろう。
それでも、そばで笑っていた少女。
彼女は、毎日をどう生きていたのだろう。
私の知らないところで、一人で戦っていた少女。
弱さを、一度も見せなかった少女。
私を守って、そして死んだ少女。
最後に、私に謝った少女。
美咲、私、わからない。
決断は妥協のタイミング。
誰の言葉だろう。
本当にそうだろうか。
誰でも、いつも、気が付かない間に、妥協という決断をしているのだろうか。
何分が経ったかもわからない。
思考は散漫になりつつも、一つの答えを出そうと必死になっている。
唯は、俯いた顔を戻して、部屋を見る。
里見は振り返って、静かに唯を見ていた。
機嫌が良さそうには見えないが、怒っているのではない。
「一晩、考える時間はあるから」
落ち着いた、普段と変わりのない、里見の声だった。
その声を聞いて、唯は天秤の一つを選んだ。
「ううん、大丈夫」
小さな声で、唯は首を振る。
私、間違っていないよね。
「ありがとう」
唯は、二人に向かって、笑顔で言った。
「帰ろう」
それが、彼女の答えだった。
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